7月26日〜実験3日目〜
ネコ先輩が言ったように、実験場となる合宿所は3日目にして、大きな変化を見せた。
順を追って、この日の監獄のようすを記していこう。
前日と同じく、1年生の看守チームである福島くんたちが朝の点呼を取ると、前日は下級生に対して反抗する態度を取っていた囚人番号3番こと猿野さんも大人しく看守に従う素振りを見せていた。
ただ、看守の一人である井上くんが、
「今日は、昼過ぎに自分たち看守チームから提案がある。君たち囚人チームにとっても悪くない提案だと思うので、楽しみに待っていてほしい」
と告げると、ピュウと軽く口笛を鳴らした。同じく、囚人番号9番の佳衣子も看守からの意外な発表に少しだけ表情を崩している。
看守側からの提案は、午後1時からのケンタたちのチームがシフト勤務に入ったときに発表された。
囚人と看守が向かい合って整列する中、サングラスを外した桑来さんが、一歩前に進み出て宣言する。
「囚人チームと看守チームに別れている今回の実験だけど、囚人チームの朝・昼・夜の食事は、いくらなんでもお粗末すぎると思う。これじゃ、食べ盛りの高校生は飢え死にしちゃうよ。そこで、今日の夜からウチらに提供されているお弁当のおかずを囚人チームにも食べてもらおうと思うんだ。あとで、お弁当のメニューが届くから、希望するおかずをリクエストして! 以上!」
桑来さんが自分たちの提案を伝え終えると、囚人たちは、ガッツポーズをしたり、軽く握りこぶしを作ったりするなど、その行動から、看守たちの提案が大きな喜びを持って受け入れられたことがわかった。
ただ、そんな中、冷静な私の親友である囚人番号9番は、挙手して看守に問いかける。
「あの、質問いいですか?」
「えっ、なに?」
「このお弁当のおかずで何をリクエストしたとか、我慢してリクエストしないとかで、監察官の人がアナウンスで言ってた囚人から看守への昇格が左右されたりしないですよね?」
「いやいや! ないない! これは、朱令陣……じゃなくて、監察官の考えとは関係なくて、ウチら看守チームが考えて出した提案だから」
佳衣子の鋭い質問に慌てて看守の桑来さんが答えると、一瞬、静まり返った囚人たちは、ホッと胸を撫で下ろす。
こうして、その日の夕食は、これまでの2日間とは異なり、牛乳とコッペパン以外に囚人各自がリクエストした、小皿のおかずが一品つくようになった。これでも、高校生にとっては、その栄養価から考えて、非常に貧しい食生活と言えるけど、囚人たちはこれまでの待遇に比べると、かなりの改善があったと考えたのか、夕食の時間は、前日までより、和気あいあいとした雰囲気で過ぎていった。
ただ――――――。
実験に劇的な変化が起こったのは、このあとだ。
ケンタ、桑来さん、九院さんたちのチームのシフトが終了し、消灯時間でもある午後9時に合わせて、囚人と看守の整列が行われると、合宿時にアナウンス放送が流れた。
「國際高校監獄の諸君、今日も実験にご協力いただき、ありがとう。感謝する。さて、1日目の実験の最後に提案した囚人チームからの昇格について発表を行う」
ネコ先輩の声が館内に響き渡ると、囚人チームは、それまでのやや気だるげな姿勢から、シャキリと背筋を伸ばして、監察官の言葉を待つ。
「ここ数日の活動をモニタリングし、優等な振る舞いを行った模範囚についてだが―――残念ながら、今回は該当者なしという結果になった。今後、現在の囚人と看守の役割は変わらないまま、実験は継続して最後まで行われることとなった―――以上だ」
その言葉を聞いた瞬間、
「ふざけんなぁぁぁぁ! なにが該当者なしだ! なんのために、今まで大人しくしてたと思ってんだ!」
咆哮という表現が相応しいような大声を上げて、囚人番号3番がアナウンスの声に反発する。
「ちょっと、落ち着きなさい! 囚人番号3番!」
九院さんの鋭い声が飛び、背後からはケンタが猿野さんを羽交い締めで制した。
「畜生! 覚えていろよ、おまえら! 明日からは、もう簡単におまえらに従ったりしないからな!」
野球部に所属し、さほど身体は大きくないものの、日々の筋トレの成果で、腕力には定評のあるケンタに身体を取り抑えられながらも悪態をつくその姿を見ながら、九院さんと桑来さんは、気まずそうに顔を見合わせている。
そのようすをモニタリングしてる画面を眺めながら、ネコ先輩は、つぶやく。
「素晴らしい……ここまでは、ワタシの推察どおりだ」
「えっ、ネコ先輩は、ここまでの状況を予測していたんですか? それじゃ、このあとは――――――」
「まあ、見ていたまえ。これから、この実験は、スタンフォード大で行われた監獄実験とは、別の結果をもたらすだろう。だから、キミもしっかりと心の準備をしておいてくれたまえ」
「スタンフォード大学で行われた実験とは別の結果をもたらす……って、それじゃあ、どうして、この実験を始めたんですか!?」
私の問いかけに、ネコ先輩は不敵な笑みを浮かべながら、
「まあ、いずれわかるよ」
と返答するだけだった。