それは生きているということ
ー/ー
川姫の性質はその他に異性を惹き付ける魅了と、愛姫に限っては身を守るためにと母親から教わったという護身術がある。
それらの能力がこれから発揮されてくるのかどうかは未知数だ。あやかしと人の子がどう成長し発達していくか、事例はまだ少ない。
吉良はかつて、共に人とあやかしの未来を切り開くために戦った仲間の顔を思い出してふっと、笑った。思えば愛姫と自分とを結びつけてくれた人だ。
「ねえ、愛姫」
「うん?」
愛らしい顔が吉良へと向いた。絵画や彫刻のようだ、と間近で顔を見つめる度に思う。あくまでも客観的な目で、だが。
「優希はどんなふうになるんだろうね」
「なに? どうしたんですか、急に」
「いや。今はこんな小さなプールでさ、僕と君と、三人だけの関係の中で生きているけど、きっとすぐに大きくなる。プールは小さくなって家の外に出ていくときが来る。家の中では自由に泳げても、外がそれを許してくれるとは限らない」
「……そうですね」
目を逸らした愛姫は両手で持ったカップをくるくると回した。ミルクを足したカフェオレがカップの中に小さな渦を作り上げている。
「ごめん。悲観的な意味で言っているんじゃないんだ。今はただそれでいいんだなって」
顔を上げた愛姫の視線は慎重そうに吉良の瞳の色を窺う。吉良はにこりと微笑みをつくって不安に応えた。
「水を得た魚のようと言うとちょっと違うけど、優希は本当に嬉しそうに泳ぐよね。教わったわけでもないのに手足を自然に動かして。最初はびっくりしたけどさ、今は泳ぐ姿を見ているだけで嬉しさが込み上げてくる。不思議なくらいに」
小さな水飛沫が起こり、吉良の顔へと掛かった。ついでにコーヒーにも水が入ってしまう。笑い声が華やぐ。
吉良は近くにあったティッシュをつかむと眼鏡を拭きながら「少し悪戯好きなところも君に似ているかもしれないね」と言い、綺麗になった眼鏡を掛けた。
「なんて言うのかな。楽しむことを楽しんでいる。優希を見ているとそう思ったんだ。水の感触を、手と足の感覚を楽しんでいる。いつかは当たり前になるものだけれど、今は全部が初めてのことで新鮮なことなんだ」
そう。それはきっと生きているということ。それがきっと生きているということ。
目を輝かせて話す吉良を愛姫が微笑ましく見ていた。
「伸也くん。終わったんだね。今回の怪異」
「いや、まだだよ。怪異は終わったけれど、一つだけやることが残っている。この休憩が終わったらそこへ行ってくるよ」
「そう。お土産は?」
「もちろん買ってくるよ」
吉良は優希が飛ばした水入りのコーヒーを飲んだ。マイルドな苦い味わいがじんわりと舌の上を広がっていく。全身が暗闇に包まれていく感覚が、なぜか肌の上を撫でていった。
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「ねえ、愛姫」
「うん?」
愛らしい顔が吉良へと向いた。絵画や彫刻のようだ、と間近で顔を見つめる度に思う。あくまでも客観的な目で、だが。
「優希はどんなふうになるんだろうね」
「なに? どうしたんですか、急に」
「いや。今はこんな小さなプールでさ、僕と君と、三人だけの関係の中で生きているけど、きっとすぐに大きくなる。プールは小さくなって家の外に出ていくときが来る。家の中では自由に泳げても、外がそれを許してくれるとは限らない」
「……そうですね」
目を逸らした愛姫は両手で持ったカップをくるくると回した。ミルクを足したカフェオレがカップの中に小さな渦を作り上げている。
「ごめん。悲観的な意味で言っているんじゃないんだ。今はただそれでいいんだなって」
顔を上げた愛姫の視線は慎重そうに吉良の瞳の色を窺う。吉良はにこりと微笑みをつくって不安に応えた。
「水を得た魚のようと言うとちょっと違うけど、優希は本当に嬉しそうに泳ぐよね。教わったわけでもないのに手足を自然に動かして。最初はびっくりしたけどさ、今は泳ぐ姿を見ているだけで嬉しさが込み上げてくる。不思議なくらいに」
小さな水飛沫が起こり、吉良の顔へと掛かった。ついでにコーヒーにも水が入ってしまう。笑い声が華やぐ。
吉良は近くにあったティッシュをつかむと眼鏡を拭きながら「少し悪戯好きなところも君に似ているかもしれないね」と言い、綺麗になった眼鏡を掛けた。
「なんて言うのかな。楽しむことを楽しんでいる。優希を見ているとそう思ったんだ。水の感触を、手と足の感覚を楽しんでいる。いつかは当たり前になるものだけれど、今は全部が初めてのことで新鮮なことなんだ」
そう。それはきっと生きているということ。それがきっと生きているということ。
目を輝かせて話す吉良を愛姫が微笑ましく見ていた。
「伸也くん。終わったんだね。今回の怪異」
「いや、まだだよ。怪異は終わったけれど、一つだけやることが残っている。この休憩が終わったらそこへ行ってくるよ」
「そう。お土産は?」
「もちろん買ってくるよ」
吉良は優希が飛ばした水入りのコーヒーを飲んだ。マイルドな苦い味わいがじんわりと舌の上を広がっていく。全身が暗闇に包まれていく感覚が、なぜか肌の上を撫でていった。