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第30話 妖怪というもの

ー/ー



 その口が広がり、口角が裂ける。

「わタシのなヲヨぶなぁ!!!」

「え!? なんで!?」

 沙夜子が驚いたような声を上げた。

『わ、私だよ、わからないの!? 』

「わスれるワケがナイ! ワすレらレるワけガなイ!! ワたしノすべてヲうバったおマエをワすれルワケガなイ!!!」

 紙都の頬を冷たい風が撫でていった。

「ど、どういうことっすか!?」

「わ、わからないわよ!」

 後ろで二人が混乱しているやり取りを聞きながらも、紙都の中では事の顛末が整理されていっていた。

 担任になり変わっていた妖怪、自殺を遂げた女子生徒、樹木子、そしてあのとき目に焼き付けたあの涙。

(あの涙は、涙だけは間違いなく真実だった)

『どうして?……どうしちゃったの?……わた、し、なにかしたの、かなぁ?』

 泣き声混じりの心の叫びが紙都の心を震わせた。

「ォまえがウばッた! ォまえがセんせイをウばッタ!!」

 黄金色の装飾が施された柄が強く握りしめられる。暗闇の中に紅い閃光が瞬いた。

「違う」

 夜の闇に浮かぶ月のように、静かにその一言は空気を伝わり中庭にいた全ての人間に響いていった。

「そンなハズナい、ワたシはきイタ、セんせイガいっタ、『ふジサワトつきアッてルワかレてクれ』。シゃしんもみタ、だきアッてルすがタヲ! わらッてタ、ばカミたいにワたシをみタ!!」

「その先生は妖怪だ。あやかしと言った方がいいか? あんたは騙された、だけだ」

 紙都の言葉に沈黙が続いた。誰も何も答えることができず、仕方なく紙都は話を続ける。

「先程対峙した。元々は人間だったようだが、最近荒席に化けた。あんたが荒席といつからそういう関係になったのかはわからないが、少なくともその写真を見せられたときの荒席は妖怪だった。あんたは騙されている」

 樹木子から葉擦れのようなざわめきが聞こえた。確かにざわめきだった。だが、葉は残ってないのだ。紙都の目には藤澤が哭いている姿が映っていた。

 再び開けようとした口は、ざわめきに応えるのに相応しい少女の声に閉ざされる。

『ごめんなさい。……ごめんなさい……ごめんね……』

 風が吹けばかき消されてしまいそうなか細い声だった。その声は紙都に足長手長のときとは違う痛みと悔しさとを味わわせていた。

「……ち、ガう」

 樹木子のざわめきが大きくなった。青柳の口角が修復され、血の涙は止まり、顔全体が小さくなっていく。

「呪縛から解放されたんだわ。親友の気持ちがネガティブな彼女を救い出したのよ!」

「それは違うな。見ろ、髪の毛はまだ彼女を離しちゃいない」

 まばゆい光が青柳の顔の上を照らした。髪の毛のように見えていたのは絡み合った枝で、彼女を逃さないように頭部を押さえつけていた。

「これが妖怪だ。人の心に入り込み、決して離そうとはしない」

 そう、だから。紙都は刀を両手で持ち直した。

「青柳さん、言い残したことはないか」

 青柳は黙って目を瞑り、微笑みを浮かべた。その顔はこの世の物とは思えないほど、美しく、紙都には感じられた。

「やメろ……」

 樹木子の根が紙都の足元に向かって這っていく。地面を蹴り、紙都は跳躍した。樹木子の根が、縛りが届かない高さへ。

 そこから見下ろした風景には、大切なものが切り取られていた。吉良に蓮に沙夜子に藤澤、そして青柳。

 ──俺はこいつらを守りたい。

 鳥のようなスピードで人と鬼との半人半妖が、舞い降りていく。そして空を切るかのように携えられた刀を振るうと、桜の大木が縦に真っ二つに割れた。

 衝撃音が地面を揺らす。


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 その口が広がり、口角が裂ける。
「わタシのなヲヨぶなぁ!!!」
「え!? なんで!?」
 沙夜子が驚いたような声を上げた。
『わ、私だよ、わからないの!? 』
「わスれるワケがナイ! ワすレらレるワけガなイ!! ワたしノすべてヲうバったおマエをワすれルワケガなイ!!!」
 紙都の頬を冷たい風が撫でていった。
「ど、どういうことっすか!?」
「わ、わからないわよ!」
 後ろで二人が混乱しているやり取りを聞きながらも、紙都の中では事の顛末が整理されていっていた。
 担任になり変わっていた妖怪、自殺を遂げた女子生徒、樹木子、そしてあのとき目に焼き付けたあの涙。
(あの涙は、涙だけは間違いなく真実だった)
『どうして?……どうしちゃったの?……わた、し、なにかしたの、かなぁ?』
 泣き声混じりの心の叫びが紙都の心を震わせた。
「ォまえがウばッた! ォまえがセんせイをウばッタ!!」
 黄金色の装飾が施された柄が強く握りしめられる。暗闇の中に紅い閃光が瞬いた。
「違う」
 夜の闇に浮かぶ月のように、静かにその一言は空気を伝わり中庭にいた全ての人間に響いていった。
「そンなハズナい、ワたシはきイタ、セんせイガいっタ、『ふジサワトつきアッてルワかレてクれ』。シゃしんもみタ、だきアッてルすがタヲ! わらッてタ、ばカミたいにワたシをみタ!!」
「その先生は妖怪だ。あやかしと言った方がいいか? あんたは騙された、だけだ」
 紙都の言葉に沈黙が続いた。誰も何も答えることができず、仕方なく紙都は話を続ける。
「先程対峙した。元々は人間だったようだが、最近荒席に化けた。あんたが荒席といつからそういう関係になったのかはわからないが、少なくともその写真を見せられたときの荒席は妖怪だった。あんたは騙されている」
 樹木子から葉擦れのようなざわめきが聞こえた。確かにざわめきだった。だが、葉は残ってないのだ。紙都の目には藤澤が哭いている姿が映っていた。
 再び開けようとした口は、ざわめきに応えるのに相応しい少女の声に閉ざされる。
『ごめんなさい。……ごめんなさい……ごめんね……』
 風が吹けばかき消されてしまいそうなか細い声だった。その声は紙都に足長手長のときとは違う痛みと悔しさとを味わわせていた。
「……ち、ガう」
 樹木子のざわめきが大きくなった。青柳の口角が修復され、血の涙は止まり、顔全体が小さくなっていく。
「呪縛から解放されたんだわ。親友の気持ちがネガティブな彼女を救い出したのよ!」
「それは違うな。見ろ、髪の毛はまだ彼女を離しちゃいない」
 まばゆい光が青柳の顔の上を照らした。髪の毛のように見えていたのは絡み合った枝で、彼女を逃さないように頭部を押さえつけていた。
「これが妖怪だ。人の心に入り込み、決して離そうとはしない」
 そう、だから。紙都は刀を両手で持ち直した。
「青柳さん、言い残したことはないか」
 青柳は黙って目を瞑り、微笑みを浮かべた。その顔はこの世の物とは思えないほど、美しく、紙都には感じられた。
「やメろ……」
 樹木子の根が紙都の足元に向かって這っていく。地面を蹴り、紙都は跳躍した。樹木子の根が、縛りが届かない高さへ。
 そこから見下ろした風景には、大切なものが切り取られていた。吉良に蓮に沙夜子に藤澤、そして青柳。
 ──俺はこいつらを守りたい。
 鳥のようなスピードで人と鬼との半人半妖が、舞い降りていく。そして空を切るかのように携えられた刀を振るうと、桜の大木が縦に真っ二つに割れた。
 衝撃音が地面を揺らす。