第二話 後編 魔獣と次元穴
ー/ー
「ふたりともようやった」
幹久が警戒は解かずに歩いてくる。
先ほどの手負いの猪は両目を矢でつぶされており、身体には眉間から尻に至るまで一直線に貫通する矢創が出来ていた。
狙いの正確さもさることながら、分厚い頭蓋骨に突き刺さるどころか身体ごと貫通してしいるのはとんでもないという他ない。
「こいつら半魔獣化しておる。まあそのおかげか真っすぐ突進してくるだけの阿呆になっておったのは幸いじゃな」
そういえば猪は存外器用に方向転換できると聞いたことがあるな、と桃は思い返した。
真っすぐにしか走れないイメージがあったが、今回は正しくそのイメージ通りに動いてくれて助かっていた。
そうでなければもっと苦戦していただろう。
「魔獣化……ってことは近くに穴が?」
「おそらくな。猪の食い物の傾向が変わっておるのも、やたら巨大化しておるのも恐らくそれが原因じゃ。」
「人間やほかの動物を積極的に襲っていたのはそのせいってことか……」
桃の言葉に、幹久が静かに頷いた。
勇魚は幹久の言葉に納得したという様子で、魔猪の死体を見つめている。
確かによく見てみれば牙の形は禍々しく鋭い。
この大きさも、食性の変化や凶暴性も魔獣化の影響であれば納得できた。
「その通り。この世界は自然エネルギー……マナの均衡と循環によって正常を保つ。しかしそのマナが、突如異常をきたすことがある」
「その原因となるのが次元穴……」
幹久が眉間に更に皺を刻み、頷く。
次元穴は異世界と繋がる穴とも言われる。
(世界を構築するマナに影響力があるくらいだから、異世界と繋がっていてもおかしくないと思われてるってことか……)
次元穴については、分かっていないことも多い。
ただ確実なのは、近くで明らかにこの世界に存在しないもの、異世界に由来するものが見つかること。
そして先ほどの幹久の言葉の通り、この世界を構築するマナに影響を与える事だ。
穴を魔力による攻撃で塞げば元に戻るものの、放っておけば周囲のマナのバランスを崩してしまう。
次元の穴が空間そのものを消してしまうことで、そこにあったマナも失われてしまうためだ。
「その通り。マナは自然に均衡を保つようになっておる。しかし突然それが崩れれば、均衡を保とうとする故に急激な環境変化や災害に繋がってしまう。中にはそれを分かっていてわざと塞がぬ領主や国もあるようですが……」
「おいおい、災害が起きたらまずいだろう。なんで塞がないんだ?」
勇魚の疑問も至極当然だろう。
災害が起きれば国は疲弊し、民は困窮する。
わざわざほおっておくメリットがないのだ。
「我々も世界の一部。故にあえて触れず、穴が自然に収まるのを待つべきという勢力や、穴から出てくる副産物……異世界の技術や人間を狙うものもおるのです。異世界の技術でもたらされる発展は、時に国家間の力関係も変えますからな」
次元穴の副産物……それはやはり、付近で発見されることがある異世界から流れ着く人や物だ。
時間や空間を問わず、そして恐らくは次元も問わない。
その知識や技術を手に入れることができれば、国や地域の発展に寄与するだろう。
だからこそ、それらの到来を期待してあえて放置しておくものたちもいるのだ。
桃の頭の中にある仮定。
それはひょっとしたら、自分の魂はこの次元穴からやってきたのかもしれないということ。
だがあの時桃には肉体なんてなかった。
次元穴がマナに干渉し、異世界から多くのものを呼び込むならば、魂も例外ではないのではないか。
「それだけではなく、この世界ではあらゆる生き物が自然エネルギーの影響を受けるために付近の動物を魔物化させてしまう。故に穴は塞げるならば塞ぐ必要があるのです」
「異世界と繋がるなんて面白い話だと思ってたけど、厄介な穴なんだな」
「そうですな。今回は幸い猪で済んでおりますが、数が増えれば被害も増える。今回襲って来た三匹は頭こそ普通の猪以下でしたが、やはり狂暴性ゆえに周囲の生態系を破壊しておりました。あのまま放置していれば被害は更に拡大し、中蘇芳も危なかったでしょう」
「とりあえずは早いうちに見つけられたのが幸いってやつか……。桃大丈夫かよ?さっきから無言だけど……」
「どこか傷でも負うたか?無理はせん方がよいぞ」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだよ」
「なんじゃい心配かけさせおって。まだここは敵地じゃ。集中せい」
「了解。」
桃が短く応えた。
次元穴。
この穴はとにかく未知数だ。
それを通じて時間と空間を超えて流れ着いてくるというものも。
この穴が異次元に繋がっているというのならば、当初桃が予測した通り、この穴から桃がこちらに来た可能性は十分に考えられる。
(次元穴について知れば、なにかあの時の事について分かったりしないかな……)
あのとき自分はどうやってこの世界にやってきたのか。
かつていた自分の世界はどうなったのか。
そして……桃の本当のルーツやその魂の行方も、推察できるかもしれない。
(いいや。爺様の言う通りいまは集中しないと)
そんな考えをいったん振り払って、三匹の死体の前に居直る。
幹久や勇魚も桃が考え事をやめたのを見て、話を再開した。
「この三匹は殺せたが、まだ油断はせず、決して離れるな。こいつらは体の模様からして子供。本命がいるはずじゃ」
三匹の死体を検めながら、幹久が警告する。
「そういえば、この三匹は途中で見かけた縄張りの痕跡よりも小さいな……」
その警告にここへ来る途中の光景を思い出して桃は身震いした。
途中見かけたマーキング跡は、勇魚の身長を超えていた。
先ほどの三匹もよく見れば体に特徴的な縞模様がある。
俗にいうウリ坊というやつなのだ。これでも。
「でもあれだよな。こいつらが子供なら近くに親玉がいるよなきっと。その辺から見てたりしてな」
勇魚が冗談めかして言う。
「いやいやまさか。わざわざ自分の子供がやられるの観察してたりはしないでしょ。」
カラカラと笑いながら桃はその言葉を否定した。
そんなことは無い。はずだという若干の希望も入っていた。
しかしそんな気持ちもむなしく、近くの藪がガサガサと揺れる。
その音に、笑いあっていた二人はビクリと肩を跳ねさせた。
「まったく。油断するなというとるのに」
ただ一人冷静な幹久はさすがの年季といったところだろう。
何時でも矢を放てるように弓を構え、藪に向けて桃と勇魚の前に出る。
藪は熊でも隠れられそうな大きさだ。
しかし藪の中から何かが出てくる様子はない。
藪の不審な動きは止まっていたが、油断せずに観察を続ける。
「……これはいかん……」
「「へ?」」
「回り込まれてしもうた」
「「は?」」
同時に二人が振り返る。
今までどこで何をしていたのだろうか。
そこには大きな影があった。
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「ふたりともようやった」
幹久が警戒は解かずに歩いてくる。
先ほどの手負いの猪は両目を矢でつぶされており、身体には眉間から尻に至るまで一直線に貫通する|矢創《やきず》が出来ていた。
狙いの正確さもさることながら、分厚い頭蓋骨に突き刺さるどころか身体ごと貫通してしいるのはとんでもないという他ない。
「こいつら半魔獣化しておる。まあそのおかげか真っすぐ突進してくるだけの阿呆になっておったのは幸いじゃな」
そういえば猪は存外器用に方向転換できると聞いたことがあるな、と桃は思い返した。
真っすぐにしか走れないイメージがあったが、今回は正しくそのイメージ通りに動いてくれて助かっていた。
そうでなければもっと苦戦していただろう。
「魔獣化……ってことは近くに穴が?」
「おそらくな。猪の食い物の傾向が変わっておるのも、やたら巨大化しておるのも恐らくそれが原因じゃ。」
「人間やほかの動物を積極的に襲っていたのはそのせいってことか……」
桃の言葉に、幹久が静かに頷いた。
|勇魚《いさな》は幹久の言葉に納得したという様子で、魔猪の死体を見つめている。
確かによく見てみれば牙の形は禍々しく鋭い。
この大きさも、食性の変化や凶暴性も魔獣化の影響であれば納得できた。
「その通り。この世界は自然エネルギー……マナの均衡と循環によって正常を保つ。しかしそのマナが、突如異常をきたすことがある」
「その原因となるのが|次元穴《じげんけつ》……」
幹久が眉間に更に皺を刻み、頷く。
|次元穴《じげんけつ》は異世界と繋がる穴とも言われる。
(世界を構築するマナに影響力があるくらいだから、異世界と繋がっていてもおかしくないと思われてるってことか……)
|次元穴《じげんけつ》については、分かっていないことも多い。
ただ確実なのは、近くで明らかにこの世界に存在しないもの、異世界に由来するものが見つかること。
そして先ほどの幹久の言葉の通り、この世界を構築するマナに影響を与える事だ。
穴を魔力による攻撃で塞げば元に戻るものの、放っておけば周囲のマナのバランスを崩してしまう。
次元の穴が空間そのものを消してしまうことで、そこにあったマナも失われてしまうためだ。
「その通り。マナは自然に均衡を保つようになっておる。しかし突然それが崩れれば、均衡を保とうとする故に急激な環境変化や災害に繋がってしまう。中にはそれを分かっていてわざと塞がぬ領主や国もあるようですが……」
「おいおい、災害が起きたらまずいだろう。なんで塞がないんだ?」
|勇魚《いさな》の疑問も至極当然だろう。
災害が起きれば国は疲弊し、民は困窮する。
わざわざほおっておくメリットがないのだ。
「我々も世界の一部。故にあえて触れず、穴が自然に収まるのを待つべきという勢力や、穴から出てくる副産物……異世界の技術や人間を狙うものもおるのです。異世界の技術でもたらされる発展は、時に国家間の力関係も変えますからな」
|次元穴《じげんけつ》の副産物……それはやはり、付近で発見されることがある異世界から流れ着く人や物だ。
時間や空間を問わず、そして恐らくは次元も問わない。
その知識や技術を手に入れることができれば、国や地域の発展に寄与するだろう。
だからこそ、それらの到来を期待してあえて放置しておくものたちもいるのだ。
桃の頭の中にある仮定。
それはひょっとしたら、自分の魂はこの次元穴からやってきたのかもしれないということ。
だがあの時桃には肉体なんてなかった。
次元穴がマナに干渉し、異世界から多くのものを呼び込むならば、魂も例外ではないのではないか。
「それだけではなく、この世界ではあらゆる生き物が自然エネルギーの影響を受けるために付近の動物を魔物化させてしまう。故に穴は塞げるならば塞ぐ必要があるのです」
「異世界と繋がるなんて面白い話だと思ってたけど、厄介な穴なんだな」
「そうですな。今回は幸い猪で済んでおりますが、数が増えれば被害も増える。今回襲って来た三匹は頭こそ普通の猪以下でしたが、やはり狂暴性ゆえに周囲の生態系を破壊しておりました。あのまま放置していれば被害は更に拡大し、|中蘇芳《なかすおう》も危なかったでしょう」
「とりあえずは早いうちに見つけられたのが幸いってやつか……。桃大丈夫かよ?さっきから無言だけど……」
「どこか傷でも負うたか?無理はせん方がよいぞ」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだよ」
「なんじゃい心配かけさせおって。まだここは敵地じゃ。集中せい」
「了解。」
桃が短く応えた。
|次元穴《じげんけつ》。
この穴はとにかく未知数だ。
それを通じて時間と空間を超えて流れ着いてくるというものも。
この穴が異次元に繋がっているというのならば、当初桃が予測した通り、この穴から桃がこちらに来た可能性は十分に考えられる。
(|次元穴《じげんけつ》について知れば、なにかあの時の事について分かったりしないかな……)
あのとき自分はどうやってこの世界にやってきたのか。
かつていた自分の世界はどうなったのか。
そして……桃の本当のルーツやその魂の行方も、推察できるかもしれない。
(いいや。爺様の言う通りいまは集中しないと)
そんな考えをいったん振り払って、三匹の死体の前に居直る。
幹久や|勇魚《いさな》も桃が考え事をやめたのを見て、話を再開した。
「この三匹は殺せたが、まだ油断はせず、決して離れるな。こいつらは体の模様からして子供。本命がいるはずじゃ」
三匹の死体を検めながら、幹久が警告する。
「そういえば、この三匹は途中で見かけた縄張りの痕跡よりも小さいな……」
その警告にここへ来る途中の光景を思い出して桃は身震いした。
途中見かけたマーキング跡は、|勇魚《いさな》の身長を超えていた。
先ほどの三匹もよく見れば体に特徴的な縞模様がある。
俗にいうウリ坊というやつなのだ。これでも。
「でもあれだよな。こいつらが子供なら近くに親玉がいるよなきっと。その辺から見てたりしてな」
|勇魚《いさな》が冗談めかして言う。
「いやいやまさか。わざわざ自分の子供がやられるの観察してたりはしないでしょ。」
カラカラと笑いながら桃はその言葉を否定した。
そんなことは無い。はずだという若干の希望も入っていた。
しかしそんな気持ちもむなしく、近くの藪がガサガサと揺れる。
その音に、笑いあっていた二人はビクリと肩を跳ねさせた。
「まったく。油断するなというとるのに」
ただ一人冷静な幹久はさすがの年季といったところだろう。
何時でも矢を放てるように弓を構え、|藪《やぶ》に向けて桃と|勇魚《いさな》の前に出る。
|藪《やぶ》は熊でも隠れられそうな大きさだ。
しかし|藪《やぶ》の中から何かが出てくる様子はない。
藪の不審な動きは止まっていたが、油断せずに観察を続ける。
「……これはいかん……」
「「へ?」」
「回り込まれてしもうた」
「「は?」」
同時に二人が振り返る。
今までどこで何をしていたのだろうか。
そこには大きな影があった。