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32.恐るべき監視ビル

ー/ー



 俺はどちらかと言えば、白砂サンに近い側の人間……だと思う。
 敵とか味方とかって話じゃない。
 オタと否オタの、どっち側か? って話だ。
 ハッキリ言って本物のオタクは、恋人と別れたからって、人生に木枯らしが吹いたりしない。

 そりゃケンカ別れなんかすれば、(だれ)だって悲しくなるし、凹むに決まってる。
 特にコグマみたいな "リア充こそが人生の勝ち組" みたいな思考の人間からしたら、白砂サンのように家族と断絶している人なら尚更、恋人こそが人生最大のウェイトを占める存在だ……と、考えるのは当然だと思う。
 オマケにコグマは、白砂サンの繊細な外見にうっかりドリームを抱いているだろうから、恋人と破局した(あと)は、心痛のブリザードが吹き荒んで当たり(まえ)だと信じて疑っていない。

 だが家族と断絶していても、己のオタ趣味グッズを買い漁ったり、週末毎にオタイベに参加したりしている人の頭の中が、そんなに華奢なワケが無い。
 白砂サンは外見からは想像も出来ないほど、タフで強靭……とゆーか、とんでもない強情っぱりに決まってる。

 己の信念である同性愛を貫くために、父親を切り捨ててきた人が、己の信念であるオタク趣味を貫くために、恋人を切るくらいのことは、出来て当然としか言い様が無い。
 それに本物のオタクは、自分自身を楽しませる才能に溢れている。
 恋人と別れて傷心だったとしても、白砂サンには映画がありドラマがあり、コレクションだのイベントだの、猫コスプレをして猫と遊び、仕事すら自分の趣味みたいになっちゃってる。
 コグマがいなくなっても、やることはいくらでもあるに違いない。

 人生の意味も楽しみも性欲に傾けている単純なコグマが、多趣味な白砂サンと我慢比べをしても勝てっこないし、そんなコグマが白砂サンから「寄りを戻したい」なんて譲歩の言葉を引き出すのは、逆立ちしたってムリだろう。
 しかしシノさんが白砂サンの肩を持つと宣言していることを思うと、俺はコグマの肩を持ってやった(ほう)が良い気がしていた。
 孤立無援なのはさすがに不公平で可哀想だし、それに俺は、周囲に不和が続くのがストレスで嫌なのだ。
 だがコグマは俺同様にビビりだが、俺と違ってかなりの自信家だ。

 ぶっちゃけコグマが白砂サンとの寄りを戻したいなら、さっさと土下座でもした(ほう)が手っ取り早いし、それが一番の良策だと思うのだが、そんなアドバイスをコイツが素直に受け入れるとも思えなかった。
 それで俺はもともと足りないボキャブラリーを総動員して言葉を探し、検索ループの末にフリーズしたウィンドウズ95みたいな状態になった。

「えっとー、えと、えと……、あー、あー、あー……」
「なんです? ハッキリ言ってくださいよ」
「あー……だからつまり……キミが謝っちゃうのが、解決の近道だと思うけど?」
「そうでしょうね」

 仕方ないので言ってみたら、意外なことにコグマも多少は状況を客観的に捉えていたらしい。

「そうだよ。謝っちゃえよ」
「でも……!」
「でも?」
「……どうしても、譲れない部分があって」
「なんだよ?」
「猫コスです」
「猫コスが、どうしたの?」
「だって露出のスゴイ猫コスなんて、僕以外の(だれ)にも見せて欲しくなんか無かったのに! 選りに選って僕だけ見てないなんて! 許せませんよ!」

 猫は好きじゃないのに猫コスは好きなの……と、どうでもいいツッコミをしそうになったが、俺が失敗する(まえ)に笑い声が聞こえた。

「あはっ、バッカみたい」

 見ると、プランターで作ったグリーンカーテンを挟んだ所に、ミナトが座っている。
 そう言えばこの子供はこの頃、白砂サンの仕事中はそこの席にいることが多かった。
 アナログレコードが飾られた棚の(まえ)には、一応カフェの座席が用意されているが、今んところそんな店の奥の席まで客を案内しなきゃならないほど混まないから、ミナトはそこで本を読んだり、ゲームをしたりしている。
 小さいしおとなしいので、ぶっちゃけそこにミナトが居たことを、俺は忘れていた。

「なんですか、その子?」
「え、キミ、ミナトのコト知らないの?」
「知りません」
「ミナトは白砂サンが面倒みてる、ミナミの子供だよ」
「天宮南の子供? なんでそんなモノを聖一サンが? 猫と交換でもしてきたんですか?」

 コグマもいきなりバカ呼ばわりされて腹も立つだろうし、自分自身の状況に切羽詰まっているのは解るが、しかしコイツはなぜこうも、最悪の地雷を全力で踏み抜くようなKYなのか?
 過干渉だのネグレクトだのの末に家族に見棄てられた子供に対して、大人気ないを通り越して、見事に心無いコグマのセリフに、俺は1人であわあわしてしまう。
 だが可愛げの無い子供は一瞬だけ傷付いたような顔をしたが、すぐ元のふてぶてしい表情になり、逆に蔑むような声音でコグマに話し掛けてきたのだ。

「付き合ってたクセに、聖一の猫コス、見たコト無いんだ。ダっサい奴」
「なんて躾がなってない子供だろう! 大人の話を立ち聞きして、会話に割り入ってくるなんて!」
「僕は立ち聞きなんてしてないよ。そっちが勝手に僕の傍で話し始めたんじゃないか。いい大人が、メソメソぐちぐち、みっともないったら」
「口ごたえまでして! 聖一サンは何でこんな、嫌な子供の面倒をみてるんですか!」
「オマエもなんで、そーいう言い(かた)するかなぁ……」

 そこでコグマが声を荒げた所為か、はたまた厨房の片付けが終わったからなのか、白砂サンがフロアに(ハイ)って来たのが視界の端に見えた。

「ミナト、どうかしたかね?」
「この大きい人、聖一の猫コスを見損ねたから拗ねてて、聖一にごめんなさいが言えないんだってさ」
「イタル……いや、小熊君?」
「ああああ、あ、ええっと、えっと、聖一サン…………」

 コグマは言い(わけ)なのか、挨拶なのか、全く意味の解らない音声を垂れ流した。

「聖一の猫コス画像くらい、ミナミだって持ってるのに。ホント、ダッサいの」

 そう言って椅子から立ち上がったミナトを、白砂サンが引き()めた。

「ミナト、ミナミが私のコスプレ画像を所持しているとは、どういう意味かね?」
「どういうって、持ってるから、そう言っただけだよ」
「それをミナトも見たのかね?」
「だって僕、ミナミのクラウドにログインするパスワード、知ってるもん」

 ミナトはテーブルの上に置いてあったシノさんのiPadを手に取ると、俺より遥かにスムーズに画面を操作して、どう見ても盗撮以外の何物でも無い画像を画面いっぱいに並べて見せた。


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 俺はどちらかと言えば、白砂サンに近い側の人間……だと思う。
 敵とか味方とかって話じゃない。
 オタと否オタの、どっち側か? って話だ。
 ハッキリ言って本物のオタクは、恋人と別れたからって、人生に木枯らしが吹いたりしない。
 そりゃケンカ別れなんかすれば、|誰《だれ》だって悲しくなるし、凹むに決まってる。
 特にコグマみたいな "リア充こそが人生の勝ち組" みたいな思考の人間からしたら、白砂サンのように家族と断絶している人なら尚更、恋人こそが人生最大のウェイトを占める存在だ……と、考えるのは当然だと思う。
 オマケにコグマは、白砂サンの繊細な外見にうっかりドリームを抱いているだろうから、恋人と破局した|後《あと》は、心痛のブリザードが吹き荒んで当たり|前《まえ》だと信じて疑っていない。
 だが家族と断絶していても、己のオタ趣味グッズを買い漁ったり、週末毎にオタイベに参加したりしている人の頭の中が、そんなに華奢なワケが無い。
 白砂サンは外見からは想像も出来ないほど、タフで強靭……とゆーか、とんでもない強情っぱりに決まってる。
 己の信念である同性愛を貫くために、父親を切り捨ててきた人が、己の信念であるオタク趣味を貫くために、恋人を切るくらいのことは、出来て当然としか言い様が無い。
 それに本物のオタクは、自分自身を楽しませる才能に溢れている。
 恋人と別れて傷心だったとしても、白砂サンには映画がありドラマがあり、コレクションだのイベントだの、猫コスプレをして猫と遊び、仕事すら自分の趣味みたいになっちゃってる。
 コグマがいなくなっても、やることはいくらでもあるに違いない。
 人生の意味も楽しみも性欲に傾けている単純なコグマが、多趣味な白砂サンと我慢比べをしても勝てっこないし、そんなコグマが白砂サンから「寄りを戻したい」なんて譲歩の言葉を引き出すのは、逆立ちしたってムリだろう。
 しかしシノさんが白砂サンの肩を持つと宣言していることを思うと、俺はコグマの肩を持ってやった|方《ほう》が良い気がしていた。
 孤立無援なのはさすがに不公平で可哀想だし、それに俺は、周囲に不和が続くのがストレスで嫌なのだ。
 だがコグマは俺同様にビビりだが、俺と違ってかなりの自信家だ。
 ぶっちゃけコグマが白砂サンとの寄りを戻したいなら、さっさと土下座でもした|方《ほう》が手っ取り早いし、それが一番の良策だと思うのだが、そんなアドバイスをコイツが素直に受け入れるとも思えなかった。
 それで俺はもともと足りないボキャブラリーを総動員して言葉を探し、検索ループの末にフリーズしたウィンドウズ95みたいな状態になった。
「えっとー、えと、えと……、あー、あー、あー……」
「なんです? ハッキリ言ってくださいよ」
「あー……だからつまり……キミが謝っちゃうのが、解決の近道だと思うけど?」
「そうでしょうね」
 仕方ないので言ってみたら、意外なことにコグマも多少は状況を客観的に捉えていたらしい。
「そうだよ。謝っちゃえよ」
「でも……!」
「でも?」
「……どうしても、譲れない部分があって」
「なんだよ?」
「猫コスです」
「猫コスが、どうしたの?」
「だって露出のスゴイ猫コスなんて、僕以外の|誰《だれ》にも見せて欲しくなんか無かったのに! 選りに選って僕だけ見てないなんて! 許せませんよ!」
 猫は好きじゃないのに猫コスは好きなの……と、どうでもいいツッコミをしそうになったが、俺が失敗する|前《まえ》に笑い声が聞こえた。
「あはっ、バッカみたい」
 見ると、プランターで作ったグリーンカーテンを挟んだ所に、ミナトが座っている。
 そう言えばこの子供はこの頃、白砂サンの仕事中はそこの席にいることが多かった。
 アナログレコードが飾られた棚の|前《まえ》には、一応カフェの座席が用意されているが、今んところそんな店の奥の席まで客を案内しなきゃならないほど混まないから、ミナトはそこで本を読んだり、ゲームをしたりしている。
 小さいしおとなしいので、ぶっちゃけそこにミナトが居たことを、俺は忘れていた。
「なんですか、その子?」
「え、キミ、ミナトのコト知らないの?」
「知りません」
「ミナトは白砂サンが面倒みてる、ミナミの子供だよ」
「天宮南の子供? なんでそんなモノを聖一サンが? 猫と交換でもしてきたんですか?」
 コグマもいきなりバカ呼ばわりされて腹も立つだろうし、自分自身の状況に切羽詰まっているのは解るが、しかしコイツはなぜこうも、最悪の地雷を全力で踏み抜くようなKYなのか?
 過干渉だのネグレクトだのの末に家族に見棄てられた子供に対して、大人気ないを通り越して、見事に心無いコグマのセリフに、俺は1人であわあわしてしまう。
 だが可愛げの無い子供は一瞬だけ傷付いたような顔をしたが、すぐ元のふてぶてしい表情になり、逆に蔑むような声音でコグマに話し掛けてきたのだ。
「付き合ってたクセに、聖一の猫コス、見たコト無いんだ。ダっサい奴」
「なんて躾がなってない子供だろう! 大人の話を立ち聞きして、会話に割り入ってくるなんて!」
「僕は立ち聞きなんてしてないよ。そっちが勝手に僕の傍で話し始めたんじゃないか。いい大人が、メソメソぐちぐち、みっともないったら」
「口ごたえまでして! 聖一サンは何でこんな、嫌な子供の面倒をみてるんですか!」
「オマエもなんで、そーいう言い|方《かた》するかなぁ……」
 そこでコグマが声を荒げた所為か、はたまた厨房の片付けが終わったからなのか、白砂サンがフロアに|入《ハイ》って来たのが視界の端に見えた。
「ミナト、どうかしたかね?」
「この大きい人、聖一の猫コスを見損ねたから拗ねてて、聖一にごめんなさいが言えないんだってさ」
「イタル……いや、小熊君?」
「ああああ、あ、ええっと、えっと、聖一サン…………」
 コグマは言い|訳《わけ》なのか、挨拶なのか、全く意味の解らない音声を垂れ流した。
「聖一の猫コス画像くらい、ミナミだって持ってるのに。ホント、ダッサいの」
 そう言って椅子から立ち上がったミナトを、白砂サンが引き|止《と》めた。
「ミナト、ミナミが私のコスプレ画像を所持しているとは、どういう意味かね?」
「どういうって、持ってるから、そう言っただけだよ」
「それをミナトも見たのかね?」
「だって僕、ミナミのクラウドにログインするパスワード、知ってるもん」
 ミナトはテーブルの上に置いてあったシノさんのiPadを手に取ると、俺より遥かにスムーズに画面を操作して、どう見ても盗撮以外の何物でも無い画像を画面いっぱいに並べて見せた。