表示設定
表示設定
目次 目次




第11話 援軍要請

ー/ー



 フッと深くため息をつくと、第五部隊隊長の長田鴇汰(おさだときた)は背負った鞘に大剣をおさめ、海を振り返った。
 なぜだか今日は、ジャセンベルの艦隊がやけに早く遠ざかっていくように感じる。

『今日のところは俺の負けだ』

 最後に斬り結んだとき、ジャセンベル軍の指揮官であるレイファーは、鴇汰に向かって忌々(いまいま)しそうに言い放った。

「ふん――。今日は、じゃなくて今日も、だろうが。これからだって俺は負けねーよ」

 今にも水平線の向こうへ消えそうな敵艦に向かい、鴇汰はつぶやいた。なんの縁があるのか、鴇汰の部隊はジャセンベルとの戦いが特に多い。必ず前線に出てくる敵兵の顔と名前も、いい加減覚えてしまった。
 毎回毎回、堤防の向こう側へは一歩たりとも踏み入れさせないのに、やつらは何度でも泉翔へ渡って来る。まったくご苦労なことだ。

 長年の戦争で大地は枯れ果て、資源も食糧もつきかけている大陸の人間にとっては、豊かな自然であふれるこの島が宝の山にでも見えるのだろう。
 かつては大陸で暮らした鴇汰にも、その気持ちがわからないわけでもない。

(だけどそんなのは、単なるないものねだりだ)

 くだらない戦争を続けていないで再生を図れば、泉翔と同じくらいの緑や資源を手にすることができると、大陸の奴らは知っているはずなのに。ないものは、あるところから奪ってでも手に入れよう……という大陸の国々の安易な考えかたが、鴇汰は大嫌いだった。

 幼いころ、逃げるようにこの国に渡ってきてから、島を大切に育んで人々の暮らしを守ろうとする信念に触れた。それ以来、鴇汰自身も心からこの国を愛おしいと、守りたいと思いはじめた。だからこそ、厳しい訓練にも耐えて腕をあげ、蓮華の印を受けてからは、幾度となく防衛を果たしてきた。

 なにがあっても、どこの誰が攻めてこようとも、この国を守っていこうと決めた。
 俺は絶対に負けない。

 潮風が血と硝煙の匂いを運んでくる。鴇汰は大剣を背負い直すと、緊張で強張った肩を回した。

「さて、と……動けるヤツは、怪我したヤツらを医療所まで連れていってやってくれ」

 堤防を振り返ると、隊員たちを集めて指示を出す。
 幸いにも今回の戦いでは部隊内で死者は出なかった。戦士として戦えなくなるほどの重傷を負った隊員もいない。
 それだけでホッとする。

「鴇汰さん!」

「おう、岱胡。今日は援護、ありがとうな」

 全力で駆けよってきて、肩で息をしている第三部隊隊長の長谷川岱胡(はせがわだいご)にこたえると、伸びをしながら後処理をはじめる隊員たちを(なが)めた。

「おかげで俺んトコも予備隊も、大した怪我もなかったし、誰も死なずにすんだよ。おまえんトコはどうよ?」

「うちも平気っスけど……そんなことより、北詰所から連絡が……すぐに西浜へ向かうようにって……」

「西浜? なんでよ? 今日はあっち、誰が詰めてんのよ?」

「修治さんと麻乃さんです」

「なんだよ、あいつらが出てんなら、なんの問題もないだろ?」

「それが、なにやら様子がおかしいんスよ。情報、少ないんスけど、ロマジェリカの軍勢がすごく多いらしいって……」

「俺らが援軍にでなきゃなんねーほど多いってのかよ? それに、ここからじゃ移動にかなりの時間が……」

 言いかけた鴇汰の言葉をさえぎって、岱胡はとにかく急げとまくしたてる。

「こっちには、徳丸さんが交代で向かってくれているそうです。第一のやつらが乗ってくる車で、そのまま西浜に向かって必要なら援護に入れって指示っスから」

 蓮華の一人で、第一部隊隊長の野本徳丸(のもととくまる)は、数日前の庸儀との交戦であちこちに怪我を負い、一カ月は戦場に出ないはずだ。
 それが後処理とはいえ駆り出されてくるとは――。

「俺とおまえんトコから二十ずつ。合計四十いればいいだろ。動けるやつを集めてくれ。すぐにな」

「わかりました」

 蓮華の中でも、第四部隊隊長の安倍修治(あべしゅうじ)と、第七部隊隊長の藤川麻乃(ふじかわあさの)は、かなりの手練れだ。
 いつも癪に障るほど、防衛を楽にこなしている。

(それなのに――俺たちが援軍に?)

 出ていったところで移動に時間がかかりすぎる。
 着いたころにはすべてが終わっていそうなものなのに。

(あの二人がいてもなお、援軍を出さなきゃならないほどって……一体、どういう状況なんだ?)

 胸の奥に重い予感が沈んでいく。修治と麻乃なら、通常の敵なら二人だけで十分すぎるほどの戦力だ。それが援軍を要請するとは――。

 数が多いという以外、なんの情報もないせいか、不安と焦りでイライラしてくる。
 西浜の方角に目を向けても、この北浜からではなにも見えない。
 遠くから低いエンジン音が響き、オフロード車と三台の幌つきのトラックが姿をみせた。

「鴇汰、話しは聞いているな? 休みで中央にいた梁瀬と穂高も向かったらしいが、どうも情報がはっきりしない。とにかく急いでみてくれ」

 徳丸は車の助手席から降りてくると、手早く隊員たちに指示をだしながら、後処理を始めた。

「ええ、予備隊は残していくんで、トクさん、すみませんけど、あとを頼みます」

 鴇汰は集まった隊員たちをトラックに振り分けて出発させると、岱胡とともに車に乗り込み、アクセルを踏んで一気にスピードを上げた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第12話 西浜の惨劇


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 フッと深くため息をつくと、第五部隊隊長の|長田鴇汰《おさだときた》は背負った鞘に大剣をおさめ、海を振り返った。
 なぜだか今日は、ジャセンベルの艦隊がやけに早く遠ざかっていくように感じる。
『今日のところは俺の負けだ』
 最後に斬り結んだとき、ジャセンベル軍の指揮官であるレイファーは、鴇汰に向かって|忌々《いまいま》しそうに言い放った。
「ふん――。今日は、じゃなくて今日も、だろうが。これからだって俺は負けねーよ」
 今にも水平線の向こうへ消えそうな敵艦に向かい、鴇汰はつぶやいた。なんの縁があるのか、鴇汰の部隊はジャセンベルとの戦いが特に多い。必ず前線に出てくる敵兵の顔と名前も、いい加減覚えてしまった。
 毎回毎回、堤防の向こう側へは一歩たりとも踏み入れさせないのに、やつらは何度でも泉翔へ渡って来る。まったくご苦労なことだ。
 長年の戦争で大地は枯れ果て、資源も食糧もつきかけている大陸の人間にとっては、豊かな自然であふれるこの島が宝の山にでも見えるのだろう。
 かつては大陸で暮らした鴇汰にも、その気持ちがわからないわけでもない。
(だけどそんなのは、単なるないものねだりだ)
 くだらない戦争を続けていないで再生を図れば、泉翔と同じくらいの緑や資源を手にすることができると、大陸の奴らは知っているはずなのに。ないものは、あるところから奪ってでも手に入れよう……という大陸の国々の安易な考えかたが、鴇汰は大嫌いだった。
 幼いころ、逃げるようにこの国に渡ってきてから、島を大切に育んで人々の暮らしを守ろうとする信念に触れた。それ以来、鴇汰自身も心からこの国を愛おしいと、守りたいと思いはじめた。だからこそ、厳しい訓練にも耐えて腕をあげ、蓮華の印を受けてからは、幾度となく防衛を果たしてきた。
 なにがあっても、どこの誰が攻めてこようとも、この国を守っていこうと決めた。
 俺は絶対に負けない。
 潮風が血と硝煙の匂いを運んでくる。鴇汰は大剣を背負い直すと、緊張で強張った肩を回した。
「さて、と……動けるヤツは、怪我したヤツらを医療所まで連れていってやってくれ」
 堤防を振り返ると、隊員たちを集めて指示を出す。
 幸いにも今回の戦いでは部隊内で死者は出なかった。戦士として戦えなくなるほどの重傷を負った隊員もいない。
 それだけでホッとする。
「鴇汰さん!」
「おう、岱胡。今日は援護、ありがとうな」
 全力で駆けよってきて、肩で息をしている第三部隊隊長の|長谷川岱胡《はせがわだいご》にこたえると、伸びをしながら後処理をはじめる隊員たちを|眺《なが》めた。
「おかげで俺んトコも予備隊も、大した怪我もなかったし、誰も死なずにすんだよ。おまえんトコはどうよ?」
「うちも平気っスけど……そんなことより、北詰所から連絡が……すぐに西浜へ向かうようにって……」
「西浜? なんでよ? 今日はあっち、誰が詰めてんのよ?」
「修治さんと麻乃さんです」
「なんだよ、あいつらが出てんなら、なんの問題もないだろ?」
「それが、なにやら様子がおかしいんスよ。情報、少ないんスけど、ロマジェリカの軍勢がすごく多いらしいって……」
「俺らが援軍にでなきゃなんねーほど多いってのかよ? それに、ここからじゃ移動にかなりの時間が……」
 言いかけた鴇汰の言葉をさえぎって、岱胡はとにかく急げとまくしたてる。
「こっちには、徳丸さんが交代で向かってくれているそうです。第一のやつらが乗ってくる車で、そのまま西浜に向かって必要なら援護に入れって指示っスから」
 蓮華の一人で、第一部隊隊長の|野本徳丸《のもととくまる》は、数日前の庸儀との交戦であちこちに怪我を負い、一カ月は戦場に出ないはずだ。
 それが後処理とはいえ駆り出されてくるとは――。
「俺とおまえんトコから二十ずつ。合計四十いればいいだろ。動けるやつを集めてくれ。すぐにな」
「わかりました」
 蓮華の中でも、第四部隊隊長の|安倍修治《あべしゅうじ》と、第七部隊隊長の|藤川麻乃《ふじかわあさの》は、かなりの手練れだ。
 いつも癪に障るほど、防衛を楽にこなしている。
(それなのに――俺たちが援軍に?)
 出ていったところで移動に時間がかかりすぎる。
 着いたころにはすべてが終わっていそうなものなのに。
(あの二人がいてもなお、援軍を出さなきゃならないほどって……一体、どういう状況なんだ?)
 胸の奥に重い予感が沈んでいく。修治と麻乃なら、通常の敵なら二人だけで十分すぎるほどの戦力だ。それが援軍を要請するとは――。
 数が多いという以外、なんの情報もないせいか、不安と焦りでイライラしてくる。
 西浜の方角に目を向けても、この北浜からではなにも見えない。
 遠くから低いエンジン音が響き、オフロード車と三台の幌つきのトラックが姿をみせた。
「鴇汰、話しは聞いているな? 休みで中央にいた梁瀬と穂高も向かったらしいが、どうも情報がはっきりしない。とにかく急いでみてくれ」
 徳丸は車の助手席から降りてくると、手早く隊員たちに指示をだしながら、後処理を始めた。
「ええ、予備隊は残していくんで、トクさん、すみませんけど、あとを頼みます」
 鴇汰は集まった隊員たちをトラックに振り分けて出発させると、岱胡とともに車に乗り込み、アクセルを踏んで一気にスピードを上げた。