第5話_覚悟
ー/ーしばらく、その巨大なスライダーを見つめていた。
視線を逸らそうとしても、赤くうねる表面が網膜に焼き付いて離れない。
空調のない空間で、じっとりとした湿気がスーツの内側にこもる。
胸の奥で、心臓が規則を乱し始め、鼓動が耳の奥で反響していた。
「行くしか…ないか……」
覚悟を固めた声が、この広大な空間に不釣り合いなほど大きく跳ね返ってきた。
それは自分自身に返ってくるはずの声なのに、まるで別の誰かの声のように響く。
一歩。
革靴の底がタイルに吸い付くように、ペタリと音を立てる。
もう一歩。
近づくごとに、赤い大蛇の口はさらに巨大に広がり、その奥の闇が不気味な深さを晒していく。
近くで見ると、表面には無数の擦り傷や古い水垢がこびりつき、鉄とカビが混ざった匂いが鼻を突いた。
口は思った以上に低く、腰を大きくかがめなければ入れない。
だが、その先は完全な暗闇――何ひとつ見えない。
「よし……」
そう呟き、かがんだ背をさらに低くして、暗い口の中へと足を踏み入れた。
――瞬間、重力が消える。
身体が宙に浮いたような感覚の直後、急角度の下りが全身を押し潰す。
赤い曲面が信じられないほど急にねじれ、身体が何度も左右へ叩きつけられる。
肘、肩、背中――節々に鈍い痛みが走る。
「ぐぁっ……!」
声が勝手に漏れた。
暗闇は終わらない。
どこまで滑っても出口は見えず、時間の感覚がどんどん引き延ばされていく。
ただ、果てしなく続く湾曲と衝撃、そして重力の波が身体を翻弄し続けた。
そして突然――
吐き出されるように、田中の身体は滑り口から放り出された。
床に叩きつけられ、数回転がって、ようやく静止する。
「くっそ……ひでぇスライダーだな……いてて……」
荒い息を吐きながら、痛む腰を押さえて体を起こす。
そのとき、掌に触れた床の感触が、あまりに場違いで違和感を生んだ。
ひんやりと冷たく、そして異様に滑らか。
「えっ..?」
顔を上げる。
そこは薄暗い白の部屋――
壁は無機質な白、床も同じ色合いだが、どこか病的な冷たさを放っている。
無機質な鉄枠のベッドがひとつ、ぽつんと置かれていた。
だがシーツは乱れ、誰もいないのに、隣の心電図モニターは数値を暴走させるように乱れ続けている。
ピッ……ピッ……ピピピピ――!
異常値を示す音と、ジー……という耳障りな蛍光灯の点滅音。
そのふたつが重なり、狭い室内に不快なリズムを刻んでいた。
視線を逸らそうとしても、赤くうねる表面が網膜に焼き付いて離れない。
空調のない空間で、じっとりとした湿気がスーツの内側にこもる。
胸の奥で、心臓が規則を乱し始め、鼓動が耳の奥で反響していた。
「行くしか…ないか……」
覚悟を固めた声が、この広大な空間に不釣り合いなほど大きく跳ね返ってきた。
それは自分自身に返ってくるはずの声なのに、まるで別の誰かの声のように響く。
一歩。
革靴の底がタイルに吸い付くように、ペタリと音を立てる。
もう一歩。
近づくごとに、赤い大蛇の口はさらに巨大に広がり、その奥の闇が不気味な深さを晒していく。
近くで見ると、表面には無数の擦り傷や古い水垢がこびりつき、鉄とカビが混ざった匂いが鼻を突いた。
口は思った以上に低く、腰を大きくかがめなければ入れない。
だが、その先は完全な暗闇――何ひとつ見えない。
「よし……」
そう呟き、かがんだ背をさらに低くして、暗い口の中へと足を踏み入れた。
――瞬間、重力が消える。
身体が宙に浮いたような感覚の直後、急角度の下りが全身を押し潰す。
赤い曲面が信じられないほど急にねじれ、身体が何度も左右へ叩きつけられる。
肘、肩、背中――節々に鈍い痛みが走る。
「ぐぁっ……!」
声が勝手に漏れた。
暗闇は終わらない。
どこまで滑っても出口は見えず、時間の感覚がどんどん引き延ばされていく。
ただ、果てしなく続く湾曲と衝撃、そして重力の波が身体を翻弄し続けた。
そして突然――
吐き出されるように、田中の身体は滑り口から放り出された。
床に叩きつけられ、数回転がって、ようやく静止する。
「くっそ……ひでぇスライダーだな……いてて……」
荒い息を吐きながら、痛む腰を押さえて体を起こす。
そのとき、掌に触れた床の感触が、あまりに場違いで違和感を生んだ。
ひんやりと冷たく、そして異様に滑らか。
「えっ..?」
顔を上げる。
そこは薄暗い白の部屋――
壁は無機質な白、床も同じ色合いだが、どこか病的な冷たさを放っている。
無機質な鉄枠のベッドがひとつ、ぽつんと置かれていた。
だがシーツは乱れ、誰もいないのに、隣の心電図モニターは数値を暴走させるように乱れ続けている。
ピッ……ピッ……ピピピピ――!
異常値を示す音と、ジー……という耳障りな蛍光灯の点滅音。
そのふたつが重なり、狭い室内に不快なリズムを刻んでいた。
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