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第九十話「揺れる心」

ー/ー



ジュピターカップまで、残り三週間。

白雷ジムのトレーニングルームには、いつも以上に張り詰めた空気が漂っていた。
ランニングマシン型トレーナーの上で、フリアノンは必死にトレーニングに取り組んでいた。

「もう少しペース上げて! スパート区間や!」

ミオの鋭い声が飛ぶ。
フリアノンは顔をしかめ、必死に負荷を上げた。

(もっと……もっと速く……!)

滝のように流れる汗。全身を締め付けるような疲労感。それでも彼女は脚を止めなかった。

「はい、ストップ!」

村瀬が止めの合図を出し、トレーナーが緩やかに減速する。
停止すると同時に、フリアノンはその場に崩れ落ちた。

「ハァ……ハァ……!」

肩で息をし、荒く上下する胸。
だがミオの表情は厳しかった。

「ノンちゃん、今日も後半バテとったな。このままじゃ本番、またゴール前で止まってまうで」

「……ごめ、んなさい……」

涙が滲む。
だが謝っても状況は変わらない。
村瀬も腕を組み、低い声で言った。

「スタミナ配分は改善してる。だが、まだ詰めが甘い。ジュピターカップは去年の皇帝杯以上のハイペースになる可能性が高いんだ。今のままじゃ、ラストスパートどころか、最後尾のまま終わるぞ」

「そんな……!」

フリアノンの瞳に恐怖が宿る。
(わたし……勝てない……?)

負ける。
その言葉が胸をえぐった。
今まで積み重ねてきたものが、一瞬で崩れていくような感覚。

(わたし……何のために……)

その時、ふいに頭をよぎったのは、去年のジュピターカップで倒れた自分の姿だった。
脳が悲鳴をあげ、視界が真っ白になり、気づけば病院のベッドの上だった。

(もし……またああなったら……)

震える手。
止まらない鼓動。
怖い。走るのが、怖い。

「ノンちゃん」

俯く彼女に、ミオがそっと手を置く。

「無理して頑張らんでええんやで?」

「でも……」

「無理して壊れるより、できることを積み重ねる方が大事や。わかっとるやろ?」

フリアノンは唇を噛んだ。
わかっている。わかっているのに――。

「……でも、わたし……勝ちたい……!」

その声は震えていた。
だけど、その目には確かな光が宿っていた。

「わたし……負けるのはもう嫌なの……!」

ミオはにっこり笑った。

「そやろ? なら、その気持ちを大事にしぃや。大丈夫や、ノンちゃんは強い。うちが知っとるんやから間違いない」

「……うん……!」

立ち上がり、汗をぬぐったフリアノン。
彼女の足取りはまだ重かったが、その瞳には確かな決意が宿っていた。

(わたし……絶対に……勝つ……!)

そう心に誓い、再びトレーナーに乗り込むフリアノン。
彼女の長い戦いは、まだ始まったばかりだった。


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ジュピターカップまで、残り三週間。
白雷ジムのトレーニングルームには、いつも以上に張り詰めた空気が漂っていた。
ランニングマシン型トレーナーの上で、フリアノンは必死にトレーニングに取り組んでいた。
「もう少しペース上げて! スパート区間や!」
ミオの鋭い声が飛ぶ。
フリアノンは顔をしかめ、必死に負荷を上げた。
(もっと……もっと速く……!)
滝のように流れる汗。全身を締め付けるような疲労感。それでも彼女は脚を止めなかった。
「はい、ストップ!」
村瀬が止めの合図を出し、トレーナーが緩やかに減速する。
停止すると同時に、フリアノンはその場に崩れ落ちた。
「ハァ……ハァ……!」
肩で息をし、荒く上下する胸。
だがミオの表情は厳しかった。
「ノンちゃん、今日も後半バテとったな。このままじゃ本番、またゴール前で止まってまうで」
「……ごめ、んなさい……」
涙が滲む。
だが謝っても状況は変わらない。
村瀬も腕を組み、低い声で言った。
「スタミナ配分は改善してる。だが、まだ詰めが甘い。ジュピターカップは去年の皇帝杯以上のハイペースになる可能性が高いんだ。今のままじゃ、ラストスパートどころか、最後尾のまま終わるぞ」
「そんな……!」
フリアノンの瞳に恐怖が宿る。
(わたし……勝てない……?)
負ける。
その言葉が胸をえぐった。
今まで積み重ねてきたものが、一瞬で崩れていくような感覚。
(わたし……何のために……)
その時、ふいに頭をよぎったのは、去年のジュピターカップで倒れた自分の姿だった。
脳が悲鳴をあげ、視界が真っ白になり、気づけば病院のベッドの上だった。
(もし……またああなったら……)
震える手。
止まらない鼓動。
怖い。走るのが、怖い。
「ノンちゃん」
俯く彼女に、ミオがそっと手を置く。
「無理して頑張らんでええんやで?」
「でも……」
「無理して壊れるより、できることを積み重ねる方が大事や。わかっとるやろ?」
フリアノンは唇を噛んだ。
わかっている。わかっているのに――。
「……でも、わたし……勝ちたい……!」
その声は震えていた。
だけど、その目には確かな光が宿っていた。
「わたし……負けるのはもう嫌なの……!」
ミオはにっこり笑った。
「そやろ? なら、その気持ちを大事にしぃや。大丈夫や、ノンちゃんは強い。うちが知っとるんやから間違いない」
「……うん……!」
立ち上がり、汗をぬぐったフリアノン。
彼女の足取りはまだ重かったが、その瞳には確かな決意が宿っていた。
(わたし……絶対に……勝つ……!)
そう心に誓い、再びトレーナーに乗り込むフリアノン。
彼女の長い戦いは、まだ始まったばかりだった。