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第1楽章〜アレグロ〜⑧

ー/ー



 午前9時30分――――――。

 〜黒田竜司の見解〜

「ご乗車ありがとうございました。まもなく、御房(ごぼう)御房(ごぼう)です。お出口は右側です」

 特急くろしお1号の車内にアナウンスが流れ、4号車の車内は慌ただしくなった。

「停車時間は短いから、各自すみやかに下車する準備をしておくように」

 顧問の久川先生は、一つ手前の停車駅を出発した時点でそう告げていたが、50名近くの部員全員が、到着時刻に合わせて同じように行動できるわけではない。

 メンバーのうち何人かは、あと、数分で目的駅に到着というところでバタバタと慌てて荷物をまとめだす者もいる。

「まったく……だから、さっきも言ったのに……」

 壮馬は、少し苦い表情で荷物をまとめる部員に目を向ける久川先生の隣で、降車の準備をする吹奏楽部の面々を楽しげなようすでカメラに動画に収めていた。こうした光景も、壮馬的には編集の際の貴重な「()(だか)」というやつなのかも知れない。

 初めて降り立った御房の駅は、JRの上りと下りのホームの他に、地方鉄道の線路が併設されているだけという典型的なローカル駅の風情だった。
 ホームに降りて、青空を見上げながら身体を伸ばすと、摂氏35℃に迫る真夏の太陽が作る熱気がまとわりついてきた。

 線路をまたぐ跨線橋を渡り、小ぢんまりとした改札口を出ると、駅前のロータリーの近くには、大型のバスが待機していた。
 人数が多い上に、楽器の移動も必要なため、こうした移動手段が必要となるのだろう。

 あらためて、今回の合宿の規模の大きさを感じながら、楽器などを効率的にバスの荷物入れに運び入れる2年生と3年生の部員の手際の良さに感心する。このような光景もまた、密着取材の対象になるようで、撮影係の親友は、相変わらずの熱心さでカメラを回し続けていた。

 そんな風に、駅前のそれぞれのようすを眺めていると、これまた楽しげな表情を浮かべた寿先輩が近づいてきた。

「さっきの停車時間は、どこに行ったのかと思っていたら……黒田くん、なかなかやるじゃん」

 彼女はニマニマと微笑みながら、右腕の肘の部分で、ウリウリとオレの脇腹をつついてくる。

「え? なんのことッスか?」

 上級生の表情に不審なものを感じながらたずねると、彼女は、「これよこれ」と言いながら自分のスマホをかざし、SNSのアプリの画面をこちらに見せてきた。

「これって、黒田くんと後輩ちゃんでしょう? 私たち他のメンバーを差し置いて、こんなツーショットを撮って来るなんて、アナタも隅に置けないな〜」

 全般的に若々しさを感じさせない言葉遣いにたじろぎながら、彼女の差し出した画面を確認すると、そこには、スタンプで顔を隠した男子生徒と女子生徒が、パンダ列車の前に並んで写っていた。

「あっ、これ、さっきの! 天宮さんがアップロードしたんですか?」

「そうだよ〜。まだ、アップされたばっかだけど、もう、みんな話題にしてるよ」

 その画像は、大きなスタンプが二人の顔を覆っているものの、間違いなく、数十分前パンダ列車が和歌山駅に停車したとき、下級生の女子が撮影したものだった。

「いや、それは天宮さんの撮影に協力したお礼に撮ってもらっただけなので……」

「ふ〜ん、まあ、そういうことでも良いけど……練習のとき以外は、遠慮なく後輩ちゃんとの時間を楽しんでね。夏休み返上で私たちの合宿に同行してくれているんだから、それくらいの役得は、吹奏楽部の幹部権限で認めちゃうから」

 キッパリと断言する寿先輩の言葉に苦笑しながら、オレもハッキリと宣言した。

「いや、皆さんの練習や活動の邪魔になることはしませんから……心配しないでください」

「なんだよ〜。つまんない奴だな〜」

 冗談めかして、ブ〜と不満を述べる上級生を適当にいなしながら、準備が整った大型バスに乗車する。
 駅前のロータリーを回るように、ゆっくりと走り出したバスは、国道に入って北へと進んでいく。

 合宿所となる白咲青少年の家という施設は、ここから、30分程の場所にあるらしい。

 しばらく、JRの線路沿いの国道を走っていたバスは、途中で左折して県道に入り、海岸線を軽快に進む。

 南国を思わせる陽光に恵まれた海沿いの景色は、それだけでリゾート地に来たのかと思わせるほど、心弾ませるものだった。

 そして、観光地として名高い白咲海洋公園にバスが近づくと、その景観は、さらに神秘的なものになる。
 左手側の車窓には、青い空ときらめく海、そして白い石灰岩が作り出す光景は、「日本のエーゲ海」と呼ばれるに相応しい美しさだ。

 その幻想的な風景に、大型バスの車内からは、この日一番の歓声が上がる。

「わ~キレイ」
「すごいね~」

 海岸の突起部分にあたる場所は、海洋公園として整備されていて、階段を上がり、白い石灰岩に囲まれた道を進んだ先にある展望台からは、目の前に広がる海と白い岩が連なる絶景を一望できると言う。

 今回の合宿の最終日には、練習を午前中で切り上げて、海洋公園に併設された道の駅で昼食をとり、その後、しばらくの間、海洋公園での自由時間が設けられているそうだ。

 その最終日に見ることが出来る絶景に期待しながら胸を高鳴らせていると、海洋公園の入り口を通過したバスは、山道を登り始め、高台にある宿泊施設の駐車場に停車した。


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 午前9時30分――――――。
 〜黒田竜司の見解〜
「ご乗車ありがとうございました。まもなく、|御房《ごぼう》、|御房《ごぼう》です。お出口は右側です」
 特急くろしお1号の車内にアナウンスが流れ、4号車の車内は慌ただしくなった。
「停車時間は短いから、各自すみやかに下車する準備をしておくように」
 顧問の久川先生は、一つ手前の停車駅を出発した時点でそう告げていたが、50名近くの部員全員が、到着時刻に合わせて同じように行動できるわけではない。
 メンバーのうち何人かは、あと、数分で目的駅に到着というところでバタバタと慌てて荷物をまとめだす者もいる。
「まったく……だから、さっきも言ったのに……」
 壮馬は、少し苦い表情で荷物をまとめる部員に目を向ける久川先生の隣で、降車の準備をする吹奏楽部の面々を楽しげなようすでカメラに動画に収めていた。こうした光景も、壮馬的には編集の際の貴重な「|撮《と》れ|高《だか》」というやつなのかも知れない。
 初めて降り立った御房の駅は、JRの上りと下りのホームの他に、地方鉄道の線路が併設されているだけという典型的なローカル駅の風情だった。
 ホームに降りて、青空を見上げながら身体を伸ばすと、摂氏35℃に迫る真夏の太陽が作る熱気がまとわりついてきた。
 線路をまたぐ跨線橋を渡り、小ぢんまりとした改札口を出ると、駅前のロータリーの近くには、大型のバスが待機していた。
 人数が多い上に、楽器の移動も必要なため、こうした移動手段が必要となるのだろう。
 あらためて、今回の合宿の規模の大きさを感じながら、楽器などを効率的にバスの荷物入れに運び入れる2年生と3年生の部員の手際の良さに感心する。このような光景もまた、密着取材の対象になるようで、撮影係の親友は、相変わらずの熱心さでカメラを回し続けていた。
 そんな風に、駅前のそれぞれのようすを眺めていると、これまた楽しげな表情を浮かべた寿先輩が近づいてきた。
「さっきの停車時間は、どこに行ったのかと思っていたら……黒田くん、なかなかやるじゃん」
 彼女はニマニマと微笑みながら、右腕の肘の部分で、ウリウリとオレの脇腹をつついてくる。
「え? なんのことッスか?」
 上級生の表情に不審なものを感じながらたずねると、彼女は、「これよこれ」と言いながら自分のスマホをかざし、SNSのアプリの画面をこちらに見せてきた。
「これって、黒田くんと後輩ちゃんでしょう? 私たち他のメンバーを差し置いて、こんなツーショットを撮って来るなんて、アナタも隅に置けないな〜」
 全般的に若々しさを感じさせない言葉遣いにたじろぎながら、彼女の差し出した画面を確認すると、そこには、スタンプで顔を隠した男子生徒と女子生徒が、パンダ列車の前に並んで写っていた。
「あっ、これ、さっきの! 天宮さんがアップロードしたんですか?」
「そうだよ〜。まだ、アップされたばっかだけど、もう、みんな話題にしてるよ」
 その画像は、大きなスタンプが二人の顔を覆っているものの、間違いなく、数十分前パンダ列車が和歌山駅に停車したとき、下級生の女子が撮影したものだった。
「いや、それは天宮さんの撮影に協力したお礼に撮ってもらっただけなので……」
「ふ〜ん、まあ、そういうことでも良いけど……練習のとき以外は、遠慮なく後輩ちゃんとの時間を楽しんでね。夏休み返上で私たちの合宿に同行してくれているんだから、それくらいの役得は、吹奏楽部の幹部権限で認めちゃうから」
 キッパリと断言する寿先輩の言葉に苦笑しながら、オレもハッキリと宣言した。
「いや、皆さんの練習や活動の邪魔になることはしませんから……心配しないでください」
「なんだよ〜。つまんない奴だな〜」
 冗談めかして、ブ〜と不満を述べる上級生を適当にいなしながら、準備が整った大型バスに乗車する。
 駅前のロータリーを回るように、ゆっくりと走り出したバスは、国道に入って北へと進んでいく。
 合宿所となる白咲青少年の家という施設は、ここから、30分程の場所にあるらしい。
 しばらく、JRの線路沿いの国道を走っていたバスは、途中で左折して県道に入り、海岸線を軽快に進む。
 南国を思わせる陽光に恵まれた海沿いの景色は、それだけでリゾート地に来たのかと思わせるほど、心弾ませるものだった。
 そして、観光地として名高い白咲海洋公園にバスが近づくと、その景観は、さらに神秘的なものになる。
 左手側の車窓には、青い空ときらめく海、そして白い石灰岩が作り出す光景は、「日本のエーゲ海」と呼ばれるに相応しい美しさだ。
 その幻想的な風景に、大型バスの車内からは、この日一番の歓声が上がる。
「わ~キレイ」
「すごいね~」
 海岸の突起部分にあたる場所は、海洋公園として整備されていて、階段を上がり、白い石灰岩に囲まれた道を進んだ先にある展望台からは、目の前に広がる海と白い岩が連なる絶景を一望できると言う。
 今回の合宿の最終日には、練習を午前中で切り上げて、海洋公園に併設された道の駅で昼食をとり、その後、しばらくの間、海洋公園での自由時間が設けられているそうだ。
 その最終日に見ることが出来る絶景に期待しながら胸を高鳴らせていると、海洋公園の入り口を通過したバスは、山道を登り始め、高台にある宿泊施設の駐車場に停車した。