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16.サキュバスの依頼人

ー/ー




 御手洗くんのお見舞いから1週間後。

 千歳さんの狙い通り、カウンセリングによる精神の安定が結晶病の患者に対して効果があることが確認された。体内に残ったまま肥大化して身体に影響を及ぼしていた結晶は、その成長を止めたらしい。

(これは時間稼ぎ。結晶病の根本的な治療法や解決手段は見つかっていない……)

 強弱はあれど、呪力(じゅりょく)は人間なら誰もが持っているもの。
 本来なら呪術師以外は異能として出力できないはずらしい。

 長年呪術師をしてきた千歳さんの分析では「薬物によって半ば暴走状態で強引に引き出された呪力が肉体に悪影響を及ぼしている」とのことだった。

「今の僕にできることはない、か……」

 正直、八方塞がり。
 僕の治癒魔術では、結晶病患者の体内にある結晶を摘出することはできない。
 外科手術で摘出しようにも、結晶の数が多すぎて患者の体力がもたない。

 未知の病の解決の糸口を探すため、国定魔術師の緊急招集に応じたティセに情報収集をお願いした。

 世界最高峰の魔術師たちなら、何か有効な治療法を知っているかもしれない。
 今はティセからの連絡待ちだ。

「はぁぁ……」

 誰もいない便利屋事務所の中で大きな溜息を吐く。

 守るべき生徒がいるのに、先生として何もしてあげられない。
 無力な自分に呆れたことは何度もあったけど、恨んだことは今まで無かった。

 何もできない自分への怒りが沸々と湧き上がってくると同時に、ふと胸元が熱くなる感覚に襲われる。

(……っ……なんだ……?)

 胸やけや動悸とも違う、はじめての感覚。
 目を閉じると、まぶたの裏に赫く輝く炎が見えた。

 しばらくすると炎は消えてしまった。
 目を開けても何も見えない。

「……疲れてるのかな」

 変な幻覚が見えるのも、ここ最近あまり眠れていないからなのかもしれない。
 ここで倒れては元も子もない。

 今日は予約相談や依頼も無いので、街の見回りをするのもいいかもしれない。
 ついでに近所のコンビニで栄養ドリンクでも買いに行こう。
 
 身支度をして、事務所のドアを開けると――


「きゃあっ!?」


 ドアの向こう側から悲鳴が聞こえてきた。
 どうやらお客さんだったようだ。

「すみません、大丈夫ですかっ?」

 ドアの隙間から向こう側を覗くと、そこにいたのは制服姿の女の子。
 僕が教師として通っている白陽学園の女子生徒だった。
 


 ……………



「ここがせんせーの職場なんですねー……へぇー……すごーい……なんか探偵事務所みたいでカッコいいなー……!」

 女子生徒は、来客用のソファーに座りながら周囲を見回している。

(この子、たしか……僕が担当しているクラスとは別の生徒だったかな)

 僕が担任しているクラスの生徒ではないが、何度か廊下で顔を合わせたことがあったかもしれない。

 腰まで伸びた長い金髪。
 ルビーのような深紅の瞳。
 着崩した制服。
 指先はピンク色のネイル。
 耳には銀のピアス。

 いわゆるギャルといった感じの出で立ちをしていた。

 たしか、彼女も半魔族だったはずだ。
 種族は――

「……あっ! 自己紹介、まだでした! あたし、花村(はなむら) 華音(かのん)っていいます。人間とサキュバスのハーフです! カノンって呼んでね、せんせー」

「名前で呼んでいいの?」

「いいよ。だって、あたしの名前ってチョー可愛いでしょ?」

「……うん、なるほど」

 今までも仕事でサキュバスを相手にさせてもらったけど、彼女も例に漏れず、自分に絶対の自信を持っているようだ。

 ちょっと前に男性生徒から聞いたところによると、カノンさんは学園人気ナンバーワンの女子なんだとか。男子に告白されては断っているそうで、気苦労が絶えないらしい。

「今日はどうしてここに来たの? 話をするだけなら学園でもいいはずだけど」

「学園の外の話だから、せんせーの事務所まで行って依頼するのがスジかなーと思って。もちろん、依頼料もちゃんとあるよ!」

 そう言って、目の前のテーブルに茶封筒を置いた。
 中を確認すると、1万円札が5枚も入っている。
 学生の5万円なんて、どう考えても大金だ。

「仮にも教師が生徒からお金を受け取るのは、ちょっとなぁ……」

「だから依頼人として便利屋さんまで来たんだよ。クラスの友達に相談したら『トーヤ先生は優しいから、絶対に生徒からお金を受け取らない』ってみんな言っててさ。せんせー、チョー真面目だし」

「ありがとうございます……」

 自分より年下の子に褒められて照れてしまうとは、僕もまだまだ未熟のようだ。
 気を取り直して、カノンさんからの依頼を聞くことにした。

「それで、何を相談しに来たのかな?」

「……人探し。いや、魔族探し……?」

「知り合いの魔族を探してほしいんだね」

「うん、そーなの。あたしの恩人なんだけど、行方がわからなくって……」

「身長や見た目の特徴は? 種族も教えてほしいかな」

「髪は灰色で、瞳の色は金色。身長は……あたしより少し大きいくらいだから165センチくらいかも。種族は『狼魔族(ろうまぞく)』って言ってた。あたしのひとつ年下の男の子」

「狼魔族……」

 ティセから少しだけ聞いたことがある。

 昔、人間と魔族の間で起きた戦争において凄まじい戦果を挙げた狼魔族がいた。
 魔力による肉体強化魔術を得意としていたという。

 人間と魔族の間で戦争のなくなった今の世界で静かに余生を過ごしており、人間と結婚したという噂があったらしい。

 僕が知っているのはこのくらいで、狼魔族について詳しいわけではない。
 一説では日本の狼伝説に関わっていると言われているが――

「せんせー?」

「……うん、わかった。できる限りのことはしてみるよ。これから街の見回りもしようと思ってたから、聞き込みをしてみるね」

「ホントにっ? ありがと、せんせー。じゃあ、このお金――」

「依頼料は、その狼魔族の男の子が見つかったら受け取るよ」

「……せんせー、そう言ってお金を受け取るのをうやむやにしようとしてない?」

「ソンナコト、ナイデスヨー」

「ウソがヘタだね、せんせー……」

 正直、生徒からお金を受け取るのは気が引ける。
 とはいえ、仕事である以上はお金を受け取らなくてはいけない。

 ……千歳さんに相談した方が良さそうだ。



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 御手洗くんのお見舞いから1週間後。
 千歳さんの狙い通り、カウンセリングによる精神の安定が結晶病の患者に対して効果があることが確認された。体内に残ったまま肥大化して身体に影響を及ぼしていた結晶は、その成長を止めたらしい。
(これは時間稼ぎ。結晶病の根本的な治療法や解決手段は見つかっていない……)
 強弱はあれど、|呪力《じゅりょく》は人間なら誰もが持っているもの。
 本来なら呪術師以外は異能として出力できないはずらしい。
 長年呪術師をしてきた千歳さんの分析では「薬物によって半ば暴走状態で強引に引き出された呪力が肉体に悪影響を及ぼしている」とのことだった。
「今の僕にできることはない、か……」
 正直、八方塞がり。
 僕の治癒魔術では、結晶病患者の体内にある結晶を摘出することはできない。
 外科手術で摘出しようにも、結晶の数が多すぎて患者の体力がもたない。
 未知の病の解決の糸口を探すため、国定魔術師の緊急招集に応じたティセに情報収集をお願いした。
 世界最高峰の魔術師たちなら、何か有効な治療法を知っているかもしれない。
 今はティセからの連絡待ちだ。
「はぁぁ……」
 誰もいない便利屋事務所の中で大きな溜息を吐く。
 守るべき生徒がいるのに、先生として何もしてあげられない。
 無力な自分に呆れたことは何度もあったけど、恨んだことは今まで無かった。
 何もできない自分への怒りが沸々と湧き上がってくると同時に、ふと胸元が熱くなる感覚に襲われる。
(……っ……なんだ……?)
 胸やけや動悸とも違う、はじめての感覚。
 目を閉じると、まぶたの裏に赫く輝く炎が見えた。
 しばらくすると炎は消えてしまった。
 目を開けても何も見えない。
「……疲れてるのかな」
 変な幻覚が見えるのも、ここ最近あまり眠れていないからなのかもしれない。
 ここで倒れては元も子もない。
 今日は予約相談や依頼も無いので、街の見回りをするのもいいかもしれない。
 ついでに近所のコンビニで栄養ドリンクでも買いに行こう。
 身支度をして、事務所のドアを開けると――
「きゃあっ!?」
 ドアの向こう側から悲鳴が聞こえてきた。
 どうやらお客さんだったようだ。
「すみません、大丈夫ですかっ?」
 ドアの隙間から向こう側を覗くと、そこにいたのは制服姿の女の子。
 僕が教師として通っている白陽学園の女子生徒だった。
 ……………
「ここがせんせーの職場なんですねー……へぇー……すごーい……なんか探偵事務所みたいでカッコいいなー……!」
 女子生徒は、来客用のソファーに座りながら周囲を見回している。
(この子、たしか……僕が担当しているクラスとは別の生徒だったかな)
 僕が担任しているクラスの生徒ではないが、何度か廊下で顔を合わせたことがあったかもしれない。
 腰まで伸びた長い金髪。
 ルビーのような深紅の瞳。
 着崩した制服。
 指先はピンク色のネイル。
 耳には銀のピアス。
 いわゆるギャルといった感じの出で立ちをしていた。
 たしか、彼女も半魔族だったはずだ。
 種族は――
「……あっ! 自己紹介、まだでした! あたし、|花村《はなむら》 |華音《かのん》っていいます。人間とサキュバスのハーフです! カノンって呼んでね、せんせー」
「名前で呼んでいいの?」
「いいよ。だって、あたしの名前ってチョー可愛いでしょ?」
「……うん、なるほど」
 今までも仕事でサキュバスを相手にさせてもらったけど、彼女も例に漏れず、自分に絶対の自信を持っているようだ。
 ちょっと前に男性生徒から聞いたところによると、カノンさんは学園人気ナンバーワンの女子なんだとか。男子に告白されては断っているそうで、気苦労が絶えないらしい。
「今日はどうしてここに来たの? 話をするだけなら学園でもいいはずだけど」
「学園の外の話だから、せんせーの事務所まで行って依頼するのがスジかなーと思って。もちろん、依頼料もちゃんとあるよ!」
 そう言って、目の前のテーブルに茶封筒を置いた。
 中を確認すると、1万円札が5枚も入っている。
 学生の5万円なんて、どう考えても大金だ。
「仮にも教師が生徒からお金を受け取るのは、ちょっとなぁ……」
「だから依頼人として便利屋さんまで来たんだよ。クラスの友達に相談したら『トーヤ先生は優しいから、絶対に生徒からお金を受け取らない』ってみんな言っててさ。せんせー、チョー真面目だし」
「ありがとうございます……」
 自分より年下の子に褒められて照れてしまうとは、僕もまだまだ未熟のようだ。
 気を取り直して、カノンさんからの依頼を聞くことにした。
「それで、何を相談しに来たのかな?」
「……人探し。いや、魔族探し……?」
「知り合いの魔族を探してほしいんだね」
「うん、そーなの。あたしの恩人なんだけど、行方がわからなくって……」
「身長や見た目の特徴は? 種族も教えてほしいかな」
「髪は灰色で、瞳の色は金色。身長は……あたしより少し大きいくらいだから165センチくらいかも。種族は『|狼魔族《ろうまぞく》』って言ってた。あたしのひとつ年下の男の子」
「狼魔族……」
 ティセから少しだけ聞いたことがある。
 昔、人間と魔族の間で起きた戦争において凄まじい戦果を挙げた狼魔族がいた。
 魔力による肉体強化魔術を得意としていたという。
 人間と魔族の間で戦争のなくなった今の世界で静かに余生を過ごしており、人間と結婚したという噂があったらしい。
 僕が知っているのはこのくらいで、狼魔族について詳しいわけではない。
 一説では日本の狼伝説に関わっていると言われているが――
「せんせー?」
「……うん、わかった。できる限りのことはしてみるよ。これから街の見回りもしようと思ってたから、聞き込みをしてみるね」
「ホントにっ? ありがと、せんせー。じゃあ、このお金――」
「依頼料は、その狼魔族の男の子が見つかったら受け取るよ」
「……せんせー、そう言ってお金を受け取るのをうやむやにしようとしてない?」
「ソンナコト、ナイデスヨー」
「ウソがヘタだね、せんせー……」
 正直、生徒からお金を受け取るのは気が引ける。
 とはいえ、仕事である以上はお金を受け取らなくてはいけない。
 ……千歳さんに相談した方が良さそうだ。