7月23日〜実験前日〜
実験の開始前日に行われた最終準備では、合宿所に小さな模擬刑務所の監房が設置された。
囚人役に割り当てられた生徒は、実験開始日に登校するように言われて解散となり、看守役に割り当てられた参加者はその後、オリエンテーションに出席して説明を受け、制服とサングラスが手渡された。
その際、ネコ先輩は看守役となった生徒たちに、
「キミたち、看守の任務は、この刑務所の秩序を守り、監獄の運営がスムーズに進むように注力することだ」
と説明を行っている。
看守役に選ばれた九院さんと桑来さんから、
「監獄の運営がスムーズに進むって、どういう意味? 具体的にどうすれば良いの?」
との質問が上がったものの、その問いかけに対して、ネコ先輩は、
「それは、キミたちが協議して決めてくれたまえ」
と、明言を避けるような回答をしていた。
7月24日〜実験1日目〜
囚人役に割り当てられた生徒たちが集合場所として指定された第二理科室に集まると、警察官に扮した生徒たちが一斉に室内になだれ込み、こう告げた。
「ここにいる生徒は、反乱準備罪で拘束することになった! 我々の指示に従い、大人しく、移動の準備をしろ!」
警察官の役を演じているのは、演劇部の生徒たち。この日のために、日辻先輩が協力をお願いしていたのだという。
ネコ先輩は、事前に囚人役の生徒たちに逮捕されることを意図的に知らせていなかった。
國際高校警察……もとい、演劇部のメンバーは実験の監察官を務めるネコ先輩と私を支援し、監獄を模した合宿所に移動すると、囚人に対する完全な逮捕手続きを実施する。それは、まるで海外の映画やドラマのワン・シーンのようで、
1.あなたには黙秘権がある
2.あなたの供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる場合がある
3.あなたはいつでもこの権利を用いることができ、質問に答えず、また供述をしないことができる
という警告(ミランダ権利の警告というらしい)、指紋採取、顔写真の撮影などの行為が含まれていた。これらはすべて、数台のビデオカメラで記録されている。
この間、3人の看守役が囚人たちの次の行動に備えている。警察官役の演劇部のメンバーから看守に引き渡された囚人たちは全身検査を受け、新しい生徒証明書(囚人識別番号)と粗末な制服を与えられた。
囚人役のメンバー総勢9人は、不快で体に合わないスモックとストッキングキャップを着用させられている。看守は囚人を名前ではなく、制服に縫い付けられた番号で呼ぶように指示され、囚人たちの人間性を奪った。その後、囚人たちは看守長に迎えられ、罪の重大さと囚人としての新たな地位を告げられた。刑務所の規則が提示された後、囚人たちは実験初日の残りの時間を三人ずつに割り振られた監房で過ごすことになった。
一方の看守役は、交代勤務のために休息とリラクゼーションを行えるリラックスルームに集まる。
ここにも監視カメラが置かれ、看守たちがどんな会話を行うのかモニタリングできるようになっていた。
初回の看守を務める桑来さんと九院さん、そしてケンタが、どっと疲れたような表情で口を開く。
「なんか、本格的な感じで始まったから気疲れしたよね〜。まさか、演劇部があんなにガチで警官役を演じるとは思ってなかったわ〜」
「言えてる! アタシらは、事前に聞かされてたから黙って見てたけど、あれは囚人役だったらビビったと思うな」
「ですね〜。オレも看守役で良かったと思いましたもん。囚人チームの方にも、女子の生徒が3人いますけど、警官役に着替えを急かされたりして、結構、キツイ目にあってますよね」
「まあ、そんだけ演劇部のやり方がマジだってことだったけどさ。それもこれも、監察官サマがオリエンテーションで言ってた監獄の運営がスムーズに進むためだし、仕方ないんじゃないの?」
桑来さんが、わざとらしくカメラに目線を向けながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
「そのことなんだけどさ……結局、監獄の運営をスムーズに進めるって、どういうことなんだろうね? 朱令陣は、アタシたち看守同士で考えろって言ってたけど……」
「看守なんだから、やっぱり、囚人を管理したり監視したりすることが大事なんじゃないですかね? たしか、あの先輩は、この刑務所の秩序を守って、監獄の運営をスムーズに進めろ、と言ってたと思うんで……オレたち看守でルールを決めて、囚人たちに守らせると良いんじゃないですか?」
そんなケンタの提案には、二人の上級生が難色を示した。
「う〜ん、囚人チームのコたちは、従ってくれるかな〜? 今日の夕飯だってさ、囚人チームは牛乳とコッペパンだけだったけど、ウチらは、仕出し屋の豪華なお弁当だったじゃん? これ、囚人チームから恨みを買うと思うよ〜」
「だね……アタシらが、こんなに高そうなお弁当を食べてると知ったら、文句を言われるだろうね。いや、アタシなら、同じものを食べさせろ! って抗議して暴れる自信がある」
九院さんは、桑来さんに同調して苦笑した。
「う〜ん、それなら囚人に恨みを買わないように行動しないとダメですね〜。一度、看守同士で集まって話し合いますか?」
今度は、ケンタの提案に、「だね!」と同意する。
三人のこの発言をモニターしていたネコ先輩は、合宿所内に設けられた館内放送でこんなことを告げた。
「1日目の実験に協力いただき、感謝する。ただ、囚人チームの諸君は、この待遇に不満を持つ者も多いだろう。そこで、今後数日の活動をモニタリングし、優等な振る舞いを行っていた囚人は、模範囚として看守役に昇格できるものとしたい。なお、その際の囚人役は、待機している代替メンバーから補充するものとする。以上だ」
このアナウンスに、囚人チームの生徒たちが反応しているのが、各監房の監視カメラの映像でわかる。
こうして、國際高校の監獄実験1日目の観察は終了した。