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ロックナンバー

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 シドーが不明な人影を追っていた経緯と結果を報告する時、ヒバルの横には見慣れない男性が立っており、その隣には女性が立っていた。特に男性はレザーのショルダーガードにグローブ、硬そうなブーツは特殊な作りで膝までカバーしている。大振りの刃物を納めたらしい鞘を背負っているのは、彼の背中からそれらしい柄が見えることから判断できた。  戦闘を生業にする者だ、と理解した。瞬間、ダミアンの脳裏に嫌な思い出をフラッシュバックさせる。 『ペンは人を殺すこともあるらしいけど、あなたのペンはそれすら出来ない。その細い指で何ができるの?』  サンダースの声が生々しく蘇る。彼女はそう言った後、背後に控えていた男に抱きついた。男は武闘派を思わせる大きな人間で、身長だけならダミアンも同じくらいなのに見上げてしまうような威圧感があった。 「あ、か……」  吐き気が込み上げた時、ヒバルの隣に立っていた男が一歩二歩と近づいてきて尖ったブーツを鳴らした。 「初めましてどうも! ロックナンバーと申します! あなたが話題の作家さん?」  物騒な物を背負っている割には、随分と馴れ馴れしい男だとシドーは思ったようだ。ダミアンはといえば、男性として生まれた自身を恨みたくなるような気分に襲われている。  第一印象が良くないまま、ロックナンバーと名乗った男は言葉を続けた。 「新種の怪獣が出現したと聞いてやってきました! しかも大型以上と推測されるものだ! 被害は家屋の半壊、人間の犠牲者はゼロ!! ヤバいじゃないですか! 今までにないことですよ!」  被害に遭ったのはゼロではないが、確かに死者は出ていない。大型以上の怪獣の出現と襲撃においては確かに類を見ない状況と言える。だがそれを素直に喜べないし受け入れられないのはダミアンもシドーも同じであった。シドーはジロリとヒバルを見ているが、ヒバルも普段より険しい表情をしていて口を硬く結んでいる。 「初めまして。サーディと申します」  ロックナンバーの隣に立っていた女性が名乗り出た。彼女もまたレザーの軽装備を身につけているが、こちらは銃火器を携帯しているようだ。 「我々は正式なオファーを受け、この港町ベルティナに到着しました。現在は我々を含めたメンバー四名のみですが、数日後には他メンバーもここに到着する予定となっています」 「ふん、物々しいですね」  シドーが面白くなさそうな顔をしたのを、ヒバルは硬い表情のまま制した。 「お前の話は後で聞く。……港町の安全は住民全員の願いだ。漁に出られないのはもちろん、貨物船が入れないのも問題だからな」  港町ベルティナは湾に面している。ダミアンの家屋を襲った怪獣が湾の中にいるとして、誰が落ち着いて仕事ができるだろうか。湾の外に出たかもしれない。中にいるかもしれない。これまで怪獣は全て地上でのみ遭遇してきた。それがこの広い海のどこかにいるかもしれないというのだ。 「あの……」  か細い声はダミアンのものだったが、誰もがその発言を聞き逃さず視線を向けた。集中線のようなものを感じてたじろいだものの、引っ込みそうになった声を出した。 「皆さんは、ここで何をするんですか。海の怪獣を倒すんですか」 「当たり前じゃないですか!」  声を荒げたのはロックナンバーだ。 「犠牲者ゼロは偶然に過ぎません! 身体がデカい奴の中には狡猾な奴もいます。フェイントをかけてきたり、自分で壊した建築や設備を武器みたいに使ったりね。海の奴だって何を考えているかわかりませんよ」 「ラムラスさん……」  怪訝な声で名前を口にしたのはヒバルだ。ここでヒバルの疑念を向けられては、ダミアンの後ろ盾がなくなってしまう。誤解を解くべく、ダミアンは慌てて首を振った。 「い、いや! すみません。どんな姿かも、何をしてくるのかもわからないのに、どうするのかと思いまして」 「それはこれから考えます! 海にいるなら、陸地に引き揚げた方が有利かもしれませんしね!」 「陸地? 大丈夫なんですか、その……町や港があるのに」 「もちろん考慮しますよ!」  ダミアンとロックナンバーのやり取りは、ヒバルたち三人を呆れさせるのに十分なものだった。  ダミアンは元々都会に住んでおり、日常的に怪獣を目にしたり脅威に晒されることがない生活をしてきた。一日のほとんどを室内にいて物語を書く仕事など、ベルティナのような町ではできない。  対してロックナンバーの応答は要するに、まだ何も考えてない。わからないと言っているのだ。ダミアンの不安を払拭することはできないし、ロックナンバーの打つ手がどこまで通用するのかの現実的かつ具体的な話はない。  そもそも大きさがわからないのに陸地に引き揚げるというのも無理な話だろう。  サーディがため息と共にロックナンバーの肩を掴んでダミアンとの距離を引き離した。 「今日のところは挨拶のみということでしたので、これで失礼致します。海の怪獣について、ラムラス様のお話を聞かせて頂きたいので、また日を改めさせてください」 「シドー、送って差し上げろ。下宿先はセカンドライトだ」  指示を受けたものの納得のいかない様子だ。シドーは二度ほど適当に頷くとロックナンバーとサーディを促して外へ出て行った。セカンドライトとは、他の海域からやってきた船乗りたち向けの宿の一つだ。今は港を使う船が激減しているため、海の男たちの誇りが錆びてしまうと喚いているらしい。  置いて行かれた気分になったダミアンは、なんとなく居心地が悪くなり自分も部屋に戻ろうとしたところにヒバルに呼び止められた。 「奴らを呼んだのは俺……私じゃあないんですよ」  ばつが悪そうにしてヒバルは言った。 「住民たちに押し切られる形で、別の奴が呼びつけたんです。今後、人々の注目はラムラスさんではなく、当面はロックナンバーたちになるでしょう。しかし懸念点がある」 「懸念?」 「戦闘集団が来ると治安が悪くなるんです」 「なぜです?」  ダミアンから見れば、武装している者がいるのに悪事なんか働く気になれないと思ったのだ。ヒバルはゆっくり首を横に振った。 「サーディが言っていたが、後からロックナンバーの部下どもが来ることになっています。そのあとは傭兵希望、入団希望者に紛れて悪徳商人なんかもやって来るでしょう。  一応、あれでも功績を重ねた戦闘集団ですからね。人が動けば金が動くことにはなりますが、金が集まり始めるとさらに人が集まる。ベルティナが抱えることができない状況になるのもそう遠くはないでしょう」  武器を持つ者が起こす暴力事件はダミアンも知っているところだ。だが都会のそれと小さな港町での問題とでは見えてくるものが違うだろう。ベルティナ程度の町では怪獣に対する十分な力を持たないからロックナンバーを呼び寄せたのに、暴力に物を言わせる者が増えればどうなるかなど目に見えている。  強いのは武器であって、その人物ではない場合がある。鉛玉を飛ばす拳銃を与えさえすれば、子供だって死角から歴戦の勇士の命を奪うことができるのだ。  文化の違いや他の地域からの流入による混乱も免れない。今でこそシドーはダミアンに不躾な態度をとるほどに慣れたが、彼は他所から来た者に対して寛容ではなさそうだ。それは海辺で遭遇したあの女性への態度からも判断できる。  ここでようやくダミアンは浮浪者と思しき人間がいたことを思い出してヒバルに報告した。頭が痛そうな顔をしてヒバルは寸の間を考え事に費やした。 「もう来たか……戦闘集団が来ると増えるんですよ」 「放っておくんですか?」 「どうするんですか? これからそういう人間が増えますよ。助けを求める人間が向かう先は人間が集まる場所ですからね。  それにロックナンバーが来たことで、ライバル意識を持つ戦闘集団だとか、自称怪獣専門家や研究家の団体もこちらに向かっているんです。  特に病院はたちまち連中の遊び場になりますよ」 「では、彼らが来る前に連れて行きます」  ダミアンの言葉に、声には出さないがヒバルの口は「は?」と言っている。 「彼女、言語障害があるようで……もしかしたら、彼女も怪獣に遭遇したのかもしれません。海岸沿いに逃げてしまったので」 「女性なんですか? まあ……お任せしますよ。浮浪者が問題を起こさないとも限りませんからね。必ずシドーを連れて行ってください」



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 シドーが不明な人影を追っていた経緯と結果を報告する時、ヒバルの横には見慣れない男性が立っており、その隣には女性が立っていた。特に男性はレザーのショルダーガードにグローブ、硬そうなブーツは特殊な作りで膝までカバーしている。大振りの刃物を納めたらしい鞘を背負っているのは、彼の背中からそれらしい柄が見えることから判断できた。  戦闘を生業にする者だ、と理解した。瞬間、ダミアンの脳裏に嫌な思い出をフラッシュバックさせる。 『ペンは人を殺すこともあるらしいけど、あなたのペンはそれすら出来ない。その細い指で何ができるの?』  サンダースの声が生々しく蘇る。彼女はそう言った後、背後に控えていた男に抱きついた。男は武闘派を思わせる大きな人間で、身長だけならダミアンも同じくらいなのに見上げてしまうような威圧感があった。 「あ、か……」  吐き気が込み上げた時、ヒバルの隣に立っていた男が一歩二歩と近づいてきて尖ったブーツを鳴らした。 「初めましてどうも! ロックナンバーと申します! あなたが話題の作家さん?」  物騒な物を背負っている割には、随分と馴れ馴れしい男だとシドーは思ったようだ。ダミアンはといえば、男性として生まれた自身を恨みたくなるような気分に襲われている。  第一印象が良くないまま、ロックナンバーと名乗った男は言葉を続けた。 「新種の怪獣が出現したと聞いてやってきました! しかも大型以上と推測されるものだ! 被害は家屋の半壊、人間の犠牲者はゼロ!! ヤバいじゃないですか! 今までにないことですよ!」  被害に遭ったのはゼロではないが、確かに死者は出ていない。大型以上の怪獣の出現と襲撃においては確かに類を見ない状況と言える。だがそれを素直に喜べないし受け入れられないのはダミアンもシドーも同じであった。シドーはジロリとヒバルを見ているが、ヒバルも普段より険しい表情をしていて口を硬く結んでいる。 「初めまして。サーディと申します」  ロックナンバーの隣に立っていた女性が名乗り出た。彼女もまたレザーの軽装備を身につけているが、こちらは銃火器を携帯しているようだ。 「我々は正式なオファーを受け、この港町ベルティナに到着しました。現在は我々を含めたメンバー四名のみですが、数日後には他メンバーもここに到着する予定となっています」 「ふん、物々しいですね」  シドーが面白くなさそうな顔をしたのを、ヒバルは硬い表情のまま制した。 「お前の話は後で聞く。……港町の安全は住民全員の願いだ。漁に出られないのはもちろん、貨物船が入れないのも問題だからな」  港町ベルティナは湾に面している。ダミアンの家屋を襲った怪獣が湾の中にいるとして、誰が落ち着いて仕事ができるだろうか。湾の外に出たかもしれない。中にいるかもしれない。これまで怪獣は全て地上でのみ遭遇してきた。それがこの広い海のどこかにいるかもしれないというのだ。 「あの……」  か細い声はダミアンのものだったが、誰もがその発言を聞き逃さず視線を向けた。集中線のようなものを感じてたじろいだものの、引っ込みそうになった声を出した。 「皆さんは、ここで何をするんですか。海の怪獣を倒すんですか」 「当たり前じゃないですか!」  声を荒げたのはロックナンバーだ。 「犠牲者ゼロは偶然に過ぎません! 身体がデカい奴の中には狡猾な奴もいます。フェイントをかけてきたり、自分で壊した建築や設備を武器みたいに使ったりね。海の奴だって何を考えているかわかりませんよ」 「ラムラスさん……」  怪訝な声で名前を口にしたのはヒバルだ。ここでヒバルの疑念を向けられては、ダミアンの後ろ盾がなくなってしまう。誤解を解くべく、ダミアンは慌てて首を振った。 「い、いや! すみません。どんな姿かも、何をしてくるのかもわからないのに、どうするのかと思いまして」 「それはこれから考えます! 海にいるなら、陸地に引き揚げた方が有利かもしれませんしね!」 「陸地? 大丈夫なんですか、その……町や港があるのに」 「もちろん考慮しますよ!」  ダミアンとロックナンバーのやり取りは、ヒバルたち三人を呆れさせるのに十分なものだった。  ダミアンは元々都会に住んでおり、日常的に怪獣を目にしたり脅威に晒されることがない生活をしてきた。一日のほとんどを室内にいて物語を書く仕事など、ベルティナのような町ではできない。  対してロックナンバーの応答は要するに、まだ何も考えてない。わからないと言っているのだ。ダミアンの不安を払拭することはできないし、ロックナンバーの打つ手がどこまで通用するのかの現実的かつ具体的な話はない。  そもそも大きさがわからないのに陸地に引き揚げるというのも無理な話だろう。  サーディがため息と共にロックナンバーの肩を掴んでダミアンとの距離を引き離した。 「今日のところは挨拶のみということでしたので、これで失礼致します。海の怪獣について、ラムラス様のお話を聞かせて頂きたいので、また日を改めさせてください」 「シドー、送って差し上げろ。下宿先はセカンドライトだ」  指示を受けたものの納得のいかない様子だ。シドーは二度ほど適当に頷くとロックナンバーとサーディを促して外へ出て行った。セカンドライトとは、他の海域からやってきた船乗りたち向けの宿の一つだ。今は港を使う船が激減しているため、海の男たちの誇りが錆びてしまうと喚いているらしい。  置いて行かれた気分になったダミアンは、なんとなく居心地が悪くなり自分も部屋に戻ろうとしたところにヒバルに呼び止められた。 「奴らを呼んだのは俺……私じゃあないんですよ」  ばつが悪そうにしてヒバルは言った。 「住民たちに押し切られる形で、別の奴が呼びつけたんです。今後、人々の注目はラムラスさんではなく、当面はロックナンバーたちになるでしょう。しかし懸念点がある」 「懸念?」 「戦闘集団が来ると治安が悪くなるんです」 「なぜです?」  ダミアンから見れば、武装している者がいるのに悪事なんか働く気になれないと思ったのだ。ヒバルはゆっくり首を横に振った。 「サーディが言っていたが、後からロックナンバーの部下どもが来ることになっています。そのあとは傭兵希望、入団希望者に紛れて悪徳商人なんかもやって来るでしょう。  一応、あれでも功績を重ねた戦闘集団ですからね。人が動けば金が動くことにはなりますが、金が集まり始めるとさらに人が集まる。ベルティナが抱えることができない状況になるのもそう遠くはないでしょう」  武器を持つ者が起こす暴力事件はダミアンも知っているところだ。だが都会のそれと小さな港町での問題とでは見えてくるものが違うだろう。ベルティナ程度の町では怪獣に対する十分な力を持たないからロックナンバーを呼び寄せたのに、暴力に物を言わせる者が増えればどうなるかなど目に見えている。  強いのは武器であって、その人物ではない場合がある。鉛玉を飛ばす拳銃を与えさえすれば、子供だって死角から歴戦の勇士の命を奪うことができるのだ。  文化の違いや他の地域からの流入による混乱も免れない。今でこそシドーはダミアンに不躾な態度をとるほどに慣れたが、彼は他所から来た者に対して寛容ではなさそうだ。それは海辺で遭遇したあの女性への態度からも判断できる。  ここでようやくダミアンは浮浪者と思しき人間がいたことを思い出してヒバルに報告した。頭が痛そうな顔をしてヒバルは寸の間を考え事に費やした。 「もう来たか……戦闘集団が来ると増えるんですよ」 「放っておくんですか?」 「どうするんですか? これからそういう人間が増えますよ。助けを求める人間が向かう先は人間が集まる場所ですからね。  それにロックナンバーが来たことで、ライバル意識を持つ戦闘集団だとか、自称怪獣専門家や研究家の団体もこちらに向かっているんです。  特に病院はたちまち連中の遊び場になりますよ」 「では、彼らが来る前に連れて行きます」  ダミアンの言葉に、声には出さないがヒバルの口は「は?」と言っている。 「彼女、言語障害があるようで……もしかしたら、彼女も怪獣に遭遇したのかもしれません。海岸沿いに逃げてしまったので」 「女性なんですか? まあ……お任せしますよ。浮浪者が問題を起こさないとも限りませんからね。必ずシドーを連れて行ってください」



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