4.イニシエの美少年
ー/ー
翌日の昼過ぎに、お土産満載のハリアーが帰ってきた。
「今回のディナーは実に有意義だった〜」
またしてもたっぷり買い込んできた海産物を、冷蔵庫にどんどこと放り込みながら、シノさんはニコニコ顔だ。
「なにがそんなに、有意義だったの?」
「うむ。まずはセイちゃんの美貌に、メシマズがメロメロになってのう〜。更にセイちゃんのディナーフルコースにウマウマになり、最後にセイちゃんの履歴にホロホロになったのだ」
「メロメロとウマウマはともかく、ホロホロってなに?」
「ホロホロと泣くんだよ。美しい日本語表現だぁな」
「その、崩壊した日本語の中に、美しい表現を混ぜ込まれても……」
「なんだ?」
「いや、なんでも……」
「ミナトも超人気だったぞ〜。メシマズは利発で小さき者が大好物だもんで、セイちゃんがディナーの支度をしてる間、ずっとミナトと遊んでたわい。初代利発で小さき者の写真を大公開してたゾ」
「初代?」
「じゃーん! これだ!」
シノさんはスマホを取り出すと、写真アプリを立ち上げて画面を見せてくれた。
そこには、椿サンが見せてくれたと思わしき、古い写真が写っている。
「誰、この美少年?」
「兄さん、海老坂に荷物を渡してきたんですが、多すぎるって言ってるんですけど…………。あっ! 何見せてるんですか!」
「可愛いだろ〜! それは家族旅行の時の写真なんだけど、買ってもらったソフトクリームを、一口舐めたところでウエハースからアイスが丸っと落っこちて、しょんもりしている御年3歳のケイちゃんだ!」
「ええーーっ! これ敬一クンなのっ!? うわあ、マジで美少年!」
「いつの間にそんな写真を! やめてくださいっ!」
顔を真っ赤にしながら、シノさんの持っているスマホを取ろうと敬一クンが手を伸ばしたが、シノさんはヒョイヒョイと逃げ回りながら、次から次へと選りに選った本人には恥ずかしい写真を俺に見せびらかした。
「おおーい、中師。干物の話どうなった〜?」
玄関からエビセンの声がして、こちらにドスドス歩み寄ってくる足音がする。
「来るな海老坂! 兄さん、それしまってください!」
「おお、エビちゃんイイ所に! これがまた、選りすぐりに可愛いンだけど……」
そこでいきなりスマホの取り合いに巻き込まれたエビセンは、直ぐに察しをつけてシノさんの手からスマホを受け取り、写真を眺めた。
「ほっほー、こりゃ紅顔の美少年ですね!」
「だろ〜?」
「見るな海老坂!」
敬一クンが手を伸ばすと、エビセンは素早くスマホをシノさんに返してしまう。
「それ、後で俺のスマホに送ってください」
「うむ、それは交渉次第で応じるぞ」
「兄さん! それは個人情報の漏洩です!」
「それを言うなら、侵害だろ」
「すごいね、こっちはピアノの発表会っぽいけど、こっちはヴァイオリン? えっ、バレエまでやってたのっ?」
スマホを奪うことを、敬一クンが諦めたので、俺は改めてシノさんの撮った過去の写真を見せてもらった。
「ケイちゃんは子供の頃、ピアノとヴァイオリンとダンスとバレエと剣道と弓道と水泳とお茶と習字を習っていたそうな」
「多過ぎじゃないの、それ?」
「メシマズが言うには、ケイちゃんがあんまりおとなしすぎるので、おとっつぁんが何かに興味を持つきっかけになればイイと思って、手当たり次第になんでも習わせたそーだ。
「全部をいっぺんに習っていた訳じゃありませんし、高校に入ったら部活がすごく忙しくなったので、習い事は全部やめました」
「子供の頃からそんなだったら、いきなり自分で大学決めたなんて言い出したら、お父さん腰が抜けても仕方無いね」
「父も、そう言ってました」
「なぁ、コレ、どうして上を向いてポカンとしてんだ?」
一緒になって画面を見ていたエビセンが問う。
「それは凧揚げをしていた時に、いきなり糸が切れて凧が無くなった時の…………。海老坂! おまえは見るなと言っただろう!」
「あはは、おもしれー。てか、オマエの子供の頃の写真は、ビックリしたりしょぼくれたりしてるのばっかだな」
「それは、兄さんが選りに選って変な写真ばかりを撮ってきたからで、別にそんな写真ばっかりじゃない!」
「今回の帰省で最大の話題は、ケイちゃんのかわゆい画像ではないんだぞ〜」
シノさんはスマホを取ると、画面を消してテーブルに置いた。
「なんだよ?」
「セイちゃんは、ケイちゃんのおとっつぁんに惚れた」
「はあ?」
「マジですかそれ?」
唐突なシノさんの爆弾発言に、俺も驚いたが、エビセンも驚いたようだった。
「ま。惚れたつってもアレは、憧れの人ってヤツだと思うけどナ。ケイちゃんのおとっつぁんは、ケイちゃんとはあんまり似てナイんだけど、ロマンスグレーのスラッとした紳士でナ。虐待ジジイと雲泥の差っつーか、よーするにセイちゃんの理想の父親……つーか、ジェフ・トレーシーさんに見えたんじゃね?」
「ええ〜……」
出てきた名称に、俺はやや呆れた声を出したが。
「誰っすか?」
「誰です、それ?」
エビセンと敬一クンは、並んで問うた。
「ふむ、ケイちゃん達のオトシゴロでは、知らんか? サンダーバードのパパなんだが」
「サンダーバード……って、ああ! 子供向けの3Dアニメっすか?」
「ほえっ? イマドキはアニメなんっ?」
微妙に、シノさんとエビセンの会話が噛み合っていない。
「俺らの子供の頃は、サンダーバードっつったら、人形劇だったよなぁ?」
「スゴイマリオネットとかって言ってた気がするけど。でも俺だってメカは覚えててもキャラまで良く覚えてナイよ? 敬一クン達が知らないの当たり前じゃんか」
「んか。では、今度セイちゃんに見せてもらえ」
「ええっ? なんか面倒な話になっちゃったな……」
そこでシノさんは、わざとらしく「ウォッホン」とか咳払いをした。
「セイちゃん、おとっつぁんと話をする時には頬を赤らめてて、可愛かったぞ」
「そうでしたか? 俺は気付きませんでしたが」
「セイちゃんはあんまし表情を表に出さないから、ケイちゃんにはワカランかったかの。でも、呑んだ後にグデグデになってただろ?」
「ああ、そういえば。酔ってから、すっかり父に凭れかかってましたね」
「えっ、白砂サンって呑めないんじゃないの?」
「決してキライじゃねェんだけど、弱いし、酔ってイロイロやらかしたことがあるらしくってなぁ。普段は避けてるンだな。でぃも、おとっつぁんが秘蔵の日本酒出してきてくれたんで、呑み始めたら美味しくて、ついつい呑みすぎちったっぽい」
「ああ、それで色々話してくれたんですね」
「うむ。いつもは語らん生い立ちを、饒舌に語ってくれてのう〜。ジジイの所業におとっつぁんも憤っておったが、メシマズは『うちの子になれば』とか言って、ホロホロと泣いておったぞよ〜」
「そこで、ホロホロが出てくんのね……」
「まぁ、酒の席ではあったが、ありゃちぃとマジだったかもしらん」
「俺は、白砂サンも家族になれるなら、それは全く構いません」
「セイちゃんもまんざらでもなさそうだったし。ケイちゃんのおとっつぁんはヤリ手だっつーから、セイちゃんを養子にもらう話になったら、ジジイの弁護士に負けないデキル弁護士先生を見つけてくるかもナ〜」
そう言って、シノさんは「キシシシシシシ……」と妖怪じみた笑いをした。
俺のような凡人からすると、そんな深刻というか、面倒極まりない話のどこに楽しみがあるんだろう? と思うが。
不良少年の荒くれ者的な履歴を持つシノさんは、ある意味「スジの通らない」話に憤りやすい傾向がある。
簡単に言えば、逆転劇とか復讐譚みたいなネタは大好物。
要は "ヤラレっぱなしの展開が嫌い" なのだ。
白砂サンの話は、今まで一方的にDV親父の方にばかり利があって、こっちがヤラレっぱなしだったから、ここで敬一クンのおとうさんが味方に付けば、逆転劇が楽しめると目算してるのだろう。
「白砂サンは、お兄さんとも馬が合うみたいだし、いっそ中師とも義兄弟になったらいーんじゃないっすかね? なまじな他人より、親族になっといた方が、店の経営的にいろいろいーんじゃないっすか?」
「ま、その辺はセイちゃんの気持ちもあるだろうし。おいおいナ」
冗談交じりのエビセンの提案に、シノさんはケケケと笑った。
「それよっか、留守中になんかあった?」
この質問は、ビルのオーナーとしての責任感から……ではなくて。
単に、自分が留守の間 "なんか面白いことなかった?" って意味の問いだ。
「なんかって言えば、ハルカとミツルがシノさんに話があるって言ってたよ」
店休日ではあったけど、朝、一応店の前を掃除していたのだが、その時に二階のテナントでヨガとマッサージの店をやっている二人が、俺に話しかけてきたのだ。
「ハルカとみっちゃんが? なんじゃいな?」
「俺は従業員だし。話は聞いてないよ」
言ってる傍から、玄関から声がする。
「ごめんくさ〜い」
「おう、入れ〜」
入ってきたのは、ハルカだった。
「なんだ、みっちゃんと話つってなかったか?」
「いや〜、わざわざ二人で来ることもないかな〜って」
「そんで、どしたん?」
「実は、俺ら、部屋をシェアしたいんす」
そこでソファに座っていたエビセンは、スッと席を立った。
そして、キッチンで土産物の仕訳をしていた敬一クンに声掛けをすると、仕訳を引き継いでいる。
敬一クンは、ちゃちゃっとお茶を煎れると、ハルカの前に出してシノさんの隣りに座った。
「シェアって、誰か友達呼びたいん?」
「いえ、あの〜。ミツルのヨガ教室のほーは、わりとコンスタンスに生徒さん集まってて、問題ないんすけど。俺のマッサージ店のほーは、ちょっとその〜、思ったより客足集まらなくてですね」
「ほうほう」
「経済的に困窮してきちゃって、店たたもーかと思ったんですけど。そしたらミツルが部屋をシェアして一緒に住んだらどーかって言ってくれてですね」
「あの……、それでお店は……?」
テナントが抜けるとなったら大事だ。
敬一クンが、かなり真剣な顔で尋ねた。
「あ、はい。店はそのまま、続けます。てか、ヨガ教室のスペース増やして、マッサージのベッドの台数を減らしてですね。そんで、俺は今まで暇なときはヨガ教室の手伝いしてたんで、今後はそっちをメインにしようかなって」
なるほど……と、敬一クンは神妙に頷いているが、シノさんはそういうカッコを保っているだけで、本当はこんな話どーでもいいと思っているのだろう。
「わかりました。部屋のシェアは問題ありません。引っ越しは?」
「や、もう済ませてありまして」
ヘコヘコしながら、ハルカは帰っていった。
「また、不動産屋に募集を出さなきゃですね」
「うーむ。おもろい住人がくれば良いがのう〜」
シノさんは、メゾンに空き室が出て収入が減ることなんて、これっちびも気にせずにそう言った。
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またしてもたっぷり買い込んできた海産物を、冷蔵庫にどんどこと放り込みながら、シノさんはニコニコ顔だ。
「なにがそんなに、有意義だったの?」
「うむ。まずはセイちゃんの美貌に、メシマズがメロメロになってのう〜。更にセイちゃんのディナーフルコースにウマウマになり、最後にセイちゃんの履歴にホロホロになったのだ」
「メロメロとウマウマはともかく、ホロホロってなに?」
「ホロホロと泣くんだよ。美しい日本語表現だぁな」
「その、崩壊した日本語の中に、美しい表現を混ぜ込まれても……」
「なんだ?」
「いや、なんでも……」
「ミナトも超人気だったぞ〜。メシマズは利発で小さき|者《もの》が大好物だもんで、セイちゃんがディナーの支度をしてる間、ずっとミナトと遊んでたわい。初代利発で小さき|者《もの》の写真を大公開してたゾ」
「初代?」
「じゃーん! これだ!」
シノさんはスマホを取り出すと、写真アプリを立ち上げて画面を見せてくれた。
そこには、椿サンが見せてくれたと思わしき、古い写真が写っている。
「|誰《だれ》、この美少年?」
「兄さん、海老坂に荷物を渡してきたんですが、多すぎるって言ってるんですけど…………。あっ! 何見せてるんですか!」
「可愛いだろ〜! それは家族旅行の時の写真なんだけど、買ってもらったソフトクリームを、一口舐めたところでウエハースからアイスが丸っと落っこちて、しょんもりしている御年3歳のケイちゃんだ!」
「ええーーっ! これ敬一クンなのっ!? うわあ、マジで美少年!」
「いつの間にそんな写真を! やめてくださいっ!」
顔を真っ赤にしながら、シノさんの持っているスマホを取ろうと敬一クンが手を伸ばしたが、シノさんはヒョイヒョイと逃げ回りながら、次から次へと選りに選った本人には恥ずかしい写真を俺に見せびらかした。
「おおーい、中師。干物の話どうなった〜?」
玄関からエビセンの声がして、こちらにドスドス歩み寄ってくる足音がする。
「来るな海老坂! 兄さん、それしまってください!」
「おお、エビちゃんイイ所に! これがまた、選りすぐりに可愛いンだけど……」
そこでいきなりスマホの取り合いに巻き込まれたエビセンは、直ぐに察しをつけてシノさんの手からスマホを受け取り、写真を眺めた。
「ほっほー、こりゃ紅顔の美少年ですね!」
「だろ〜?」
「見るな海老坂!」
敬一クンが手を伸ばすと、エビセンは素早くスマホをシノさんに返してしまう。
「それ、後で俺のスマホに送ってください」
「うむ、それは交渉次第で応じるぞ」
「兄さん! それは個人情報の漏洩です!」
「それを言うなら、侵害だろ」
「すごいね、こっちはピアノの発表会っぽいけど、こっちはヴァイオリン? えっ、バレエまでやってたのっ?」
スマホを奪うことを、敬一クンが諦めたので、俺は改めてシノさんの撮った過去の写真を見せてもらった。
「ケイちゃんは子供の頃、ピアノとヴァイオリンとダンスとバレエと剣道と弓道と水泳とお茶と習字を習っていたそうな」
「多過ぎじゃないの、それ?」
「メシマズが言うには、ケイちゃんがあんまりおとなしすぎるので、おとっつぁんが何かに興味を持つきっかけになればイイと思って、手当たり次第になんでも習わせたそーだ。
「全部をいっぺんに習っていた|訳《わけ》じゃありませんし、高校に入ったら部活がすごく忙しくなったので、習い事は全部やめました」
「子供の頃からそんなだったら、いきなり自分で大学決めたなんて言い出したら、お父さん腰が抜けても仕方無いね」
「父も、そう言ってました」
「なぁ、コレ、どうして上を向いてポカンとしてんだ?」
一緒になって画面を見ていたエビセンが問う。
「それは凧揚げをしていた時に、いきなり糸が切れて凧が無くなった時の…………。海老坂! おまえは見るなと言っただろう!」
「あはは、おもしれー。てか、オマエの子供の頃の写真は、ビックリしたりしょぼくれたりしてるのばっかだな」
「それは、兄さんが選りに選って変な写真ばかりを撮ってきたからで、別にそんな写真ばっかりじゃない!」
「今回の帰省で最大の話題は、ケイちゃんのかわゆい画像ではないんだぞ〜」
シノさんはスマホを取ると、画面を消してテーブルに置いた。
「なんだよ?」
「セイちゃんは、ケイちゃんのおとっつぁんに惚れた」
「はあ?」
「マジですかそれ?」
唐突なシノさんの爆弾発言に、俺も驚いたが、エビセンも驚いたようだった。
「ま。惚れたつってもアレは、憧れの人ってヤツだと思うけどナ。ケイちゃんのおとっつぁんは、ケイちゃんとはあんまり似てナイんだけど、ロマンスグレーのスラッとした紳士でナ。虐待ジジイと雲泥の差っつーか、よーするにセイちゃんの理想の父親……つーか、ジェフ・トレーシーさんに見えたんじゃね?」
「ええ〜……」
出てきた名称に、俺はやや呆れた声を出したが。
「|誰《だれ》っすか?」
「|誰《だれ》です、それ?」
エビセンと敬一クンは、並んで問うた。
「ふむ、ケイちゃん達のオトシゴロでは、知らんか? サンダーバードのパパなんだが」
「サンダーバード……って、ああ! 子供向けの3Dアニメっすか?」
「ほえっ? イマドキはアニメなんっ?」
微妙に、シノさんとエビセンの会話が噛み合っていない。
「俺らの子供の頃は、サンダーバードっつったら、人形劇だったよなぁ?」
「スゴイマリオネットとかって言ってた気がするけど。でも俺だってメカは覚えててもキャラまで良く覚えてナイよ? 敬一クン達が知らないの当たり前じゃんか」
「んか。では、今度セイちゃんに見せてもらえ」
「ええっ? なんか面倒な話になっちゃったな……」
そこでシノさんは、わざとらしく「ウォッホン」とか咳払いをした。
「セイちゃん、おとっつぁんと話をする時には頬を赤らめてて、可愛かったぞ」
「そうでしたか? 俺は気付きませんでしたが」
「セイちゃんはあんまし表情を表に出さないから、ケイちゃんにはワカランかったかの。でも、呑んだ後にグデグデになってただろ?」
「ああ、そういえば。酔ってから、すっかり父に凭れかかってましたね」
「えっ、白砂サンって呑めないんじゃないの?」
「決してキライじゃねェんだけど、弱いし、酔ってイロイロやらかしたことがあるらしくってなぁ。普段は避けてるンだな。でぃも、おとっつぁんが秘蔵の日本酒出してきてくれたんで、呑み始めたら美味しくて、ついつい呑みすぎちったっぽい」
「ああ、それで色々話してくれたんですね」
「うむ。いつもは語らん生い立ちを、饒舌に語ってくれてのう〜。ジジイの所業におとっつぁんも憤っておったが、メシマズは『うちの子になれば』とか言って、ホロホロと泣いておったぞよ〜」
「そこで、ホロホロが出てくんのね……」
「まぁ、酒の席ではあったが、ありゃちぃとマジだったかもしらん」
「俺は、白砂サンも家族になれるなら、それは全く構いません」
「セイちゃんもまんざらでもなさそうだったし。ケイちゃんのおとっつぁんはヤリ手だっつーから、セイちゃんを養子にもらう話になったら、ジジイの弁護士に負けないデキル弁護士先生を見つけてくるかもナ〜」
そう言って、シノさんは「キシシシシシシ……」と妖怪じみた笑いをした。
俺のような凡人からすると、そんな深刻というか、面倒極まりない話のどこに楽しみがあるんだろう? と思うが。
不良少年の荒くれ者的な履歴を持つシノさんは、ある意味「スジの通らない」話に憤りやすい傾向がある。
簡単に言えば、逆転劇とか復讐譚みたいなネタは大好物。
要は "ヤラレっぱなしの展開が嫌い" なのだ。
白砂サンの話は、今まで一方的にDV親父の方にばかり利があって、こっちがヤラレっぱなしだったから、ここで敬一クンのおとうさんが味方に付けば、逆転劇が楽しめると目算してるのだろう。
「白砂サンは、お兄さんとも馬が合うみたいだし、いっそ中師とも義兄弟になったらいーんじゃないっすかね? なまじな他人より、親族になっといた|方《ほう》が、店の経営的にいろいろいーんじゃないっすか?」
「ま、その辺はセイちゃんの気持ちもあるだろうし。おいおいナ」
冗談交じりのエビセンの提案に、シノさんはケケケと笑った。
「それよっか、留守中になんかあった?」
この質問は、ビルのオーナーとしての責任感から……ではなくて。
単に、自分が留守の間 "なんか面白いことなかった?" って意味の問いだ。
「なんかって言えば、ハルカとミツルがシノさんに話があるって言ってたよ」
店休日ではあったけど、朝、一応店の前を掃除していたのだが、その時に二階のテナントでヨガとマッサージの店をやっている二人が、俺に話しかけてきたのだ。
「ハルカとみっちゃんが? なんじゃいな?」
「俺は従業員だし。話は聞いてないよ」
言ってる|傍《そば》から、玄関から声がする。
「ごめんくさ〜い」
「おう、入れ〜」
入ってきたのは、ハルカだった。
「なんだ、みっちゃんと話つってなかったか?」
「いや〜、わざわざ二人で来ることもないかな〜って」
「そんで、どしたん?」
「|実《じつ》は、俺ら、部屋をシェアしたいんす」
そこでソファに座っていたエビセンは、スッと席を立った。
そして、キッチンで土産物の仕訳をしていた敬一クンに声掛けをすると、仕訳を引き継いでいる。
敬一クンは、ちゃちゃっとお茶を煎れると、ハルカの前に出してシノさんの隣りに座った。
「シェアって、|誰《だれ》か友達呼びたいん?」
「いえ、あの〜。ミツルのヨガ教室のほーは、わりとコンスタンスに生徒さん集まってて、問題ないんすけど。俺のマッサージ店のほーは、ちょっとその〜、思ったより客足集まらなくてですね」
「ほうほう」
「経済的に困窮してきちゃって、店たたもーかと思ったんですけど。そしたらミツルが部屋をシェアして一緒に住んだらどーかって言ってくれてですね」
「あの……、それでお店は……?」
テナントが抜けるとなったら|大事《おおごと》だ。
敬一クンが、かなり真剣な顔で尋ねた。
「あ、はい。店はそのまま、続けます。てか、ヨガ教室のスペース増やして、マッサージのベッドの台数を減らしてですね。そんで、俺は今まで暇なときはヨガ教室の手伝いしてたんで、今後はそっちをメインにしようかなって」
なるほど……と、敬一クンは神妙に頷いているが、シノさんはそういうカッコを保っているだけで、本当はこんな話どーでもいいと思っているのだろう。
「わかりました。部屋のシェアは問題ありません。引っ越しは?」
「や、もう済ませてありまして」
ヘコヘコしながら、ハルカは帰っていった。
「また、不動産屋に募集を出さなきゃですね」
「うーむ。おもろい住人がくれば良いがのう〜」
シノさんは、メゾンに空き室が出て収入が減ることなんて、これっちびも気にせずにそう言った。