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6.コイビトの定義

ー/ー



 敬一クンが帰ってきたら、キャンパスコンビはさぞクドクドと詰め寄るんだろうな〜……と思っていた俺の予想に反し、二人共知らぬ素振りの通常モードだったのが意外だった。
 一方の俺は、ゴリラとの衝撃キスシーンを目撃したせいで、完璧過ぎる優等生と思っていた敬一クンを見る目が、ちょっと変わってしまった。

 そんな裏事情を知らない敬一クンは、相変わらず(みせ)の隅っこの席にミナトを座らせて、勉強を教えている。
 俺はフロアの定位置に立ち、ミナトと敬一クンの会話を聞くともなく聞いていた。

「ミナト君は、算数がちょっと苦手みたいだな」
「だって、公式とか、計算とか、めんどくさいんだもん」
「その、面倒くさいって口癖も、良くないな。公式があるって事は、必ず問題が解けるって事だ。答えがあるんだから、やり方を覚えれば簡単だぞ」
「そうかなぁ?」

 ぶつぶつ言いながら、それでもミナトは敬一クンに教えられた通りに問題と取り組んでいるようだ。

「ほら、ちゃんと答えが導き出せたじゃないか」
「ちっとも簡単って感じしないけど……。答えは出るね」
「じゃあ次の問題をやってみようか。これは応用問題で、使う公式は同じだ。どうしてだか解るかな?」
「ええ……と……。このカッコの中が、同じパターンだから?」
「よく解ったな。じゃあ、先刻の手順で計算できるな?」
「うん、やってみる」

 勉強が全く得意じゃない俺ですら、敬一クンの説明は感心するほど解りやすい。
 小学生の頃、近所にこんな親切なお兄さんが居たら、もうちょっと勉強する気になったかもしれない。
 まぁ、シノさんが居たら無理だろうケド。
 こんなにきちんとしてて優秀な敬一クンが、公衆の面前的な場所で男とキスしたり、ゴリラとご休憩に行ってしまったりなんて、ウソみたいだなぁ……なんて事を、俺はずっと頭の隅で考えていた。

「どうしたんだ?」

 俺に話し掛けてきたのかと思って焦ったが、敬一クンの問い掛けは、ミナトに向けられたものだった。

「別に、どうもしないよ」
「いや、ぼんやりしていたぞ。俺の説明が解り難かったか?」
「ううん。敬一の説明は解りやすいよ。学校の先生より、ずっと」

 そう返事をしながら、ミナトはあらぬ方向に視線を動かしている。
 ミナトの目が追っている方向を見ると、窓の外をコグマが歩いていくのが見えた。
 視界からコグマの姿が消えると、ミナトが子供らしからぬ溜息を()く。

「やっぱり、何か解らないのか?」
「そうじゃなくて。僕、コグマがウザイんだ。一緒にいるのイヤんなる」
「小熊さんが? でもミナト君が、同居しても良いって言ったんだろう?」
「だって、あの場で僕がダメって言ったら、きっと聖一はガッカリしたでしょ?」

 ミナトのコメントに、俺はちょっと……いや、かなりビックリして、次にまたしてもコグマは不利な立ち位置になったなぁと思った。
 白砂サンとのトラブルで、コグマの性根がすっかり変わった……なんて、思っちゃいない。
 そもそも、人間そう簡単に、(おのれ)の価値観だの性癖など変われるワケもない。
 相応に反省はしただろうし、惚れたほうが負けって公式が当てはまってしまう現在の状況は認めているようだが、白砂サンの優先順位が "ミナト>コグマ" になっている事には、気付いてないのか認めたくないのか、先日の焼き鳥屋での話からも、折れる気配は全くナイ。

 それに比べてミナトは、ちゃんと場の空気を読み、白砂サンの愛情を得るために、白砂サンの心の機微を読み取る努力をしているし、オマケにさほど間違った解釈もしていない。
 コグマは悪い奴じゃないし、白砂サンに本気だと思うけど、自分を守る方に必死になると、相手に対する気遣いを忘れてしまう傾向がある。
 子供相手に大人げなくなっているコグマに引き比べ、なまじ苦労が多かった所為で、ミナトの方が精神的に大人みたいだ。

「本当にミナト君が嫌だと思ってるなら、白砂さんにそう言えば、白砂さんはきっと、ミナト君の気持ちを優先してくれるだろう」

 優しく語りかける敬一クンを、ミナトはとても子供と思えないような憂いを含んだ表情で見た。

「僕、コグマのコトちっとも好きじゃないケド、聖一がガッカリしている方がもっと嫌だもの」
「え?」
「敬一には、そーいうの、ナイの?」
「そういうの……とは?」
「うーんと……。お父さんが決めてたのと違う学校に、敬一は()ったんだよね? それで、お父さんがガッカリした顔を見た時に、敬一はガッカリしなかった?」

 敬一クンは、虚を突かれたって顔をした。

「ああ……そう、だな。(だれ)かの期待を裏切ってしまった時は、こちらの気持ちも(つら)くなる……。だが、俺は自分の人生を、全部他人に決められてしまうのは違うと思ったから、父の期待を知っていても、あえてこちらの道を選んだんだ。後悔はないよ」
「僕はコグマと一緒にいるのイヤだけど、それで僕がコグマを家から追い出しても、聖一はコグマと付き合うのやめないよ。恋人同士なんだもの」
「恋人?」

 ミナトの言葉に、敬一クンが "処理のしきれなくなったコンピューター" みたいな反応をする。

「だって、聖一とコグマって、メゾンのみんなが認めてる、公認のカップルなんでしょ?」
「ああ、そうだな。……だが、男同士で恋人にはなれないんじゃないか?」
「敬一も、公認してるんじゃないの?」
「え? ああ、そうだっけ……。でも、それって、どうなってるのかなぁ?」

 首を傾げている敬一クンを、ミナトが微妙な顔つきで見ている。
 俺も敬一クンの応対に、混乱してきてしまった。
 もしかして敬一クンは、あんなコトをしている相手の(だれ)も "恋人" と認識してないのだろうか?
 そういえばエビセンが、敬一クンには常識が無いから、男同士はノーカンと思ってるとか言ってたが。
 ここまでおかしな反応をされると、常識が無いってのともチガウ気がしてくる。

「違うの?」

 首を傾げて固まっている敬一クンに、再度ミナトが問うた。

「いや、違わない。公認だ。だが、それとは別に、年上の人をそんなアダ名で呼ぶのは良くないぞ」

 敬一クンにしては珍しく、都合の悪い話を棚に上げたようだ。
 ミナトは思いっきり不審な顔になっているが、頷いた。

「わかった。……ねえ、鎌倉に()った時に敬一のおかあさんが、おじいちゃんとおばあちゃんて呼んでって言ってたけど、それは良いの?」
「おかあさんがそう言ったのか?」
「うん」
「ミナト君の歳だと、兄さんの子供くらいの年齢に思えるのかな? おかあさんがそう呼んで欲しいと言っているなら、そう呼んだ方が良いだろう」
「じゃあ、今度会った時、そうする」

 あの椿サンがミナトに「おばあちゃん」と呼ばせようとは、一体どんな心境の変化だろう?
 俺は子供の頃に、椿サンを「おばさん」と呼んだら、ゲンコツを食らった記憶があるんだが?


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 敬一クンが帰ってきたら、キャンパスコンビはさぞクドクドと詰め寄るんだろうな〜……と思っていた俺の予想に反し、二人共知らぬ素振りの通常モードだったのが意外だった。
 一方の俺は、ゴリラとの衝撃キスシーンを目撃したせいで、完璧過ぎる優等生と思っていた敬一クンを見る目が、ちょっと変わってしまった。
 そんな裏事情を知らない敬一クンは、相変わらず|店《みせ》の隅っこの席にミナトを座らせて、勉強を教えている。
 俺はフロアの定位置に立ち、ミナトと敬一クンの会話を聞くともなく聞いていた。
「ミナト君は、算数がちょっと苦手みたいだな」
「だって、公式とか、計算とか、めんどくさいんだもん」
「その、面倒くさいって口癖も、良くないな。公式があるって事は、必ず問題が解けるって事だ。答えがあるんだから、やり方を覚えれば簡単だぞ」
「そうかなぁ?」
 ぶつぶつ言いながら、それでもミナトは敬一クンに教えられた通りに問題と取り組んでいるようだ。
「ほら、ちゃんと答えが導き出せたじゃないか」
「ちっとも簡単って感じしないけど……。答えは出るね」
「じゃあ次の問題をやってみようか。これは応用問題で、使う公式は同じだ。どうしてだか解るかな?」
「ええ……と……。このカッコの中が、同じパターンだから?」
「よく解ったな。じゃあ、先刻の手順で計算できるな?」
「うん、やってみる」
 勉強が全く得意じゃない俺ですら、敬一クンの説明は感心するほど解りやすい。
 小学生の頃、近所にこんな親切なお兄さんが居たら、もうちょっと勉強する気になったかもしれない。
 まぁ、シノさんが居たら無理だろうケド。
 こんなにきちんとしてて優秀な敬一クンが、公衆の面前的な場所で男とキスしたり、ゴリラとご休憩に行ってしまったりなんて、ウソみたいだなぁ……なんて事を、俺はずっと頭の隅で考えていた。
「どうしたんだ?」
 俺に話し掛けてきたのかと思って焦ったが、敬一クンの問い掛けは、ミナトに向けられたものだった。
「別に、どうもしないよ」
「いや、ぼんやりしていたぞ。俺の説明が解り難かったか?」
「ううん。敬一の説明は解りやすいよ。学校の先生より、ずっと」
 そう返事をしながら、ミナトはあらぬ方向に視線を動かしている。
 ミナトの目が追っている方向を見ると、窓の外をコグマが歩いていくのが見えた。
 視界からコグマの姿が消えると、ミナトが子供らしからぬ溜息を|吐《つ》く。
「やっぱり、何か解らないのか?」
「そうじゃなくて。僕、コグマがウザイんだ。一緒にいるのイヤんなる」
「小熊さんが? でもミナト君が、同居しても良いって言ったんだろう?」
「だって、あの場で僕がダメって言ったら、きっと聖一はガッカリしたでしょ?」
 ミナトのコメントに、俺はちょっと……いや、かなりビックリして、次にまたしてもコグマは不利な立ち位置になったなぁと思った。
 白砂サンとのトラブルで、コグマの性根がすっかり変わった……なんて、思っちゃいない。
 そもそも、人間そう簡単に、|己《おのれ》の価値観だの性癖など変われるワケもない。
 相応に反省はしただろうし、惚れたほうが負けって公式が当てはまってしまう現在の状況は認めているようだが、白砂サンの優先順位が "ミナト>コグマ" になっている事には、気付いてないのか認めたくないのか、先日の焼き鳥屋での話からも、折れる気配は全くナイ。
 それに比べてミナトは、ちゃんと場の空気を読み、白砂サンの愛情を得るために、白砂サンの心の機微を読み取る努力をしているし、オマケにさほど間違った解釈もしていない。
 コグマは悪い奴じゃないし、白砂サンに本気だと思うけど、自分を守る方に必死になると、相手に対する気遣いを忘れてしまう傾向がある。
 子供相手に大人げなくなっているコグマに引き比べ、なまじ苦労が多かった所為で、ミナトの方が精神的に大人みたいだ。
「本当にミナト君が嫌だと思ってるなら、白砂さんにそう言えば、白砂さんはきっと、ミナト君の気持ちを優先してくれるだろう」
 優しく語りかける敬一クンを、ミナトはとても子供と思えないような憂いを含んだ表情で見た。
「僕、コグマのコトちっとも好きじゃないケド、聖一がガッカリしている方がもっと嫌だもの」
「え?」
「敬一には、そーいうの、ナイの?」
「そういうの……とは?」
「うーんと……。お父さんが決めてたのと違う学校に、敬一は|行《い》ったんだよね? それで、お父さんがガッカリした顔を見た時に、敬一はガッカリしなかった?」
 敬一クンは、虚を突かれたって顔をした。
「ああ……そう、だな。|誰《だれ》かの期待を裏切ってしまった時は、こちらの気持ちも|辛《つら》くなる……。だが、俺は自分の人生を、全部他人に決められてしまうのは違うと思ったから、父の期待を知っていても、あえてこちらの道を選んだんだ。後悔はないよ」
「僕はコグマと一緒にいるのイヤだけど、それで僕がコグマを家から追い出しても、聖一はコグマと付き合うのやめないよ。恋人同士なんだもの」
「恋人?」
 ミナトの言葉に、敬一クンが "処理のしきれなくなったコンピューター" みたいな反応をする。
「だって、聖一とコグマって、メゾンのみんなが認めてる、公認のカップルなんでしょ?」
「ああ、そうだな。……だが、男同士で恋人にはなれないんじゃないか?」
「敬一も、公認してるんじゃないの?」
「え? ああ、そうだっけ……。でも、それって、どうなってるのかなぁ?」
 首を傾げている敬一クンを、ミナトが微妙な顔つきで見ている。
 俺も敬一クンの応対に、混乱してきてしまった。
 もしかして敬一クンは、あんなコトをしている相手の|誰《だれ》も "恋人" と認識してないのだろうか?
 そういえばエビセンが、敬一クンには常識が無いから、男同士はノーカンと思ってるとか言ってたが。
 ここまでおかしな反応をされると、常識が無いってのともチガウ気がしてくる。
「違うの?」
 首を傾げて固まっている敬一クンに、再度ミナトが問うた。
「いや、違わない。公認だ。だが、それとは別に、年上の人をそんなアダ名で呼ぶのは良くないぞ」
 敬一クンにしては珍しく、都合の悪い話を棚に上げたようだ。
 ミナトは思いっきり不審な顔になっているが、頷いた。
「わかった。……ねえ、鎌倉に|行《い》った時に敬一のおかあさんが、おじいちゃんとおばあちゃんて呼んでって言ってたけど、それは良いの?」
「おかあさんがそう言ったのか?」
「うん」
「ミナト君の歳だと、兄さんの子供くらいの年齢に思えるのかな? おかあさんがそう呼んで欲しいと言っているなら、そう呼んだ方が良いだろう」
「じゃあ、今度会った時、そうする」
 あの椿サンがミナトに「おばあちゃん」と呼ばせようとは、一体どんな心境の変化だろう?
 俺は子供の頃に、椿サンを「おばさん」と呼んだら、ゲンコツを食らった記憶があるんだが?