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1.マエストロ神楽坂の朝

ー/ー



 マエストロ神楽坂に、専属のパティシエが爆誕した。

 ぶっちゃけ "爆誕" なんて単語、フツーに使わないだろう……と俺は思っていたのだが。
 人生を強運の行き当たりばったりで生き抜いているシノさんにしたら、一夜にして店長兼パティシエが爆誕しちゃうのは、日常の一つなのかもしれない。

 中古アナログレコードとカフェという、なんともミスマッチな店舗が同居している "MAESTRO神楽坂" は、商店街のメインストリートから遠く離れた店だ。
 言葉を飾れば "隠れ家カフェ" とか "知る人ぞ知る名店" だが、簡単に言うと奥に引っ込んでて人目に触れない、立地条件最悪物件である。

 新任のカフェ店長白砂(しろたえ)聖一(せいいち)氏は、赤ビル内の賃貸部屋 "メゾン・マエストロ" に入居している。
 アナログレコード店の店長を任命されている俺と、雇用条件はほぼ同じって(わけ)だ。
 もっとも、俺に言わせれば、パティシエでシェフで、シノさんに言われて翌日には食品衛生責任者の資格を取ってきて、その日のうちに仕入先のメドをつけて、翌日には本気営業が開始出来そうな準備万端整えられるような、ヤリ手の白砂サンと同列に扱われるのはどうなの? と思うのだが。
 おかげで、オーナーの気分次第でしか営業しない謎カフェは、すっかり様変わりして常設カフェへと進化したのだ。
 ちなみに、アナログ店のMAESTRO神楽坂にも "定休日" は存在してなかったので、一般的な洋菓子店が休みに設定する火曜日を休みにするって事に決まった。
 とはいえ、シノさんの稼働時間は、営業を白砂サンに丸投げしているので、ぶっちゃけ今までと全く変わってないに等しい。

 一方の俺は、白砂サンの登場によって、現在起床時間が2時間ほど繰り上がっている。
 というのも、白砂サンが朝6時になると店の外の掃除をしちゃうからだ。
 赤ビルに備え付けられている備品は、どれも基本オンボロである。
 メゾンの内装は最新のリフォームを施されているし、キッチンはシノさんの肝いりでピッカピカの最新式機器が導入されているが、外装にくっついている備品の類は今時と規格が違いすぎて、ビルそのものを建て直さないと変えられない……と、リフォーム時に業者に言われてしまったらしい。
 その筆頭がエレベーターな(わけ)だけど、店の戸締まりに使っている鉄格子もなかなかで、動かす時は重いしうるさい。
 上下にレールが付いているけど、長年使ってなかった所為で、最初は全く動かなかった。
 シャッターの音なんて、自動タイプの静音式だって、近所で動いていると音が聞こえるぐらいだから、この旧式手動横移動鉄格子が動けば、近所中に聞こえるようなスゴイ音が出るのは、想像に難くないだろう。
 それを朝6時に "グギギギ……ガラガラ……ドカーン!" ってな感じで動かされれば、4階と言えど、同じビルに住む俺に聞こえない(わけ)が無い。

 シノさんは──。

「セイちゃんは好きでやってんだから、(ほう)っておけばいい」

 とか、気軽に言うが、小心者の俺は同じ雇われ店長の白砂サンが、俺の管轄でもあるアナログレコードの店回りまで掃除していると判っていて、無視することなんて出来ない。
 なので朝、その音が聞こえると、ビクッと飛び起きてしまうのだ。
 慌てて洗顔を兼ねたシャワーを浴び、服を身に着けて階下に駆け下りる。
 開店は10時なのに、なんで6時から仕事始めちゃうんだろう? と思って、そのことを訊ねてみたら、店の清掃・開店時間までに並べる商品の出来上がり時間・学生諸氏の弁当などなど、途中でトラブルが発生しても対応できる余裕を加味して、割り出された開始時間だと返された。
 正直言って、その話を聞いた時──。

「そんな早くからする必要ないんじゃん?」

 と、言いたくなった。
 が、それが言える俺は、この世に存在しない。
 結局、そんなこんなで、俺はそれに付き合っているのである。


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 マエストロ神楽坂に、専属のパティシエが爆誕した。
 ぶっちゃけ "爆誕" なんて単語、フツーに使わないだろう……と俺は思っていたのだが。
 人生を強運の行き当たりばったりで生き抜いているシノさんにしたら、一夜にして店長兼パティシエが爆誕しちゃうのは、日常の一つなのかもしれない。
 中古アナログレコードとカフェという、なんともミスマッチな店舗が同居している "MAESTRO神楽坂" は、商店街のメインストリートから遠く離れた店だ。
 言葉を飾れば "隠れ家カフェ" とか "知る人ぞ知る名店" だが、簡単に言うと奥に引っ込んでて人目に触れない、立地条件最悪物件である。
 新任のカフェ店長|白砂《しろたえ》|聖一《せいいち》氏は、赤ビル内の賃貸部屋 "メゾン・マエストロ" に入居している。
 アナログレコード店の店長を任命されている俺と、雇用条件はほぼ同じって|訳《わけ》だ。
 もっとも、俺に言わせれば、パティシエでシェフで、シノさんに言われて翌日には食品衛生責任者の資格を取ってきて、その日のうちに仕入先のメドをつけて、翌日には本気営業が開始出来そうな準備万端整えられるような、ヤリ手の白砂サンと同列に扱われるのはどうなの? と思うのだが。
 おかげで、オーナーの気分次第でしか営業しない謎カフェは、すっかり様変わりして常設カフェへと進化したのだ。
 ちなみに、アナログ店のMAESTRO神楽坂にも "定休日" は存在してなかったので、一般的な洋菓子店が休みに設定する火曜日を休みにするって事に決まった。
 とはいえ、シノさんの稼働時間は、営業を白砂サンに丸投げしているので、ぶっちゃけ今までと全く変わってないに等しい。
 一方の俺は、白砂サンの登場によって、現在起床時間が2時間ほど繰り上がっている。
 というのも、白砂サンが朝6時になると店の外の掃除をしちゃうからだ。
 赤ビルに備え付けられている備品は、どれも基本オンボロである。
 メゾンの内装は最新のリフォームを施されているし、キッチンはシノさんの肝いりでピッカピカの最新式機器が導入されているが、外装にくっついている備品の類は今時と規格が違いすぎて、ビルそのものを建て直さないと変えられない……と、リフォーム時に業者に言われてしまったらしい。
 その筆頭がエレベーターな|訳《わけ》だけど、店の戸締まりに使っている鉄格子もなかなかで、動かす時は重いしうるさい。
 上下にレールが付いているけど、長年使ってなかった所為で、最初は全く動かなかった。
 シャッターの音なんて、自動タイプの静音式だって、近所で動いていると音が聞こえるぐらいだから、この旧式手動横移動鉄格子が動けば、近所中に聞こえるようなスゴイ音が出るのは、想像に難くないだろう。
 それを朝6時に "グギギギ……ガラガラ……ドカーン!" ってな感じで動かされれば、4階と言えど、同じビルに住む俺に聞こえない|訳《わけ》が無い。
 シノさんは──。
「セイちゃんは好きでやってんだから、|放《ほう》っておけばいい」
 とか、気軽に言うが、小心者の俺は同じ雇われ店長の白砂サンが、俺の管轄でもあるアナログレコードの店回りまで掃除していると判っていて、無視することなんて出来ない。
 なので朝、その音が聞こえると、ビクッと飛び起きてしまうのだ。
 慌てて洗顔を兼ねたシャワーを浴び、服を身に着けて階下に駆け下りる。
 開店は10時なのに、なんで6時から仕事始めちゃうんだろう? と思って、そのことを訊ねてみたら、店の清掃・開店時間までに並べる商品の出来上がり時間・学生諸氏の弁当などなど、途中でトラブルが発生しても対応できる余裕を加味して、割り出された開始時間だと返された。
 正直言って、その話を聞いた時──。
「そんな早くからする必要ないんじゃん?」
 と、言いたくなった。
 が、それが言える俺は、この世に存在しない。
 結局、そんなこんなで、俺はそれに付き合っているのである。