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旧時代の人々(前編)

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 拍手とともに迎え入れられた最初のゲストは男性だった。ミラーよりもやや濃いブラウンの頭髪を緩くセットした、細身の男性である。  長身ではあるがミラーほどの体格はなく、前で組んでいる手の指は繊細そうに骨張っている。グレーのジャケットは大判のチェック柄。白いシャツにダークネイビーのパンツという立ち姿は目立つものではないが、この番組においては地味すぎることもない。  気弱そうだが柔和な顔立ちをしており、緊張した笑顔とともに会釈をしてミラーとの握手と軽いハグを交わした。 「第一部は旧時代の人々という話題にフォーカスしていきます! お呼びしたのは小説家ダミアン・ラムラスさんです!!」 「よろしくお願いします。ラムラスです。お招きくださってとても光栄です」  儚げにはにかむラムラスに、ミラーはソファを案内した。そこにスタッフが氷を浮かべた透明の水の入ったグラスをサイドテーブルに置く。細かな気泡が張り付くグラスの中には、輪切りにされた黄色い柑橘と、鮮やかな緑色をした植物のまるい葉がバランスよく沈められている。 「今回準備させて頂いたのは、ラムラスさんのお気に入りのトニックウォーターです! これはレモンとミントの定番スタイルですね!」 「仕事をする際によく飲みます。これを飲み干しても進まなければ、一旦デスクを離れるようにしています」 「モヒートとか飲まれます?」 「ああ、恥ずかしながら……アルコールは弱くて」  他愛のないトークから始まる和やかな空気。ミラーはラムラスがそこまで話し上手ではないことをリサーチ済みだ。 「まずはラムラスさんの紹介からさせてください! お酒に強くないというのは新しい情報でしたね!  皆さんもダミアンさんのお名前は知っているかと思います。作品を読んだことがなくとも、映画化された『木漏れ日の机上の恋』のポスターを見た方も多いのではないでしょうか?  そして先日からドラマがスタートした『八番目の鍵』も目が離せませんね! この二つの作品に共通しているのは、どちらも旧時代を舞台にしたストーリーということです!」  ラムラスは恐縮した様子を見せている。早速トニックウォーターを口にして、一息ついてから話し出した。 「はい、私は民俗学を齧っていたのですが、その中で得た知識と実際に残されている当時の人々の日記や記録などからのインスピレーションで制作しています」 「旧時代っていうと、結構前ですよね。百五十年くらい前になるんじゃないですか?」 「ええ。ですが歴史という観点からすれば、最近とも言えます。人類の歴史はもっと長いですからね」  一息。まだ緊張の解れない様子のラムラスは深く息を吐いて続けた。 「しかし、それすら霞んでしまうほどの出来事が百五十年の間に起こってしまった。我々の生きる現代では考えられないような価値観と人生観によって、人類の歴史は大きく歪んでしまったのです」  旧時代といえば、都市部では歴史や世界史、近代史として義務教育に含まれている。少なくともこの番組の視聴者にとっては、冒頭から聞き飽きるほどにつまらない内容になってしまうことをミラーは理解している。 「確か、当時は『国』という、大きな単位で地域分けされていたのですよね。我々の名前のルーツや言語の源流ともいわれています」  ここで二人の背景に変化が起きた。実は彼らの背後には大きなスクリーンが広がっており、話題に合わせて図面やアニメーションが表示されるようになっている。いまは現代の世界地図と大まかな地域分け、そしてより細かな『国』を表示した。 「おっしゃる通りです。ほぼ隙間なく土地の所有者と責任者が定められていたようなのですが、これは争いや差別の元の一つとなっていたようです」 「現代では考えられませんね! 山奥に入ってまで『ここは俺の土地!』なんて主張するなんて無謀ですよ」 「はい。国を出ると同時に隣接した国に入ることになるので、とても厳しく管理されていたようです。また、人類やこの世界環境に関わる大きな問題はそれぞれの国の代表が集結して議論を重ねていました」 「それは上手くいっていたのでしょうか? 責任がある立場になってしまうと、白黒で語れない部分もあったのではと邪推してしまいますが」  ラムラスは少し困った顔をしたのち、再びトニックウォーターを口に運んだ。 「利害が一致したときは大きな推進力を得たことでしょう。しかしご指摘のとおり、単純に決めることもできない問題も多く、かつそんなに時間もかけられない場合もあったと思います。  現代でも同じですね。その為にお金や人、物が動いてさらにそこから発展し、解決につながったり新たな問題や課題が出現したのです。歴史とはこれらの繰り返しです」 「改めて勉強をしている気分ですよ! 歴史のコーチが貴方なら、私はもう少し成績が良かったかもしれない!」 観客席から笑いが起こる。和やかな空気感に満たされ、改めて旧時代が古き人々の時代であることを思わせた。 「おっと、そろそろコマーシャルを入れなければスポンサーに怒られてしまいます! この後もラムラスさんとのトークが続きますので、どうぞご期待ください!」



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 拍手とともに迎え入れられた最初のゲストは男性だった。ミラーよりもやや濃いブラウンの頭髪を緩くセットした、細身の男性である。  長身ではあるがミラーほどの体格はなく、前で組んでいる手の指は繊細そうに骨張っている。グレーのジャケットは大判のチェック柄。白いシャツにダークネイビーのパンツという立ち姿は目立つものではないが、この番組においては地味すぎることもない。  気弱そうだが柔和な顔立ちをしており、緊張した笑顔とともに会釈をしてミラーとの握手と軽いハグを交わした。 「第一部は旧時代の人々という話題にフォーカスしていきます! お呼びしたのは小説家ダミアン・ラムラスさんです!!」 「よろしくお願いします。ラムラスです。お招きくださってとても光栄です」  儚げにはにかむラムラスに、ミラーはソファを案内した。そこにスタッフが氷を浮かべた透明の水の入ったグラスをサイドテーブルに置く。細かな気泡が張り付くグラスの中には、輪切りにされた黄色い柑橘と、鮮やかな緑色をした植物のまるい葉がバランスよく沈められている。 「今回準備させて頂いたのは、ラムラスさんのお気に入りのトニックウォーターです! これはレモンとミントの定番スタイルですね!」 「仕事をする際によく飲みます。これを飲み干しても進まなければ、一旦デスクを離れるようにしています」 「モヒートとか飲まれます?」 「ああ、恥ずかしながら……アルコールは弱くて」  他愛のないトークから始まる和やかな空気。ミラーはラムラスがそこまで話し上手ではないことをリサーチ済みだ。 「まずはラムラスさんの紹介からさせてください! お酒に強くないというのは新しい情報でしたね!  皆さんもダミアンさんのお名前は知っているかと思います。作品を読んだことがなくとも、映画化された『木漏れ日の机上の恋』のポスターを見た方も多いのではないでしょうか?  そして先日からドラマがスタートした『八番目の鍵』も目が離せませんね! この二つの作品に共通しているのは、どちらも旧時代を舞台にしたストーリーということです!」  ラムラスは恐縮した様子を見せている。早速トニックウォーターを口にして、一息ついてから話し出した。 「はい、私は民俗学を齧っていたのですが、その中で得た知識と実際に残されている当時の人々の日記や記録などからのインスピレーションで制作しています」 「旧時代っていうと、結構前ですよね。百五十年くらい前になるんじゃないですか?」 「ええ。ですが歴史という観点からすれば、最近とも言えます。人類の歴史はもっと長いですからね」  一息。まだ緊張の解れない様子のラムラスは深く息を吐いて続けた。 「しかし、それすら霞んでしまうほどの出来事が百五十年の間に起こってしまった。我々の生きる現代では考えられないような価値観と人生観によって、人類の歴史は大きく歪んでしまったのです」  旧時代といえば、都市部では歴史や世界史、近代史として義務教育に含まれている。少なくともこの番組の視聴者にとっては、冒頭から聞き飽きるほどにつまらない内容になってしまうことをミラーは理解している。 「確か、当時は『国』という、大きな単位で地域分けされていたのですよね。我々の名前のルーツや言語の源流ともいわれています」  ここで二人の背景に変化が起きた。実は彼らの背後には大きなスクリーンが広がっており、話題に合わせて図面やアニメーションが表示されるようになっている。いまは現代の世界地図と大まかな地域分け、そしてより細かな『国』を表示した。 「おっしゃる通りです。ほぼ隙間なく土地の所有者と責任者が定められていたようなのですが、これは争いや差別の元の一つとなっていたようです」 「現代では考えられませんね! 山奥に入ってまで『ここは俺の土地!』なんて主張するなんて無謀ですよ」 「はい。国を出ると同時に隣接した国に入ることになるので、とても厳しく管理されていたようです。また、人類やこの世界環境に関わる大きな問題はそれぞれの国の代表が集結して議論を重ねていました」 「それは上手くいっていたのでしょうか? 責任がある立場になってしまうと、白黒で語れない部分もあったのではと邪推してしまいますが」  ラムラスは少し困った顔をしたのち、再びトニックウォーターを口に運んだ。 「利害が一致したときは大きな推進力を得たことでしょう。しかしご指摘のとおり、単純に決めることもできない問題も多く、かつそんなに時間もかけられない場合もあったと思います。  現代でも同じですね。その為にお金や人、物が動いてさらにそこから発展し、解決につながったり新たな問題や課題が出現したのです。歴史とはこれらの繰り返しです」 「改めて勉強をしている気分ですよ! 歴史のコーチが貴方なら、私はもう少し成績が良かったかもしれない!」 観客席から笑いが起こる。和やかな空気感に満たされ、改めて旧時代が古き人々の時代であることを思わせた。 「おっと、そろそろコマーシャルを入れなければスポンサーに怒られてしまいます! この後もラムラスさんとのトークが続きますので、どうぞご期待ください!」



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