5.アマミーアマホク
ー/ー
「レン〜、たで〜ま〜」
テラスでおにぎりを食っていると、路地の向こうにグラグラ歩く人影が見え、それがヘロヘロの声で帰宅を告げる。
「あ、シノさんおかえり」
俺は席を立って、店の外までシノさんを出迎えた。
「うわっ、重っ! 大量だったね」
「ねんか予感はしたけど、ここまでとは思わなかったぜ〜。あ〜、腹減った! お? おにぎり? 俺のもある?」
帆布のバッグを床に降ろして、シノさんはテラスの椅子にドッカと座った。
「手ェ、洗ってきなよ」
「おっ、そっか。おにぎりだもんな!」
シノさんが手洗いをしに行っている間に、俺は大量のレコードを屋内に運び込んでおいた。
夏真っ盛りってわけじゃないが、それでも直射日光の当たるテラスの床に置きっぱなししておいて良いシロモノじゃないからだ。
「にしてもシノさん、こんな時間まで、出先で何も食べてこなかったの?」
「ん〜、チョと食いっぱぐれた。あの会場の近所って、マトモなメシ食わせてくれる店が全然ナイじゃん!」
「いつもの蕎麦屋とかは?」
「わざわざ電車降りて寄るのもメンドーでさぁ」
「そっか、今日はバイクじゃないもんね」
敬一クンにカブを貸してしまっているから、途中でちょっと寄り道が出来なかったらしい。
俺もカブのことをうっかり忘れていたので、なるほどと頷いた。
「おにぎりはあるケド、冷蔵庫から出したまんまだから、スッゲ冷たいよ?」
「腹減ってるから、全然オッケー!」
シノさんは座ると、ガッツとおにぎりを掴み、かぶりついた。
「味玉おにぎりうめぇ〜〜! やっぱウチのおにぎり、一番うめぇ〜〜!」
って。
めーめーヤギみたいな音を出しながら、冷たいまんまの味玉おにぎりをガツガツ食べている。
おにぎりが美味しいからか、ただハラペコなのか解らないケド、敬一クンがココに来てまだほんの一ヶ月なのに、ウチのおにぎりってなんなの…ってツッコミしたいけど、言うと面倒になるだけだ。
「しかしあの会場から、よくもまぁあんな量の荷物持って帰ってきたね。電話くれれば、迎えに行ったのに」
「待ち合わせとか、メンドーじゃんか。持ち上がらんってワケでもねかったし、宅配頼むと金掛かるなぁ…って思ったら、もうなんかヤケクソんなった」
そこでシノさんから即売会の様子なんかを聞いていたら、坂の上からイケメン王子が戻ってきた。
爽やか笑顔はどこへやら、なんだかガンガンに腹を立てているように見えたが、俺と目が合ったところで不機嫌を引っ込めて、キチンと会釈をしてくる。
思わず俺も会釈を返したら、シノさんが振り返った。
「あれえ、アマミー! どしたん、こんな時間に?」
「え? あのイケメン、シノさんの知り合い?」
「うん、この上ンとこのマンションに住んでて…って、あれ? あれれ?」
シノさんがイケメン王子を二度見してて、イケメン王子も戸惑った顔で、シノさんを見ている。
「俺、どこかでお会いしましたっけ?」
「あー…、ごめん! 俺の知り合いに激似だったから間違げーたわ」
「激似…って、シノさん今、上のマンションに住んでるって言わなかった?」
「だってアマミーにそっくりなんじゃもん、このヒト」
「アマミーって…俺の苗字、天宮なんですが」
「そうなの? 俺の知り合いは、アマミヤミナミってゆーんだケド」
なにその呪文みたいな名前…と俺が思ってたら、イケメンが驚いたように言った。
「えっ、南の知り合いなんですか?」
「よーく知っちるよ。アマミーは、ウチのカフェの出資者じゃもん」
「ええっ! じゃあココが伯母さんの言ってた、レコード・オタクのオンボロカフェ?!」
イケメン王子の口から飛び出したセリフは、シノさんの逆鱗を紙一重でほんのり撫でた。
§
氷嚢を左目に当てて、俺はカフェの椅子を数脚、横に並べた上に横たわっている。
イケメン王子をグーパンしようとしたシノさんを遮って、うっかり顔面でシノさんの拳を受け止めたからだ。
俺の真隣りにしゃがみこんだシノさんが、顔を覗き込んできた。
「ごめんなぁ」
「シノさんが暴力沙汰で、またショーゴさんとモメなくて良かったよ」
ショーゴさんは俺達とは小学生時代からの幼馴染なのだが、色々あってシノさんとは犬猿の仲になっている。
だが、元々警察関係とは微妙にソリの合わないシノさんは、やや危険人物としてマークされていて、ショーゴさんは専任担当扱いになっているらしい。
ここでシノさんが傷害沙汰を起こせば、またまたショーゴさんに迷惑が掛かるので、俺はなんとか身内でことを収めようと体を張った。
といえばなんかかっこいいが、止めようとして間が悪く、グーパンを顔面で受け止めてしまったわけだ。
「アマホク、何見てんの?」
顔を上げたシノさんは、店内をグルグルと見て歩いていたイケメン王子こと、天宮北斗に声を掛ける。
だがホクトは、それが自分への呼びかけとは全く気付いてないようで、店内の家具や食器を見ては、スマホで写真を撮る作業を続けている。
ホクトは、路地の奥にあるマンションに住んでいる天宮南氏の従兄弟で、ミナミの母親【ホクトの父の姉】に、ミナミの様子を見てきて欲しいと頼まれて、やって来たらしい。
「アマホクってばよ!」
シノさんは立ち上がってホクトの肩を叩いた。
「えっ? あ、アマホクって、俺のことですか?」
「アマミヤミナミがアマミーなら、アマミヤホクトはアマホクじゃろが」
「はあ…」
「そんで、アマホクはさっきから何をやってんの?」
「店の様子を見て、南がどれぐらい出資をしてるのかを見てるんです。そちらが立て込んでいるようなので遠慮させてもらってたんですが、都合がつくようなら、こちらの詳しい経営状態を教えていただけませんか?」
「都合もなんも、帳簿管理してるケイちゃんが帰ってこないと、なんもワカランわい」
「経理担当の方はいつ頃お帰りになりますか?」
「んん〜、レン。ガッコが終わるの何時頃か知っちる?」
「今日は夕方じゃないかな」
「夕方だってさ」
「学校? 学生が経理担当なんですか?」
「なんでそんな細かいコト訊いてくんだよ! アマホクはアマミーの様子見に来ただけなんじゃろが!」
シノさんがイライラし始めたのは、経理とか帳簿とか、話に数字のニオイがしてきたからだが、シノさんの特殊事情を知らない相手に、それが理解されるわけもない。
「いきなり詮索をしてしまってすみません。俺もこんなこと、引き受けたくなかったんですけど、東京の大学に通うと言ったら、ついでに様子を見てきてほしいと頼まれて」
「そんなん、自分で電話でもすりゃいーじゃんか」
「南が電話に出ないんです。俺もようやく約束を取り付けたのに、あいつ部屋に居なくて…。どこのカフェにどういう理由で出資をしたのか、出来れば調べてきてほしいと言われたので、帳簿を見せてほしいんです」
いきなり "オンボロカフェ" と呼ばれたことで気を悪くしていたシノさんだったが、ホクトの話に、思うところが出来たらしい。
ふうんと、おとなしく頷いた。
「アマミーは、俺の顔が好きだってさ」
「…は?」
ホクトが、首を傾げる。
「アマミーは最初、俺がそこでキッシュ食ってたら、寄ってきたんだよ。イイニオイしてるけどドコで買ったの? って訊くから、奥の窯で俺が焼いたーつったら、イイニオイだからひと口分けてって言うんさ」
「じゃあそのひと口妖怪みたいのが、シノさんのストーカーなのっ?!」
俺はようやく、その "アマミー" というのがシノさんの "エセ紫の薔薇のヒト" だと気付き、思わず跳ね起きてしまった。
「あだだだだだ…」
ただカフェの椅子を並べただけの上に仰向けになっていたのが、跳ね起きれば落ちるに決まってる。
「なぁにやってんだよ! しっかりしろよ、ほら〜」
手を貸してくれたシノさんとホクトに支えられて、俺は椅子に座り直した。
「南の奴、ストーキングなんかしてるんですか?」
「してねェよ。俺を口説きに来てるだけだよ」
「は?」
「だーから。アマミーは俺の焼いたキッシュを食って、この味ならカフェでも出せるし、自分も時々食べたいから、中古レコードなんか売るのやめてココでカフェをやりなって勧めてきたんじゃよ。でも俺は自分がレコードのコレクションするのに、中古ショップやってるほーが都合がイイから、やめるのはヤダつったんさ。そしたらアマミーが、中古屋はネット販売やって、店舗の端っちょに残すだけで充分で、カフェスペースをメインにした方がイイって言ってさ。でもBIGで儲けたあぶく銭はもー残ってナイから無理つったら、アマミーがカフェの資金は全額出資するっつって、店舗の改装全部やってくれたんよ。俺はこんな引っ込んだトコで店やって、儲からなくても知らねェよって、ちゃんと言ったんだけど。でもアマミーは、俺の顔が可愛いから、カワイコチャンにお店を持たせてあげるだけって言ってた」
「じゃあシノさん! その、ミナミってヤツと浮気したのっ!」
「ンなこたぁしてねェつーの、しつけェなぁ! だいたい俺は最初に金を出すって言われた時は断ったの! アマミーはイケメンだし気前もイイけど、ああいう手合いは油断すっと盗撮とか監禁とか始めるタイプじゃもん、アブねェし! 俺はイケメンもお金も大好きだけど、自分が自由にしてらんないのヤだから!」
「ちょ、ちょっと待ってください。えっとオーナーさんは…」
「オーナーは俺! 名前は東雲柊一! こっちは社員のヘタレン! 覚えた?」
「え、ちょっと!」
ぞんざいな紹介に苦情を挟もうとしたが、ホクトは俺の存在に興味が無かったらしく、スルーされた。
「あ、はい、了解です。じゃあ現状を簡単にまとめると、東雲さんのお店に南が勝手に出資している…ってことですか?」
「出資つっても、今ンとこ出してもらったのは改装費用だけじゃよ。そんでアマミーには出資者特別待遇で、キッシュの取り置きしてる」
「キッシュの取り置き? あの、偏食どころか冷食のグラタンしか食べない南がキッシュを?」
「俺のアマミー・スペシャルなら食うよ」
「ああっ! それってもしかして、いつも真っ黄色なの一台だけ焼いてるやつ!?」
「だってほうれん草入れちゃダメだってゆーんだもん。だからアマミースペシャルは、スイートコーンとマカロニ入れてんだ。玉ねぎちょっぴり、チーズと生クリーム増量。ベーコン無しでシャウエッセン一本に、トッピングはゆで玉子」
「なにその具材、キッシュじゃなくてグラタンじゃないの…」
「ああ、それは確かに南だ…」
そこで納得しちゃうのはどうなんだろう? と思うが、しかしわざわざキッシュの中身をグラタンにしてまで取り置きをするような偏食なんて、そうそう存在するワケも無いだろうから、そういう台詞になるのは致し方ないのかもしれない。
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って。
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「うん、この上ンとこのマンションに住んでて…って、あれ? あれれ?」
シノさんがイケメン王子を二度見してて、イケメン王子も戸惑った顔で、シノさんを見ている。
「俺、どこかでお会いしましたっけ?」
「あー…、ごめん! 俺の知り合いに激似だったから|間違《まち》げーたわ」
「激似…って、シノさん|今《いま》、上のマンションに住んでるって言わなかった?」
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「そうなの? 俺の知り合いは、アマミヤミナミってゆーんだケド」
なにその呪文みたいな名前…と俺が思ってたら、イケメンが驚いたように言った。
「えっ、南の知り合いなんですか?」
「よーく知っちるよ。アマミーは、ウチのカフェの出資者じゃもん」
「ええっ! じゃあココが伯母さんの言ってた、レコード・オタクのオンボロカフェ?!」
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「アマホクってばよ!」
シノさんは立ち上がってホクトの肩を叩いた。
「えっ? あ、アマホクって、俺のことですか?」
「アマミヤミナミがアマミーなら、アマミヤホクトはアマホクじゃろが」
「はあ…」
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「今日は夕方じゃないかな」
「夕方だってさ」
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ふうんと、おとなしく頷いた。
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「…は?」
ホクトが、首を傾げる。
「アマミーは最初、俺がそこでキッシュ食ってたら、寄ってきたんだよ。イイニオイしてるけどドコで買ったの? って訊くから、奥の窯で俺が焼いたーつったら、イイニオイだからひと口分けてって言うんさ」
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俺はようやく、その "アマミー" というのがシノさんの "エセ紫の薔薇のヒト" だと気付き、思わず跳ね起きてしまった。
「あだだだだだ…」
ただカフェの椅子を並べただけの上に仰向けになっていたのが、跳ね起きれば落ちるに決まってる。
「なぁにやってんだよ! しっかりしろよ、ほら〜」
手を貸してくれたシノさんとホクトに支えられて、俺は椅子に座り直した。
「南の|奴《やつ》、ストーキングなんかしてるんですか?」
「してねェよ。俺を口説きに来てるだけだよ」
「は?」
「だーから。アマミーは俺の焼いたキッシュを食って、この味ならカフェでも出せるし、自分も時々食べたいから、中古レコードなんか売るのやめてココでカフェをやりなって勧めてきたんじゃよ。でも俺は自分がレコードのコレクションするのに、中古ショップやってるほーが都合がイイから、やめるのはヤダつったんさ。そしたらアマミーが、中古屋はネット販売やって、店舗の端っちょに残すだけで充分で、カフェスペースをメインにした|方《ほう》がイイって言ってさ。でもBIGで儲けたあぶく銭はもー残ってナイから無理つったら、アマミーがカフェの資金は全額出資するっつって、店舗の改装全部やってくれたんよ。俺はこんな引っ込んだトコで店やって、儲からなくても知らねェよって、ちゃんと言ったんだけど。でもアマミーは、俺の顔が可愛いから、カワイコチャンにお店を持たせてあげるだけって言ってた」
「じゃあシノさん! その、ミナミってヤツと浮気したのっ!」
「ンなこたぁしてねェつーの、しつけェなぁ! だいたい俺は最初に|金《かね》を出すって言われた時は|断《ことわ》ったの! アマミーはイケメンだし|気前《きまえ》もイイけど、ああいう手合いは油断すっと盗撮とか監禁とか始めるタイプじゃもん、アブねェし! 俺はイケメンもお|金《かね》も大好きだけど、自分が自由にしてらんないのヤだから!」
「ちょ、ちょっと待ってください。えっとオーナーさんは…」
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「え、ちょっと!」
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「あ、はい、了解です。じゃあ現状を簡単にまとめると、東雲さんのお店に南が勝手に出資している…ってことですか?」
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「キッシュの取り置き? あの、偏食どころか冷食のグラタンしか食べない南がキッシュを?」
「俺のアマミー・スペシャルなら食うよ」
「ああっ! それってもしかして、いつも真っ黄色なの一台だけ焼いてるやつ!?」
「だってほうれん草入れちゃダメだってゆーんだもん。だからアマミースペシャルは、スイートコーンとマカロニ入れてんだ。玉ねぎちょっぴり、チーズと生クリーム増量。ベーコン無しでシャウエッセン一本に、トッピングはゆで玉子」
「なにその具材、キッシュじゃなくてグラタンじゃないの…」
「ああ、それは確かに南だ…」
そこで納得しちゃうのはどうなんだろう? と思うが、しかしわざわざキッシュの中身をグラタンにしてまで取り置きをするような偏食なんて、そうそう存在するワケも無いだろうから、そういう台詞になるのは致し|方《かた》ないのかもしれない。