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6.ホクト視点:お初でオタクなWデート

ー/ー



 白砂さんオススメのSFがリバイバル上映されていたのが恵比寿だったので、俺達四人は東京メトロの東西線からJRに乗り継ぎ、30分ほどで映画館に着いた。

 ケイも小熊さんもタイトルはなんとなく知ってるけど、観たことがないので内容はよく知らないと言っていた。
 ケイはおおらかであまり物事に拘らないし、普段の口数はあまり多くないが、実は不明なことに遭遇するとどこまでも探求するタイプだったりする。
 だから俺は、ケイが物理方面に進んでみたいと言い出した時、探究心や知識欲が旺盛なケイにはとてもいい選択をしたと思っていた。

「こちらの映画館で、数十年ぶりのリバイバルでデジタルリマスターされた、ディレクターズカット版を劇場公開しているのだ。SF映画でシリーズ物になっているが、これが最初の作品なので、誰でも楽しめると思う」

 映画館は空いていた。

 俺は取ったチケットの一番中央の席に白砂さんを、その隣にケイと俺、白砂サンの向こう側隣に小熊さんという席順でエスコートした。
 席に着くと白砂さんが、上映作品について更に細かい説明をし始めて、それにケイが次々と質問を返していて、そのまますっかり話し込んでいる。
 対して小熊さんは、オタク気質が全面に出てる白砂さんと、その詳細な説明を興味深く聞いているケイの間に(ハイ)りそこねてしまったようで、困ったような顔をしている。

 前後左右の列には誰も座ってなかったから、上映まで白砂さんとケイがおしゃべりしていても誰の迷惑にもならないだろう。
 俺はチョイチョイと小熊さんに合図をして、上映中につまむものでも調達してこようとロビーの(ほう)へ連れ出した。
 そして小熊さんにはバケツ型の大きいポップコーンを2つ買ってきてもらい、俺は飲み物とパンフ、それに無料で貸し出されているひざ掛けなどを持って、席に戻った。

「それで、ディレクターズカットというのは何なんですか?」
「ディレクターとは監督の事だ。ハリウッドでは映画の最終編集の決定権は、資本金を集めたプロデューサーにある。映画がヒットして監督の名前が売れれば、監督自身がプロデューサーになり、不本意な編集をされてしまった作品を、自分の納得の出来る物に再編集出来る。場合によっては作品のストーリーまでも変わる事もあって……」

 俺は二人の邪魔にならぬよう、無言でさっさとひざ掛けやパンフを渡し、それから買ってきた飲み物を配った。

 飲み物は先日の白砂さんを見習って、なるべく個々の好みに添えるよう、白砂さんには無糖のホットティー、ケイと小熊さんにはちょっと甘いカフェラテ、自分には無糖のミルクコーヒーを買ってきた。
 ケイと話し込んでいる白砂さんはいつもと同じであまり表情に変化は無いが、いつも以上に饒舌なのが楽しそうに見えて、俺はなんとも微笑ましい気分だった。

 しかし二人の向こう側の席に着いた小熊さんは、二人の会話をぶった切る感じで、二人の眼前にポップコーンのバケツを差し出した。

「こっちは僕と白砂サンので、そっちは敬一クンとホクト君のだから。それとホクト君、飲み物やパンフの代金は、(あと)でまとめて清算してね」

 俺は判ってますと、頷くに留めた。
 それからまたケイと白砂さんが映画の話に戻ると、小熊さんは「サッパリ解らない、興味が湧かない」って顔で、憮然と二人を眺めている。

 小熊さんは恋多き電ボだからデート慣れしてるだろうと思ってたんだが、さっきからまったくやり(かた)がなってない。
 ちょっと気を利かせるようにロビーに連れ出したりしたものの、俺のフォローはあんまり小熊さんに通じてなかったようだし、イマイチなスタートになってしまったようだ。


§


 映画館を出たところで、ケイが大きく伸びをした。

「広めの座席だったが、2時間も同じ姿勢で座ってるとやっぱり強張るなあ。小熊さんはもっと大変だったんじゃないですか?」
「うん、まあね……」

 首をコキコキやっているケイを見て、白砂さんが微笑を浮かべている。

「だが、やはり劇場の大きなスクリーンで観ると迫力が違うだろう? デジタルリマスターされて、少々画面が明るすぎた感はあるが……」
「はい。迫力があって、とても面白かった。でも内容にいくつか解らないところがあって……」

 またもやディープな語り合いになりそうな二人を制して、俺が言った。

「ちょい待って、ゆっくり話をするなら、座った(ほう)がいいんじゃないかな。食事に()っちゃって良いですか?」

 俺の提案に、ケイと白砂さんはサクッと頷いてくれたが、小熊さんは上の空っぽくて、もう一度聞き直したらようやく、僕もそれでいいと、取ってつけたように答えた。
 映画が始まるまでは、ケイと白砂さんばかりが話をしていて退屈そうだったけど、映画の上映中はみんな画面に集中していたから、疎外感なんかは(うす)くなっていたと思うのだが……?

 俺がみんなを先導していくと、ケイが後ろから訊いてくる。

「天宮、何を食べる予定なんだ?」
「名古屋コーチンだ」
「コーチン?」
「白砂サンのリクエストだ。名古屋の名物料理を食べてみたいというからさ、味噌カツとかひつまぶしとかも考えたんだけど、評判のいいコーチンの店があったから」
「え? ホクト君は白砂サンと、そんな打ち合わせをしてたの?」

 小熊さんがさも初耳みたいな顔をしてくるので、今度は俺の(ほう)がちょっと憮然としてしまった。

「白砂さんが俺の名古屋弁の動画撮ったりしてるとこに、小熊さんが帰宅して、カフェで一緒に話したじゃないですか」
「そ、そうだったっけ?」

 初台の料理屋はチケットと同時に予約をしていたので、かしわのひきずりと炊き込み飯を中心に、白子や肝の刺し身なんかの皿も用意してもらっておいた。
 料理は白砂さんにもケイにもすごく喜んでもらえたのだが、小熊さんはあまり食べていなかったようだ。

「小熊さん、体調でも悪いんですか?」
「だ、大丈夫だよ。それよりなんで白砂さんは、名古屋名物なんか食べたくなったんですか?」
「いや、だからそれは、ケイのお兄さんがミナミが名古屋出身だって話して、それを聞いた白砂さんが名古屋に興味を持ったって、話をしたはずですけど」
「え? え? そうだったっけ?」

 どうして同じ場所にいたはずなのに記憶の齟齬があるのか、なんで会話がこんなに噛み合わなくなるのか、小熊さんはまったくもってイミフだ。
 そして小熊さんはやっぱり困ったような表情でジットリと白砂さんとケイを眺めていたりして、俺もマジでどうしていいかわからなくなってきてしまった。


§


 料理屋を出たところで、俺が皆に言った。

「どこか行きたい所はありますか?」
「もし、君達に特別な用事が無いならば、私は秋葉原に行きたい」
「秋葉原ですか?」
「ダメかね?」
「いえ、俺達は大丈夫ですよ。小熊さんはどうですか?」
「僕も構いません」
「じゃあ行きましょう」

 ケイと一緒に出掛けるといつも、俺達はやたらに人目を引く。

 俺もケイも人並み以上に背が高く、おまけにケイは誰が見たって惚れ惚れとする男前(おとこまえ)のイケメンだし、俺だってケイと並んでいても、ケイに恥を掻かせるような事はないと自負している。
 その二人連れに、日本人離れした容姿のやたらデッカイ小熊さんと、人形のような美貌の白砂さんが一緒にいるのだから、目立たない(わけ)が無い。

 でも俺はそんな目線には慣れっこだし、ケイはどこにいたって衆目を集めるのは当然だと思ってるから、むしろケイの男振りの良さに皆の視線が集まるのが俺は自慢だ。
 同じようにどこにいても衆目を集めているのだろう白砂さんは、そんな目線はまるっきり無視しているようだった。

 初台から秋葉原へ移動するために、俺達は電車に乗った。
 京王線はさほど混んでなかったが、全員が並んで座れるほど空いてはおらず、俺達はなんとなく席には座らずに市ヶ谷まで移動し、そこからJRに乗り換えた。
 するとJRは当然といった感じに混んでいて、それは朝のラッシュほどではないが、二人以上の人間が固まって立っていたら周りに迷惑が及ぶ感じの混みっぷりだった。

 ケイと白砂さんは京王線に乗っている時からずっと、映画の特殊効果についてを語り合っている。
 と言うか、白砂さんはケイが疑問を口にすると、まるでアンドロイドかコンピュータみたいになんでもきちんと説明を返してくるので、そこにケイが更にどんどん質問を重ねて、会話が全く途切れないのだ。

 知識欲が旺盛なケイは、会話の中で疑問に思った事は、わりと率直にその場で疑問を口にする。
 そして相手が質問されるのを嫌がったり、相手の知識に不足を感じた場合はすぐに質問するのをやめてしまうが、相手がきちんと返答をしてくれる時には、その話題をどこまでも探求する。
 白砂さんには豊富な知識があり、尚且つケイにあれこれ訊かれるのを少しも迷惑に感じていないどころか、白砂さんの話に興味を持って次々と質問を続けるケイと話をするのが本当に楽しいらしく、細かい講釈を付けながらいくらでもおしゃべりしている。
 だから俺は、ケイと白砂さんの会話を妨げぬよう、自分は車両の奥に(ハイ)った。

 だが小熊さんはケイと白砂さんの会話には全く加わらぬまま、ただつまらなそうな顔をしながら白砂さんの真後ろに立ち、そこから動こうとしなかった。
 小熊さんも、それに俺もケイも、普通につり革に掴まるには背丈がありすぎるので、つり革が下がってる鉄のバーの部分を握って立っていた。
 対して白砂さんは、生粋の英国人なのだが、身長は一般的な日本人の平均程度しか無い。

 東雲さんの話によると、白砂さんの表情の乏しさとか身長の事などは、大体の原因が父親にあるらしい。
 詳細は、たぶん訊けば東雲さんは教えてくれたと思うが、俺はそういう他人のプライベートを勝手に詮索するような事は性に合わないので、あえて訊ねなかった。
 それに俺は、白砂さんの身長が170cmに欠けていても、それが白砂さんの魅力を落とす欠点になっているとも思ってない。
 むしろその小柄さが、白砂さんの繊細な美貌を際立たせていると思う。

 だけど今はその小柄な身長のせいで、白砂さんは手すりに掴まっていなかった。
 たぶん、適当に掴まれる位置に空いたつり革がなかったんだろう。
 電車が大きく揺れた時に、白砂さんはよろめいてしまった。
 ヒヤッとしたが、白砂さんの真後ろにくっ付いていた小熊さんが、咄嗟に白砂さんの身体を支えたのでホッとする。
 助けられた白砂さんは小さくお礼を言って、スッと小熊さんから離れた。
 するとケイが、自分の腕に掴まるようにと勧めたようで、ケイに掴まった白砂さんはその後よろけることもなく、ケイとおしゃべりをしていた。
 二人の背後にくっ付いたままの小熊さんは、また退屈になったのか、じっとりとケイと白砂さんを見ている。
 そんな一連の出来事のうちに電車が目的地に到着し、俺達は降車した。


§


 白砂さんは自分が行きたいと言っただけあって、秋葉原にかなりの土地勘があるらしい。
 秋葉原の駅は、以前に比べたらかなりすっきりした構造になっていたが、街中は雑居ビルと路地の集まりで、まるで迷路のようだ。
 しかし白砂さんは迷いもせずにスタスタ先導して、道案内してくれた。

 (ハイ)ったのは駅に近い雑居ビルで、駅からずっとそうだったが、平日だと言うのにかなり混み合っている。
 エレベーターで上階まで上がると、降りたところはびっしりとショーケースが並んだ趣味の店だらけのフロアだった。
 物珍しさにキョロキョロしてしまったら、パッと目についたケースの中に映画のキャラクターのフィギュアが置かれている。

「これって、今観てきた映画のキャラですよね!」

 俺がそう言ってケースに近寄ると、一緒に覗き込んできたケイが言った。

「よく出来てるなぁ……。これってプラモデルか?」
「それは彩色済みの完成品フィギュアだ」

 答えたのは白砂さんだった。

「フィギュア、ですか?」
「プラモデルの一種で、主にキャラクターの造形物を言う」
「なるほど……。それでそのフィギュアというのは、完成してたりしてなかったりする商品があるんですか?」
「あるね。未完成の状態で売られている物は、ガレージキットと呼称する場合もあるよ」

 白砂さんが(ハイ)っていった店のショーケースには、俺が子供の頃に見ていたロボットアニメの模型がたくさん並べられていた。

「あ、このガンダム! 俺、このシリーズがすごく好きだったんだ!」
「ガンダムって、そんなに色々シリーズがあるのか?」
「なんだよ、ケイはガンダム観てなかったのか?」
「観てない。居間のテレビは大体、おかあさんの好みの番組が優先だったし、自分の部屋では別の事をしてたから、子供の頃はテレビはあまり観なかった」
「ガンダムは作品内容もそうだが、プラモデルも “ガンプラ" と名称されて、大人でも楽しめる趣味としてのジャンルを確立しているね。プラモデルもフィギュアも、ただ組み立てるだけでそれなりに形になる商品も多く出回っているが、やはり自分で細部の彩色をしたり、カスタマイズをして、量産品よりも本物に近づけると愛着も増すね」
「白砂サンも、こういう模型を作るんですか?」

 今度の質問は、ケイではなく小熊さんだった。

「少しな」

 白砂さんは遠慮がちに答えたけれど、その店でタミヤの塗料や溶液などを購入していたし、以前にちらっと東雲さんが、白砂さんの部屋がなんだかとってもすごいと言っていたのを思い出した。
 それに自分でカスタマイズをすると愛着が増すなんて発言もしているのだから、きっとその "少し" って答えは謙遜なんだろうなと俺は思った。

 普段からぶっきらぼうな人なので気付くのが遅くなったが、車内で支えられた時の様子から、白砂さんは "ステキな" 小熊さんのことを意識し過ぎて緊張気味になっているようだ。
 だから今、せっかく小熊さんの(ほう)から会話のきっかけを作ったんだから、ここから小熊さんのターンに(ハイ)って白砂さんとのデートを盛り上げてくれれば……! と、俺は期待したのだが。

 小熊さんは棚に並んだタミヤの小瓶をひとしきり眺めると、やっぱりわからないし興味も湧かないって感じで、また引っ込んでしまった。
 そして俺が内心でヤキモキしている間に、白砂さんはス〜っと別の店舗に移動していってしまう。


§


「あー……、この店は……なんか、すごく可愛い店だな……」

 模型だらけだった店と趣が変わり、美麗な人形がズラッと並んだ店の様子に、ケイは少し気後れしたようだった。
 だが俺は、見覚えのある大きめの人形に付いたプライスカードを見て、思わず声に出して言ってしまった。

「うわ! この人形、こんなスゴイ値段なのか!」
「おや? ホクト君はドールに興味があったのかね?」
「いや、俺じゃないです。実はここに置いてある人形を、美月が……俺の妹、美月っていうんですけど、持ってるんですよ」
「天宮の妹さんって、確か来年高校進学だったよな? 中学生のお小遣いで、こんな高い人形を買ってるのか?」
「小遣いを貯めてこれを1体買ったとかなら、こんなにたまげないって。美月は、この人形をもう何体も持ってて、自分の部屋にズラーっと並べてるんだ。まったくあいつはちゃっかりしてるなぁ、きっと折々に親父にねだって、買わせてるんだろう」
「このような60cmサイズのドールは、本体も高額だが、衣装や小物などを揃えるとなると、更に高額になる。一般的には中学生のお嬢さんの気軽な趣味には、不向きだね」

 白砂さんはその店で、先の尖ったピンセットとか柄の長い鉗子とか、工作に使うような道具をいくつか購入していた。
 その様子を眺めていたら、俺は白砂さんは美月の人形ソックリの綺麗な人だと思っていたが、その人形と並んで見ると、人形よりも生身の白砂さんの(ほう)が更に綺麗だな、なんて思ったりした。

 きっと同じ事を考えて、小熊さんはデレデレになっているんじゃないかと思ってチラッと振り返ったら、小熊さんは相変わらず気が乗らないというか、何かを気にしてる(ふう)な奇妙な表情をしているだけだ。
 そう言えば先ほど会話が途切れてからこちら、小熊さんは全くなんにも言葉を発してない。
 せっかくのデートなのに、なんでもっと白砂さんの話に乗ろうとしないのか。
 っていうか、最初からずっと他のナニカに気が散ってるとしか見えない。

 だからって年下の俺が小熊さんに「もっと積極的に白砂さんが購入してる道具の使い道なんかを訊いてみたら」なんて、口幅ったい事を言う(わけ)にもいかない。
 その店を出た(あと)も、各階の店舗をウィンドウショッピングして、俺達はビルの外に出た。

「さて、次はどこに行きますか?」

 何気に話を振ったのだが、白砂さんからの返事は全く予想外だった。

「私は明日の仕込みがあるので、そろそろ店に戻りたい。君達がまだ行く場所があるなら、ここで別れてくれたまえ」

 俺から、今日は皆で一日遊ぶ予定だと聞かされていたケイは、俺と白砂さんの顔を交互に見て首を傾げてる。

「そうなんですか? 天宮が夕食まで皆で出歩くと言っていたから、兄さんにもそう言ってきてるんですが」
「すまない、情報の伝達が不十分だったようで、迷惑を掛けたようだ」

 俺と白砂さんの事前の打ち合わせに伝達不足な部分なんか無かったと思うし、ただでさえ無表情の白砂さんの様子は、とても頑なに見えた。
 つまりこの早期解散は、白砂さんが小熊さんとのデートに失敗したと感じているからだろう。
 俺の事前準備や気を回したりした事は、何の役にも立たなかったようだし、この状況でもまだこれと言って発言をしない小熊さんと白砂さんを無理に引き()めたりしても、余計にこじれてしまいそうだ。
 残念だったがデートの続行は諦めて、俺は無難な代替え案を出した。

「じゃあ、あそこで売ってるケバブと、あと神楽坂の商店街で東雲さんの好きな惣菜を買って帰りましょう。それをいつものようにペントハウスの夕食に出せば、東雲さんにも喜ばれると思います」

 俺の意見にケイが賛同してくれたので、場をなんとなく多数決の方向に持って行き、俺達はそのまま帰宅した。


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次のエピソードへ進む 7.エビセン視点:電ボの思惑


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 ケイはおおらかであまり物事に拘らないし、普段の口数はあまり多くないが、実は不明なことに遭遇するとどこまでも探求するタイプだったりする。
 だから俺は、ケイが物理方面に進んでみたいと言い出した時、探究心や知識欲が旺盛なケイにはとてもいい選択をしたと思っていた。
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 映画館は空いていた。
 俺は取ったチケットの一番中央の席に白砂さんを、その隣にケイと俺、白砂サンの向こう側隣に小熊さんという席順でエスコートした。
 席に着くと白砂さんが、上映作品について更に細かい説明をし始めて、それにケイが次々と質問を返していて、そのまますっかり話し込んでいる。
 対して小熊さんは、オタク気質が全面に出てる白砂さんと、その詳細な説明を興味深く聞いているケイの間に|入《ハイ》りそこねてしまったようで、困ったような顔をしている。
 前後左右の列には誰も座ってなかったから、上映まで白砂さんとケイがおしゃべりしていても誰の迷惑にもならないだろう。
 俺はチョイチョイと小熊さんに合図をして、上映中につまむものでも調達してこようとロビーの|方《ほう》へ連れ出した。
 そして小熊さんにはバケツ型の大きいポップコーンを2つ買ってきてもらい、俺は飲み物とパンフ、それに無料で貸し出されているひざ掛けなどを持って、席に戻った。
「それで、ディレクターズカットというのは何なんですか?」
「ディレクターとは監督の事だ。ハリウッドでは映画の最終編集の決定権は、資本金を集めたプロデューサーにある。映画がヒットして監督の名前が売れれば、監督自身がプロデューサーになり、不本意な編集をされてしまった作品を、自分の納得の出来る物に再編集出来る。場合によっては作品のストーリーまでも変わる事もあって……」
 俺は二人の邪魔にならぬよう、無言でさっさとひざ掛けやパンフを渡し、それから買ってきた飲み物を配った。
 飲み物は先日の白砂さんを見習って、なるべく個々の好みに添えるよう、白砂さんには無糖のホットティー、ケイと小熊さんにはちょっと甘いカフェラテ、自分には無糖のミルクコーヒーを買ってきた。
 ケイと話し込んでいる白砂さんはいつもと同じであまり表情に変化は無いが、いつも以上に饒舌なのが楽しそうに見えて、俺はなんとも微笑ましい気分だった。
 しかし二人の向こう側の席に着いた小熊さんは、二人の会話をぶった切る感じで、二人の眼前にポップコーンのバケツを差し出した。
「こっちは僕と白砂サンので、そっちは敬一クンとホクト君のだから。それとホクト君、飲み物やパンフの代金は、|後《あと》でまとめて清算してね」
 俺は判ってますと、頷くに留めた。
 それからまたケイと白砂さんが映画の話に戻ると、小熊さんは「サッパリ解らない、興味が湧かない」って顔で、憮然と二人を眺めている。
 小熊さんは恋多き電ボだからデート慣れしてるだろうと思ってたんだが、さっきからまったくやり|方《かた》がなってない。
 ちょっと気を利かせるようにロビーに連れ出したりしたものの、俺のフォローはあんまり小熊さんに通じてなかったようだし、イマイチなスタートになってしまったようだ。
§
 映画館を出たところで、ケイが大きく伸びをした。
「広めの座席だったが、2時間も同じ姿勢で座ってるとやっぱり強張るなあ。小熊さんはもっと大変だったんじゃないですか?」
「うん、まあね……」
 首をコキコキやっているケイを見て、白砂さんが微笑を浮かべている。
「だが、やはり劇場の大きなスクリーンで観ると迫力が違うだろう? デジタルリマスターされて、少々画面が明るすぎた感はあるが……」
「はい。迫力があって、とても面白かった。でも内容にいくつか解らないところがあって……」
 またもやディープな語り合いになりそうな二人を制して、俺が言った。
「ちょい待って、ゆっくり話をするなら、座った|方《ほう》がいいんじゃないかな。食事に|行《い》っちゃって良いですか?」
 俺の提案に、ケイと白砂さんはサクッと頷いてくれたが、小熊さんは上の空っぽくて、もう一度聞き直したらようやく、僕もそれでいいと、取ってつけたように答えた。
 映画が始まるまでは、ケイと白砂さんばかりが話をしていて退屈そうだったけど、映画の上映中はみんな画面に集中していたから、疎外感なんかは|薄《うす》くなっていたと思うのだが……?
 俺がみんなを先導していくと、ケイが後ろから訊いてくる。
「天宮、何を食べる予定なんだ?」
「名古屋コーチンだ」
「コーチン?」
「白砂サンのリクエストだ。名古屋の名物料理を食べてみたいというからさ、味噌カツとかひつまぶしとかも考えたんだけど、評判のいいコーチンの店があったから」
「え? ホクト君は白砂サンと、そんな打ち合わせをしてたの?」
 小熊さんがさも初耳みたいな顔をしてくるので、今度は俺の|方《ほう》がちょっと憮然としてしまった。
「白砂さんが俺の名古屋弁の動画撮ったりしてるとこに、小熊さんが帰宅して、カフェで一緒に話したじゃないですか」
「そ、そうだったっけ?」
 初台の料理屋はチケットと同時に予約をしていたので、かしわのひきずりと炊き込み飯を中心に、白子や肝の刺し身なんかの皿も用意してもらっておいた。
 料理は白砂さんにもケイにもすごく喜んでもらえたのだが、小熊さんはあまり食べていなかったようだ。
「小熊さん、体調でも悪いんですか?」
「だ、大丈夫だよ。それよりなんで白砂さんは、名古屋名物なんか食べたくなったんですか?」
「いや、だからそれは、ケイのお兄さんがミナミが名古屋出身だって話して、それを聞いた白砂さんが名古屋に興味を持ったって、話をしたはずですけど」
「え? え? そうだったっけ?」
 どうして同じ場所にいたはずなのに記憶の齟齬があるのか、なんで会話がこんなに噛み合わなくなるのか、小熊さんはまったくもってイミフだ。
 そして小熊さんはやっぱり困ったような表情でジットリと白砂さんとケイを眺めていたりして、俺もマジでどうしていいかわからなくなってきてしまった。
§
 料理屋を出たところで、俺が皆に言った。
「どこか行きたい所はありますか?」
「もし、君達に特別な用事が無いならば、私は秋葉原に行きたい」
「秋葉原ですか?」
「ダメかね?」
「いえ、俺達は大丈夫ですよ。小熊さんはどうですか?」
「僕も構いません」
「じゃあ行きましょう」
 ケイと一緒に出掛けるといつも、俺達はやたらに人目を引く。
 俺もケイも人並み以上に背が高く、おまけにケイは誰が見たって惚れ惚れとする|男前《おとこまえ》のイケメンだし、俺だってケイと並んでいても、ケイに恥を掻かせるような事はないと自負している。
 その二人連れに、日本人離れした容姿のやたらデッカイ小熊さんと、人形のような美貌の白砂さんが一緒にいるのだから、目立たない|訳《わけ》が無い。
 でも俺はそんな目線には慣れっこだし、ケイはどこにいたって衆目を集めるのは当然だと思ってるから、むしろケイの男振りの良さに皆の視線が集まるのが俺は自慢だ。
 同じようにどこにいても衆目を集めているのだろう白砂さんは、そんな目線はまるっきり無視しているようだった。
 初台から秋葉原へ移動するために、俺達は電車に乗った。
 京王線はさほど混んでなかったが、全員が並んで座れるほど空いてはおらず、俺達はなんとなく席には座らずに市ヶ谷まで移動し、そこからJRに乗り換えた。
 するとJRは当然といった感じに混んでいて、それは朝のラッシュほどではないが、二人以上の人間が固まって立っていたら周りに迷惑が及ぶ感じの混みっぷりだった。
 ケイと白砂さんは京王線に乗っている時からずっと、映画の特殊効果についてを語り合っている。
 と言うか、白砂さんはケイが疑問を口にすると、まるでアンドロイドかコンピュータみたいになんでもきちんと説明を返してくるので、そこにケイが更にどんどん質問を重ねて、会話が全く途切れないのだ。
 知識欲が旺盛なケイは、会話の中で疑問に思った事は、わりと率直にその場で疑問を口にする。
 そして相手が質問されるのを嫌がったり、相手の知識に不足を感じた場合はすぐに質問するのをやめてしまうが、相手がきちんと返答をしてくれる時には、その話題をどこまでも探求する。
 白砂さんには豊富な知識があり、尚且つケイにあれこれ訊かれるのを少しも迷惑に感じていないどころか、白砂さんの話に興味を持って次々と質問を続けるケイと話をするのが本当に楽しいらしく、細かい講釈を付けながらいくらでもおしゃべりしている。
 だから俺は、ケイと白砂さんの会話を妨げぬよう、自分は車両の奥に|入《ハイ》った。
 だが小熊さんはケイと白砂さんの会話には全く加わらぬまま、ただつまらなそうな顔をしながら白砂さんの真後ろに立ち、そこから動こうとしなかった。
 小熊さんも、それに俺もケイも、普通につり革に掴まるには背丈がありすぎるので、つり革が下がってる鉄のバーの部分を握って立っていた。
 対して白砂さんは、生粋の英国人なのだが、身長は一般的な日本人の平均程度しか無い。
 東雲さんの話によると、白砂さんの表情の乏しさとか身長の事などは、大体の原因が父親にあるらしい。
 詳細は、たぶん訊けば東雲さんは教えてくれたと思うが、俺はそういう他人のプライベートを勝手に詮索するような事は性に合わないので、あえて訊ねなかった。
 それに俺は、白砂さんの身長が170cmに欠けていても、それが白砂さんの魅力を落とす欠点になっているとも思ってない。
 むしろその小柄さが、白砂さんの繊細な美貌を際立たせていると思う。
 だけど今はその小柄な身長のせいで、白砂さんは手すりに掴まっていなかった。
 たぶん、適当に掴まれる位置に空いたつり革がなかったんだろう。
 電車が大きく揺れた時に、白砂さんはよろめいてしまった。
 ヒヤッとしたが、白砂さんの真後ろにくっ付いていた小熊さんが、咄嗟に白砂さんの身体を支えたのでホッとする。
 助けられた白砂さんは小さくお礼を言って、スッと小熊さんから離れた。
 するとケイが、自分の腕に掴まるようにと勧めたようで、ケイに掴まった白砂さんはその後よろけることもなく、ケイとおしゃべりをしていた。
 二人の背後にくっ付いたままの小熊さんは、また退屈になったのか、じっとりとケイと白砂さんを見ている。
 そんな一連の出来事のうちに電車が目的地に到着し、俺達は降車した。
§
 白砂さんは自分が行きたいと言っただけあって、秋葉原にかなりの土地勘があるらしい。
 秋葉原の駅は、以前に比べたらかなりすっきりした構造になっていたが、街中は雑居ビルと路地の集まりで、まるで迷路のようだ。
 しかし白砂さんは迷いもせずにスタスタ先導して、道案内してくれた。
 |入《ハイ》ったのは駅に近い雑居ビルで、駅からずっとそうだったが、平日だと言うのにかなり混み合っている。
 エレベーターで上階まで上がると、降りたところはびっしりとショーケースが並んだ趣味の店だらけのフロアだった。
 物珍しさにキョロキョロしてしまったら、パッと目についたケースの中に映画のキャラクターのフィギュアが置かれている。
「これって、今観てきた映画のキャラですよね!」
 俺がそう言ってケースに近寄ると、一緒に覗き込んできたケイが言った。
「よく出来てるなぁ……。これってプラモデルか?」
「それは彩色済みの完成品フィギュアだ」
 答えたのは白砂さんだった。
「フィギュア、ですか?」
「プラモデルの一種で、主にキャラクターの造形物を言う」
「なるほど……。それでそのフィギュアというのは、完成してたりしてなかったりする商品があるんですか?」
「あるね。未完成の状態で売られている物は、ガレージキットと呼称する場合もあるよ」
 白砂さんが|入《ハイ》っていった店のショーケースには、俺が子供の頃に見ていたロボットアニメの模型がたくさん並べられていた。
「あ、このガンダム! 俺、このシリーズがすごく好きだったんだ!」
「ガンダムって、そんなに色々シリーズがあるのか?」
「なんだよ、ケイはガンダム観てなかったのか?」
「観てない。居間のテレビは大体、おかあさんの好みの番組が優先だったし、自分の部屋では別の事をしてたから、子供の頃はテレビはあまり観なかった」
「ガンダムは作品内容もそうだが、プラモデルも “ガンプラ" と名称されて、大人でも楽しめる趣味としてのジャンルを確立しているね。プラモデルもフィギュアも、ただ組み立てるだけでそれなりに形になる商品も多く出回っているが、やはり自分で細部の彩色をしたり、カスタマイズをして、量産品よりも本物に近づけると愛着も増すね」
「白砂サンも、こういう模型を作るんですか?」
 今度の質問は、ケイではなく小熊さんだった。
「少しな」
 白砂さんは遠慮がちに答えたけれど、その店でタミヤの塗料や溶液などを購入していたし、以前にちらっと東雲さんが、白砂さんの部屋がなんだかとってもすごいと言っていたのを思い出した。
 それに自分でカスタマイズをすると愛着が増すなんて発言もしているのだから、きっとその "少し" って答えは謙遜なんだろうなと俺は思った。
 普段からぶっきらぼうな人なので気付くのが遅くなったが、車内で支えられた時の様子から、白砂さんは "ステキな" 小熊さんのことを意識し過ぎて緊張気味になっているようだ。
 だから今、せっかく小熊さんの|方《ほう》から会話のきっかけを作ったんだから、ここから小熊さんのターンに|入《ハイ》って白砂さんとのデートを盛り上げてくれれば……! と、俺は期待したのだが。
 小熊さんは棚に並んだタミヤの小瓶をひとしきり眺めると、やっぱりわからないし興味も湧かないって感じで、また引っ込んでしまった。
 そして俺が内心でヤキモキしている間に、白砂さんはス〜っと別の店舗に移動していってしまう。
§
「あー……、この店は……なんか、すごく可愛い店だな……」
 模型だらけだった店と趣が変わり、美麗な人形がズラッと並んだ店の様子に、ケイは少し気後れしたようだった。
 だが俺は、見覚えのある大きめの人形に付いたプライスカードを見て、思わず声に出して言ってしまった。
「うわ! この人形、こんなスゴイ値段なのか!」
「おや? ホクト君はドールに興味があったのかね?」
「いや、俺じゃないです。実はここに置いてある人形を、美月が……俺の妹、美月っていうんですけど、持ってるんですよ」
「天宮の妹さんって、確か来年高校進学だったよな? 中学生のお小遣いで、こんな高い人形を買ってるのか?」
「小遣いを貯めてこれを1体買ったとかなら、こんなにたまげないって。美月は、この人形をもう何体も持ってて、自分の部屋にズラーっと並べてるんだ。まったくあいつはちゃっかりしてるなぁ、きっと折々に親父にねだって、買わせてるんだろう」
「このような60cmサイズのドールは、本体も高額だが、衣装や小物などを揃えるとなると、更に高額になる。一般的には中学生のお嬢さんの気軽な趣味には、不向きだね」
 白砂さんはその店で、先の尖ったピンセットとか柄の長い鉗子とか、工作に使うような道具をいくつか購入していた。
 その様子を眺めていたら、俺は白砂さんは美月の人形ソックリの綺麗な人だと思っていたが、その人形と並んで見ると、人形よりも生身の白砂さんの|方《ほう》が更に綺麗だな、なんて思ったりした。
 きっと同じ事を考えて、小熊さんはデレデレになっているんじゃないかと思ってチラッと振り返ったら、小熊さんは相変わらず気が乗らないというか、何かを気にしてる|風《ふう》な奇妙な表情をしているだけだ。
 そう言えば先ほど会話が途切れてからこちら、小熊さんは全くなんにも言葉を発してない。
 せっかくのデートなのに、なんでもっと白砂さんの話に乗ろうとしないのか。
 っていうか、最初からずっと他のナニカに気が散ってるとしか見えない。
 だからって年下の俺が小熊さんに「もっと積極的に白砂さんが購入してる道具の使い道なんかを訊いてみたら」なんて、口幅ったい事を言う|訳《わけ》にもいかない。
 その店を出た|後《あと》も、各階の店舗をウィンドウショッピングして、俺達はビルの外に出た。
「さて、次はどこに行きますか?」
 何気に話を振ったのだが、白砂さんからの返事は全く予想外だった。
「私は明日の仕込みがあるので、そろそろ店に戻りたい。君達がまだ行く場所があるなら、ここで別れてくれたまえ」
 俺から、今日は皆で一日遊ぶ予定だと聞かされていたケイは、俺と白砂さんの顔を交互に見て首を傾げてる。
「そうなんですか? 天宮が夕食まで皆で出歩くと言っていたから、兄さんにもそう言ってきてるんですが」
「すまない、情報の伝達が不十分だったようで、迷惑を掛けたようだ」
 俺と白砂さんの事前の打ち合わせに伝達不足な部分なんか無かったと思うし、ただでさえ無表情の白砂さんの様子は、とても頑なに見えた。
 つまりこの早期解散は、白砂さんが小熊さんとのデートに失敗したと感じているからだろう。
 俺の事前準備や気を回したりした事は、何の役にも立たなかったようだし、この状況でもまだこれと言って発言をしない小熊さんと白砂さんを無理に引き|止《と》めたりしても、余計にこじれてしまいそうだ。
 残念だったがデートの続行は諦めて、俺は無難な代替え案を出した。
「じゃあ、あそこで売ってるケバブと、あと神楽坂の商店街で東雲さんの好きな惣菜を買って帰りましょう。それをいつものようにペントハウスの夕食に出せば、東雲さんにも喜ばれると思います」
 俺の意見にケイが賛同してくれたので、場をなんとなく多数決の方向に持って行き、俺達はそのまま帰宅した。