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80 どうして漸近線なんて知ってんだよ

ー/ー



 次の麻雀の対局を始める前に、前回の対局でトップだった入屋千智(いりやちさと)の好きな音楽を流すことになった。対局中に映像はいらないと千智が言うので、音楽配信で Prince の曲を流すことにした。機器の操作は今泉俊介(いまいずみしゅんすけ)がやった。
「入屋さんって洋楽聴くんだ。なんか意外だな」
「両親が80年代の洋楽が好きで、小さいころからよく聴かされてきたの」
「そういや入屋はいつもステファニーと英語で喋ってるよな。俺たち、入屋たちが何話してるのか全然わかんねえよ」
「そんな大したこと話してないよ。私だってまだ少ししか英語話せないから」
「そうか? 全然そんな風に見えないけどな」
 月花直紀(げっかなおき)はクラスで千智がステファニーと英語で話しているのをあまりよく思っていないようだ。直紀ですらそう感じるのなら、クラスの女子からは相当疎まれているのだろうな、と藤城皐月(ふじしろさつき)は千智のことが心配になった。

 ミニコンポのスピーカーから『Let's Go Crazy』が流れ始め、麻雀が再開された。抜け番は前回トップだった千智だ。
 対局が始まっても皐月はまだ集中できず、ほとんど上の空のような状態だった。皐月はさっき千智に言われたことをまだ引きずっている。一緒に遊ぶのは難しいってどういうことだろう……。
「ロン」
 俊介の親っ跳(おやっぱね)に打ち込んで一発終了。皐月が無造作に捨てたドラの中が当たり牌だった。
「お前、ここで初牌(しょんぱい)のドラを切るか?」
 月花博紀(げっかひろき)は罰ゲームを回避できたのに、皐月を非難するような口調だ。誰が見ても危険牌なのがわかる。
「あちゃ〜」
 普段の皐月ならあり得ないミスだった。俊介が2回鳴いたのすら気づいていなかった。
「先輩のせいで私の好きな曲、1曲しか聴けなかった……」
 千智まで皐月に非難の目を向けた。
「皐月君の歌なら兄貴と違って聴いてる方が罰ゲームにならなくて助かるなぁ」
「あんまりマニアックな歌を選択したら一緒に歌ってあげられないからね」
 俊介は皐月と一緒に歌う気がマンマンだ。

「お前、洋楽を聴きたくないから、ワザと負けて早くゲームを終わらせたな」
「そんなわけねえだろ!」
 みんなの軽口に癒されていると思っていると、博紀からいやらしい攻撃を受けた。さっき及川祐希(おいかわゆうき)のことでいじったのを根に持っているのかもしれない。
「洋楽、聴きたくなかったの?」
 千智が博紀の言うことを真に受けて、泣きそうな顔をしている。
「違う。俺がわざと負けるわけないじゃん。さっきはちょっと集中力を切らしていただけ」
「確かに皐月君らしくないよね、さっきのミスは。いつもなら守り固いし。僕は最初から自分の力だけで自摸和了(つもあがり)するつもりでいたから、ドラが出てきてびっくりしたよ」
「皐月君、なんかボ〜ッとしてたよね。どうかしたの?」
(ここはみんなにスルーしてもらいたかったのに、どうして俊介も直紀も俺に構うんだ……)
 皐月は千智にまた一緒に遊ぼうと誘ったのを断られたショックをまだ引きずっていた。

 みんながその気なら自分から話題を変えるしかない。皐月は自分しか知らない、古いアイドルの曲を歌うことにした。
「じゃあ俺、『26時のマスカレイド』の曲歌うわ」
「皐月君、それって今朝言ってた最近ハマっている地下アイドル?」
「そう。好きなアイドルの中の一つ。もうだいぶ前に解散しちゃってるし、地下アイドルの部類になるのかな。テレビの歌番組に出られるようなアイドルじゃなかったから、みんな知らないよね」
「へぇ〜、知らないけど楽しみだよ。検索するから曲名教えて」
「片仮名で『ゼンキンセン』ね」
「『ゼンキンセン』って何? 聞いたことない言葉なんだけど」
 直紀じゃなくても五年生にわかる言葉ではない。
「ねえ先輩、漸近線って数学の歌?」
「千智は漸近線知ってるんだ。五年生ってまだ反比例習ってないよね」
「だからさ、『ゼンキンセン』って何なの? 教えてよ」
 皐月と千智が自分のわからない話をしていたので、直紀に答えを急かされた。

「漸近線っていうのはね、曲線のグラフがあって、その曲線に限りなく近づくんだけど絶対に交わらない線のこと。六年になると習うよ」
「なんじゃ、そりゃ」
「六年だってまだ習ってないぞ。なんでお前らそんなこと知ってるんだ?」
 博紀が怪訝な顔をして言う。
「俺は教科書もらったらすぐに全部目を通すから、教科書の範囲なら全部わかるよ」
「私は塾で習った」
「塾?」
 誰よりも先に皐月が塾に反応した。
「俺の通ってる塾じゃそんなことやってないぞ」
 直紀はスポーツでは博紀に勝てないので、せめて勉強では負けないようにと、口コミで評判のいい学習塾に通っている。だから直紀はクラスでは勉強ができるほうだ。でも直紀の通う塾に千智はいない。
「私の通ってる塾は中学受験塾だから、6年生の単元を先取りしてるの」
(ああ……そういうことか)
 皐月は千智が言ってた「一緒に遊ぶことが難しい」という意味がこれでわかった。幼馴染の栗林真理と同じパターンだ。
「さっき後で話すって言ったのはこのこと?」
「うん」
 千智は塾に通い始めたから、皐月と遊ぶ時間をあまり取れなくなるということだった。



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 次の麻雀の対局を始める前に、前回の対局でトップだった|入屋千智《いりやちさと》の好きな音楽を流すことになった。対局中に映像はいらないと千智が言うので、音楽配信で Prince の曲を流すことにした。機器の操作は|今泉俊介《いまいずみしゅんすけ》がやった。
「入屋さんって洋楽聴くんだ。なんか意外だな」
「両親が80年代の洋楽が好きで、小さいころからよく聴かされてきたの」
「そういや入屋はいつもステファニーと英語で喋ってるよな。俺たち、入屋たちが何話してるのか全然わかんねえよ」
「そんな大したこと話してないよ。私だってまだ少ししか英語話せないから」
「そうか? 全然そんな風に見えないけどな」
 |月花直紀《げっかなおき》はクラスで千智がステファニーと英語で話しているのをあまりよく思っていないようだ。直紀ですらそう感じるのなら、クラスの女子からは相当疎まれているのだろうな、と|藤城皐月《ふじしろさつき》は千智のことが心配になった。
 ミニコンポのスピーカーから『Let's Go Crazy』が流れ始め、麻雀が再開された。抜け番は前回トップだった千智だ。
 対局が始まっても皐月はまだ集中できず、ほとんど上の空のような状態だった。皐月はさっき千智に言われたことをまだ引きずっている。一緒に遊ぶのは難しいってどういうことだろう……。
「ロン」
 俊介の|親っ跳《おやっぱね》に打ち込んで一発終了。皐月が無造作に捨てたドラの中が当たり牌だった。
「お前、ここで|初牌《しょんぱい》のドラを切るか?」
 |月花博紀《げっかひろき》は罰ゲームを回避できたのに、皐月を非難するような口調だ。誰が見ても危険牌なのがわかる。
「あちゃ〜」
 普段の皐月ならあり得ないミスだった。俊介が2回鳴いたのすら気づいていなかった。
「先輩のせいで私の好きな曲、1曲しか聴けなかった……」
 千智まで皐月に非難の目を向けた。
「皐月君の歌なら兄貴と違って聴いてる方が罰ゲームにならなくて助かるなぁ」
「あんまりマニアックな歌を選択したら一緒に歌ってあげられないからね」
 俊介は皐月と一緒に歌う気がマンマンだ。
「お前、洋楽を聴きたくないから、ワザと負けて早くゲームを終わらせたな」
「そんなわけねえだろ!」
 みんなの軽口に癒されていると思っていると、博紀からいやらしい攻撃を受けた。さっき|及川祐希《おいかわゆうき》のことでいじったのを根に持っているのかもしれない。
「洋楽、聴きたくなかったの?」
 千智が博紀の言うことを真に受けて、泣きそうな顔をしている。
「違う。俺がわざと負けるわけないじゃん。さっきはちょっと集中力を切らしていただけ」
「確かに皐月君らしくないよね、さっきのミスは。いつもなら守り固いし。僕は最初から自分の力だけで|自摸和了《つもあがり》するつもりでいたから、ドラが出てきてびっくりしたよ」
「皐月君、なんかボ〜ッとしてたよね。どうかしたの?」
(ここはみんなにスルーしてもらいたかったのに、どうして俊介も直紀も俺に構うんだ……)
 皐月は千智にまた一緒に遊ぼうと誘ったのを断られたショックをまだ引きずっていた。
 みんながその気なら自分から話題を変えるしかない。皐月は自分しか知らない、古いアイドルの曲を歌うことにした。
「じゃあ俺、『26時のマスカレイド』の曲歌うわ」
「皐月君、それって今朝言ってた最近ハマっている地下アイドル?」
「そう。好きなアイドルの中の一つ。もうだいぶ前に解散しちゃってるし、地下アイドルの部類になるのかな。テレビの歌番組に出られるようなアイドルじゃなかったから、みんな知らないよね」
「へぇ〜、知らないけど楽しみだよ。検索するから曲名教えて」
「片仮名で『ゼンキンセン』ね」
「『ゼンキンセン』って何? 聞いたことない言葉なんだけど」
 直紀じゃなくても五年生にわかる言葉ではない。
「ねえ先輩、漸近線って数学の歌?」
「千智は漸近線知ってるんだ。五年生ってまだ反比例習ってないよね」
「だからさ、『ゼンキンセン』って何なの? 教えてよ」
 皐月と千智が自分のわからない話をしていたので、直紀に答えを急かされた。
「漸近線っていうのはね、曲線のグラフがあって、その曲線に限りなく近づくんだけど絶対に交わらない線のこと。六年になると習うよ」
「なんじゃ、そりゃ」
「六年だってまだ習ってないぞ。なんでお前らそんなこと知ってるんだ?」
 博紀が怪訝な顔をして言う。
「俺は教科書もらったらすぐに全部目を通すから、教科書の範囲なら全部わかるよ」
「私は塾で習った」
「塾?」
 誰よりも先に皐月が塾に反応した。
「俺の通ってる塾じゃそんなことやってないぞ」
 直紀はスポーツでは博紀に勝てないので、せめて勉強では負けないようにと、口コミで評判のいい学習塾に通っている。だから直紀はクラスでは勉強ができるほうだ。でも直紀の通う塾に千智はいない。
「私の通ってる塾は中学受験塾だから、6年生の単元を先取りしてるの」
(ああ……そういうことか)
 皐月は千智が言ってた「一緒に遊ぶことが難しい」という意味がこれでわかった。幼馴染の栗林真理と同じパターンだ。
「さっき後で話すって言ったのはこのこと?」
「うん」
 千智は塾に通い始めたから、皐月と遊ぶ時間をあまり取れなくなるということだった。