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不安と安堵

20/40





 サーディのためのコーヒーが届いて少し、重たそうな話題が始まった。 「全く情けない話なのですが、調査は芳しくありません。行方不明者も……増える一方です」  毎日のようにロックナンバーの部下を名乗る者たちが到着し、次々と調査を行なった。湾内の調査はもちろん、周辺地域の探索から目撃情報まで全てだ。遠隔地にいるメンバーには近隣の海域に関する調査依頼まで外部に要請しているようだが、依然としてそのような存在は見つからないのだそうだ。  洋上賃貸を修繕していた団体にも行方不明者が出ていたが、彼の姿はもちろん足取りも掴めていない。そうしている間にまた別の行方不明者の知らせが入る。そんな状況だ。 「怪獣については深海へも超音波を用いた探索を行っていますが、それらしい影すらありません。怪獣は基本的に成長した身体のまま活動します。  ラムラスさんの家屋を襲ったとされる怪獣は、その家屋を覆ってしまうほどの大きさだったと聞いています。なのに全く見つからないなんて……」  その事実はある意味で今までの常識通りである。海に怪獣はいない。  しかしそれはもはや通じないのだ。ダミアンは実際に襲われた。もしあれが地上からやってきたなら、大きさに準じた足跡なり痕跡が見つかるはずだ。薙ぎ倒された木々や踏み潰された大地が数日程度で元に戻るはずはない。それすら見つからないのであれば、本当に今回の怪獣騒ぎは奇妙な話になる。  容姿不明。大きさ不明。犠牲者ゼロ。痕跡ゼロ。  怪獣は成長すると狡猾になるというが、ここまで足取りが掴めないことは異例といえる。 「もう少し具体的なところを知りたいのです。ラムラスさんは怪獣を間近で見たのですよね?」 「見たというか……侵入した一部を見て錯乱してしまっただけかもしれないんですけど」  家屋を覆っていた。巻き付いていたようだった。窓はもちろん、玄関扉すら開けることができなかった。床に備えられた緊急出口の扉の蝶番が壊され、できた隙間から何かが接近した。その様子を軽くサーディに伝えた。  サーディも恐らく怪獣に相対したことがあるのだろう。にわかには信じられないような顔をしている。 「体色はどうでしたか。正体が分からずとも、系統が分かれば備えることができます。エルオウ系統ですか。バルク系統ですか」 「暗かったので……でもエルオウならわかると思います。でもバルクほど黒くはなかったような……」  エルオウ系統なら、体色は黄色や黄橙などの色味を持つ。バルクなら黒色をベースにした濃い紫や赤系統の色味になる。これは怪獣がその身に宿した鉱物資源の色に準じている。怪獣に向けて攻撃する場合、宿した系統とは異なる鉱物資源由来の武器や兵器を用いるのが一般的だ。  だがあの時に見たものはそのどちらでもなかったように思われる。サーディの落胆したため息がコーヒーの湯気を一瞬だけ乱した。 「せめて目の当たりにすることができれば、と思う反面で、そんな得体の知れないものに立ち向かうことはできないとも思います」 「できれば私はもう会いたくありません。私だけが錯乱状態で、あの家屋だけが襲われた。全く不幸だと思いましたが、全体で見れば幸運でした。港町には結局何もなかったのですから」  サーディは少し意外そうな顔をして、それから静かな笑みを浮かべて俯き、海の方を見た。 「そうですね。会わずに済むならそれがいい」  寂しそうな横顔が一瞬、次の瞬間にはガヤガヤとした喧騒が近づいてくるのに視線を向ける。何やら言い合いをしている二人の女性が歩いてきている。歩きにくそうなヒールをまるで威嚇するかのように鳴らしながら、ごちゃごちゃと口論しながら同じ方向へ向かっていっている。  白いコート、というより白衣をフィールドワーク向けにデザインしなおしたような薄手のコート。片方は赤色の天秤をロゴマークにしており、片方はイメージカラーの緑色がファッションデザインに組まれていて、ロゴまでは確認できない。それぞれ大きな鞄を提げており、胸のポケットには名札のようなものを装着していた。 「あれは……?」 「自称怪獣専門家、もしくは研究家です。赤色の方は都市部で活動されてる団体の者ですね。緑色の方は……確かメムディ? とかそんな名前でした」 「ご存じなのですか?」  怪獣研究家たちが来ることはヒバルの話からも聞いている。物々しい白衣集団でも来るのかと思ったが、どうやら一人で来ているようだ。ロックナンバーの団体のように後から増援が来るのかもしれない。 「怪獣を殺さずに捕えろとか、何匹無傷で連れてこいとか、無茶な要望をしてくるんです、ああいうのは。そのくせ研究には金が要るとか言って報酬は少ない」  そこまで言って、サーディはハッと口を噤んだ。 「今の、内緒にしてくださいね」 「何も聞いてませんよ。女性が口喧嘩している声は聞こえましたけどね」  サーディとはその後も少しだけ他愛もない話をして別れた。本当は酒の方が好きなのだとか、ロックナンバーに対する愚痴なんかも聞いた。彼女が去った後、なんだか久々に女性とまともに話をしたような気がして安堵の余韻に浸っていた。  そうして過ごしていたはずだった。 「シアン?」  サーディと話している間に、シアンは忽然と姿を消していた。シフォンケーキもミルクティーも空になっている。一体いつからいなくなっていたのだろう。店員に聞いてみたが心当たりはないという。オープンテラスの席は店内席と比べても見づらい位置にある。  代金くらいは気にならないものの、彼女がふらっとどこかへ行ってしまうのにはなんとなく落ち着かない心持ちになる。ダミアンはカフェの近くを歩き回ってみたが、その姿を見つけることはついにできなかった。  日が暮れてしまう。ヒバルに何も言わないでサボってしまうのも申し訳ない。ダミアンはそのまま帰ることにした。



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 サーディのためのコーヒーが届いて少し、重たそうな話題が始まった。 「全く情けない話なのですが、調査は芳しくありません。行方不明者も……増える一方です」  毎日のようにロックナンバーの部下を名乗る者たちが到着し、次々と調査を行なった。湾内の調査はもちろん、周辺地域の探索から目撃情報まで全てだ。遠隔地にいるメンバーには近隣の海域に関する調査依頼まで外部に要請しているようだが、依然としてそのような存在は見つからないのだそうだ。  洋上賃貸を修繕していた団体にも行方不明者が出ていたが、彼の姿はもちろん足取りも掴めていない。そうしている間にまた別の行方不明者の知らせが入る。そんな状況だ。 「怪獣については深海へも超音波を用いた探索を行っていますが、それらしい影すらありません。怪獣は基本的に成長した身体のまま活動します。  ラムラスさんの家屋を襲ったとされる怪獣は、その家屋を覆ってしまうほどの大きさだったと聞いています。なのに全く見つからないなんて……」  その事実はある意味で今までの常識通りである。海に怪獣はいない。  しかしそれはもはや通じないのだ。ダミアンは実際に襲われた。もしあれが地上からやってきたなら、大きさに準じた足跡なり痕跡が見つかるはずだ。薙ぎ倒された木々や踏み潰された大地が数日程度で元に戻るはずはない。それすら見つからないのであれば、本当に今回の怪獣騒ぎは奇妙な話になる。  容姿不明。大きさ不明。犠牲者ゼロ。痕跡ゼロ。  怪獣は成長すると狡猾になるというが、ここまで足取りが掴めないことは異例といえる。 「もう少し具体的なところを知りたいのです。ラムラスさんは怪獣を間近で見たのですよね?」 「見たというか……侵入した一部を見て錯乱してしまっただけかもしれないんですけど」  家屋を覆っていた。巻き付いていたようだった。窓はもちろん、玄関扉すら開けることができなかった。床に備えられた緊急出口の扉の蝶番が壊され、できた隙間から何かが接近した。その様子を軽くサーディに伝えた。  サーディも恐らく怪獣に相対したことがあるのだろう。にわかには信じられないような顔をしている。 「体色はどうでしたか。正体が分からずとも、系統が分かれば備えることができます。エルオウ系統ですか。バルク系統ですか」 「暗かったので……でもエルオウならわかると思います。でもバルクほど黒くはなかったような……」  エルオウ系統なら、体色は黄色や黄橙などの色味を持つ。バルクなら黒色をベースにした濃い紫や赤系統の色味になる。これは怪獣がその身に宿した鉱物資源の色に準じている。怪獣に向けて攻撃する場合、宿した系統とは異なる鉱物資源由来の武器や兵器を用いるのが一般的だ。  だがあの時に見たものはそのどちらでもなかったように思われる。サーディの落胆したため息がコーヒーの湯気を一瞬だけ乱した。 「せめて目の当たりにすることができれば、と思う反面で、そんな得体の知れないものに立ち向かうことはできないとも思います」 「できれば私はもう会いたくありません。私だけが錯乱状態で、あの家屋だけが襲われた。全く不幸だと思いましたが、全体で見れば幸運でした。港町には結局何もなかったのですから」  サーディは少し意外そうな顔をして、それから静かな笑みを浮かべて俯き、海の方を見た。 「そうですね。会わずに済むならそれがいい」  寂しそうな横顔が一瞬、次の瞬間にはガヤガヤとした喧騒が近づいてくるのに視線を向ける。何やら言い合いをしている二人の女性が歩いてきている。歩きにくそうなヒールをまるで威嚇するかのように鳴らしながら、ごちゃごちゃと口論しながら同じ方向へ向かっていっている。  白いコート、というより白衣をフィールドワーク向けにデザインしなおしたような薄手のコート。片方は赤色の天秤をロゴマークにしており、片方はイメージカラーの緑色がファッションデザインに組まれていて、ロゴまでは確認できない。それぞれ大きな鞄を提げており、胸のポケットには名札のようなものを装着していた。 「あれは……?」 「自称怪獣専門家、もしくは研究家です。赤色の方は都市部で活動されてる団体の者ですね。緑色の方は……確かメムディ? とかそんな名前でした」 「ご存じなのですか?」  怪獣研究家たちが来ることはヒバルの話からも聞いている。物々しい白衣集団でも来るのかと思ったが、どうやら一人で来ているようだ。ロックナンバーの団体のように後から増援が来るのかもしれない。 「怪獣を殺さずに捕えろとか、何匹無傷で連れてこいとか、無茶な要望をしてくるんです、ああいうのは。そのくせ研究には金が要るとか言って報酬は少ない」  そこまで言って、サーディはハッと口を噤んだ。 「今の、内緒にしてくださいね」 「何も聞いてませんよ。女性が口喧嘩している声は聞こえましたけどね」  サーディとはその後も少しだけ他愛もない話をして別れた。本当は酒の方が好きなのだとか、ロックナンバーに対する愚痴なんかも聞いた。彼女が去った後、なんだか久々に女性とまともに話をしたような気がして安堵の余韻に浸っていた。  そうして過ごしていたはずだった。 「シアン?」  サーディと話している間に、シアンは忽然と姿を消していた。シフォンケーキもミルクティーも空になっている。一体いつからいなくなっていたのだろう。店員に聞いてみたが心当たりはないという。オープンテラスの席は店内席と比べても見づらい位置にある。  代金くらいは気にならないものの、彼女がふらっとどこかへ行ってしまうのにはなんとなく落ち着かない心持ちになる。ダミアンはカフェの近くを歩き回ってみたが、その姿を見つけることはついにできなかった。  日が暮れてしまう。ヒバルに何も言わないでサボってしまうのも申し訳ない。ダミアンはそのまま帰ることにした。



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