修学旅行実行委員の
藤城皐月は
二橋絵梨花に修学旅行のスケジュールを尋ねられたが、詳細がわからず何も答えられなかった。その沈黙を埋めるように
栗林真理が話し始めた。
「ねえ、
広隆寺の近くに映画村があるよ。こういう楽しそうなところなんてどう?」
『るるぶ』の広隆寺のコーナーの隣に東映太秦映画村が紹介されていた。映画村は日本のエンタメの新しい聖地を目指した、映画やアニメの体験型の施設だ。
「映画村って全部撮影用に作ったセットでしょ? やっぱり本物の神社仏閣の方がいいな。どんなにリアルに作られたものでも、本物には敵わない」
神谷秀真は新しい神社仏閣があまり好きではない。豊川稲荷の本堂が新しいのも気に入らないし、明治時代にできた明治神宮や平安神宮もあまり好きではないらしい。そんな秀真が映画のセットで満足できるはずがない。
「撮影用だからこそいいってのがわからないかな。プロの撮影に耐えられるくらい作り込んでいるんだよ? ここで写真を撮ったら過去の世界にタイムスリップするみたいで、絶対に楽しいと思うな」
「そんな遊びの旅行なんて修学旅行じゃなくて、栗林さんの個人的な旅行で行けばいいじゃんか」
「なにそれ? さっきの仕返し?」
真理が声を荒げた。
吉口千由紀に言われたことを真理に返すのは明らかに秀真のお門違いだ。
「ちょ待てよ、お前ら。喧嘩はやめいっ!」
真理が怒るのも無理はないが、皐月は真理の怒った顔を見たくなかった。真理は皐月によく怒るが、決してこういう憎悪に歪んだ表情はしない。
「ところでこれなんだけどさ、所要時間が120分ってなってるよ。ちゃんと見た? さすがに見てまわる時間なんてないんじゃないかな?」
班全員が皐月の指摘を確認するために頭を寄せた。真理がため息をついた。
「確かにこれは無理だわ。私、他に
清水寺とか
祇園にも行きたいし、映画村は諦める」
「真理ちゃんは恋人に連れてってもらったらいいんじゃない?」
二橋絵梨花が皐月に目配せをした。この瞬間、皐月は絵梨花が自分のことを念頭に置いて言ったことがわかった。慌ててまわりに目を配ったが、誰も絵梨花の言いたいことに気付いていなかった。
「そんなこと言われたら私、永遠に京都に遊びに行けないわ」
真理も絵梨花の魂胆に気付き、とっさに自虐しながらごまかした。
『るるぶ』を見ていた
岩原比呂志が何かに気が付いたみたいで話を戻した。
「観光だったら
嵐電の沿線に世界遺産の
仁和寺と
龍安寺があるよ。龍安寺駅で降りて龍安寺と仁和寺を回って、
御室仁和寺駅まで街歩きするのは修学旅行にふさわしいと思うけどね」
絵梨花が『るるぶ』のページを繰って、この章の最初のページを開いた。そこには大きく金閣寺周辺と書かれていた。
「それなら先に金閣寺に行って、龍安寺、仁和寺っていうコースがこの本では推奨されてるよ」
「先に金閣寺なんか行ったら嵐電に乗れないじゃないか!」
「ええっ? そんなの宿に戻る時に乗ればいいでしょ?」
「帰りは山陰本線に乗りたいのっ!」
金閣寺よりも京福電鉄嵐山本線の方に価値を置く比呂志が面白過ぎて、皐月は笑ってしまった。しかし女性陣には不評のようで、みんな白けた顔をしている。
「岩原さんって鉄道の地図が頭に入っているんだね。頼りになるな〜」
絵梨花は上手にオタク丸出しの比呂志をいなしている。これなら千由紀や真理と違って喧嘩にならない。
「どうせなら京福電鉄嵐山線の終点・嵐山まで行きたいね。嵐山だって有名な観光地だから、異論はないよね?」
「嵐山か……
渡月橋とか
化野念仏寺に行ってみたいな。あと竹林の
小径も歩いてみたい」
千由紀が夢見るような顔でうっとりし始めた。なんとなくこのエリアに決まりそうな流れになってきたので、皐月は千由紀の興味がありそうな話題を振ってみた。
「芥川龍之介の『
羅生門』って平安京の話だよね。今でも残ってるの?」
千由紀なら文学に詳しいので、羅生門の現在を知っているかと思った。『羅生門』を読んだことのある人なら誰もが興味があるはずだ。3班ではちょっとした『羅生門』ブームになっている。
「見るべきものなんて何も残っていないよ。小さい公園の中に『
羅城門跡』の石碑があるだけ。私は特に見たいとも思わないな……」
「そうか……それじゃあさすがに行く気がしないよな」
今の時代に平安京の遺構が残っているとは思っていなかったが、皐月は修学旅行で平安京を感じさせる何かを見てみたいと思った。