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62 バツイチ同士

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 藤城皐月(ふじしろさつき)は親の前で泣いたことが恥ずかしくなった。残った素麺を急いで食べ終え、逃げるように二階の自分の部屋に上がった。
「じゃあ私はケーキを買ってくるね。適当に選んでくるけどいい?」
「そうね、頼子に任せるわ。子供たちには買ってきたものの中から好きなものを選ばせましょう。私は片付けしてるわ」
「小百合は今日もお座敷があるんでしょ? 家のことは私がやるよ」
 藤城小百合(ふじしろさゆり)が家事の負担を軽減するために、高校時代の同級生の及川頼子(おいかわよりこ)と一緒に住むようになった。
 頼子は離婚して、生活が苦しくなっていた。小百合は母が亡くなり、仕事をしながら皐月の面倒をみるのが難しくなっていた。頼子が小百合の母の葬儀に参列した時、小百合の提案で一緒に住もうという話になった。
「ありがとう。でもね、なんだか私がお迎えする準備をしたいの。息子のガールフレンドが家に来るだなんて、人生初でワクワクしちゃって。祐希(ゆうき)ちゃんは家に彼氏を呼んだりしないの?」
「人を呼べるような家じゃなかったから、なかったわね。それにあの子、影でコソコソしてるから……。皐月ちゃんみたいな健全な年頃でそういうイベントに立ち会いたかったな」
「そっか……女の子の親って大変なのね。祐希ちゃんはかわいいから、心配事も多いんだろうね」
 小百合と頼子は居間のテーブルの上の食器を片づけ始め、二人で手分けをして台所へ運んだ。
「あの子が東京に行きたがるのも、絶対に彼氏の影響よ。嫌だわ、そんな男を追っかけて行くみたいなのって」
「私も頼子も男で失敗してるからね」
「祐希は私の子だから余計に心配なのよ。同じ失敗するんじゃないかって」
 シンクの水を流し、頼子が食器を洗い始めた。
「そう言われると私も心配になってきた。皐月も別れた夫みたいに、女にだらしなくならないかって。今のところ違うタイプに育っていると思うけど、遺伝子の半分はあいつから引き継いでいるわけだし……」
「皐月ちゃん、いい子じゃない。あんなことで泣いちゃうなんてかわいいわ。胸がキュンってしちゃった」
「頼子のフォローがあったからよ。私と皐月の二人だったら、親子喧嘩になってたわ」

 小百合寮は旅館だった建物なので、普通の家よりも台所が広い。小百合はこの広い厨房を持て余していたが、頼子と二人でこの部屋にいると妙に落ち着く。シンクが二つあるので、二人で手分けをして食器を洗い始めた。
「こういう時、二人だといいね。一人で考えてたら頭がおかしくなっちゃいそうになることがあるの。祐希には心配ばかりさせられてきたからね。まあそれは今でも続いているんだけど」
 小百合は頼子の事情をあまり深くまで聞いていない。自分の過去も頼子には詳しく話していない。一緒に暮らしていくうちに、自然に話せるようになってから話を聞けたらいいと思っている。
「まあバツイチ同士、助け合っていきましょう。あっ、傷を舐め合ってか」
「小百合のネガティブなところって全然変わってないね。悪い意味で安心するわ」
「何よそれ、いい意味で安心じゃないの?」
 小百合が手についた水を爪で(はじ)いて頼子の顔にかけると、頼子も応戦してきた。

 水かけの応酬が始まって二人で大笑いをしていると、皐月が階段を下りてきた。
「何やってんの、二人で。俺、もう出かけるから」
「早いわね。そうならそうって教えてよ。これから部屋の片づけするんだから」
 洗い物が少なかったので、食器洗いはもう終わっていた。小百合はこれから頼子とお茶でもしようと思っていた。
「いいよ、のんびりしていて。駅まで歩いて行ってくるし、しばらくその辺をぶらぶら歩いてから戻ってくるから」
「それでも、そうそうのんびりとはしてられないわ。じゃあ帰るちょっと前にメッセージ送ってちょうだいね」
「うん、わかった。それでさ……俺、新しい服が欲しいな。今日着て行くいい服がなくてさ。千智のファッションって格好いいんだよね。なんか俺じゃ釣り合わないっていうか……。今後のデートのことを考えて、ちょっといい服が欲しいかなって」
 皐月は女の子のファッションには興味があったが、自分のファッションには全く興味がなかった。お洒落な服よりも、動きやすい体操服ばかり着ていた。
「じゃあイオンかどこかで買う?」
「たぶん売ってないんじゃないかな、そういうところじゃ。ネット通販で買ってもいい?」
「いいけど、買う時は発注する前に一度、私に見せなさいよ」
「うん、わかった。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」

 皐月は今朝学校に着ていった、シンプルだが意味不明なデザインの白Tシャツと、小学生らしい短めのダークグリーンの短パンの組み合わせで家を出て行った。
「さすがに私でもわかるわ。皐月、嬉しそう」
「でしょ。私も急いでケーキ買ってくるね。片付けはよろしくね、小百合」
「うん。いってらっしゃい」
 小百合は皐月に続いて頼子も見送った。昼食の臭いは残っていないと思うが、一応換気をして、冷房を強めにして皐月たちを迎えようと思った。今日の検番での稽古は時間がなくなりそうなので、たまには稽古なしにしてもいいかなと思った。



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「じゃあ私はケーキを買ってくるね。適当に選んでくるけどいい?」
「そうね、頼子に任せるわ。子供たちには買ってきたものの中から好きなものを選ばせましょう。私は片付けしてるわ」
「小百合は今日もお座敷があるんでしょ? 家のことは私がやるよ」
 |藤城小百合《ふじしろさゆり》が家事の負担を軽減するために、高校時代の同級生の|及川頼子《おいかわよりこ》と一緒に住むようになった。
 頼子は離婚して、生活が苦しくなっていた。小百合は母が亡くなり、仕事をしながら皐月の面倒をみるのが難しくなっていた。頼子が小百合の母の葬儀に参列した時、小百合の提案で一緒に住もうという話になった。
「ありがとう。でもね、なんだか私がお迎えする準備をしたいの。息子のガールフレンドが家に来るだなんて、人生初でワクワクしちゃって。|祐希《ゆうき》ちゃんは家に彼氏を呼んだりしないの?」
「人を呼べるような家じゃなかったから、なかったわね。それにあの子、影でコソコソしてるから……。皐月ちゃんみたいな健全な年頃でそういうイベントに立ち会いたかったな」
「そっか……女の子の親って大変なのね。祐希ちゃんはかわいいから、心配事も多いんだろうね」
 小百合と頼子は居間のテーブルの上の食器を片づけ始め、二人で手分けをして台所へ運んだ。
「あの子が東京に行きたがるのも、絶対に彼氏の影響よ。嫌だわ、そんな男を追っかけて行くみたいなのって」
「私も頼子も男で失敗してるからね」
「祐希は私の子だから余計に心配なのよ。同じ失敗するんじゃないかって」
 シンクの水を流し、頼子が食器を洗い始めた。
「そう言われると私も心配になってきた。皐月も別れた夫みたいに、女にだらしなくならないかって。今のところ違うタイプに育っていると思うけど、遺伝子の半分はあいつから引き継いでいるわけだし……」
「皐月ちゃん、いい子じゃない。あんなことで泣いちゃうなんてかわいいわ。胸がキュンってしちゃった」
「頼子のフォローがあったからよ。私と皐月の二人だったら、親子喧嘩になってたわ」
 小百合寮は旅館だった建物なので、普通の家よりも台所が広い。小百合はこの広い厨房を持て余していたが、頼子と二人でこの部屋にいると妙に落ち着く。シンクが二つあるので、二人で手分けをして食器を洗い始めた。
「こういう時、二人だといいね。一人で考えてたら頭がおかしくなっちゃいそうになることがあるの。祐希には心配ばかりさせられてきたからね。まあそれは今でも続いているんだけど」
 小百合は頼子の事情をあまり深くまで聞いていない。自分の過去も頼子には詳しく話していない。一緒に暮らしていくうちに、自然に話せるようになってから話を聞けたらいいと思っている。
「まあバツイチ同士、助け合っていきましょう。あっ、傷を舐め合ってか」
「小百合のネガティブなところって全然変わってないね。悪い意味で安心するわ」
「何よそれ、いい意味で安心じゃないの?」
 小百合が手についた水を爪で|弾《はじ》いて頼子の顔にかけると、頼子も応戦してきた。
 水かけの応酬が始まって二人で大笑いをしていると、皐月が階段を下りてきた。
「何やってんの、二人で。俺、もう出かけるから」
「早いわね。そうならそうって教えてよ。これから部屋の片づけするんだから」
 洗い物が少なかったので、食器洗いはもう終わっていた。小百合はこれから頼子とお茶でもしようと思っていた。
「いいよ、のんびりしていて。駅まで歩いて行ってくるし、しばらくその辺をぶらぶら歩いてから戻ってくるから」
「それでも、そうそうのんびりとはしてられないわ。じゃあ帰るちょっと前にメッセージ送ってちょうだいね」
「うん、わかった。それでさ……俺、新しい服が欲しいな。今日着て行くいい服がなくてさ。千智のファッションって格好いいんだよね。なんか俺じゃ釣り合わないっていうか……。今後のデートのことを考えて、ちょっといい服が欲しいかなって」
 皐月は女の子のファッションには興味があったが、自分のファッションには全く興味がなかった。お洒落な服よりも、動きやすい体操服ばかり着ていた。
「じゃあイオンかどこかで買う?」
「たぶん売ってないんじゃないかな、そういうところじゃ。ネット通販で買ってもいい?」
「いいけど、買う時は発注する前に一度、私に見せなさいよ」
「うん、わかった。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
 皐月は今朝学校に着ていった、シンプルだが意味不明なデザインの白Tシャツと、小学生らしい短めのダークグリーンの短パンの組み合わせで家を出て行った。
「さすがに私でもわかるわ。皐月、嬉しそう」
「でしょ。私も急いでケーキ買ってくるね。片付けはよろしくね、小百合」
「うん。いってらっしゃい」
 小百合は皐月に続いて頼子も見送った。昼食の臭いは残っていないと思うが、一応換気をして、冷房を強めにして皐月たちを迎えようと思った。今日の検番での稽古は時間がなくなりそうなので、たまには稽古なしにしてもいいかなと思った。