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第9話 満開の桜の木

ー/ー



「だ、誰ですか?」

 吉良がおびえた声を出した。

 沙夜子はゆっくりと立ち上がると、髪を軽く直し、そこは女の子らしい華奢な腕を組んだ。

「どうぞ」

 威厳に満ちた声で静かに言うと、ガラガラとドアが開かれる。

 そこにいたのは、先ほどここに呼びつけたヌカヅキを知っている男子生徒――とテンションがムダに高くとにかくうるさい男子生徒の2人だった。

 蓮は沙夜子の顔を見た途端に爽やかな笑顔を被り、何も知らない女子生徒ならばうっとりしてしまうような甘い声で話しかけようとした。──が。

「あんたは邪魔。帰りなさい」

 逆に沙夜子から先制攻撃を受けてしまった。

 それでもひるむことなく蓮は大きな身振り手振りで自分をアピールする。

「なかなか個性的な歓迎だね。でも、用があって呼んだんじゃないか」

「そうね。確かに呼び出したわ。でも、何度も言うけど、用があるのはあんたじゃなくて」

 沙夜子は腕組みを解くと、真っ直ぐに紙都を指差した。

「あんたよ!」

 紙都は顔をこわばらせた。その横で蓮が恨めしそうに呪詛をつぶやく。

 沙夜子はパソコンを閉じ、イスに座った。

「こっちへ来なさい。吉良、お茶を出して」

「えっ……は、はい」

 今まで突っ立っていただけの吉良は、命令を受けたロボットのようにぎこちなく動き出す。

「待って。オレはお茶なんていらない。さっき、ヌカヅキがどうとか言ってたけど、オレは何も知らない」

「じゃあ、なんでここに来たのよ」

 所詮、言い訳よ。沙夜子は不敵な笑みを浮かべた。

「なんでって……」

「なんで?」

「もう関わってほしくないから。きちんと言わないとまた探しに来るだろ?」

 朝のホームルーム前の教室のときのように、二人の視線がぶつかる。確固たる意志を持った強い視線。

 こうして他人と目を合わせるのは久しぶりだと沙夜子は感じていた。入学して初めてかもしれない。

 その空気を壊すように、蓮が変な声を出す。

「あう。……えっと、鬼神紙都くん?」

「なんだよ」

「お前何言ってんだ!」

 重いチョップが紙都の頭上に炸裂し、頭を抱えてうずくまる。

「いっつ……! いきなりなにするんだ!」

「お前が悪い! せっかくこんな美少女とお近づきになれそうなのに、『もう関わるな』だとふざけんな!」

「ふざけてんのはお前だろ!」

「何言ってる。オレはマジメだ。帰るなんてやめてお茶いただくぞ」

 全く論点のかみ合わない口喧嘩が始まった。男同士の喧嘩ほどバカバカしいものはない。沙夜子の内にイライラが溜まっていく。

「だいたいお前には関係ないだろ!」

「何言ってる。一人で行くのが心細いからついてきてほしかったくせに」

「そんなわけないだろ!」

「そんなわけあるだろ」

「うるっっさーーーーーーい!!!!」

 沙夜子は、溜め込んだイライラを全て吐き出すような大声で叫んだ。机に置いたお茶が微かに波立つ。

 静寂が少しの時間、室内に訪れた。

「あんた、鬼救寺って知ってる?」

 紙都の肩がピクッとわずかに震えた。その小さな変化を沙夜子は見逃さなかった。

「ヌカヅキってね。調べてみたら鬼灯のことだったのよ。知ってた?」

 試すように、挑発するように、わざとらしく首を傾けて質問をたたみかける。

 吉良が自分と相手の顔を交互に見る。こんなときに話しかけないでね。

 2、3秒待ってみても、案の定、答えは返ってこなかった。全く関係がないならば、素直にわからないと言葉が返ってくるはず。言葉が浮かばなくても、何か態度で示すはず。

 だけど、それが全くない。ただ身体が固まったみたいに立ち尽くしている。──これは、脈ありだ。

 沙夜子は視線を落とすと、グレーのノートパソコンを開けた。

「それで調べたのよ。鬼灯と関係ありそうな場所がこの近辺にないかって。そしたら――」

「か、関係ないかもしれないだろ」

 今さっきよりも勢いのなくなった声に、顔を上げる。うつむく姿が言葉と裏腹に不安な気持ちを現していた。

「なんか言った?」

「だから、関係ないだろ。鬼灯なんてそんなに珍しいものじゃないし」

「いいえ。関係あるわ。あんたの態度がその証拠よ」

 沙夜子は空気を心持ち多く吸った。

「鬼救寺って言ったら、急に不安そうになったじゃない。あんたはヌカヅキと関係がある。そうよね?」

「ヌカヅキは知らないけど、こいつは鬼救寺に住んでます」

「お前っ! 何言って!!」

 紙都が慌てて止めようとしたが、一足遅かった。

「住んでる?」

「こいつのお母さんがその寺の住職やってて、まあ家ですよね」

 沙夜子はもう一度パソコンの画面に目を向けた。寺を紹介する文章の中に『鬼神御言』という名前が載っている。

「あんたさっき名前何って言ってたっけ?」

「犬山れ――」

「あんたの名前なんてどうでもいい」

「……紙都。鬼神紙都だ」

 紙都は観念したように長い息を吐いて、自分の名前を呟いた。

 沙夜子は机に両手をついて勢いよく立ち上がった。

「これでもう言い逃れはできないわね。さっさと白状しなさい!」

 紙都は再び息を吐いて、目を閉じた。沙夜子はどんな変化も見逃すまいとじっとその様子をうかがっていた。

 そのとき──後ろから甲高い音がした。

 吉良が床に湯飲みを落とし、入れたばかりのお茶がこぼれる。

「吉良!」

 沙夜子はつかみかかる勢いで吉良に走り寄った。

「あんた、何してんの!?」

 手を伸ばして、吉良の肩を揺らす。

「ね、ねえちょっと聞いてんの!? ねえ!」

 反応がなかった。いつもなら平謝りする失敗を犯したのだ。反応がないわけがない。

「ねえ、ちょっとどうしたの? 大丈夫? ね、ねえ?」

 吉良の肩が震えている。そう思ったときにはすでに震えは大きくなっていた。

「う、うわあああああ!!!!!!!!」

 急に叫び声を上げると、吉良は後ろに仰け反り返った。びっくりしてその顔を見ると、窓の外へ視線が注がれている。

 沙夜子は窓を開けて、下を見た。桜の花の香りがふわりと鼻孔を刺激する。

 満開の桜の木に人が一人吊られて揺れていた。ゆっくりゆっくりと。そよ風に舞う花びらのように。


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「だ、誰ですか?」
 吉良がおびえた声を出した。
 沙夜子はゆっくりと立ち上がると、髪を軽く直し、そこは女の子らしい華奢な腕を組んだ。
「どうぞ」
 威厳に満ちた声で静かに言うと、ガラガラとドアが開かれる。
 そこにいたのは、先ほどここに呼びつけたヌカヅキを知っている男子生徒――とテンションがムダに高くとにかくうるさい男子生徒の2人だった。
 蓮は沙夜子の顔を見た途端に爽やかな笑顔を被り、何も知らない女子生徒ならばうっとりしてしまうような甘い声で話しかけようとした。──が。
「あんたは邪魔。帰りなさい」
 逆に沙夜子から先制攻撃を受けてしまった。
 それでもひるむことなく蓮は大きな身振り手振りで自分をアピールする。
「なかなか個性的な歓迎だね。でも、用があって呼んだんじゃないか」
「そうね。確かに呼び出したわ。でも、何度も言うけど、用があるのはあんたじゃなくて」
 沙夜子は腕組みを解くと、真っ直ぐに紙都を指差した。
「あんたよ!」
 紙都は顔をこわばらせた。その横で蓮が恨めしそうに呪詛をつぶやく。
 沙夜子はパソコンを閉じ、イスに座った。
「こっちへ来なさい。吉良、お茶を出して」
「えっ……は、はい」
 今まで突っ立っていただけの吉良は、命令を受けたロボットのようにぎこちなく動き出す。
「待って。オレはお茶なんていらない。さっき、ヌカヅキがどうとか言ってたけど、オレは何も知らない」
「じゃあ、なんでここに来たのよ」
 所詮、言い訳よ。沙夜子は不敵な笑みを浮かべた。
「なんでって……」
「なんで?」
「もう関わってほしくないから。きちんと言わないとまた探しに来るだろ?」
 朝のホームルーム前の教室のときのように、二人の視線がぶつかる。確固たる意志を持った強い視線。
 こうして他人と目を合わせるのは久しぶりだと沙夜子は感じていた。入学して初めてかもしれない。
 その空気を壊すように、蓮が変な声を出す。
「あう。……えっと、鬼神紙都くん?」
「なんだよ」
「お前何言ってんだ!」
 重いチョップが紙都の頭上に炸裂し、頭を抱えてうずくまる。
「いっつ……! いきなりなにするんだ!」
「お前が悪い! せっかくこんな美少女とお近づきになれそうなのに、『もう関わるな』だとふざけんな!」
「ふざけてんのはお前だろ!」
「何言ってる。オレはマジメだ。帰るなんてやめてお茶いただくぞ」
 全く論点のかみ合わない口喧嘩が始まった。男同士の喧嘩ほどバカバカしいものはない。沙夜子の内にイライラが溜まっていく。
「だいたいお前には関係ないだろ!」
「何言ってる。一人で行くのが心細いからついてきてほしかったくせに」
「そんなわけないだろ!」
「そんなわけあるだろ」
「うるっっさーーーーーーい!!!!」
 沙夜子は、溜め込んだイライラを全て吐き出すような大声で叫んだ。机に置いたお茶が微かに波立つ。
 静寂が少しの時間、室内に訪れた。
「あんた、鬼救寺って知ってる?」
 紙都の肩がピクッとわずかに震えた。その小さな変化を沙夜子は見逃さなかった。
「ヌカヅキってね。調べてみたら鬼灯のことだったのよ。知ってた?」
 試すように、挑発するように、わざとらしく首を傾けて質問をたたみかける。
 吉良が自分と相手の顔を交互に見る。こんなときに話しかけないでね。
 2、3秒待ってみても、案の定、答えは返ってこなかった。全く関係がないならば、素直にわからないと言葉が返ってくるはず。言葉が浮かばなくても、何か態度で示すはず。
 だけど、それが全くない。ただ身体が固まったみたいに立ち尽くしている。──これは、脈ありだ。
 沙夜子は視線を落とすと、グレーのノートパソコンを開けた。
「それで調べたのよ。鬼灯と関係ありそうな場所がこの近辺にないかって。そしたら――」
「か、関係ないかもしれないだろ」
 今さっきよりも勢いのなくなった声に、顔を上げる。うつむく姿が言葉と裏腹に不安な気持ちを現していた。
「なんか言った?」
「だから、関係ないだろ。鬼灯なんてそんなに珍しいものじゃないし」
「いいえ。関係あるわ。あんたの態度がその証拠よ」
 沙夜子は空気を心持ち多く吸った。
「鬼救寺って言ったら、急に不安そうになったじゃない。あんたはヌカヅキと関係がある。そうよね?」
「ヌカヅキは知らないけど、こいつは鬼救寺に住んでます」
「お前っ! 何言って!!」
 紙都が慌てて止めようとしたが、一足遅かった。
「住んでる?」
「こいつのお母さんがその寺の住職やってて、まあ家ですよね」
 沙夜子はもう一度パソコンの画面に目を向けた。寺を紹介する文章の中に『鬼神御言』という名前が載っている。
「あんたさっき名前何って言ってたっけ?」
「犬山れ――」
「あんたの名前なんてどうでもいい」
「……紙都。鬼神紙都だ」
 紙都は観念したように長い息を吐いて、自分の名前を呟いた。
 沙夜子は机に両手をついて勢いよく立ち上がった。
「これでもう言い逃れはできないわね。さっさと白状しなさい!」
 紙都は再び息を吐いて、目を閉じた。沙夜子はどんな変化も見逃すまいとじっとその様子をうかがっていた。
 そのとき──後ろから甲高い音がした。
 吉良が床に湯飲みを落とし、入れたばかりのお茶がこぼれる。
「吉良!」
 沙夜子はつかみかかる勢いで吉良に走り寄った。
「あんた、何してんの!?」
 手を伸ばして、吉良の肩を揺らす。
「ね、ねえちょっと聞いてんの!? ねえ!」
 反応がなかった。いつもなら平謝りする失敗を犯したのだ。反応がないわけがない。
「ねえ、ちょっとどうしたの? 大丈夫? ね、ねえ?」
 吉良の肩が震えている。そう思ったときにはすでに震えは大きくなっていた。
「う、うわあああああ!!!!!!!!」
 急に叫び声を上げると、吉良は後ろに仰け反り返った。びっくりしてその顔を見ると、窓の外へ視線が注がれている。
 沙夜子は窓を開けて、下を見た。桜の花の香りがふわりと鼻孔を刺激する。
 満開の桜の木に人が一人吊られて揺れていた。ゆっくりゆっくりと。そよ風に舞う花びらのように。