9.徘徊の思考
ー/ー
今日は散歩をしている。
YouTubeに見入っていたら、いつの間にか煙草が切れてしまったのだ。明日でも良かったのだが、気が向いたので外出がてら、たまには散歩でもしてみるかとあてもなく歩いている。
住宅街、商店街、オフィス街、駅前とうろうろしていると、まるで自分がゾンビや怪物になってしまったかのような錯覚を覚える。獲物を探して、夜の街を影から影へと渡り歩く怪物。気づかれないように暗がりからそっと様子を窺い、獲物が近づいてくるのを今か今かと待ち望む姿が目に浮かぶ。
昔は夜こそが生活の中心であるかのように遊び呆けていた時代があった。日付が変わってから帰るのはまだ早い方で、早朝シャワーを浴びるためだけに帰ったり、オールしてそのまま仕事や学校に行ったこともある。多くの人がそんなことを経験していたようなそんな古い時代。
そうやって仲間や友人と過ごす夜が、特別なことのように思えて楽しかったんだろう。ゾンビが脅威となった今では、通り魔よりも実害がある危険と見なされ、外を歩く人間はだいぶ減って、そんな過去の思い出話を懐かしむ人達が増えた。
無機質な明かりが道を照らし出し、昼間と遜色なく見える景色だが、あるべきものがない空虚感がある。人間が朽ち果てた後、この世界に一人だけ残った人類のような気分にすらなる。真新しい看板や現代風な装飾を見る度にその高揚と孤独感は萎んでしまうが、すぐ隣にある暗闇に刺激され、またムクムクと膨らんでいく。
こうやってその繰り返しの中で、疑似的な絶望をシミュレートしながら歩くのも悪くはない。
くたびれたスーツを身に纏った勤め人風の男とたまにすれ違うと、また新たな仮定が脳裏をよぎる。
都市伝説的ではあるが、ゾンビに対する特効薬が開発され、一度ゾンビにその身を落としたが、再び人間に戻り社会の一部として生活しているという話だ。いずれそんな未来がやってくるのかもしれないが、まだ遠く片鱗すら掴めない遥か先のことだ。
人間からゾンビに、そしてゾンビから人間に戻ったとして、自我や記憶や食人衝動はどうなってしまうのだろう。ゾンビとはある側面では人間のあるべき姿なのかもしれない。いや、動物的というべきか。本能の赴くままに行動するそれは、理性によって今を築いてきた人間にはやはり受け入れられないものなのかもしれない。見えない鎖によってがんじがらめにされている現代人を、その理性から解き放つべく天から送り込まれてきたのがゾンビだとしたらどうだろう。
理性に抑えつけられてもなお、止まることを知らない本能は、別の形で人間に影響を及ぼしていく。暴発した本能はストレス、精神疾患、自殺願望などに成り代わり、残虐性を上昇させ、それ故の戦争や人種差別だとしたら…?
シミュレーションがだいぶ飛躍してしまった。夜、というものがいらないところまで想像を広げる手助けをしているのかもしれない。
いつの時代も、人間は夜に勝てたことがない。だからこの妄言もきっと夜の成せる技なのだろう。
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いつの時代も、人間は夜に勝てたことがない。だからこの妄言もきっと夜の成せる技なのだろう。