花子は彼の反応に安堵し、同時に彼の協力があれば、もっと多くのことができるかもしれないと期待を抱いた。
一人では限界がある。この能力を最大限に活かすには、協力者が必要だと感じていたのだ。
彼の知識と、自分の能力が合わされば、きっともっと大きなことができる。
王宮の裏手にある貧しい地区の子供たちの顔が、花子の脳裏に浮かんだ。
「エルウィン様……! ありがとうございます! 実は、困っていることがあるんです。商人ギルドのせいで、貧しい人たちが食べ物に困っています。栄養があって、みんなが笑顔になれるような料理を届けたいんです。カップ麺だけでは、一時しのぎにしかなりませんから……」
エルウィンは腕を組み、考え込む。
彼の頭の中では、花子の能力と、この世界の現状が、複雑な方程式のように結びつき始めている。
彼の魔術師としての知識が、高速で情報を処理していく。
「なるほど……食料不足の根本的な解決には、効率的な生産と流通が必要です。それに、栄養価も重要ですね。」
エルウィンは顎に手を当て、思案する。
「それならば、先日いただいた『菓子パン』というのはいかがでしょう?
この世界の穀物と、あなたの召喚できる『砂糖』や『酵母(イースト)』を使えば、効率よく、大量に、しかも栄養価の高い食料が作れます。パンは保存も利きますし、持ち運びにも便利です。それに、甘いものは子供たちにとって、何よりの喜びとなるでしょう。我々の魔術で熱源を確保すれば、大量生産も夢ではありません!」
花子の目は輝いた。
「菓子パン! それなら、きっと子供たちも喜んでくれる!」
甘くて、ふんわりとしたパン。
故郷のパン屋さんの匂いが、脳裏に蘇る。
あの優しい甘さと、柔らかな食感。
飢えに苦しむ子供たちの顔に、きっと笑顔が戻るだろう。
(これなら、たくさんの子供たちを救える! エルウィン様がいてくれれば、きっとできる!)
花子の心に、新たな希望が満ちていく。
エルウィンの協力を得て、花子は早速調理に取り掛かった。
エルウィンは魔法で簡素な熱源を確保し、花子の指示通り、異世界の小麦に似た穀物の粉と、召喚した砂糖、酵母、牛乳、卵を混ぜ合わせていく。
彼の指先から、淡い光が放たれ、熱源が安定する。
それは、まるで魔法のオーブンだ。
花子は、生地をこねる。
最初はベタベタと手にまとわりつくが、次第に滑らかになっていく。
花子の手のひらから、生地に温かい愛情が注ぎ込まれるかのようだ。
故郷で、一人でパンを焼いたことはなかったが、レシピは通販サイトで簡単に手に入る。
「しっかり捏ねるのがポイントです! こうやって、空気を含ませるように……!」
花子が説明すると、エルウィンは魔法で粉の特性を解析し、最適な生地の硬さと水分量を導き出した。
彼の魔術師としての知識が、料理の科学と融合していく。
彼の魔法は、まさに料理のための最高の道具となった。
「なるほど……この『酵母』という微生物が、糖を分解してガスを発生させることで生地が膨らむのですね! 不思議な現象だ! しかし、これは魔術の新たな応用にも繋がりそうだ!」
花子が捏ね上げた生地は、やがてフワフワと、まるで生き物のように膨らみ始める。
その膨らみは、まるで生命の息吹を感じさせるかのようだ。
甘く、焼きたてのパンの香りが小部屋に充満した。
オーブン代わりの魔力で熱せられた空間から、香ばしい匂いが漂ってくる。
「これは……! まさか、これが魔法を使わずして……!?」
エルウィンは感動に打ち震えた。
彼の知る魔法とは全く異なる、しかし確かに存在する「力」。
それは、彼の魔術師としての常識を根底から覆すものだった。
彼の研究の対象が、一気に広がるのを感じた。
(この『酵母』というものが、このような現象を引き起こすのか……! 魔法の触媒なしに、これほどの変化を……!)
彼の脳内では、新たな魔術理論の構築が始まっていた。
完成した菓子パンは、こんがりと焼き色がつき、甘い香りを放つ、ふっくらとした美しいパンだった。
表面はつやつやと輝き、触るとふんわりと柔らかい。
花子とエルウィンは、焼きたての菓子パンを大きな籠に詰め、王宮の裏手にある、特に貧しい地区へと向かった。
夕暮れ時、細い路地裏には、飢えと疲労に打ちひしがれた人々がひしめき合っていた。
そこには、栄養失調でやせ細った子供たちが、お腹を空かせた顔で座り込んでいた。
彼らの目は、希望を失ったかのように濁っている。
その光景に、花子の胸は締め付けられる。
花子が焼きたての菓子パンを差し出すと、子供たちは警戒しながらも、その甘い香りに誘われるように手を伸ばした。
恐る恐る一口食べると、彼らの目に驚きが広がり、やがて満面の笑みがこぼれた。
その笑顔は、まるで暗闇に灯された光のように、周囲を明るく照らした。
「おいしい! こんな甘いパン、初めて!」
「あったかい……! ふわふわだ!」
「もっと食べたい! これ、夢じゃないの!?」
「聖女様、ありがとう! 聖女様!」
子供たちの歓声が、貧民街に響き渡る。
彼らの顔色に、少しずつだが生気が戻っていくのを見て、花子は確信する。
(この力は、やっぱり、この世界を救うためにあるんだ! 私が、この世界でできること……!)
エルウィンもまた、菓子パンを頬張る子供たちの笑顔を見て、自身の研究の意義を再認識していた。
彼の知的好奇心は、単なる探求心から、人々の幸福に貢献するという、より高次の目標へと昇華されようとしていた。
彼の魔術師としての使命が、今、新たな意味を持ち始めたのだ。
彼の心には、これまで感じたことのない、温かい感情が芽生えていた。
「聖女フローラ様。あなたの力は、まさにこの世界に必要な奇跡だ。私は、この力が最大限に活かされるよう、全力を尽くしましょう。
この菓子パンは、飢えをしのぐだけでなく、人々の心に希望を与えるものです。そして、この『科学』という概念は、私の魔術研究にも、計り知れない影響を与えるでしょう!」
二人の間に、確かな信頼と、世界を変えるための強い決意が芽生えた瞬間だった。
彼らは、互いの知識と能力を合わせることで、この世界の未来を大きく変えることになるだろう。
それは、単なる魔法の発見ではなく、人々の生活そのものを豊かにする、新たな革命の始まりだった。