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14.ゴリラはグレート

ー/ー



「そんで、昨日は何があったン? んん? んんんっ?」

 とうとう我慢しきれずに、シノさんが身を乗り出す。

「昨日の帰り(ぎわ)、伊吹に呼び止められたんです」
「伊吹とは、先日店頭に来て、敬一に噛み付いた男かね?」
「うんにゃ、噛み付いたワンちゃんは、ゴリラのキープ君の方だよ」

 顔が完全に悪ノリ全開のネコマタになっているシノさんが、あの場に居合わせなかった白砂サンを訂正する。

「ゴリラとは?」
「伊吹がゴリラですよ」
「伊吹は人間だ。海老坂おまえだな、兄さんに間違った情報を教えたのは!」
「バーカ。俺が "エビセン" って呼ばれてんのを、オマエが全然知らなかったのと同じで、オマエ以外のみんな伊吹をゴリラって呼んでンだヨ!」
「では、伊吹がゴリラで、先日店頭で敬一に噛み付いたワンちゃんが、ゴリラの性欲処理に利便良く使われている葵君かね?」
「そうです」
「おい海老坂! ゴリ……いや伊吹と葵は、友人だ。間違った情報を流すな」
「くっだらねぇ訂正してないで、昨日の話をしろっつーんだよ。俺だって詳しい話はまだ聞いてねェんだぞ」
「ああ、そうか……。伊吹は葵が俺を噛んだ話を聞いたので、その詫びをしたいと言ってきたんです」
「ケイちゃん。もうあのゴリラとはエッチしちゃイカンって、お兄ちゃん、あの時に言ったよね?」
「セックスの誘いじゃなく、食事の誘いでした。俺だってもう葵に噛みつかれるのは御免です。だから伊吹と食事に行くのもどうかと思ったんですが、リッツ・カールトン東京のレストランに予約席を取ってあると言うので……。店をやるようになってから、ホテルのディナーにも興味が湧いていたので、気を惹かれました。それで、食事だけなら……と思ったんです」
「プッティン・オン・ザ・リッツ東京?」
「違うよ、リッツ・カールトン東京。六本木にあるホテルの名前だよ」

 興味の無いカタカナに激ヨワのシノさんが、知ってる単語をつなぎ合わせてきたので、俺は訂正した。

「リッツ・カールトン東京のレストラン……と言うと、アジュール45かね?」
「そんな名前だったと思います」
「アジュール45に、平服で()ったのかね?」
「いえ、伊吹はホテルに部屋を取ってくれていて、礼服をレンタルしておいてくれたんです。だから食事の前に部屋に行って服を着替え、それからレストランに行きました」
「最初っからヤル気マンマンじゃねェか……」

 ボソッとエビセンが呟いた。

「あのレストランって、コースのディナー2万円とかするんじゃなかったっけ?」

 敬一クンとちょっと似たような理由で、最近になって急にホテルディナーとかに興味が湧いていた俺は、ふと思い出してそう言った。

「おおっ! そこらの大学生が気軽に予約出来る金額じゃナイ感じ! ケイちゃんを釣るためとはいえゴリラめ、奮発しやがったなぁ!」
「なかなか良いディナーでした」
「だろうなぁ! 俺も食べてみたいぞよ〜」
「でも、味から言ったら、聖一兄さんの料理の方が美味しいと思います」
「褒めてもらえるのは光栄だが、ホテルのディナーは、料理以外の細部にも(かね)を払う価値があるものだ。それで、着替えた後に食事に行って、どうしたのかね?」
「肉料理が出てきたところで、伊吹がワインを勧めてきました」
「ケイちゃんもご相伴したんか?」
「最初は断わりました。学生なのにと……。でもせっかくのホテルディナーだからと勧められて、結局飲んでしまいました」
「おいちかった?」
「すごく美味かった……。それで最初はほんの少しのつもりが、飲み過ごしてしまったらしくて」
「じゃろうなぁ!」
「デザートを食べたのかどうかも、覚えていなくて……」
「気が付いたら、素っ裸になってて、伊吹につっ込まれてたんだろ」
「なぜ知ってるんだ海老坂?」
「敬一。そのゴリラは最初から、君をレイプするつもりだった。デートドラッグを使っていたかもしれん」

 あからさまな下心満載の状況に気付かない敬一クンの、桁外れな大らかさに俺が絶句していたら、白砂サンがモノスゴク怖いコトを言い出した。

「はあ?」

 敬一クンが首を傾げる。

「俺は男ですが?」
「レイプに性別は関係無い」
「でもあの……」
「セイちゃん、レイプだの強姦だのって言葉は、ケイちゃんには遠すぎるから、もそっと柔らか表現使わンと理解出来ナイよ」
「了解した」

 シノさんのアドバイスに頷くと、白砂サンは再び口を開いた。

「敬一。ゴリラは君と性行為に及ぶのが目的で、君をホテルディナーに誘ったのだ」
「でも伊吹は、そんなことは言っていません」
「君の合意を得ずともそうするつもりだったのだから、事前に打診などしない」
「伊吹は誠実な男です。そんな卑怯なことをするような奴じゃありません。昨日は泥酔した俺が伊吹にキスをして強引に誘ったので、結果的にこうなってしまったと言っていました」
「確かに前後不覚に泥酔し、相手構わずキスをしてしまう性癖を私も持っているので、目覚めた時に見知らぬ相手が隣で寝ていた経験はある。だが誠実な男は、泥酔している者にキスをされたからと言って性交に応じないし、応じた時点で誠実では無いよ」

 敬一クンは困ったような顔をして、シノさんを見た。

「セイちゃんの言うとーりだと、俺も思うぞ。ゴリラは最初っからケイちゃんとエッチするつもりで、ケイちゃんにお酒飲ませて部屋に連れ込んだと思う」

 シノさんは、大仰にもったいぶった動きを演出しつつ、頷いてみせた。

「そうじゃなかったら、なんでそんなステンレスの管なんか持ってきてんだよ!」

 エビセンが吐き捨てるように言う。

「ええ? じゃあ、あの管は、最初から俺に挿すつもりで用意してきたのか?」
「たりめーだろが!」
「そんでケイちゃん、ゴリラにエッチされてる最中に目が覚めて、それからどしたン?」
「あ……、はい。最初は天宮を呼ぼうと思ったんです。海老坂は、終了時間が読めないと言っていたので。でも伊吹に、天宮が来たらまた喧嘩を始めて、放置にされるだけだと言われて……。それに天宮は伊吹の居るところでは、解錠しないと言っていたし……。それで困ってたら、伊吹がその金属管を出してきたんです。締まってるリングの奥まで差し込めば、射精が出来るからって……。その時にはもう切羽詰まって来てて、それで楽になれるなら……って答えてしまった。それに本当を言うと、伊吹に挿入されていると、気持ちが良すぎて、物事が考えられなくなるんです」
「ゴリラのチンコ、そんなにグレートなン?」

 ゲスな話題に、シノさんの目がキラキラしている。

「なんせ、相手はゴリラっすからね」
「伊吹は人間だぞ」
「エビちゃんもゴリラのチンコ、見たン?」
「見たくもないのに見ちゃいましたよ、バッチリと」
「グレートだったン?」
「ゴリラでした」
「伊吹は人間だ」
「それで、ペニスに管を挿入されて、射精出来たのかね?」

 今更だが、もしかして白砂サンもシノさん同様に、このゲスにトンデモな話の詳細を楽しんでいるのだろうかと思ったら、俺は変な気分になってきてしまったのだが……。

「あの管ときたら、少し()れられただけでも酷い痛さで、伊吹が気持ち良いのと管が痛いのとで、もう何がなんだか」
「え? ケイちゃんが助けを求めて、エビちゃん呼んだんじゃないの?」
「いえ、もう電話なんか出来る状態じゃなかった」
「俺の方は、予想より早く切り上がったんで、そんならコイツと新宿のデパチカでも覗きに行こうかと思って、ライン送ったのに未読のままだし、電話しても出ないし。こりゃなんかあったんじゃねェかと思って、様子を見に()ったんです。そしたら同じ教室の奴が、ゴリラと一緒に帰ったつーし。その話を聞いてるトコに葵が来たんです」
「ふおおっ! スゲっ! ドラマみたいな展開っ! そんな偶然ってホントにあるんだっ!」
「いや、偶然じゃありません。葵はゴリラのスマホに浮気防止のケルベロスだかガルーダだかいうアプリをインストールしてあって、ゴリラのSNSやら通話やらの情報をがっちり握ってたんですよ」
「それって、アマホクのスマホをアマミーが見てたのと、どー違うの?」
「手段が違うだけで、内容的にやっていることは同じだ」

 シノさんの問いに、白砂サンが簡潔な返事をした。

「葵はゴリラがレストランとホテルに予約を入れているのを知っていて、自分にサプライズをしてくれるのかと思っていたのに、ギリギリの時刻になっても連絡が無いので、ゴリラを問い質すために教室にまで来たらしいんですが。時間を間違えてたんです。それで俺と一緒にホテルに向かったんですが、そのアプリで通話どころか盗聴までしてて、ホテルの部屋番号まで知ってて。ホテルのフロントでキー閉じ込めしたって嘘吐いて、ドア開けてもらったんです。そしたら部屋に入るなり、葵はゴリラと中師に掴みかかって、喚くわ、引っ掻くわ、毟るわ」
「ワンちゃんじゃなくて、おヒスのおサルになったんか」
「鍵を開けてくれたボーイにチップ掴ませて追い払ったあとは、それこそ昼メロの修羅場みたいになりましたよ。俺もゴリラに言ってやりたいことが山とありましたケド、葵の癇癪が凄まじくて口挟む余地もありゃしませんでした。あの図太いゴリラも中師とのエッチ続行を諦めて、葵を宥め賺しながら退場していきました」
「エビちゃんはケイちゃんの危機を見事に救って、まさにスパダリな!」
「兄さん、海老坂なんか褒めないでください、こいつは酷い奴だ」
「ほう、どのように?」
「伊吹とセックスしてる間は、まだマシでしたが、あいつらが居なくなったところでこいつが、挿さっていた管を一気に引き抜いたもんで、俺は(いた)さのあまり気絶したんです!」
「それから、どうしたのかね?」

 白砂サンに訊かれて、エビセンが軽く肩をすくめる。

「こいつが失神してる間に、リング緩めて後始末して。タオル濡らして応急処置してから、マキロンと冷却シート買ってきて、消毒して冷やしました」
「実に適切な対処だ」
「聖一兄さんまで褒めないで! そもそもこいつが俺にこんなリングを着けなければ、こんなことには!」
「だが、興奮状態のまま管をジワジワ抜かれ、既に痛め付けられているペニスから射精したら、もっと苦痛だったろう。気を失っている間にそこまで介抱して貰えたなら、感謝すべきだ。私は似たようなことをされた時、管を挿された途中で気を失ってしまい、相手は自分の行為を終えたら、私をホテルに放置して帰ってしまった」
「ええっ……? 聖一兄さんも、こんなリングを付けられたことがあるんですか?」
「いや、あの時は、根本を革紐で縛られていたのだ。緊縛プレイだったからな」
「きんばくぷれい?」
「荒縄で手足を拘束した状態でのセックスだ。さすがに、手足の拘束は解いてあったが、ペニスの処理は面倒だったのだろう」
「そんで、セイちゃんどーしたの?」
「ペニスの拘束を外し、自力で管を抜いて処理をした」
「へーきだったン?」
「いや、射精したところで、また気を失った。ホテルの清掃係に起こされて、酷く身体が痛んだが、服を着て歩いて帰った」
「セイちゃん……せめて、タクシー拾おうよ」
(かね)が無かった」

 白砂サンは全く表情を変えずに、サラッとトンデモ話を終わらせた。

「それで、敬一と海老坂君は、ホテルに一泊して帰ってきたのかね?」
「一泊つーか。中師が動けるようになるまで休んで、それからタクシー拾って……。帰ってきたのは今朝の4時ぐらい……だったっけ?」
「時間はワカラン。それに俺はタクシーに乗ってる途中で、振動の所為かまた気が遠くなってきて……。海老坂に支えられてこの部屋に戻ったのは、朧げに覚えているんですが、その後は……。いつも朝5時に鳴るようにセットしてあるスマホのアラームで、目が醒めたんです」
「そりはスゴイ体験だったなぁ。人生の勉強代、高く付いちゃったナ」
「いや、危険な性病などを罹患させられた(わけ)でも無ければ、ペニスの内側に裂傷を負わされた(わけ)でも無い。むしろ、災難としては軽症と言える。確かに数日は身体が辛いと思うが、敬一は相手の下心や悪心に対して無防備過ぎるので、今回の件はそのことを少し反省するのに良い経験になったんじゃないのかね?」
「そうですね……。兄さん達に指摘されるまで、伊吹にそんな下心があったなんて、想像もしてなかった……。反省します。海老坂も……色々ありがとう」
「別に礼なんてイラネェよ」
「では、私は店に戻る。多聞君、申し(わけ)ないが朝食は急いで済ませてくれたまえ。すっかり時間が押している」

 白砂サンに言われて、俺が慌てて朝メシを掻っ込もうとするより先に、敬一クンが時計を見て飛び上がった。

「うわ、もうこんな時間だったのか! マズイ、授業に遅れる!」
「阿呆かっ! マトモに歩けないだろオマエ!」
「てか、ケイちゃん。今、カブに跨ったら、たぶん三角(さんかく)木馬レベルの拷問だと思うけど?」

 エビセンとシノさんのツッコミ以上に、敬一クンは立ち上がったのがよほど衝撃になったのか、身を屈めてエビみたいに丸くなっている。

「今日は、休学したまえ」

 白砂サンは丸まっている敬一クンの肩をポンッと叩いて、ペントハウスから出ていった。


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次のエピソードへ進む 15.復讐の序曲


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「そんで、昨日は何があったン? んん? んんんっ?」
 とうとう我慢しきれずに、シノさんが身を乗り出す。
「昨日の帰り|際《ぎわ》、伊吹に呼び止められたんです」
「伊吹とは、先日店頭に来て、敬一に噛み付いた男かね?」
「うんにゃ、噛み付いたワンちゃんは、ゴリラのキープ君の方だよ」
 顔が完全に悪ノリ全開のネコマタになっているシノさんが、あの場に居合わせなかった白砂サンを訂正する。
「ゴリラとは?」
「伊吹がゴリラですよ」
「伊吹は人間だ。海老坂おまえだな、兄さんに間違った情報を教えたのは!」
「バーカ。俺が "エビセン" って呼ばれてんのを、オマエが全然知らなかったのと同じで、オマエ以外のみんな伊吹をゴリラって呼んでンだヨ!」
「では、伊吹がゴリラで、先日店頭で敬一に噛み付いたワンちゃんが、ゴリラの性欲処理に利便良く使われている葵君かね?」
「そうです」
「おい海老坂! ゴリ……いや伊吹と葵は、友人だ。間違った情報を流すな」
「くっだらねぇ訂正してないで、昨日の話をしろっつーんだよ。俺だって詳しい話はまだ聞いてねェんだぞ」
「ああ、そうか……。伊吹は葵が俺を噛んだ話を聞いたので、その詫びをしたいと言ってきたんです」
「ケイちゃん。もうあのゴリラとはエッチしちゃイカンって、お兄ちゃん、あの時に言ったよね?」
「セックスの誘いじゃなく、食事の誘いでした。俺だってもう葵に噛みつかれるのは御免です。だから伊吹と食事に行くのもどうかと思ったんですが、リッツ・カールトン東京のレストランに予約席を取ってあると言うので……。店をやるようになってから、ホテルのディナーにも興味が湧いていたので、気を惹かれました。それで、食事だけなら……と思ったんです」
「プッティン・オン・ザ・リッツ東京?」
「違うよ、リッツ・カールトン東京。六本木にあるホテルの名前だよ」
 興味の無いカタカナに激ヨワのシノさんが、知ってる単語をつなぎ合わせてきたので、俺は訂正した。
「リッツ・カールトン東京のレストラン……と言うと、アジュール45かね?」
「そんな名前だったと思います」
「アジュール45に、平服で|行《い》ったのかね?」
「いえ、伊吹はホテルに部屋を取ってくれていて、礼服をレンタルしておいてくれたんです。だから食事の前に部屋に行って服を着替え、それからレストランに行きました」
「最初っからヤル気マンマンじゃねェか……」
 ボソッとエビセンが呟いた。
「あのレストランって、コースのディナー2万円とかするんじゃなかったっけ?」
 敬一クンとちょっと似たような理由で、最近になって急にホテルディナーとかに興味が湧いていた俺は、ふと思い出してそう言った。
「おおっ! そこらの大学生が気軽に予約出来る金額じゃナイ感じ! ケイちゃんを釣るためとはいえゴリラめ、奮発しやがったなぁ!」
「なかなか良いディナーでした」
「だろうなぁ! 俺も食べてみたいぞよ〜」
「でも、味から言ったら、聖一兄さんの料理の方が美味しいと思います」
「褒めてもらえるのは光栄だが、ホテルのディナーは、料理以外の細部にも|金《かね》を払う価値があるものだ。それで、着替えた後に食事に行って、どうしたのかね?」
「肉料理が出てきたところで、伊吹がワインを勧めてきました」
「ケイちゃんもご相伴したんか?」
「最初は断わりました。学生なのにと……。でもせっかくのホテルディナーだからと勧められて、結局飲んでしまいました」
「おいちかった?」
「すごく美味かった……。それで最初はほんの少しのつもりが、飲み過ごしてしまったらしくて」
「じゃろうなぁ!」
「デザートを食べたのかどうかも、覚えていなくて……」
「気が付いたら、素っ裸になってて、伊吹につっ込まれてたんだろ」
「なぜ知ってるんだ海老坂?」
「敬一。そのゴリラは最初から、君をレイプするつもりだった。デートドラッグを使っていたかもしれん」
 あからさまな下心満載の状況に気付かない敬一クンの、桁外れな大らかさに俺が絶句していたら、白砂サンがモノスゴク怖いコトを言い出した。
「はあ?」
 敬一クンが首を傾げる。
「俺は男ですが?」
「レイプに性別は関係無い」
「でもあの……」
「セイちゃん、レイプだの強姦だのって言葉は、ケイちゃんには遠すぎるから、もそっと柔らか表現使わンと理解出来ナイよ」
「了解した」
 シノさんのアドバイスに頷くと、白砂サンは再び口を開いた。
「敬一。ゴリラは君と性行為に及ぶのが目的で、君をホテルディナーに誘ったのだ」
「でも伊吹は、そんなことは言っていません」
「君の合意を得ずともそうするつもりだったのだから、事前に打診などしない」
「伊吹は誠実な男です。そんな卑怯なことをするような奴じゃありません。昨日は泥酔した俺が伊吹にキスをして強引に誘ったので、結果的にこうなってしまったと言っていました」
「確かに前後不覚に泥酔し、相手構わずキスをしてしまう性癖を私も持っているので、目覚めた時に見知らぬ相手が隣で寝ていた経験はある。だが誠実な男は、泥酔している者にキスをされたからと言って性交に応じないし、応じた時点で誠実では無いよ」
 敬一クンは困ったような顔をして、シノさんを見た。
「セイちゃんの言うとーりだと、俺も思うぞ。ゴリラは最初っからケイちゃんとエッチするつもりで、ケイちゃんにお酒飲ませて部屋に連れ込んだと思う」
 シノさんは、大仰にもったいぶった動きを演出しつつ、頷いてみせた。
「そうじゃなかったら、なんでそんなステンレスの管なんか持ってきてんだよ!」
 エビセンが吐き捨てるように言う。
「ええ? じゃあ、あの管は、最初から俺に挿すつもりで用意してきたのか?」
「たりめーだろが!」
「そんでケイちゃん、ゴリラにエッチされてる最中に目が覚めて、それからどしたン?」
「あ……、はい。最初は天宮を呼ぼうと思ったんです。海老坂は、終了時間が読めないと言っていたので。でも伊吹に、天宮が来たらまた喧嘩を始めて、放置にされるだけだと言われて……。それに天宮は伊吹の居るところでは、解錠しないと言っていたし……。それで困ってたら、伊吹がその金属管を出してきたんです。締まってるリングの奥まで差し込めば、射精が出来るからって……。その時にはもう切羽詰まって来てて、それで楽になれるなら……って答えてしまった。それに本当を言うと、伊吹に挿入されていると、気持ちが良すぎて、物事が考えられなくなるんです」
「ゴリラのチンコ、そんなにグレートなン?」
 ゲスな話題に、シノさんの目がキラキラしている。
「なんせ、相手はゴリラっすからね」
「伊吹は人間だぞ」
「エビちゃんもゴリラのチンコ、見たン?」
「見たくもないのに見ちゃいましたよ、バッチリと」
「グレートだったン?」
「ゴリラでした」
「伊吹は人間だ」
「それで、ペニスに管を挿入されて、射精出来たのかね?」
 今更だが、もしかして白砂サンもシノさん同様に、このゲスにトンデモな話の詳細を楽しんでいるのだろうかと思ったら、俺は変な気分になってきてしまったのだが……。
「あの管ときたら、少し|挿《い》れられただけでも酷い痛さで、伊吹が気持ち良いのと管が痛いのとで、もう何がなんだか」
「え? ケイちゃんが助けを求めて、エビちゃん呼んだんじゃないの?」
「いえ、もう電話なんか出来る状態じゃなかった」
「俺の方は、予想より早く切り上がったんで、そんならコイツと新宿のデパチカでも覗きに行こうかと思って、ライン送ったのに未読のままだし、電話しても出ないし。こりゃなんかあったんじゃねェかと思って、様子を見に|行《い》ったんです。そしたら同じ教室の奴が、ゴリラと一緒に帰ったつーし。その話を聞いてるトコに葵が来たんです」
「ふおおっ! スゲっ! ドラマみたいな展開っ! そんな偶然ってホントにあるんだっ!」
「いや、偶然じゃありません。葵はゴリラのスマホに浮気防止のケルベロスだかガルーダだかいうアプリをインストールしてあって、ゴリラのSNSやら通話やらの情報をがっちり握ってたんですよ」
「それって、アマホクのスマホをアマミーが見てたのと、どー違うの?」
「手段が違うだけで、内容的にやっていることは同じだ」
 シノさんの問いに、白砂サンが簡潔な返事をした。
「葵はゴリラがレストランとホテルに予約を入れているのを知っていて、自分にサプライズをしてくれるのかと思っていたのに、ギリギリの時刻になっても連絡が無いので、ゴリラを問い質すために教室にまで来たらしいんですが。時間を間違えてたんです。それで俺と一緒にホテルに向かったんですが、そのアプリで通話どころか盗聴までしてて、ホテルの部屋番号まで知ってて。ホテルのフロントでキー閉じ込めしたって嘘吐いて、ドア開けてもらったんです。そしたら部屋に入るなり、葵はゴリラと中師に掴みかかって、喚くわ、引っ掻くわ、毟るわ」
「ワンちゃんじゃなくて、おヒスのおサルになったんか」
「鍵を開けてくれたボーイにチップ掴ませて追い払ったあとは、それこそ昼メロの修羅場みたいになりましたよ。俺もゴリラに言ってやりたいことが山とありましたケド、葵の癇癪が凄まじくて口挟む余地もありゃしませんでした。あの図太いゴリラも中師とのエッチ続行を諦めて、葵を宥め賺しながら退場していきました」
「エビちゃんはケイちゃんの危機を見事に救って、まさにスパダリな!」
「兄さん、海老坂なんか褒めないでください、こいつは酷い奴だ」
「ほう、どのように?」
「伊吹とセックスしてる間は、まだマシでしたが、あいつらが居なくなったところでこいつが、挿さっていた管を一気に引き抜いたもんで、俺は|痛《いた》さのあまり気絶したんです!」
「それから、どうしたのかね?」
 白砂サンに訊かれて、エビセンが軽く肩をすくめる。
「こいつが失神してる間に、リング緩めて後始末して。タオル濡らして応急処置してから、マキロンと冷却シート買ってきて、消毒して冷やしました」
「実に適切な対処だ」
「聖一兄さんまで褒めないで! そもそもこいつが俺にこんなリングを着けなければ、こんなことには!」
「だが、興奮状態のまま管をジワジワ抜かれ、既に痛め付けられているペニスから射精したら、もっと苦痛だったろう。気を失っている間にそこまで介抱して貰えたなら、感謝すべきだ。私は似たようなことをされた時、管を挿された途中で気を失ってしまい、相手は自分の行為を終えたら、私をホテルに放置して帰ってしまった」
「ええっ……? 聖一兄さんも、こんなリングを付けられたことがあるんですか?」
「いや、あの時は、根本を革紐で縛られていたのだ。緊縛プレイだったからな」
「きんばくぷれい?」
「荒縄で手足を拘束した状態でのセックスだ。さすがに、手足の拘束は解いてあったが、ペニスの処理は面倒だったのだろう」
「そんで、セイちゃんどーしたの?」
「ペニスの拘束を外し、自力で管を抜いて処理をした」
「へーきだったン?」
「いや、射精したところで、また気を失った。ホテルの清掃係に起こされて、酷く身体が痛んだが、服を着て歩いて帰った」
「セイちゃん……せめて、タクシー拾おうよ」
「|金《かね》が無かった」
 白砂サンは全く表情を変えずに、サラッとトンデモ話を終わらせた。
「それで、敬一と海老坂君は、ホテルに一泊して帰ってきたのかね?」
「一泊つーか。中師が動けるようになるまで休んで、それからタクシー拾って……。帰ってきたのは今朝の4時ぐらい……だったっけ?」
「時間はワカラン。それに俺はタクシーに乗ってる途中で、振動の所為かまた気が遠くなってきて……。海老坂に支えられてこの部屋に戻ったのは、朧げに覚えているんですが、その後は……。いつも朝5時に鳴るようにセットしてあるスマホのアラームで、目が醒めたんです」
「そりはスゴイ体験だったなぁ。人生の勉強代、高く付いちゃったナ」
「いや、危険な性病などを罹患させられた|訳《わけ》でも無ければ、ペニスの内側に裂傷を負わされた|訳《わけ》でも無い。むしろ、災難としては軽症と言える。確かに数日は身体が辛いと思うが、敬一は相手の下心や悪心に対して無防備過ぎるので、今回の件はそのことを少し反省するのに良い経験になったんじゃないのかね?」
「そうですね……。兄さん達に指摘されるまで、伊吹にそんな下心があったなんて、想像もしてなかった……。反省します。海老坂も……色々ありがとう」
「別に礼なんてイラネェよ」
「では、私は店に戻る。多聞君、申し|訳《わけ》ないが朝食は急いで済ませてくれたまえ。すっかり時間が押している」
 白砂サンに言われて、俺が慌てて朝メシを掻っ込もうとするより先に、敬一クンが時計を見て飛び上がった。
「うわ、もうこんな時間だったのか! マズイ、授業に遅れる!」
「阿呆かっ! マトモに歩けないだろオマエ!」
「てか、ケイちゃん。今、カブに跨ったら、たぶん|三角《さんかく》木馬レベルの拷問だと思うけど?」
 エビセンとシノさんのツッコミ以上に、敬一クンは立ち上がったのがよほど衝撃になったのか、身を屈めてエビみたいに丸くなっている。
「今日は、休学したまえ」
 白砂サンは丸まっている敬一クンの肩をポンッと叩いて、ペントハウスから出ていった。