表示設定
表示設定
目次 目次




11

ー/ー



「おかえりなさいませ、パーカー様」
「おかえりじゃねぇよ、コレ見えねぇのか!?」

 若者が報酬を取りに現れたのは即日どころか一週間後だった。

「見えております。おいたわしいことです」

 若者の新品の冒険者服は確かに希望どおり汚れてはいなかったが、若者は右目に眼帯をしていた。

「ざけんな! 目玉が溶けたんだぞ!? 怪我をしないクエストがいいって言ったじゃねぇか!」
「お言葉ですが、怪我については冒険者様の行動次第と申し上げました」
「だっ、だけど……」
「クエスト依頼者様から先にご報告をいただいています。パーカー様、あなたは『厳禁』を犯したそうですね。決して直接目にしてはいけない粘菌を、魔導顕微鏡越しでなく、直接右目で覗き見た」
「いや、だって厳禁とか知らねぇし……!」
「では私にも嘘を吐かれたのですね。注意事項はすべて読んだとおっしゃったのに」
「あんなのぜんぶ読めるかよ! それより、どうにかしてくれ。視力が戻らないんだ。失明なんて嫌だ」
「上級魔導医師にはお診せになりましたか?」
「お診せになれるかよ。あんなの富裕層の専属だろ」

 目玉のような繊細複雑な器官の再生は、中級以下の魔導医師では難しい。

「あんたの紹介したクエストでこうなったんだから、責任取ってくれよ」
「責任は、冒険者であるパーカー様ご自身にあります」
「頼むよ! 見えなくなるなんて……!」
「ですが、生きておいでです」
「はあ?」
「命がご無事だったのですから、上級魔導医師に掛かる代金はまた、クエストで稼げばいいじゃないですか」

 おや、と思った。平坦だった彼女の声に、今初めて、憤りのような揺らぎが見えた気がした。

「生きているのに、文句を言わないでください」

 言うねぇ、と思ったときにはもう、沸点の低い未熟な若者はカウンターをバンッと叩いて彼女に詰め寄っていた。

「うるせえクソ女! 自分は安全地帯にいて、のうのうと案内してるだけのくせにッ! ごめんなさいくらい言ったらどうだ! ああ!?」
「ご存じですか」

 彼女は怯まなかった。

「無事に帰ってくる100人の裏には、無事じゃない姿で帰ってくる70人と、帰ってこない30人がいるのです。一番文句を言いたいのはその30人のはずなのに、彼らは何も言いません」
「当たり前だろ、死んでんだから!」
「私に文句を言う資格があるのはその30人だけです。70人のあなたは、自分で責任を負って生きていってください」
「このっ」

 若者の手が彼女の制服の胸倉に伸びる。僕が駆け出すその前に、警備係がふたり飛んでいき、若者を羽交い絞めにする。

「わっわっ、何だよお前ら」
「パーカー様、しばらく出禁にさせていただきます」
「おい、ちょっ、やめろ、離せ」
「お疲れさまでございました、パーカー様」

 警備係に引きずられていく若者を、最敬礼の45度で見送る。もったいない。なんであんなヤツに。

 ああ、そうか、と不意に僕は思った。
 帰ってこなかった30人を、きみは背負って生きているのか。

 だからきみは、誰も見ていないときだって、綺麗な礼をするんだな。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 12


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「おかえりなさいませ、パーカー様」
「おかえりじゃねぇよ、コレ見えねぇのか!?」
 若者が報酬を取りに現れたのは即日どころか一週間後だった。
「見えております。おいたわしいことです」
 若者の新品の冒険者服は確かに希望どおり汚れてはいなかったが、若者は右目に眼帯をしていた。
「ざけんな! 目玉が溶けたんだぞ!? 怪我をしないクエストがいいって言ったじゃねぇか!」
「お言葉ですが、怪我については冒険者様の行動次第と申し上げました」
「だっ、だけど……」
「クエスト依頼者様から先にご報告をいただいています。パーカー様、あなたは『厳禁』を犯したそうですね。決して直接目にしてはいけない粘菌を、魔導顕微鏡越しでなく、直接右目で覗き見た」
「いや、だって厳禁とか知らねぇし……!」
「では私にも嘘を吐かれたのですね。注意事項はすべて読んだとおっしゃったのに」
「あんなのぜんぶ読めるかよ! それより、どうにかしてくれ。視力が戻らないんだ。失明なんて嫌だ」
「上級魔導医師にはお診せになりましたか?」
「お診せになれるかよ。あんなの富裕層の専属だろ」
 目玉のような繊細複雑な器官の再生は、中級以下の魔導医師では難しい。
「あんたの紹介したクエストでこうなったんだから、責任取ってくれよ」
「責任は、冒険者であるパーカー様ご自身にあります」
「頼むよ! 見えなくなるなんて……!」
「ですが、生きておいでです」
「はあ?」
「命がご無事だったのですから、上級魔導医師に掛かる代金はまた、クエストで稼げばいいじゃないですか」
 おや、と思った。平坦だった彼女の声に、今初めて、憤りのような揺らぎが見えた気がした。
「生きているのに、文句を言わないでください」
 言うねぇ、と思ったときにはもう、沸点の低い未熟な若者はカウンターをバンッと叩いて彼女に詰め寄っていた。
「うるせえクソ女! 自分は安全地帯にいて、のうのうと案内してるだけのくせにッ! ごめんなさいくらい言ったらどうだ! ああ!?」
「ご存じですか」
 彼女は怯まなかった。
「無事に帰ってくる100人の裏には、無事じゃない姿で帰ってくる70人と、帰ってこない30人がいるのです。一番文句を言いたいのはその30人のはずなのに、彼らは何も言いません」
「当たり前だろ、死んでんだから!」
「私に文句を言う資格があるのはその30人だけです。70人のあなたは、自分で責任を負って生きていってください」
「このっ」
 若者の手が彼女の制服の胸倉に伸びる。僕が駆け出すその前に、警備係がふたり飛んでいき、若者を羽交い絞めにする。
「わっわっ、何だよお前ら」
「パーカー様、しばらく出禁にさせていただきます」
「おい、ちょっ、やめろ、離せ」
「お疲れさまでございました、パーカー様」
 警備係に引きずられていく若者を、最敬礼の45度で見送る。もったいない。なんであんなヤツに。
 ああ、そうか、と不意に僕は思った。
 帰ってこなかった30人を、きみは背負って生きているのか。
 だからきみは、誰も見ていないときだって、綺麗な礼をするんだな。