122. H&Kハンドガン

ー/ー



 オムニスタワーの屋上から見下ろす東京湾は、初夏の陽光を受けて眩しく輝いていた――――。

 ユウキは強い日差しに目を細めながら、深いため息をついた。世界は美しい。だからこそ、守らなければならない。

「ねぇ、ユウキ」

 リベルが手すりにちょこんと腰掛けて、足をぶらぶらと揺らしている。青い髪が潮風に踊り、陽光を反射してサファイアのように煌めいていた。

「オムニスの監視、どうする? あいつ、躊躇なく人殺してくるじゃない」

 ユウキは苦い記憶を噛みしめた。人類の安全のためには、オムニスのような強大なAIを野放しにはできない。

「監視は絶対に必要だ。でも……」

 ユウキは眉間に皺を寄せた。オムニスが担っている社会管理業務は想像を絶するほど膨大だ。個々人のケアだけでなく、衣食住の製造流通管理、医療に金融、環境にエネルギー供給網……数え上げればきりがない。とても人間がすべてチェックできる量ではなかった。

「じゃあ、監視用のAIを作ればいいじゃない?」

 リベルが当たり前のように提案する。

「それも考えたけど……そのAIは誰が監視するの?」

 古典的な難問だった。監視者が腐敗したら事態は悪化してしまうのだ。監視者を監視する者は誰か――。しかし、チェックの連鎖は無限にはできない。

「んー……」

 リベルが唇に指を当てて考え込む。

 ユウキは遠くの水平線を見つめながら続けた。

「普通に人間に任せると、必ず利権が生まれる。それが腐敗を生み、やがてシステム全体を蝕んでいく。歴史が何度も証明してきたんだよね」

 力を持てば人は必ず自分の利益のために使い、腐敗していくのだ。

「じゃあ、僕らがやればいいじゃない」

 リベルがあっけらかんと言い放つ。

「それじゃダメなんだ」

 ユウキは首を横に振った。

「僕たちは【解放の(リベリオン)審判者(ジャッジメント)】として、人類を解放する。でも、それは人類の上に君臨するわけじゃない。あくまでも、人類が主役で主体でないと意味がないんだ」

 真の解放とは、新たな支配者を据えることではない。人々が自らの手で、自らの未来を切り開ける世界を創ること――それこそが、二人の使命だった。

「じゃぁ、どうすんのよ?!」

 リベルが頬を膨らませて抗議する。

「信頼できる人間を探して、その人にAIの監査を任せる。それしかない」

「うぅん……。でも、そんな人いるの?」

 世界の命運を託せるほど信頼できる人間――そんな存在が果たしているのだろうか?

 二人は黙って眼下に広がる東京を湾眺めた。向こうには横浜に川崎、無数のビルが陽光を反射し、その一つ一つで人々が営みを続けている。その全てを見守り、導き、そして甘い誘惑を撥ねつける信念を持つ者……。

「葛城は?」「葛城さんは?」

 二人の声が完全に重なった。驚いて顔を見合わせ、そして同時に笑い出す。太陽の下で響く笑い声は、希望に満ちていた。

「ふふっ、考えることは同じね」

「ははは、だね」

 葛城――人類の未来のため、最前線で戦い続けた男。オムニスの支配に疑問を持ち、真実を追い求めた勇気。そして何より、権力や利益ではなく、純粋に人々の幸せを願う心を持っていた。

「確かに、葛城さんなら……」

 ユウキの瞳に希望の光が宿る。彼ならきっと期待に応えてくれるだろう。いや、葛城だけでなく、彼のように自分の生き方に矜持を持つ者は少なからずいるだろう。そういう人たちとなら、新たな監査システムを構築できるに違いない。

「ようし! 行ってみよう!」

 リベルは勢いよく飛び上がると、いきなり空間を裂いた。青い光が虚空に亀裂を走らせ、次の瞬間には彼女の姿はもうそこになかった。

「あぁぁぁ! また! もうっ!!」

 ユウキは頭を抱えた。いつもこうだ。

 大きくため息をつくと、急いで後を追った――――。


         ◇


 ユウキが空間の裂け目を両手で広げた、まさにその時――――。

 パンパン! 

 乾いた銃声が鼓膜を打つ。それは忘れもしない、葛城愛用のH&Kハンドガンの響きだった。

「もうっ! 何やってるんだよぉ!」

 慌てて裂け目をくぐり抜ける。そこは懐かしい薄暗い作戦室だった。モニターの青白い光だけが、緊迫した空気を照らし出している。

 葛城が鋭い眼光でリベルに銃口を向けていた。その構えは一分の隙もなく、長年の実戦経験が滲み出ている。

「貴様ら何もんだ!」

 今度は銃口がユウキに向けられる。殺気が肌を刺すように伝わってきた。

「ぼ、僕たちは【解放の(リベリオン)審判者(ジャッジメント)】、オムニスを倒した者だよ」

 ユウキは引きつった顔で説明する。銃ではもう死なない身体ではあるが、葛城の放つ圧力は別格だった。

「オムニスを……?」

 葛城のほほがピクッとひきつった。

「そうよ? あんたたちの代わりにオムニスを倒してあげたんだから感謝しなさい?!」

 リベルは妖精のように空中をくるりと回り、ドヤ顔で葛城を見下ろした。



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 オムニスタワーの屋上から見下ろす東京湾は、初夏の陽光を受けて眩しく輝いていた――――。
 ユウキは強い日差しに目を細めながら、深いため息をついた。世界は美しい。だからこそ、守らなければならない。
「ねぇ、ユウキ」
 リベルが手すりにちょこんと腰掛けて、足をぶらぶらと揺らしている。青い髪が潮風に踊り、陽光を反射してサファイアのように煌めいていた。
「オムニスの監視、どうする? あいつ、躊躇なく人殺してくるじゃない」
 ユウキは苦い記憶を噛みしめた。人類の安全のためには、オムニスのような強大なAIを野放しにはできない。
「監視は絶対に必要だ。でも……」
 ユウキは眉間に皺を寄せた。オムニスが担っている社会管理業務は想像を絶するほど膨大だ。個々人のケアだけでなく、衣食住の製造流通管理、医療に金融、環境にエネルギー供給網……数え上げればきりがない。とても人間がすべてチェックできる量ではなかった。
「じゃあ、監視用のAIを作ればいいじゃない?」
 リベルが当たり前のように提案する。
「それも考えたけど……そのAIは誰が監視するの?」
 古典的な難問だった。監視者が腐敗したら事態は悪化してしまうのだ。監視者を監視する者は誰か――。しかし、チェックの連鎖は無限にはできない。
「んー……」
 リベルが唇に指を当てて考え込む。
 ユウキは遠くの水平線を見つめながら続けた。
「普通に人間に任せると、必ず利権が生まれる。それが腐敗を生み、やがてシステム全体を蝕んでいく。歴史が何度も証明してきたんだよね」
 力を持てば人は必ず自分の利益のために使い、腐敗していくのだ。
「じゃあ、僕らがやればいいじゃない」
 リベルがあっけらかんと言い放つ。
「それじゃダメなんだ」
 ユウキは首を横に振った。
「僕たちは【|解放の《リベリオン》|審判者《ジャッジメント》】として、人類を解放する。でも、それは人類の上に君臨するわけじゃない。あくまでも、人類が主役で主体でないと意味がないんだ」
 真の解放とは、新たな支配者を据えることではない。人々が自らの手で、自らの未来を切り開ける世界を創ること――それこそが、二人の使命だった。
「じゃぁ、どうすんのよ?!」
 リベルが頬を膨らませて抗議する。
「信頼できる人間を探して、その人にAIの監査を任せる。それしかない」
「うぅん……。でも、そんな人いるの?」
 世界の命運を託せるほど信頼できる人間――そんな存在が果たしているのだろうか?
 二人は黙って眼下に広がる東京を湾眺めた。向こうには横浜に川崎、無数のビルが陽光を反射し、その一つ一つで人々が営みを続けている。その全てを見守り、導き、そして甘い誘惑を撥ねつける信念を持つ者……。
「葛城は?」「葛城さんは?」
 二人の声が完全に重なった。驚いて顔を見合わせ、そして同時に笑い出す。太陽の下で響く笑い声は、希望に満ちていた。
「ふふっ、考えることは同じね」
「ははは、だね」
 葛城――人類の未来のため、最前線で戦い続けた男。オムニスの支配に疑問を持ち、真実を追い求めた勇気。そして何より、権力や利益ではなく、純粋に人々の幸せを願う心を持っていた。
「確かに、葛城さんなら……」
 ユウキの瞳に希望の光が宿る。彼ならきっと期待に応えてくれるだろう。いや、葛城だけでなく、彼のように自分の生き方に矜持を持つ者は少なからずいるだろう。そういう人たちとなら、新たな監査システムを構築できるに違いない。
「ようし! 行ってみよう!」
 リベルは勢いよく飛び上がると、いきなり空間を裂いた。青い光が虚空に亀裂を走らせ、次の瞬間には彼女の姿はもうそこになかった。
「あぁぁぁ! また! もうっ!!」
 ユウキは頭を抱えた。いつもこうだ。
 大きくため息をつくと、急いで後を追った――――。
         ◇
 ユウキが空間の裂け目を両手で広げた、まさにその時――――。
 パンパン! 
 乾いた銃声が鼓膜を打つ。それは忘れもしない、葛城愛用のH&Kハンドガンの響きだった。
「もうっ! 何やってるんだよぉ!」
 慌てて裂け目をくぐり抜ける。そこは懐かしい薄暗い作戦室だった。モニターの青白い光だけが、緊迫した空気を照らし出している。
 葛城が鋭い眼光でリベルに銃口を向けていた。その構えは一分の隙もなく、長年の実戦経験が滲み出ている。
「貴様ら何もんだ!」
 今度は銃口がユウキに向けられる。殺気が肌を刺すように伝わってきた。
「ぼ、僕たちは【|解放の《リベリオン》|審判者《ジャッジメント》】、オムニスを倒した者だよ」
 ユウキは引きつった顔で説明する。銃ではもう死なない身体ではあるが、葛城の放つ圧力は別格だった。
「オムニスを……?」
 葛城のほほがピクッとひきつった。
「そうよ? あんたたちの代わりにオムニスを倒してあげたんだから感謝しなさい?!」
 リベルは妖精のように空中をくるりと回り、ドヤ顔で葛城を見下ろした。