うんこ事件以来、
入屋千智は教室では誰とも話さないようにしようと心に決めた。自分からは決して誰にも声をかけない。そして、声をかけられても必要以上は話さない。この二つの掟を自分自身に課すことにした。
心無い女子からクラスのみんなの前で笑いものにされたとはいえ、
月花直紀のように未だ話しかけてくる者たちもいる。これからはこれ以上男子に好意を寄せられないようにしなければならない。
そのために女の子っぽくないファッションに変え、自分の属性からかわいい要素を消すようにした。授業以外はキャップをかぶり、極力顔を晒さないようにもした。
クラスの女子は誰も千智に話しかけてこなくなった。示し合わせたかのような行動に、千智は誰かによる統率がとられていたような不自然さを感じた。もしかしたら誰かがクラスの女子に圧力をかけているのかもしれないと、陰謀めいたことも考えた。
しかし、男子にはその影響力が及んでいなかったようで、隣の席の直紀は最初のうちは今まで通り千智に話しかけてきた。千智が全く相手にしないでいると、直紀たち男子も近寄って来なくなってきた。
女子は想像以上に無害だった。うんこ事件がきっかけで、千智はクラス内でイジメられるのではないかと身構えていたが、親しくされないこと以外は特に何もしてこなかった。
新しい友達を作りたいという、引っ越してきた時の希望は叶わなくなってしまった。それでも、トラブルがなくなったので良かったと考えるように切り替えた。
「そんなんじゃ学校つまんないじゃん」
藤城皐月は千智の話を聞き、悲しくなった。
「うん。でももういいの。先輩と仲良くなれたし。それに友達も一人できたから」
「今日の帰りに一緒にいた外国人の子?」
「そう。ステファニーっていうフィリピンの子。ステファニーもクラスで浮いていたから、ぼっち同志で仲がいいの」
この地区は外国人が少ない。他のクラスでは、彼女のように日本語の苦手な子は外国人同士でつるんで、母国語で話をしている。
ステファニーも四年生の時はそうしていた。しかし五年生になったら、クラスで外国人は彼女一人だけになっていた。ステファニーはなかなか5年3組に馴染めなかったが、千智とは六月のキャンプの時に同じ班になったのがきっかけで仲良しになった。
「ステファニーってちっちゃくて、かわいい子だね」
「日本語がまだあまり上手くないけど、すごくいい子だよ。クラスの子たちって、全然見る目がないの」
「千智と関わりを持とうとしない排他的な奴らだもんな。外国人ってだけで相手にしないってことなのかな。だったら、そんなの相手にしなくたっていいよ」
千智はステファニーと二人でいるようになり、学校内で心の平安を取り戻した。すると教室の中のことがよく見えるようになってきた。
クラスの女子は千智が男子からチヤホヤされない限り危害を加えてこない。意地悪してきた子たちも、男子の前ではいい子でいたいのだ。
千智が男子に対して態度を豹変させたことが、千智に絡んできた
鈴木彩羽たち女子グループには好評だったようだ。だからといって、クラスの女子は誰も千智と仲良くしようとは思わないようだ。
「やっぱり千智は賢いね」
「反発される原因を取り除いたのが良かったのかな。もうちょっと意地悪されるのかと思っていたから、拍子抜けしたっていうか……」
「なに? バトルでもしたかったの?」
「うん。こういうのって喧嘩でもした方がスッキリするでしょ。喧嘩した後で仲良くなれるってこともあるし。でも私が攻撃的なオーラを出していたから、逆に避けられちゃったかも」
千智が怒ったらどんな風になるのだろう。皐月はちょっと見てみたい気もしたが、怒られて嫌われるのは嫌だ。
「でもナメられなくてよかったじゃん。見下されるところからイジメは始まるからね」
「私は嫉妬からイジメが始まりそうになったけどね」
「そうだった。見下されるのと全く逆のパターンだわ」
皐月はクラスで
月花博紀が自分に対して屈折した態度を見せることを思い出した。博紀は一番女子にモテるのに、博紀の好きな女子は皐月と仲がいい。博紀の嫉妬は弟の直紀から聞いて、知っている。
「彩羽って奴も、よく千智につっかかっていったよな」
「多勢に無勢だったから気が大きくなっていたんだと思う。でも、あの時トイレで喧嘩になっていたら、私の方が一方的にやられていたかも。
月映さんが止めにに来てくれて助かったよ」