第九十四話「夏休み」
ー/ー
「ノンちゃん、明日から夏休みやで」
ミオが柔らかく笑う。
ジュピターカップの激戦を終え、ジムは数日間のオフを決定した。
「……ありがとうございます……」
フリアノンは小さく頭を下げると、用意されたシャトルに乗り込んだ。
向かう先は、地球圏の故郷――白雷ジムが管理する育成牧場の近くにある、小さな町だった。
シャトルが降り立つと、そこは蝉が鳴き、草の匂いが漂う真夏の世界だった。
(……暑い……でも……懐かしい……)
まず向かったのは、町外れの小さな古民家。
そこに住むのは、フリアノンのオーナーである菊乃――おばあちゃんだった。
年老いた女性で、白雷ジム創設期から数多くのサイドールを所有してきた名オーナーである。
庭で盆栽を手入れしていた菊乃が、フリアノンの姿に気づいて顔を上げた。
「あら……ノンちゃんやないか。帰ってきたんやねえ……」
「……ただいま……おばあちゃん……」
「暑かったやろ。中入っといで。スイカ冷えとるで」
畳敷きの座敷に上がると、菊乃はゆっくりと腰を下ろした。
その顔には深い皺が刻まれているけれど、瞳は変わらず優しかった。
「よう頑張っとるみたいやなあ。ノンちゃんが走っとるの、毎回テレビで見とるよ」
「……ありがとう……ございます……」
「……あの子にも見せたかったなあ……」
菊乃の視線の先にある、小さな仏壇には、一枚の古い写真が置かれていた。
そこに写るのは――フリアノンの母、エポナだった。
優しげに微笑む栗毛のサイドール。
フリアノンを産んだときに、命を落とした母。
「エポナはなあ……ほんまに気立てのええ子やった。あの子が命懸けで産んでくれたノンちゃんや。あの子の分まで、長生きするんやで……」
「……うん……わたし……頑張る……」
母の写真に手を合わせるフリアノンを見て、菊乃はほっとしたように微笑んだ。
「さあ、スイカ食べや」
甘いスイカを食べ終えると、フリアノンはもう一つの目的地へ向かった。
小高い丘の上にあるサイドール墓地。
(……スレイ……)
そこに並ぶ墓標の一つには、『スレイプニル』と刻まれていた。
親友。
一昨昨年、ジュピター少女杯で予後不良となり、帰らぬ存在となった。
「……スレイ……わたし……まだ走ってるよ……。去年……怖くて……もう走れないって……思ったこともあったけど……でも……走ってる……」
声が震える。
一緒に笑い合い、励まし合った日々が蘇る。
「わたし……スレイみたいに……強くなれるかな……。まだ……怖いよ……でも……頑張るから……見てて……」
墓標を撫でるフリアノンの指先に、夏風がそっと吹き抜けた。
(……わたし……走る……スレイの分まで……)
ふと、空を仰ぐ。
入道雲がもくもくと広がり、その向こうには、果てしなく青い宇宙があった。
帰り道、菊乃の家の前を通ると、おばあちゃんが手を振ってくれた。
「ノンちゃん、気いつけて帰るんやで。次は皇帝杯やろ? 絶対勝つんやで!」
「……うん……ありがとう……ございます……」
背中を押す声が、心の奥で温かく響いた。
(おばあちゃん……スレイ……お母さん……わたし……頑張るから……)
蝉の声が響く真夏の午後。
フリアノンは強く拳を握りしめると、再び戦う世界へと帰っていった。
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ミオが柔らかく笑う。
ジュピターカップの激戦を終え、ジムは数日間のオフを決定した。
「……ありがとうございます……」
フリアノンは小さく頭を下げると、用意されたシャトルに乗り込んだ。
向かう先は、地球圏の故郷――白雷ジムが管理する育成牧場の近くにある、小さな町だった。
シャトルが降り立つと、そこは蝉が鳴き、草の匂いが漂う真夏の世界だった。
(……暑い……でも……懐かしい……)
まず向かったのは、町外れの小さな古民家。
そこに住むのは、フリアノンのオーナーである菊乃――おばあちゃんだった。
年老いた女性で、白雷ジム創設期から数多くのサイドールを所有してきた名オーナーである。
庭で盆栽を手入れしていた菊乃が、フリアノンの姿に気づいて顔を上げた。
「あら……ノンちゃんやないか。帰ってきたんやねえ……」
「……ただいま……おばあちゃん……」
「暑かったやろ。中入っといで。スイカ冷えとるで」
畳敷きの座敷に上がると、菊乃はゆっくりと腰を下ろした。
その顔には深い皺が刻まれているけれど、瞳は変わらず優しかった。
「よう頑張っとるみたいやなあ。ノンちゃんが走っとるの、毎回テレビで見とるよ」
「……ありがとう……ございます……」
「……あの子にも見せたかったなあ……」
菊乃の視線の先にある、小さな仏壇には、一枚の古い写真が置かれていた。
そこに写るのは――フリアノンの母、エポナだった。
優しげに微笑む栗毛のサイドール。
フリアノンを産んだときに、命を落とした母。
「エポナはなあ……ほんまに気立てのええ子やった。あの子が命懸けで産んでくれたノンちゃんや。あの子の分まで、長生きするんやで……」
「……うん……わたし……頑張る……」
母の写真に手を合わせるフリアノンを見て、菊乃はほっとしたように微笑んだ。
「さあ、スイカ食べや」
甘いスイカを食べ終えると、フリアノンはもう一つの目的地へ向かった。
小高い丘の上にあるサイドール墓地。
(……スレイ……)
そこに並ぶ墓標の一つには、『スレイプニル』と刻まれていた。
親友。
一昨昨年、ジュピター少女杯で予後不良となり、帰らぬ存在となった。
「……スレイ……わたし……まだ走ってるよ……。去年……怖くて……もう走れないって……思ったこともあったけど……でも……走ってる……」
声が震える。
一緒に笑い合い、励まし合った日々が蘇る。
「わたし……スレイみたいに……強くなれるかな……。まだ……怖いよ……でも……頑張るから……見てて……」
墓標を撫でるフリアノンの指先に、夏風がそっと吹き抜けた。
(……わたし……走る……スレイの分まで……)
ふと、空を仰ぐ。
入道雲がもくもくと広がり、その向こうには、果てしなく青い宇宙があった。
帰り道、菊乃の家の前を通ると、おばあちゃんが手を振ってくれた。
「ノンちゃん、気いつけて帰るんやで。次は皇帝杯やろ? 絶対勝つんやで!」
「……うん……ありがとう……ございます……」
背中を押す声が、心の奥で温かく響いた。
(おばあちゃん……スレイ……お母さん……わたし……頑張るから……)
蝉の声が響く真夏の午後。
フリアノンは強く拳を握りしめると、再び戦う世界へと帰っていった。