「あ、あの!」
いつもの団地から出て、コンビニに行こうと外に出てたら、見慣れない小綺麗な女の子に話しかけられた。
私よりもちょっと小柄で、ツリ目がちな大きい瞳が小動物感を連想させる。
どちらかと言えば、可愛らしい感じの子だった。
とは言え、その子とは何の面識もない。
何だ何だと、たじろいでいると、女の子が私の所まで寄ってきて、開口一番、
「貴女、あの人とお付き合いされてる方ですよね?別れてくれませんか?」
とそう言われた。
ついでに、職場で撮ったであろう彼の写真を見せられ、この人と付き合ってるのは知ってるんです、と続けざまに言われ、彼の同じ職場の子か?と、察した。
「わ、私、新卒で入ったんですけど…研修担当が彼で、私が何回同じミスしても、怒らずに教えてくれて…、普段から顔が変わらないので、彼の新しい一面が知りたいなって思ってた時に、貴女が居るって知ったんです…。」
「そ、そうですか…」
新しい一面って言われても、私が知ってる彼は、普段から、えんえん泣き喚くか、変な愛想笑い浮かべて近寄って来るか、みたいなとこある。
その上、話しかけたら、ビクビクしながら吃るみたいなのしか知らないので、彼女が期待しているような顔は、私知らないんだよなぁ…。
あと、家にいる時は常に張り付いて来るので、邪魔なとこある。
「最初はどんな方かなって思ってたんですけど…、職場の人に聞いても、彼の内情を知る人、ほとんど居なくて…。」
だから、自分で調べたんです。と、彼女は少し目を泳がせる。
うん、大丈夫だよ、ストーカーのレベルとかなら、彼の方がランク上だから。
「そしたら、貴女と正式にお付き合いしてるって……私、納得いかないんです。」
「はい…」
まあ、顔綺麗だもんね、彼。
その上から、こんなデブスと付き合ってるってにわかには信じ難いだろうし。
「それに、貴女、生活保護受けてる方なんですよね?彼に援助されてる上に、生活保護受けてるって、かなりグレーゾーンなんじゃないですか?」
この団地、生活保護受給者向けの住宅ですもんね?と言われ、私はそうですと、頷くしかない。
「それに私、彼が貴女に時間を割くばかりで、飲み会とか、社員での交流会とか、全く来られなくて、接点が仕事以外でないんです。」
それは知らん…。
「なので、あの…別れて貰えませんか?、私の方が彼の事支えてあげられると思うんです。貴女の事見てると、絶対、何か彼の弱み握って付き合ってるようにしか思えないんです、何を隠してるんですか?」
何も隠してませんけども…。
どっちかって言うと、別れようとしたら、きゃんきゃん泣き喚かれるので手を焼いてる側なんですけども…。
「彼のこと束縛して、何か目的でもあるんですか?」
「いえなにも…」
「じゃあ、別れてください!職にも就いてないんでしょう?何でも彼にやってもらうばっかで、与えたことないんでしょう?、私ならそんなことしません!」
「はい、どうぞ…わかれるんで、おすきなようにしてもらったら…あ、でも、ひとつおねがいきいてもらっていいですか?」
別れられるんなら、今すぐにでも別れてあげたいんだが、そうなった場合、ちょっと問題が発生する。
「なんですか?、まだ何か欲しいんですか?」
「あいかぎとりかえしてもらっていいですか…?、わたしがいっても、かえしてくれないとおもうんで…。」
「…は?」
「もともと、かたをかってにとられて、あいかぎつくられてるんで、かえしてもらわないと、ちょっとぼうはんじょう…」
途中まで話はしたが、何言ってんだこいつ?、みたいな目で見られてる。
だって、本当に返してくれないんだもん。
隙をついて合鍵隠したら、ギャン泣きしながら、「どこに隠じだのッ!!?鍵返じでよ゛ぉ゛!!」ってブチギレてくるし。
マジで鍵返さないと、家中ひっくり返して探し出すので、もうあの時は下手なホラーより恐怖だった。
最終的に、ゴミ箱や、排水溝の中まで探し出したので、その時点で私はギブアップした。
「合鍵…?合鍵なんて、一言言えばすぐに…」
「…は、何してんの?」
不意になんか凄い低い声が会話の中に割り込んできた。
そう言えば、今の時間帯はもう夕方過ぎ。
彼や、彼女の職場は、恐らく朝から夕方までの出勤だろうから、帰って来てもおかしくはない。
いつものように、スーパーの袋を抱えている彼が、大股でこっちに歩いてくる。
明らかに、彼女の方はヤバい…みたいな顔してて、とりあえず何かされても困るので、彼女ちゃんを庇うように、前に立つ。
「なに、…何話してたの、どこ行こうとしてたの?、また飲みに行くの…?」
ジリジリとにじり寄って、私の後ろにいる彼女を威嚇する彼。
何となく、彼女もただならぬ雰囲気を感じたのか、口を挟めずに黙っている。
「いかない。こんびにいこうとしてただけ。しってるひとなの?、ていうか、またなんかしてんのか、おまえ。」
「じでな゛い゛ッ!!」
「うるせえ。」
今回に関しては、何もしてないのは知ってるが、話を彼女から逸らしたいので、敢えて浮気を疑ってみると、いつものキレ芸をお見舞された。
だが、これ以上反抗するとうるさいので、話をはぐらかして、グイグイと背中を押して、家の方に連れていく私。
「もういいから、かえるぞ。」
「はぐらかそうとしてるじゃん!!、何話してたの!?、やましい事あるからはぐらかすんでしょ!?!?」
「え、あの、ちょっと!」
置いてけぼりになっていた彼女が、未だに状況を把握出来ていないらしく、引き止めてくる。
「さ、さっきの話、本当なんですよね?」
「さっきの…」
とりあえず彼に話を悟られたくないので、有耶無耶にしたい上から、さっきの話をぶり返さないで欲しい。
でも、向こうは多分、彼の事は何も分かってないので、
「あ、合鍵の話…」
と、断片的に不穏な言葉を残してくる。
「あいかぎ???」
彼女の言葉に、コンマ数秒かからず、敏感に反応したのは彼。
「合鍵って何、何の話?ねえなに話してたの!!」
「いたい」
ゆっさゆっさと私の肩を揺すり、詰め寄ってくる彼。
私が何か手を回したと思われたらしく、次第に彼は涙目になってきた。
彼女は、彼の様子がおかしいことに何を思ったのか、
「あの、私、必ず助けますから!」
と、こっちに近付いてきて、私と彼を引き剥がそうとしてくる。
しかし、引き剥がそうとした時点で、彼女は彼の地雷を踏み抜いたらしい。
バチン!と強い音がしたと思えば、彼女は彼に頬を叩かれていた。
彼は私が付き合っていた当初から、紛うことなきクズなので、その名残りからか、女をこうして平然と叩ける。
「触るな!!彼女にコソコソ何話してんだよ!余計な口出ししてたんじゃねえだろうな!」
「えっ…いや、私……」
今まで極端な暴力に晒されたことのない子が、強い力で叩かれれば、そりゃこうもなる。
元々小柄な子だし、彼は彼女と比べれば何十センチも大きいので、その分怒れば威圧感も凄い。
「て言うか、お前、どうやって俺の事調べた、なんで俺が彼女と付き合ってること知ってんだよ!、そうじゃなきゃこんな所来ねえだr…いだぁ!!?」
ついには彼女の胸ぐらを掴みそうな勢いだったので、このままではヒートアップして止まらないと感じた私は、慌てて彼の頬を強く叩いた。
彼女が叩かれた仕返しの分まで、きっちりと強く叩いておいたので、これで勘弁して欲しい。
「痛いよぉ!!?なんで叩くのぉ!!」
「うるせえ。」
そもそも人の顔を叩くなと、もう一回分復讐で、左右の頬を叩いて黙らせると、彼女にすみませんと謝る。
「すみません…、しごとつくまえから、ちょっとせいしんふあんていなんですよ、このひと。いまさらですけど、やめておいたほうがぶなんだとおもいます……。」
ポケットに入れていた、百均の財布から、くしゃくしゃになった紙幣を取り出す。
「ごめんなさい、たぶんかなりつよくたたいたとおもうんで、しっぷかなんかかってください、びょういんいくなら、そのおかねもだします…。」
そうなったら無理矢理にでも、彼の財布から出させるけれども。
「い、嫌……ッ!」
「あ、まって!、おかね!、ちゃんとなおさなきゃ!!」
彼に叩かれたことが相当ショックだったのか、彼女は目に涙を浮かべて、首を横に振りながら、走り去って行く。
私は慌てて彼女を追いかけて、せめて湿布か、痛み止めくらいは出させてくれと声を出すも、彼に腕を掴まれた。
「もう帰ろうよぉ…、放っといて良いじゃん、あんなストーカー…」
「おまえがそれをいうな!」
「あぅ!」
腕を振り解き、彼女を探して駆け出すも、もうどこにもいなくて、見失ったと私は頭を搔く。
ムスッとしながらも、追いかけてくる彼にくしゃくしゃの紙幣を押し付け、治療代として渡しておけと呟くと、なんでよぉ…と不服そうな顔で言われたので、問答無用でまた頬をベチベチしておいた。
結局、コンビニには行かずに家に帰り着くと、彼はスンスン言いながら、
「合鍵ってなんの事なのぉ…」
と、緩やかに詰め寄ってくる。
「鍵変えようとしてたの???、ね、ねぇ、鍵ってなに、何話してたのぉ…、」
「ちっげぇよ、かぎかえるかねなんかないし。おまえのことしんぱいしてたんだよ、かのじょ。」
「え、心配…?」
とりあえず適当言って誤魔化しておこう。
彼女からは、彼の体調のことを心配していて、もし家で無理してるようなら、病院に連れて行ってあげて欲しいと言われたことにしておいた。
だが、その場凌ぎのウソに騙されるほど、彼はアホではなかったらしく。
「う、ウソだァ…絶対ウソじゃん…何ではぐらかすのぉ、ホントは何言われたの、絶対違うこと言われたでしょぉ…」
「ちっ、だまされなかったか。」
「体調心配してるのに、なんで合鍵の話出てくるの!!?やましい事あるんでしょ!?、アイツとどんな関係なの!!?」
なかなか鋭いな、コイツ。
さすがヤリチン、異性関係のことで、荒波に何度も揉まれてきたことはある。
「いったらおまえ、かのじょにきがいくわえそうだからやだ。」
「な゛ん゛でッ!!!アイツが悪いんじゃん!!俺、アイツがストーカーしてたの知ってたし!!!対策しようとしてたらアンタに接触して来たんだよ!!?」
「うるせえな、おんなのこたたくなんて、あたまどうかしてんだろ。つきあっちゃえよっていいたかったけど、やっぱだめだ。」
こんなヤツ、あの子には譲れん。
立派なモラハラDV男に進化するぞ。
「付き合っちゃえよって何ッ!!?、俺、別れない!ぜったいに別れないから!俺がアンタの彼氏なの!」
「だまれやりちん。なにがかれしだ、おんなとやりまくってたせいびょうやろうめ。」
「性病じゃな゛い゛ッ!!!、ちゃんと検査したもん!!!陰性だったもん!!!」
「それこそ、うそついてるだろ。あんだけふとくていたすうのおんなとやっといて、せいびょうじゃないはおかしい。」
ついでを言うなら、私もコイツに体を許してたので、何か変なものに感染してたりするかも…。
怖くなってきた、私も婦人科行こうかな…。
「とくにあやしいのは、れいのころしたっておんなだ。そいつとせっくすしたんなら、なんかあるだろ、ぜったい。」
「でもっ、でも陰性だったもん…っ!、結果だって見せたじゃんッ!!」
「ぎぞうのかのうせいをうたがう。」
「偽造じゃな゛い゛も゛ん゛ッッ!!!」
泣きながらキレ芸を連発され、うるせ。と冷めた態度を取る私。
「とにかく、あしたおんなのこにちりょうだいはちゃんとわたせ、あとびょういんにもつれていけ。あとあやまっとけ、いいな。」
「何でよぉ…っ、俺悪くない〜…!」
「なんだ、わたしにくちごたえか?」
何でも言う事聞くって前に言ってたよな?と睨むと、えんえん泣きながら、
「分がったよぉ…やればいいんでしょお…っ」
と、納得がいってないながらも、情けない返事が。
ちゃんとやれよ、と念押しして、その日は終わりを迎えた。