表示設定
表示設定
目次 目次




@ 1話 受験

ー/ー





「始めてください」


 放送が流れて、一斉に紙をめくる音が何層にもなって部屋を満たす。後は『コツコツッ』と紙の上から机を叩くアクセント以外聞こえてこない。


 


 原 学佳(はら まなか)の一つ空席をおいた隣から、紙の擦れる囁きが届くのがやけに速い。


 


(もうこのページ終わったのかしら?)


 ページをめくるノイズが学佳の集中を削ぐ。曇ったガラス窓は暖房のせいだけではない。熱気と緊張感が酸素濃度を薄くしているようで、問題文を読んでいるのにちっとも良く分からない。覚えたはずの知識が、脳ミソの引き出しから取り出せない。


 高校受験の筆記テスト……監視員たちが、静止画の世界に迷い込んでしまったように彷徨っている。それでも時間だけはマイペースに、受験生たちに気付かれないように進んで行く。


 


「ゆかしくおぼしめして……『ゆかし』は知的好奇心を表す語句だから……」


 思わず小さく声が漏れる。 チラッと時計を見る。


 


(あと30分も残ってない)


 焦りが出てくる。


 


(合格するんだ、絶対。だって私は……)


 時計を見た後、視線は二つ前、右斜めの座席へと寄り道をしてから答案用紙へと戻る。先程までそこに座っていた背の大きい、茶髪の男は教室を出て行った後で、その空席になった場所であった。答案用紙へと向かうと、学佳はさっきより鉛筆を持つ指に力を込めた。


 


 ◆◇少し前、同じ部屋◆◇


 


(あーぁ……誰も知り合いがいない高校が良かったから選んだけど、なんかパッとしない学校だな……もう少し近い学校の方がやっぱ良かったかな……?!)


 冴棋 大晴(さえき たいせい)は地味な風景の質素な教室を見渡す。大晴の興味を引くようなものは何一つ映らなかった。周囲は真面目そうなやつばかりに見える。受験のために髪色を抑えたつもりだが、自分だけ目立っているように感じる。


 


(退出可能時間になったし、出るかな?!)


 解答用紙はしばらく前から裏に返したままだ。何の未練もなく、終了30分前のアナウンスと共に席を立つ。椅子が床をこする音が大きい。一つ空けた隣の人間が思わず驚いてしまうほどの巨漢はゆっくり教室を出て行った。




 


 ◆◇同時刻、別の会場◆◇


 


(難しい……ちっとも分かんねぇ。多分『ア』ではないな)


 一つ前の答えは自信があった。解答用紙には『ア』を選択している。自慢の勘は冴えまくっている、同じ答えは続かないはず。


 全ての問題を解き終えたのか、諦めたのか、チラホラ退出する人間もいる。


 


(クッ、あと30分も無いじゃねぇか。諦めるもんか、俺には……)


 動田 勝人(ゆりた まさと)が力を込めた鉛筆は、鈍い音を響かせ折れた、もう4本目だ。


 慌てて新しい鉛筆を取り出そうとするが、筆入れに引っかかってうまく出せない、勝人の気を逆なでする中、刻は進んでいく。




スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む @ 2話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「始めてください」
 放送が流れて、一斉に紙をめくる音が何層にもなって部屋を満たす。後は『コツコツッ』と紙の上から机を叩くアクセント以外聞こえてこない。
 |原 学佳《はら まなか》の一つ空席をおいた隣から、紙の擦れる囁きが届くのがやけに速い。
(もうこのページ終わったのかしら?)
 ページをめくるノイズが学佳の集中を削ぐ。曇ったガラス窓は暖房のせいだけではない。熱気と緊張感が酸素濃度を薄くしているようで、問題文を読んでいるのにちっとも良く分からない。覚えたはずの知識が、脳ミソの引き出しから取り出せない。
 高校受験の筆記テスト……監視員たちが、静止画の世界に迷い込んでしまったように彷徨っている。それでも時間だけはマイペースに、受験生たちに気付かれないように進んで行く。
「ゆかしくおぼしめして……『ゆかし』は知的好奇心を表す語句だから……」
 思わず小さく声が漏れる。 チラッと時計を見る。
(あと30分も残ってない)
 焦りが出てくる。
(合格するんだ、絶対。だって私は……)
 時計を見た後、視線は二つ前、右斜めの座席へと寄り道をしてから答案用紙へと戻る。先程までそこに座っていた背の大きい、茶髪の男は教室を出て行った後で、その空席になった場所であった。答案用紙へと向かうと、学佳はさっきより鉛筆を持つ指に力を込めた。
 ◆◇少し前、同じ部屋◆◇
(あーぁ……誰も知り合いがいない高校が良かったから選んだけど、なんかパッとしない学校だな……もう少し近い学校の方がやっぱ良かったかな……?!)
 |冴棋 大晴《さえき たいせい》は地味な風景の質素な教室を見渡す。大晴の興味を引くようなものは何一つ映らなかった。周囲は真面目そうなやつばかりに見える。受験のために髪色を抑えたつもりだが、自分だけ目立っているように感じる。
(退出可能時間になったし、出るかな?!)
 解答用紙はしばらく前から裏に返したままだ。何の未練もなく、終了30分前のアナウンスと共に席を立つ。椅子が床をこする音が大きい。一つ空けた隣の人間が思わず驚いてしまうほどの巨漢はゆっくり教室を出て行った。
 ◆◇同時刻、別の会場◆◇
(難しい……ちっとも分かんねぇ。多分『ア』ではないな)
 一つ前の答えは自信があった。解答用紙には『ア』を選択している。自慢の勘は冴えまくっている、同じ答えは続かないはず。
 全ての問題を解き終えたのか、諦めたのか、チラホラ退出する人間もいる。
(クッ、あと30分も無いじゃねぇか。諦めるもんか、俺には……)
 |動田 勝人《ゆりた まさと》が力を込めた鉛筆は、鈍い音を響かせ折れた、もう4本目だ。
 慌てて新しい鉛筆を取り出そうとするが、筆入れに引っかかってうまく出せない、勝人の気を逆なでする中、刻は進んでいく。