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第4話 半妖の少年

ー/ー



 紙都の耳に降り注ぐ雨音が戻ってきた。刀を力無く持ちながら自分が殺した妖怪をどこか躊躇いがちに見やる。

 ふと、雨が上がった。少女の傘が視界を覆う。

「血塗れだったけど、雨でほとんど流されたから」

 紙都は、どういう神経をしているのかと横目で少女を睨んだ。少女は意に介さず、興味深げに倒れた巨体を眺めていた。

「死んだんだよね?」

「ああ、死んだ。だが、まだ終わっていない」

 刀をさげたまま、紙都は森の奥に向かって歩き始めた。少女も、急いでその後を追い掛ける。

「ちょっと待って!!」

「ついて来るな。ここから先は危険だ――」

 紙都の後頭部に少女の傘がクリーンヒットした。

「効かない」

 ビニール傘は台風でも曲がらないような角度に折れ曲がっていた。

「知ってるわよ。でも、こうしないとあんた止まんなかったじゃない」

 紙都は怪訝そうな顔をすると振り返る。

「あんたねー。もう私危険な目に会ってんの! わかる? こんな所に一人でいれるわけがないし、このまま一人で帰れるわけがないじゃない!」

「それは……そうだな」

「そうでしょ!」

「じゃあ、ついてくるのは勝手だが後悔するなよ」

「いいわよ。そのかわりしっかりエスコートしなさい」

(この状況でなんでこんなに自分勝手でいられるんだ?)

 紙都はため息を吐くと、本来の目的に戻る。

「こいつに何人殺されたかわかるか?」

「えっと、若者グループが4人だったんだから、男の人と合わせて5人?」

「いや、4人だ。そこに転がっているのは、ここに来る前にすでに死んだ人間だった」

「はい?」

 二人は横に並び森の中を歩き始めた。場所と紙都の服装が違えばあるいは恋人同士に見えたかもしれない。

「あの通りすがりの妖怪とかいう男。そもそもおかしいと思わなかったか? いきなり森に行こうと言い出して」

 隣を歩く少女のポケットからスタンガンが取り出される。

「思ったわよ。だから護身用にこれを」

 つくづくなんて女だと、紙都は目を細めた。危険だとわかっててやってくるか普通。

「その線もあったが、俺には通りすがりの妖怪が本当に妖怪なんじゃないかという気がしていたんだ」

「……本当に妖怪?」

「お前も見ただろ、足長手長を」

 少女は紙都の目をじっと見つめながらうなずいた。

「妖怪は実在する。それを知っているからそう思えたんだろうが。実は掲示板、あの後あいつの発言だけ消えていた」

「消えていた? それなら怪しすぎるわね」

「ああ。だから、ここでお前とのやり取りを見させてもらった」

「はあ!? じゃあ着いてたの?」

「1時間前にな」

 少女はスタンガンを紙都に向けて使った。もちろん痛みも何も感じないが。

「不愉快だ」

「不愉快なのはこっちよ! あんた私があいつに襲われたらどうすんのよ!」

 紙都はスタンガンを指差し、「これを使うんだろ?」と聞き返した。

「妖怪じゃ通じないじゃない!」

「それはわからんが。大丈夫、あんたが襲われそうになったらしっかり守ってやってたよ」

「……そ、そう。それなら別にいいんだけど」

 少女は、急に言葉を濁してうつむいた。びしょ濡れになった髪の毛が気になるのか、両手で髪を掻き分ける。

「な、何よ! 見てんじゃないわよ! それより、続き話しなさいよ!!」

「それでずっと見ていたが、あいつはお前を襲うような動きはしなかった。何かしら不審な動きをすると思うんだが」

「自分の発言を消したわけだからね」

「そう。だからあいつは別の目的でお前や俺をここに呼んだんだ。……それがこれだよ」

 紙都は、自身の力で輝く刀でそれらを指した。不気味な明るさに映し出されたものは、4人の人間の血塗れの頭と胴体だった。

「きゃっ!」

 少女は反射的に数歩後ずさりした。

「あいつは、俺らを足長手長のエサにしようとしていたんだ」

 少女は無残な状態の遺体から目を背けると、紙都に質問をぶつけた。

「で、でも本当にそうなの? 私はあの男の、その、死体を見ているわけだし、妖怪かどうかなんてわからないじゃない」

「お前、森の中で知り合いが見たっていう大きなへこみを見たか?」

 少女は視線を上に向けてしばし考え込んでから首を横に振った。

「原理はよくわからないが、時間が経つと妖怪の残した爪痕はほとんど全部が消えるそうだ」

「だから、へこみが見当たらなかったってわけね。あっ、掲示板の書き込みも?」

「俺はそう考えている……でもそれじゃ、あの男が足長手長に殺されたのか、それ以前に死んでいたのかの直接的な理由にはならない。だから、見せてやるよ」

 そう言うと、紙都は刀で空を薙ぎ払った。

「……何、これ……」

 少女はそれしか言えなかった。森の中に数人の人が現れたのだ。それも普通の人間ではない。それらは青白く光り輝き、影絵を反転させたように身体の輪郭だけが浮かび上がっているような姿形をしていた。

「これが足長手長に食われた人間の魂だ。4人しかいないだろう?」

 少女が数えてみると、確かに4体の輪郭しかなかった。

「でも、元からここには4人しかいないじゃない」

「俺が実際に死体を確認した数しか現れないんだよ。だから、あの男はここで死んだことにはならない」

「じ、じゃあ、あの男は何で動いてたのよ」

「さあ。何かが乗り移っていたのか、誰かが操っていたのか。……それより、危険だ。下がれ」

 紙都は刀を横に払った。その刃先が当たりそうになって少女は慌てて後ろに下がる。

 「ちょっと危ないじゃない!」と抗議しようとした少女はしかし、そうすることができなかった。その異様な雰囲気に呑まれてしまったのだ。

 刀で斬られた魂は徐々にその輪郭を崩し、その輝きを無くしていく。同時に刀も空気に溶け込むように薄っすらと消えていった。

「何をしたの?」

「浄霊だよ」

 少女の視線が、刀と紙都を行き来する。驚きは隠せないままに口が開かれる。

「あんたは何なの?」

 紙都は、空を見つめると哀しげに微笑んだ。

「俺は半妖。鬼の妖怪と人の間に生まれた、どちらでもない存在」

 小雨は半妖の少年の哀しみを代弁するかのように天から地へと降り注いだ。少年がその事実を知らされたのはまだ昨日のこと。その重荷を解き、その心を解く、あるいはそんな雨なのかもしれない。

「あんた何言ってんの?」

 しかし、少女の言葉はあっさりと紙都の思いをぶち壊した。

「あんたが半妖だかなんだかどうでもいいのよ、私はあんたの名前とかそういうことを聞いてるの。あるんでしょ? ちゃんとした本名が」

「あ、ああ――鬼神紙都」

 思わず言ってしまった瞬間に後悔の大津波が襲ってきた。

「鬼神紙都ね。覚えておくわ」

「ああいや、覚えなくていい、というか実は本名は違うんだ、本当は――」

 少女の手が少年の手をしっかり掴んだため、それ以上紙都は何も言えなかった。

「さあ帰るわよ! 明日には衝撃スクープが待っているんだから!!」

 意気揚々と前を歩く少女の後姿を見ながら、紙都は深く深くため息を吐いた。

 けれど、問題はなかった。明日になれば今日の出来事は忘れ去られる。半妖であっても間違いなく、この一連のできごとは妖怪がやったことになるからだ。

 ──だから楽しもう。こいつの家に着くまでは。


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 紙都の耳に降り注ぐ雨音が戻ってきた。刀を力無く持ちながら自分が殺した妖怪をどこか躊躇いがちに見やる。
 ふと、雨が上がった。少女の傘が視界を覆う。
「血塗れだったけど、雨でほとんど流されたから」
 紙都は、どういう神経をしているのかと横目で少女を睨んだ。少女は意に介さず、興味深げに倒れた巨体を眺めていた。
「死んだんだよね?」
「ああ、死んだ。だが、まだ終わっていない」
 刀をさげたまま、紙都は森の奥に向かって歩き始めた。少女も、急いでその後を追い掛ける。
「ちょっと待って!!」
「ついて来るな。ここから先は危険だ――」
 紙都の後頭部に少女の傘がクリーンヒットした。
「効かない」
 ビニール傘は台風でも曲がらないような角度に折れ曲がっていた。
「知ってるわよ。でも、こうしないとあんた止まんなかったじゃない」
 紙都は怪訝そうな顔をすると振り返る。
「あんたねー。もう私危険な目に会ってんの! わかる? こんな所に一人でいれるわけがないし、このまま一人で帰れるわけがないじゃない!」
「それは……そうだな」
「そうでしょ!」
「じゃあ、ついてくるのは勝手だが後悔するなよ」
「いいわよ。そのかわりしっかりエスコートしなさい」
(この状況でなんでこんなに自分勝手でいられるんだ?)
 紙都はため息を吐くと、本来の目的に戻る。
「こいつに何人殺されたかわかるか?」
「えっと、若者グループが4人だったんだから、男の人と合わせて5人?」
「いや、4人だ。そこに転がっているのは、ここに来る前にすでに死んだ人間だった」
「はい?」
 二人は横に並び森の中を歩き始めた。場所と紙都の服装が違えばあるいは恋人同士に見えたかもしれない。
「あの通りすがりの妖怪とかいう男。そもそもおかしいと思わなかったか? いきなり森に行こうと言い出して」
 隣を歩く少女のポケットからスタンガンが取り出される。
「思ったわよ。だから護身用にこれを」
 つくづくなんて女だと、紙都は目を細めた。危険だとわかっててやってくるか普通。
「その線もあったが、俺には通りすがりの妖怪が本当に妖怪なんじゃないかという気がしていたんだ」
「……本当に妖怪?」
「お前も見ただろ、足長手長を」
 少女は紙都の目をじっと見つめながらうなずいた。
「妖怪は実在する。それを知っているからそう思えたんだろうが。実は掲示板、あの後あいつの発言だけ消えていた」
「消えていた? それなら怪しすぎるわね」
「ああ。だから、ここでお前とのやり取りを見させてもらった」
「はあ!? じゃあ着いてたの?」
「1時間前にな」
 少女はスタンガンを紙都に向けて使った。もちろん痛みも何も感じないが。
「不愉快だ」
「不愉快なのはこっちよ! あんた私があいつに襲われたらどうすんのよ!」
 紙都はスタンガンを指差し、「これを使うんだろ?」と聞き返した。
「妖怪じゃ通じないじゃない!」
「それはわからんが。大丈夫、あんたが襲われそうになったらしっかり守ってやってたよ」
「……そ、そう。それなら別にいいんだけど」
 少女は、急に言葉を濁してうつむいた。びしょ濡れになった髪の毛が気になるのか、両手で髪を掻き分ける。
「な、何よ! 見てんじゃないわよ! それより、続き話しなさいよ!!」
「それでずっと見ていたが、あいつはお前を襲うような動きはしなかった。何かしら不審な動きをすると思うんだが」
「自分の発言を消したわけだからね」
「そう。だからあいつは別の目的でお前や俺をここに呼んだんだ。……それがこれだよ」
 紙都は、自身の力で輝く刀でそれらを指した。不気味な明るさに映し出されたものは、4人の人間の血塗れの頭と胴体だった。
「きゃっ!」
 少女は反射的に数歩後ずさりした。
「あいつは、俺らを足長手長のエサにしようとしていたんだ」
 少女は無残な状態の遺体から目を背けると、紙都に質問をぶつけた。
「で、でも本当にそうなの? 私はあの男の、その、死体を見ているわけだし、妖怪かどうかなんてわからないじゃない」
「お前、森の中で知り合いが見たっていう大きなへこみを見たか?」
 少女は視線を上に向けてしばし考え込んでから首を横に振った。
「原理はよくわからないが、時間が経つと妖怪の残した爪痕はほとんど全部が消えるそうだ」
「だから、へこみが見当たらなかったってわけね。あっ、掲示板の書き込みも?」
「俺はそう考えている……でもそれじゃ、あの男が足長手長に殺されたのか、それ以前に死んでいたのかの直接的な理由にはならない。だから、見せてやるよ」
 そう言うと、紙都は刀で空を薙ぎ払った。
「……何、これ……」
 少女はそれしか言えなかった。森の中に数人の人が現れたのだ。それも普通の人間ではない。それらは青白く光り輝き、影絵を反転させたように身体の輪郭だけが浮かび上がっているような姿形をしていた。
「これが足長手長に食われた人間の魂だ。4人しかいないだろう?」
 少女が数えてみると、確かに4体の輪郭しかなかった。
「でも、元からここには4人しかいないじゃない」
「俺が実際に死体を確認した数しか現れないんだよ。だから、あの男はここで死んだことにはならない」
「じ、じゃあ、あの男は何で動いてたのよ」
「さあ。何かが乗り移っていたのか、誰かが操っていたのか。……それより、危険だ。下がれ」
 紙都は刀を横に払った。その刃先が当たりそうになって少女は慌てて後ろに下がる。
 「ちょっと危ないじゃない!」と抗議しようとした少女はしかし、そうすることができなかった。その異様な雰囲気に呑まれてしまったのだ。
 刀で斬られた魂は徐々にその輪郭を崩し、その輝きを無くしていく。同時に刀も空気に溶け込むように薄っすらと消えていった。
「何をしたの?」
「浄霊だよ」
 少女の視線が、刀と紙都を行き来する。驚きは隠せないままに口が開かれる。
「あんたは何なの?」
 紙都は、空を見つめると哀しげに微笑んだ。
「俺は半妖。鬼の妖怪と人の間に生まれた、どちらでもない存在」
 小雨は半妖の少年の哀しみを代弁するかのように天から地へと降り注いだ。少年がその事実を知らされたのはまだ昨日のこと。その重荷を解き、その心を解く、あるいはそんな雨なのかもしれない。
「あんた何言ってんの?」
 しかし、少女の言葉はあっさりと紙都の思いをぶち壊した。
「あんたが半妖だかなんだかどうでもいいのよ、私はあんたの名前とかそういうことを聞いてるの。あるんでしょ? ちゃんとした本名が」
「あ、ああ――鬼神紙都」
 思わず言ってしまった瞬間に後悔の大津波が襲ってきた。
「鬼神紙都ね。覚えておくわ」
「ああいや、覚えなくていい、というか実は本名は違うんだ、本当は――」
 少女の手が少年の手をしっかり掴んだため、それ以上紙都は何も言えなかった。
「さあ帰るわよ! 明日には衝撃スクープが待っているんだから!!」
 意気揚々と前を歩く少女の後姿を見ながら、紙都は深く深くため息を吐いた。
 けれど、問題はなかった。明日になれば今日の出来事は忘れ去られる。半妖であっても間違いなく、この一連のできごとは妖怪がやったことになるからだ。
 ──だから楽しもう。こいつの家に着くまでは。