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第7話 大陸戦争 -3/3-

ー/ー



――ずっと憧れていた。

クロスティアには様々な精霊がいて、カド=ククナもその一体だった。
けれどカド=ククナはコル=ナーダが生まれた時から、祭司をしていて、コル=ナーダやイル=ナーダにとっては、兄のような、父親のような存在だ。
だから何か困ったらカド=ククナに相談していた。
十一神は雲の上の存在というか。ほとんど神様みたいな物だけれど、カド=ククナは十一神よりも近い存在だった。

コル=ナーダは神殿に住んでいない精霊だったが、よく、カド=ククナのいる『ラ=サミル神殿』の近くで遊んだ。
ラ=サミル神殿の前は広場になっていて、精霊達は集まって、剣技の練習をしたり、歌を歌ったり、飛び比べ――誰が一番早く飛べるか試す遊び――をしたり。勉強したりした。

カド=ククナは『プラタの部屋』でよく、座ったまま眠っていた。精霊にしても良く眠る方だと思う。一度眠ると半年から、一年は起きて来なかった。かと思えば起き出して、皆に交じって鍛練に励んだり、一緒に本を開いて勉強したり、ラ=サミルの代わりに皆に勉強を教えたりした。
近頃、十一神は忙しいようで、神殿の主、ラ=サミルも不在が続いている。

精霊には横になって眠る者や、浮いたまま寝る者もいて、各々、眠りやすい体勢がある。コル=ナーダはあまり眠らない精霊だったが、眠るときは洞窟の中で、宙に浮いて丸まっていた。

――その日、コル=ナーダは夜明けと共に目を覚ました。
よく寝た、と伸びをする。半年くらい寝ていただろうか。コル=ナーダは遊びたい盛りで、いつも一ヶ月くらいで起きるから、長く寝た方だ。眠った理由は何だったか。そうだ、イル=ナーダと喧嘩して、いじけて、ふて寝を決め込んだのだ。コル=ナーダは勉強が大嫌いだったが、イル=ナーダはちゃんと勉強しようと誘ってくる。正直うざい。

薄暗い中を、飛んで、ラ=サミル神殿に向かう。少し離れているのも勉強が嫌いな原因だ。移動する間に少しずつ朝日が差してきた。紫の広い空に黄色の光が差し込み、雲は端が赤く染まって灰色になって。白く光った。空はやがてほんのり水色がかって――。
まだ朝早いせいか誰とも出会わない。空気は澄んでいる。

ラ=サミル神殿が見えてきた。
ラ=サミル神殿は切り立った崖から、少し離れた平地に建っている。
白くて、立派な神殿だ。神殿に住むこともできるが、コル=ナーダは堅苦しいのが好きではない。イル=ナーダが住んでいるのでたまに尋ねるくらいだ。
神殿から流れ出す、川の近くを通った時、コル=ナーダは羽を止めた。
……誰かの気配がある。
木々に囲まれた……この先には池があったと思う。

コル=ナーダは水が苦手なのであまり行ったことはなかったが……たぶん、これは……。
と思って木の陰から見ると――、一瞬だれもいないかと思ったけれど、良く見ると、やはりカド=ククナがいた。
カド=ククナは腰の下まで水に浸かって、白い羽を伸ばしている。もう少し沈んで、水の中で羽を揺らして、羽ばたき、手入れを始めた。
……この羽を見るのは初めてだ。普段はカド=ククナの羽は透き通っているから、そういう物だと思っていた。頭にも、立派な羽が生えている。
池のほとりを見ると、祭司服が畳まれていた。黒い詰め襟の、裾の長い上着と、たっぷりとした裳や白いブラウス、レースの下着、黒い靴。今は何も着ていないから全部置いてある。

するとカド=ククナがようやくコル=ナーダに気付いて、びくりと体を震わせて、慌てて体を羽で包み、水に体を沈めた。
「――コル=ナーダか……ああ吃驚した」
「……」
「今日は早いな。喧嘩はもういいのか?」
「……」
コル=ナーダは頷いた。
「君も一緒に……というのは、水が苦手か……少しかかるけど、どうする? 待つ?」
コル=ナーダはまた頷いて、木陰から出て、浮いたまま、会話ができる距離まで近づいた。
「水、浴び……?」
「うん。昨夜、飛んで、ちょっと疲れたから。上の方に向かったんだけど、羽が熱いかな」
「上?」
するとカド=ククナは上を指差した。
「そう、上、空の上。どこまでいけるのかなって。星を見てたら気になって。もう少し行こうかってところで、パーリー様に止められた。クレス様に会えると良かったんだけど。もっともっと上にいるってさ。ちょっと叱られた。お前は年相応の落ち着きを持て、だってさ」
カド=ククナは苦笑した。
コル=ナーダも飛べるが、そんな事は考えたことも無かった。それで羽を冷やしていたようだ。
カド=ククナはまた羽を動かして、水に浸す。
「精霊にはどうして羽があるんだろう? 羽の形も色々だし。でもトゥーワとルーミーには無かったな。猫みたいな耳のある精霊もいるよね。コルみたいな、火を纏った精霊もいるし。今度調べてみようかな」
カド=ククナは体を沈め、頭の羽を伸ばして手で洗い、そして振り返った。
「そろそろ、上がりたいんだけど……少し離れてもらえるかな」
「! はい」
コル=ナーダは慌てて木の陰に隠れた。意外に早く「もう良いよ」と言われて、おっかなびっくりに顔を出すと、着替えが終わっていた。いつもの黒い祭司服とブラウス、優雅に広がる長い裾。羽も透き通っていて、濡れた長髪もすっかり乾いている。コル=ナーダは不思議だな、綺麗だな、と思った。
カド=ククナは、靴を履きながらコル=ナーダを見上げた。
「行こうか?」
「……はい……」

並んで神殿へ向かって、その後はいつも通り勉強と剣の稽古をした後、皆で遊んだ。
カド=ククナは皆とよく話すので、コル=ナーダは少し離れた所にいた。

それからコル=ナーダは度々、森の池を訪れて、また来ないかな、と考えた。

ある時、カド=ククナは池に来てくれたけれど……それはイル=ナーダが様子を見て欲しいと言ったからだった。イル=ナーダはコル=ナーダが池にいる事を、カド=ククナに伝えたのだ。その後は、大喧嘩になってしまった。あれほど恥ずかしかったことは無い。

コル=ナーダは、寝ると言って、こっそり家出して、遠くへ出かけた。
行く当てはなかったが、カド=ククナは良く出かけていた。
たくさん飛んで、いっぱい離れて、とても気分が良くなった。

コル=ナーダは――思いっきり飛んだことで、カド=ククナの気持ちが、少し分かった気がした。
クロスティアは平和だけれど。どこか寂しくて、何かが足りない。

(戻ったら、告白しよう)
コル=ナーダは決心した。
駄目だと思うけど、構わない。精霊同士は結婚できる。
……駄目だと思うけど。それでも伝えたい。

――あなたがすきです。

ずっと。ずっと、好きだったのだ。

……その、すぐ後だった。世界が揺れたのは。

コル=ナーダは、何も分からないまま、地上に落ちた。

■ ■ ■

話を終えたプラグは、へとへとに疲れ、部屋に戻った。
今日は精霊のやる気が戻らず、日暮れまで雨だったので自習という名の休みになっていた。
シオウは勿論、アルスも寝ている。

結局あれから場所を応接室に移して、この大陸のあれこれ、プレートに関して、精霊の成り立ち、精霊の生態、どんな神がいるのか、クロスティアでの生活の様子など、根掘り葉掘り聞かれてしまった。
プラグは何も話す気は無かったのだが『情報集めの報酬は前払い、これは取引だ。情報には情報だろ』と言われてしまった。
勿論、話せる事だけ話したのだが……リズの好奇心は留まるところを知らず、リーオも途中で退出していた。

あと、おまけとして、候補生に紛れた密偵の話をされた。
限りなく黒に近いのは四名。名前と情報を教えられた。こちらは今、ちょうど『説得』中らしく、明日にでもまとめて退舎してもらう予定らしいが、他にもいるかもしれない。
(四人以外の誰かがいて、それが密偵ではなく、暗殺者だった場合は、捕縛しろ……?)
あえて探す必要は無いが、襲ってきたら対処しろ、と言ってきた。

王女であるアルスと高貴な身分のアドニスに危険が及ぶと、リズの首が飛ぶだけではなく、この騎士団自体が無くなるので、それとなく注意を払い、何かあれば守るようにと言われた。
プラグは候補生だし、アドニスとも話すし、アルスとは同室なので都合が良いのだ。
……面倒なことを言われたが、これはリズ達も注意すると言っていたのでプラグはついでだ。そもそも暗殺者を人任せにして失敗したら、困るのはリズ達だし、プラグは三倍だから忙しい。アルスはともかく、アドニスまでは面倒を見切れないし、精霊が見破れなかった密偵、暗殺者に気づけるとも思えない。一応、何かあったら報告する、同室のアルスはともかく、アドニスは死んでも知らない、と言っておいた。

それはいいのだが、一番困ったのは、リズがプラグが何の精霊かしつこく聞いてきたことだ。

『それは、すみません、精霊の『使命』に関わる事なので言えません』
と言って説明したのだが。納得していないようだ。
プラグは正直に。
『俺が何の精霊か話して皆が知ってしまうと、力が弱まるんです。知る人が多いほど力が弱くなるので……精霊達にも言わないように、改めて言っておかないと』
するとリズは『はーん。精霊に、口止めした事があるのか?』と聞いてきた。いちいち鋭い。
プラグは仕方なしに、正直に頷いた。
『はい。…………、まあ、そういう事です』
『じゃあ、精霊になってみせろ。当ててやる!』
『嫌です!』
『じゃあ脱げ! 当ててやる!』
『ええっ!?』
押し問答はしばらく続いた。

……満干の塔の情報は今の所無いが、一応、国防に関わる事だ。慎重に調査してくれるという。国王への報告はもちろん無し。実害が出るようなら打ち明けても良いかプラグと相談するが、なるべく言わない方針になった。
精霊達には明日、リズからまとめて話すという。
行動が早くて助かるが――速攻で提示された『精霊五原則』に少々あれ? となった。

『一つ。精霊は、プラグの正体がカド=ククナであると、誰にも言わない事。今後、名前を呼ぶときは、絶対にプラグと呼ぶ事。様はつけない。せいぜい、プラグさん。むしろ呼び捨てを奨励』
『二つ。精霊は、知り合いの精霊を見つけても、現状では何も言わない事。特に、プラグがカド=ククナである事を知らない精霊には言ってはいけない。他国の精霊も駄目。精霊が全て味方であると決まった訳では無い。新精霊にもプラグが許すまで言わない事。匂わせも絶対禁止』
『三つ。プラグの件で、拷問を受けたら我慢して助けを待つか、どうしても無理なら諦めて速やかに死ぬ事。仇は討ってやる』
『四つ。プラグが戦いでふっ飛んで来ても、受け止めないこと。必要以上に庇わないこと。庇って良いのは、プラグが所有する精霊だけ。どうしても庇うときは、他の人間を庇うのと同じように、親切で庇った体にする』
『五つ。プラグは、人目があるところでやたら精霊と親しくしないこと。特に人前で抱きついたり、愛おしそうに見つめ合ったり、イチャイチャするな』

四つ目までは納得できたのだが……最後のはいったい? と思ったら、プラグは精霊達と、とても親しく見えるのだという。
そんなつもりは無かったのでプラグは驚いたが、これはリーオも言っていた。
精霊達の態度はプラグには特に優しいらしい。そしてプラグも精霊達を、親しみを持って見つめていると……。両者の間に何かあると勘ぐる者がいるかもしれないので、リーオに『いっそお互い、普段は無視するくらいがちょうどいいのでは?』と言われた。
プラグは、確かにそれがいいかもしれないと思って頷いた。

リズは『で、どいつが本命だ? やっぱラ=ヴィアか?』と聞いてきたが『本命なんていません。皆、大事な家族です』と言った。そうしたらリズに『お前、そりゃないぜ……』と何故か盛大に嘆かれた。その上『お前、陰気くさいと思われてるから、もっと人間らしく人間と関われ。見た目年齢相応にな。落ち着きすぎだ』とも言われた。

……色々話して、本当に疲れた。ベッドに横になる。

……これでプラグが死んでも、何とかなるだろう。
リズなら、きっとやってくれる。
こんなことを、年若い女性に頼むのはおかしい気がするが。彼女しかいないと思った。

(もしもの時は、俺を殺してくれ……って言っておかないと)

プラグは――この大陸を『見る』役目を貰った時、考えた。
どうすれば、一番、犠牲が少なくて済むか。
……考えた結果、待つことを選んだ。
他の大陸が、血に染まっても……この大陸は……最小限の被害で済む……はずだ。
何度も死のうと思ったが。そうすると戦いが終わらない、かもしれない……。
……何も分からなかった……。

これは言わなかったが。
決着が付かず期限――大陸歴三千年が来てしまった場合、この星は丸ごと『消滅』する。
元々、無くなるはずだった世界だ。プラグはそれでもいいと思っているのだが、良しとしない者もいるだろう。
どうあがいても……戦う定めなのだ。

(いよいよ、来る……ようやく、終わる……。終わらせる……解放される……やっと死ねる……ああ……本当に……? やった……!)
プラグにとっては、この世界は牢獄に等しい。
何もかもがプラグを縛り、何もかもが。嫌いだった。

(あと、ルネ……もう……二度と関わりたくない。あれはほとんど、性的嫌がらせだ……あと、色々、バラしたのは絶対殴る……ああもう……恥ずかしい……!)
あの場にはリリもいたのだ。恥ずかしいどころではない。
プラグはクロスティアで真面目に祭司をしていたので、恋愛とは無縁だったのだ。
むしろ祝う側だ。

一日経っているが、今さら触られた場所が気色悪くなってきた。手の甲や、頭や、背中にも、感触が残っている。プラグは寝返りを打ち、窓側を向いた。青い仕切りカーテンが見える。
羽が無くなった感じは無いのだが、触れられた、嫌な感じだけが残ってしまった。
頭を触っていると、ベッドが軋んだ。

(え……?)
背後に、誰かいる?

感じた事の無い気配だ。……人間。この音の軽さは、女性?

プラグは焦って、振り返った。
そこにいたのは見知らぬ女性だった。暗闇で、一瞬、アルスかと思ったが雰囲気が違うし、もっと背の高い女性だ。
ほとんど全裸で、薄い布――で体を隠している?
プラグは『目』を使って見た。
――燃える様な赤い髪に、赤い目。薄い布はシオウのスカーフだった。
そして絶句した。
この女性は『コル=ナーダ』だ。

「……コル……?」
コル=ナーダが、プラグの口に指を当てた。
何故、人間の姿で。

(……プレート!)
プラグは青ざめた。心当たりがあったのだ。
思い出すうちに、唇に、細い指が乗ってきた。力は弱いが、声を上げるなと言わんばかりだ。そのまま掛布を持ち上げて、ベッドに侵入してきた。
ゆるやかに、コル=ナーダが横になる。起き上がろうとしていたプラグを引き連れて、掛布をかぶってしまう。プラグが向きを変える前に、背後に寄り添うようにして、密着された。コル=ナーダはプラグの口を押さえたまま、プラグのうなじに口元を寄せた。

(なに、なんだ、どうすれば?)
そもそもなぜコルがいきなり? どういう状況だ?
背中に胸が当たる。冷や汗が吹き出して、固まってしまった。
声を上げなくては。いや上げたら不味いのか!? 
プラグは声を上げようとしたが、口を塞がれていて、思うように口が開けなかった。
「んんッ」
唸るような、不思議な声が出た。

「――誰? だれかいるの……?」
と言う声がした。アルスだ。
プラグは今度こそ、戦慄した。振り返って、コルに首を振って駄目だと伝えた。
するとコルは一瞬で消えた。――霊体になったのだ。

アルスは起きたらしい。カーテンが、少し開いた。
「……あれ……? 気のせい……?」
プラグは心臓を押さえながら、必死に動きを止めた。

程なく、カーテンが閉まった。

(アルス……! 助かったけど、心臓に悪い……!)
プラグはアルスの鋭さに感謝しつつも、心臓を押さえた。
そして、恐る恐る、上を見る。
霊体のコル=ナーダは精霊の姿に戻り、宙に浮いて、プラグを見下ろしている。
……何か言いたげだ。
そもそも、何も無ければ、こんな夜這いのような事はしないだろう。

プラグは少し迷って起き上がった。
目線で、行こう、と手を伸ばして、どこへ行くか考えた。
夜の宿舎は暗いが、『目』を使っているプラグにとっては昼間も同然だ。

怒られたらその時はその時、と言う事で、裸足のまま階段を下りて、開いている部屋を探した。
開いているのは――図書室くらいだろう。
図書室を行くと、鍵が掛かっていたので、失敗だ。
「鍵が掛かってる。外に出るか」
コル=ナーダが頷いた。
プラグは廊下の途中にあった大きな窓を開けた。鍵も開くし、両開きだ。
「ここから出よう」
窓枠を乗り越えて、そのまま地面に降りる。地面はぬかるんでいた。
(あ……そう言えば朝から大雨だった……)
プラグは自分のうかつさに呆れた。
――裸足だがまあ、何とでもなる。

そのまましばらく歩いて、適当な木の陰に入った。ここなら声も届かないし、姿も木の陰で見えないだろう。地面が濡れているので立ったまま会話を始めた。
「コルはどうして、人の姿になったんだ? もしかして、俺のプレートを使ったのか? 『嘘』のプレートを」
『……』
コル=ナーダが頷いた。
精霊が自分から人になろうと思うわけが無い。
夜這いが目的なら、実体化すればいいだけなので、人間が……コル=ナーダに使ったのだ。
……何があったかなんて。聞くまでも無い。
その効果が魔霊になって戻った後も残っていたのは少し驚いたが。リーカ(知識)か、プレートが記憶していたのだろう。

「そうか……あれはな…………作るつもりじゃ無かったんだ。昔、人に精霊結晶を預けた事があって。そうしたら、悪用されてしまった。勝手にプレートを作られたんだ……」
プラグは溜息を吐いた。

「渡した人間とは別の人間だったんだが……、俺が渡した人は、たぶん、後悔して死んだだろうな……可愛そうな事をした。…………その人を殺したのは、俺だし。もう……」
プラグは首を振った。
自分のことは言っても仕方無い。それより、コルだ。
「そんな事より。コルは、……体は大丈夫か? 上手く戻って来られたと思うけど、おかしい所はないか?」
するとコルが少し驚いた様子を見せた。
コルはプラグのすぐ正面で、霊体のまま黙り込んでいる。
「コル、どうした? なんか黙って……君は、俺と話すと、いつもそうだなぁ……祭司だからって遠慮しなくても。元はその辺の精霊なんだから」
プラグと話す時、コル=ナーダはいつもこうだ。嫌われているのか、と思ったが、イル=ナーダは、恥ずかしがっているのだと言っていた。

プラグは微笑んだ。
「ずっと倒れてて、ちゃんと言えてなかったな。おかえり、コル。君に会えて嬉しいよ。ずっといなかったから、心配していたんだ――」
突然、どっ、と重さを感じた。コル=ナーダが実体化して抱きついていた。
苦しい程に強く抱きついて、嗚咽を漏らして、ぼろぼろぼろと泣いている。
魔霊になるくらい……。辛い目にあったのだろう。プラグも悲しくなって、もらい泣きをしそうになった。昔の事を語ったせいで、感傷的になっているらしい。

「あなたのせいれいになりたい! あのやつやだ!」
コル=ナーダが叫んだのでプラグは驚いた。
「! ……そうか……でも、シオウは良い奴だぞ?」
「そんなことない! さいあく」
「……最悪か……でも、一年一緒に過ごしたら、気が変わるかもしれないぞ? シオウは本当にいいやつだと思う」
「そんなの、うそ……! あいつむかつく! ぜったいやだぁ……!」
コル=ナーダは泣きべそをかいている。
プラグはコル=ナーダの熱い背中を、燃える羽を避けて撫でた。
――体温は高いが、火傷する程では無い。むしろ温かい。
「……一年、経って、君の気が変わらなかったら、シオウに聞いてみるけど。シオウは君を気に入っていそうだから。どうかなぁ……」
プラグは苦笑して、ふと、目を伏せた。瞼が重い。

「……君がいなくなったとき、もっとしっかり、君を探せば良かった。世界が閉ざされた後、皆で探したんだが……地形がおかしくなっていて。君も洞窟にはいなかった。いったいどうして……?」
遠くに住んでいた精霊は、探して見つかった精霊もいれば、未だに会えていない精霊もいる。コル=ナーダもその一体だ。

プラグは閉鎖前の出来事を思い出した。
……あれは、プラグ『勝者の書』を受け取って、世界が閉ざされる一ヶ月ほど前。

広場でイル=ナーダが、プラグに話しかけて来た。
コル=ナーダは最近よく、池にいると。今日もいるだろうから、話を聞いてやって欲しいと。何か悩んでいるのかもしれない、と。
コル=ナーダとは広場でも、勉強でも、稽古でも会うのだが、その度に黙り込む。
イル=ナーダ曰く恥ずかしがっているだけ、とのことだったのだが。最近の様子は特におかしいという。火の精霊が池に近づくなんて、よっぽどだと。

「それで、池に行ったんだけど……」
プラグはうつむいた。
プラグはコル=ナーダを見つけて話を聞いたのだが……コル=ナーダは燃え盛るばかりで、話は全く要領を得ない。
コル=ナーダに『どうして来たの?』と聞かれて、プラグは正直に――たぶん、馬鹿正直だったのだろう――『イル=ナーダが心配していたから』と答えてしまった。
それが喧嘩の原因になったらしく、派手に言い合いをしていた。

そしていつも通り、コル=ナーダが臍を曲げて洞窟に籠もり、イル=ナーダも神殿に籠もった。
喧嘩の原因になってしまったのでプラグは何とかしようとしたが、両方とも寝ている相手だ。寝ている精霊は余程の事が無ければ起こしてはいけないので、諦めるしかなった。
誰かに相談しようにも、ラ=サミルは……プラグを祭司にしてくれた際……三百四十年前に会ったきりだ。
プラグはちょうどそこにいた精霊達に、どうしたんだろう、と聞いたが首を傾げられてしまった。
その後、イル=ナーダは三日で起きてきたので、二人で謝りに洞窟へ行った。
その時はまだコル=ナーダは洞窟にいた。起きているようだが……目をしっかり閉じて、拗ねているのか、返事はなかった。
「また一ヶ月くらいしたら、起きてくるから、って……」
プラグは『また神殿においで』と言って立ち去った。
閉鎖の後、イル=ナーダは真っ先に洞窟へ向かったが――洞窟にコル=ナーダの姿は無かった。

「一体、どこへ……?」
「……」
するとコル=ナーダは、首を振って、さらにきつく抱き締めて来た。
背中に回っていた細い腕が、肩の後ろに回って、そのまま、唇が重なりかけた。

「ごめん」
プラグは手で遮って、体を離した。

「君の気持ちは……分かってた……」
気付かないふりをしていたが、本当は分かっていた。
『×××』もその時は……たぶん同じ気持ちでいた。理解できていなくても想いを伝えられたら。きっと応えていただろう。祭司は別に、独身でなければいけないとか、恋愛をしてはいけないとか、そういう決まりは無い。

「あの時、きっと、同じ気持ちだったと思う。けど……あれから、色々ありすぎた」
プラグの言葉に、コル=ナーダはうつむいてしまった。
……プラグも、うつむいてしまった。
「……誰かを失ったら、たぶん、もう、耐えられない……」
――本当は、手を取ってしまえばいいと思う。今更ひとり、道連れが増えたところで何も変わらない。

プラグの言葉に、コル=ナーダがまた泣き出した。目を擦って、目から涙と、赤い宝石をこぼして。

「……わたしが、汚いから? シオクズがいるから? もう、だめだから?」
「……違う……!!」
プラグは何度も首を振る。シオウは素敵な子供――子孫じゃないか、と言いたくても言えなかった。
コル=ナーダは元気だし、優しいし、一途だし、気の強いところも、拗ねたところも可愛い。昔はたぶん好きで、今、ようやく再会できた。羽を落としたのだって……魔霊になったのが、誰でもやっていたと思うが……必死になったのは、コル=ナーダの為だったのかもしれない。戻ってきた時は、本当に嬉しかった。
手を取る理由は山ほどあるのに、どうしてできないのが不思議だった。

そして『ああ、もう好きじゃ無いんだ』と自覚した。

プラグはどちらかと言えば正直者で、嘘を吐くのも上手くない。
幼い頃は使命が嫌で、どうして、こんな風に生まれたのだろう、と不思議に思って、どうすればいいのか考えていた。
ろくな事が言えないのは分かっていたが。顔を上げた。

「ごめん。俺は一人で死にたいんだ。誰にも泣いて欲しくない。それだけいっぱい、殺してきたから。もう、昔みたいに、いられないんだ。コルの事は、たぶん、昔は好きだったけど、今はもう、わからない。きっと……好きじゃないと思う。仲間としては、もちろんだいすきだけど……とても大切だけど……駄目なんだ」

プラグはコル=ナーダを泣かせて、何を言っているのだろうと思った。
『×××』はたぶん、自分の事が好きだった。けれど今は大嫌いだ。
みんなの為、とか言う、ウソツキは殺されて当然だ。
役目が辛くて、何度も何度も。死にたいと思った。どこかで犠牲があると思うと辛くて、泣き声や、悲鳴が聞こえると、それだけで悲しくて、心が痛んだ。精霊は人を殺したり、傷付けたりするようには、できていないのだ。
……そして、ついに逃げ出して……千年も眠って……。結果、犠牲が増えたとしたら?
いつか全てがばれたとき。プラグの嘘がばれたとき。どんな目にあっても文句は言えない。
――嘘を吐くとき、プラグはまず、どうやって逃げるか考える。
リズに話したのだって。丸投げして、最後は逃げ出そうという魂胆だ。
そして、最後の最後まで生き残っていれば。

――全ての勝敗を書き換えて、勝てる。

『勝者の書』はプラグが死ねば、持ち主の名を書き換えられる。
プラグが死んだら、アメルがやるはずだった。
つまり、リズはアメルの身代わりだ。

あんなに若い女性なのに。全て話した事で、死ぬ確率が跳ね上がった。
こんな自分が、恋愛? 何をほざくのか、と言いたくなる。
さっさと死んで、後は他の神に任せれば良かったのだ。

「……もっと早く死んでいれば……」
言った後、あ、と思って口を押さえた。言う気で無かったのに言ってしまったのだ。

言った後、コル=ナーダの瞳を見て、プラグは震えた。
彼女の瞳に……同じ絶望を感じてしまったのだ。プラグは、口の端を、無理矢理上げた。
「……戦いを、終わらせる……その時が近づいて来たら、こんな気持ちになるんだな……後悔ばかりだ……、もっと上手く、できなかったんだろうか……?」

言って、首を振る。
「違う! ……まだ、まだ始まってない。まだだ。あと百年、千年かかるかもしれない……! 油断するな! そうだよな、コル=ナーダ! 俺は全然、何もできてないよな! 馬鹿だよな!」
プラグの言葉に、コル=ナーダが瞳を丸くして、泣きながら、声を上げた。
「――ッ。ああ、そうだ、ククナの馬鹿! できてない! 全く駄目! まだまだ!! このへっぽこ精霊!! 馬鹿っ!」
プラグは声を張り上げたコル=ナーダに、心底、感謝した。涙が出るのを止められない。
「はは、ふふ、そうだな。馬鹿だ……! この際だから言うけど、コル、暴れすぎだ! 面白くって、笑いそうになってた。そのうちシオウが吹き飛ぶぞ?」
「あんなの、吹き飛ばしちゃい、まーす……!」
「こらこら、駄目だぞ。コル……」
プラグは笑って、コル=ナーダの手を取った。

「そろそろ、素直になって良いんだぞ。そしたら、みんなで、一緒に、コルのおかえり、お祝いするから。な。……素直になった方が得だぞ? 良い子にできるか?」
「……、……ッ」
コル=ナーダは思いっきり息を止めてから。また抱きついて来た。

■ ■ ■

一晩寝たら、精霊達がやる気に満ちていた。

リズは大陸戦争のことやら――精霊達への警告やら、今後の方針を考え、少し夜更かししたのだが。
(ん……『大陸戦争』……? いい呼び方じゃねえかこれ! 私ってやっぱ天才だな!)
ギナ=ミミムは困惑気味だが――。明らかに皆、元気だ。
まさかと思って、食堂も見に行ったのだが、朝ご飯を食べる精霊、のんびり宙に浮く精霊。占いを気にする精霊、お洒落が決まったとご機嫌な精霊。天気が良いとはしゃぐ精霊。
その誰もが、とても生き生きしている。
あのコル=ナーダでさえも……。
「……まあさ、あんたの事はきらいだけどさ。まあ、仕方無く、なんか、こうね、やってあげてもいいんだよ? ただし、セセセセセス、って、下手に出たらね? わかった? ゴミカス? でも調子に乗んなよ? アホ?」
とシオウに対して、なぜか、急に歩み寄っている。シオウは意味が分からず、ぽかんとしている。

「なんだこりゃ。……いみわからん……まあいいか……おい、そこらの浮いてる蚊トンボ共ー、全員集合な。話がある。飯の後すぐ、えーと、本舎の二番会議室」
『はーい!』
返事が揃うのは珍しい。

「ヤケに素直だな……まあいい……全員来いよ」
精霊達は一斉に持ち主に『隊長に呼ばれたので行きます』と断っていた。
プラグはというと、若干眠そうな顔で、しかしどこかすっきりした様子で、パンを千切って食べている。

――プラグの言った通り、精霊達にとっては、いつもの騒ぎだったのかもしれない。


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精霊には横になって眠る者や、浮いたまま寝る者もいて、各々、眠りやすい体勢がある。コル=ナーダはあまり眠らない精霊だったが、眠るときは洞窟の中で、宙に浮いて丸まっていた。
――その日、コル=ナーダは夜明けと共に目を覚ました。
よく寝た、と伸びをする。半年くらい寝ていただろうか。コル=ナーダは遊びたい盛りで、いつも一ヶ月くらいで起きるから、長く寝た方だ。眠った理由は何だったか。そうだ、イル=ナーダと喧嘩して、いじけて、ふて寝を決め込んだのだ。コル=ナーダは勉強が大嫌いだったが、イル=ナーダはちゃんと勉強しようと誘ってくる。正直うざい。
薄暗い中を、飛んで、ラ=サミル神殿に向かう。少し離れているのも勉強が嫌いな原因だ。移動する間に少しずつ朝日が差してきた。紫の広い空に黄色の光が差し込み、雲は端が赤く染まって灰色になって。白く光った。空はやがてほんのり水色がかって――。
まだ朝早いせいか誰とも出会わない。空気は澄んでいる。
ラ=サミル神殿が見えてきた。
ラ=サミル神殿は切り立った崖から、少し離れた平地に建っている。
白くて、立派な神殿だ。神殿に住むこともできるが、コル=ナーダは堅苦しいのが好きではない。イル=ナーダが住んでいるのでたまに尋ねるくらいだ。
神殿から流れ出す、川の近くを通った時、コル=ナーダは羽を止めた。
……誰かの気配がある。
木々に囲まれた……この先には池があったと思う。
コル=ナーダは水が苦手なのであまり行ったことはなかったが……たぶん、これは……。
と思って木の陰から見ると――、一瞬だれもいないかと思ったけれど、良く見ると、やはりカド=ククナがいた。
カド=ククナは腰の下まで水に浸かって、白い羽を伸ばしている。もう少し沈んで、水の中で羽を揺らして、羽ばたき、手入れを始めた。
……この羽を見るのは初めてだ。普段はカド=ククナの羽は透き通っているから、そういう物だと思っていた。頭にも、立派な羽が生えている。
池のほとりを見ると、祭司服が畳まれていた。黒い詰め襟の、裾の長い上着と、たっぷりとした裳や白いブラウス、レースの下着、黒い靴。今は何も着ていないから全部置いてある。
するとカド=ククナがようやくコル=ナーダに気付いて、びくりと体を震わせて、慌てて体を羽で包み、水に体を沈めた。
「――コル=ナーダか……ああ吃驚した」
「……」
「今日は早いな。喧嘩はもういいのか?」
「……」
コル=ナーダは頷いた。
「君も一緒に……というのは、水が苦手か……少しかかるけど、どうする? 待つ?」
コル=ナーダはまた頷いて、木陰から出て、浮いたまま、会話ができる距離まで近づいた。
「水、浴び……?」
「うん。昨夜、飛んで、ちょっと疲れたから。上の方に向かったんだけど、羽が熱いかな」
「上?」
するとカド=ククナは上を指差した。
「そう、上、空の上。どこまでいけるのかなって。星を見てたら気になって。もう少し行こうかってところで、パーリー様に止められた。クレス様に会えると良かったんだけど。もっともっと上にいるってさ。ちょっと叱られた。お前は年相応の落ち着きを持て、だってさ」
カド=ククナは苦笑した。
コル=ナーダも飛べるが、そんな事は考えたことも無かった。それで羽を冷やしていたようだ。
カド=ククナはまた羽を動かして、水に浸す。
「精霊にはどうして羽があるんだろう? 羽の形も色々だし。でもトゥーワとルーミーには無かったな。猫みたいな耳のある精霊もいるよね。コルみたいな、火を纏った精霊もいるし。今度調べてみようかな」
カド=ククナは体を沈め、頭の羽を伸ばして手で洗い、そして振り返った。
「そろそろ、上がりたいんだけど……少し離れてもらえるかな」
「! はい」
コル=ナーダは慌てて木の陰に隠れた。意外に早く「もう良いよ」と言われて、おっかなびっくりに顔を出すと、着替えが終わっていた。いつもの黒い祭司服とブラウス、優雅に広がる長い裾。羽も透き通っていて、濡れた長髪もすっかり乾いている。コル=ナーダは不思議だな、綺麗だな、と思った。
カド=ククナは、靴を履きながらコル=ナーダを見上げた。
「行こうか?」
「……はい……」
並んで神殿へ向かって、その後はいつも通り勉強と剣の稽古をした後、皆で遊んだ。
カド=ククナは皆とよく話すので、コル=ナーダは少し離れた所にいた。
それからコル=ナーダは度々、森の池を訪れて、また来ないかな、と考えた。
ある時、カド=ククナは池に来てくれたけれど……それはイル=ナーダが様子を見て欲しいと言ったからだった。イル=ナーダはコル=ナーダが池にいる事を、カド=ククナに伝えたのだ。その後は、大喧嘩になってしまった。あれほど恥ずかしかったことは無い。
コル=ナーダは、寝ると言って、こっそり家出して、遠くへ出かけた。
行く当てはなかったが、カド=ククナは良く出かけていた。
たくさん飛んで、いっぱい離れて、とても気分が良くなった。
コル=ナーダは――思いっきり飛んだことで、カド=ククナの気持ちが、少し分かった気がした。
クロスティアは平和だけれど。どこか寂しくて、何かが足りない。
(戻ったら、告白しよう)
コル=ナーダは決心した。
駄目だと思うけど、構わない。精霊同士は結婚できる。
……駄目だと思うけど。それでも伝えたい。
――あなたがすきです。
ずっと。ずっと、好きだったのだ。
……その、すぐ後だった。世界が揺れたのは。
コル=ナーダは、何も分からないまま、地上に落ちた。
■ ■ ■
話を終えたプラグは、へとへとに疲れ、部屋に戻った。
今日は精霊のやる気が戻らず、日暮れまで雨だったので自習という名の休みになっていた。
シオウは勿論、アルスも寝ている。
結局あれから場所を応接室に移して、この大陸のあれこれ、プレートに関して、精霊の成り立ち、精霊の生態、どんな神がいるのか、クロスティアでの生活の様子など、根掘り葉掘り聞かれてしまった。
プラグは何も話す気は無かったのだが『情報集めの報酬は前払い、これは取引だ。情報には情報だろ』と言われてしまった。
勿論、話せる事だけ話したのだが……リズの好奇心は留まるところを知らず、リーオも途中で退出していた。
あと、おまけとして、候補生に紛れた密偵の話をされた。
限りなく黒に近いのは四名。名前と情報を教えられた。こちらは今、ちょうど『説得』中らしく、明日にでもまとめて退舎してもらう予定らしいが、他にもいるかもしれない。
(四人以外の誰かがいて、それが密偵ではなく、暗殺者だった場合は、捕縛しろ……?)
あえて探す必要は無いが、襲ってきたら対処しろ、と言ってきた。
王女であるアルスと高貴な身分のアドニスに危険が及ぶと、リズの首が飛ぶだけではなく、この騎士団自体が無くなるので、それとなく注意を払い、何かあれば守るようにと言われた。
プラグは候補生だし、アドニスとも話すし、アルスとは同室なので都合が良いのだ。
……面倒なことを言われたが、これはリズ達も注意すると言っていたのでプラグはついでだ。そもそも暗殺者を人任せにして失敗したら、困るのはリズ達だし、プラグは三倍だから忙しい。アルスはともかく、アドニスまでは面倒を見切れないし、精霊が見破れなかった密偵、暗殺者に気づけるとも思えない。一応、何かあったら報告する、同室のアルスはともかく、アドニスは死んでも知らない、と言っておいた。
それはいいのだが、一番困ったのは、リズがプラグが何の精霊かしつこく聞いてきたことだ。
『それは、すみません、精霊の『使命』に関わる事なので言えません』
と言って説明したのだが。納得していないようだ。
プラグは正直に。
『俺が何の精霊か話して皆が知ってしまうと、力が弱まるんです。知る人が多いほど力が弱くなるので……精霊達にも言わないように、改めて言っておかないと』
するとリズは『はーん。精霊に、口止めした事があるのか?』と聞いてきた。いちいち鋭い。
プラグは仕方なしに、正直に頷いた。
『はい。…………、まあ、そういう事です』
『じゃあ、精霊になってみせろ。当ててやる!』
『嫌です!』
『じゃあ脱げ! 当ててやる!』
『ええっ!?』
押し問答はしばらく続いた。
……満干の塔の情報は今の所無いが、一応、国防に関わる事だ。慎重に調査してくれるという。国王への報告はもちろん無し。実害が出るようなら打ち明けても良いかプラグと相談するが、なるべく言わない方針になった。
精霊達には明日、リズからまとめて話すという。
行動が早くて助かるが――速攻で提示された『精霊五原則』に少々あれ? となった。
『一つ。精霊は、プラグの正体がカド=ククナであると、誰にも言わない事。今後、名前を呼ぶときは、絶対にプラグと呼ぶ事。様はつけない。せいぜい、プラグさん。むしろ呼び捨てを奨励』
『二つ。精霊は、知り合いの精霊を見つけても、現状では何も言わない事。特に、プラグがカド=ククナである事を知らない精霊には言ってはいけない。他国の精霊も駄目。精霊が全て味方であると決まった訳では無い。新精霊にもプラグが許すまで言わない事。匂わせも絶対禁止』
『三つ。プラグの件で、拷問を受けたら我慢して助けを待つか、どうしても無理なら諦めて速やかに死ぬ事。仇は討ってやる』
『四つ。プラグが戦いでふっ飛んで来ても、受け止めないこと。必要以上に庇わないこと。庇って良いのは、プラグが所有する精霊だけ。どうしても庇うときは、他の人間を庇うのと同じように、親切で庇った体にする』
『五つ。プラグは、人目があるところでやたら精霊と親しくしないこと。特に人前で抱きついたり、愛おしそうに見つめ合ったり、イチャイチャするな』
四つ目までは納得できたのだが……最後のはいったい? と思ったら、プラグは精霊達と、とても親しく見えるのだという。
そんなつもりは無かったのでプラグは驚いたが、これはリーオも言っていた。
精霊達の態度はプラグには特に優しいらしい。そしてプラグも精霊達を、親しみを持って見つめていると……。両者の間に何かあると勘ぐる者がいるかもしれないので、リーオに『いっそお互い、普段は無視するくらいがちょうどいいのでは?』と言われた。
プラグは、確かにそれがいいかもしれないと思って頷いた。
リズは『で、どいつが本命だ? やっぱラ=ヴィアか?』と聞いてきたが『本命なんていません。皆、大事な家族です』と言った。そうしたらリズに『お前、そりゃないぜ……』と何故か盛大に嘆かれた。その上『お前、陰気くさいと思われてるから、もっと人間らしく人間と関われ。見た目年齢相応にな。落ち着きすぎだ』とも言われた。
……色々話して、本当に疲れた。ベッドに横になる。
……これでプラグが死んでも、何とかなるだろう。
リズなら、きっとやってくれる。
こんなことを、年若い女性に頼むのはおかしい気がするが。彼女しかいないと思った。
(もしもの時は、俺を殺してくれ……って言っておかないと)
プラグは――この大陸を『見る』役目を貰った時、考えた。
どうすれば、一番、犠牲が少なくて済むか。
……考えた結果、待つことを選んだ。
他の大陸が、血に染まっても……この大陸は……最小限の被害で済む……はずだ。
何度も死のうと思ったが。そうすると戦いが終わらない、かもしれない……。
……何も分からなかった……。
これは言わなかったが。
決着が付かず期限――大陸歴三千年が来てしまった場合、この星は丸ごと『消滅』する。
元々、無くなるはずだった世界だ。プラグはそれでもいいと思っているのだが、良しとしない者もいるだろう。
どうあがいても……戦う定めなのだ。
(いよいよ、来る……ようやく、終わる……。終わらせる……解放される……やっと死ねる……ああ……本当に……? やった……!)
プラグにとっては、この世界は牢獄に等しい。
何もかもがプラグを縛り、何もかもが。嫌いだった。
(あと、ルネ……もう……二度と関わりたくない。あれはほとんど、性的嫌がらせだ……あと、色々、バラしたのは絶対殴る……ああもう……恥ずかしい……!)
あの場にはリリもいたのだ。恥ずかしいどころではない。
プラグはクロスティアで真面目に祭司をしていたので、恋愛とは無縁だったのだ。
むしろ祝う側だ。
一日経っているが、今さら触られた場所が気色悪くなってきた。手の甲や、頭や、背中にも、感触が残っている。プラグは寝返りを打ち、窓側を向いた。青い仕切りカーテンが見える。
羽が無くなった感じは無いのだが、触れられた、嫌な感じだけが残ってしまった。
頭を触っていると、ベッドが軋んだ。
(え……?)
背後に、誰かいる?
感じた事の無い気配だ。……人間。この音の軽さは、女性?
プラグは焦って、振り返った。
そこにいたのは見知らぬ女性だった。暗闇で、一瞬、アルスかと思ったが雰囲気が違うし、もっと背の高い女性だ。
ほとんど全裸で、薄い布――で体を隠している?
プラグは『目』を使って見た。
――燃える様な赤い髪に、赤い目。薄い布はシオウのスカーフだった。
そして絶句した。
この女性は『コル=ナーダ』だ。
「……コル……?」
コル=ナーダが、プラグの口に指を当てた。
何故、人間の姿で。
(……プレート!)
プラグは青ざめた。心当たりがあったのだ。
思い出すうちに、唇に、細い指が乗ってきた。力は弱いが、声を上げるなと言わんばかりだ。そのまま掛布を持ち上げて、ベッドに侵入してきた。
ゆるやかに、コル=ナーダが横になる。起き上がろうとしていたプラグを引き連れて、掛布をかぶってしまう。プラグが向きを変える前に、背後に寄り添うようにして、密着された。コル=ナーダはプラグの口を押さえたまま、プラグのうなじに口元を寄せた。
(なに、なんだ、どうすれば?)
そもそもなぜコルがいきなり? どういう状況だ?
背中に胸が当たる。冷や汗が吹き出して、固まってしまった。
声を上げなくては。いや上げたら不味いのか!? 
プラグは声を上げようとしたが、口を塞がれていて、思うように口が開けなかった。
「んんッ」
唸るような、不思議な声が出た。
「――誰? だれかいるの……?」
と言う声がした。アルスだ。
プラグは今度こそ、戦慄した。振り返って、コルに首を振って駄目だと伝えた。
するとコルは一瞬で消えた。――霊体になったのだ。
アルスは起きたらしい。カーテンが、少し開いた。
「……あれ……? 気のせい……?」
プラグは心臓を押さえながら、必死に動きを止めた。
程なく、カーテンが閉まった。
(アルス……! 助かったけど、心臓に悪い……!)
プラグはアルスの鋭さに感謝しつつも、心臓を押さえた。
そして、恐る恐る、上を見る。
霊体のコル=ナーダは精霊の姿に戻り、宙に浮いて、プラグを見下ろしている。
……何か言いたげだ。
そもそも、何も無ければ、こんな夜這いのような事はしないだろう。
プラグは少し迷って起き上がった。
目線で、行こう、と手を伸ばして、どこへ行くか考えた。
夜の宿舎は暗いが、『目』を使っているプラグにとっては昼間も同然だ。
怒られたらその時はその時、と言う事で、裸足のまま階段を下りて、開いている部屋を探した。
開いているのは――図書室くらいだろう。
図書室を行くと、鍵が掛かっていたので、失敗だ。
「鍵が掛かってる。外に出るか」
コル=ナーダが頷いた。
プラグは廊下の途中にあった大きな窓を開けた。鍵も開くし、両開きだ。
「ここから出よう」
窓枠を乗り越えて、そのまま地面に降りる。地面はぬかるんでいた。
(あ……そう言えば朝から大雨だった……)
プラグは自分のうかつさに呆れた。
――裸足だがまあ、何とでもなる。
そのまましばらく歩いて、適当な木の陰に入った。ここなら声も届かないし、姿も木の陰で見えないだろう。地面が濡れているので立ったまま会話を始めた。
「コルはどうして、人の姿になったんだ? もしかして、俺のプレートを使ったのか? 『嘘』のプレートを」
『……』
コル=ナーダが頷いた。
精霊が自分から人になろうと思うわけが無い。
夜這いが目的なら、実体化すればいいだけなので、人間が……コル=ナーダに使ったのだ。
……何があったかなんて。聞くまでも無い。
その効果が魔霊になって戻った後も残っていたのは少し驚いたが。リーカ(知識)か、プレートが記憶していたのだろう。
「そうか……あれはな…………作るつもりじゃ無かったんだ。昔、人に精霊結晶を預けた事があって。そうしたら、悪用されてしまった。勝手にプレートを作られたんだ……」
プラグは溜息を吐いた。
「渡した人間とは別の人間だったんだが……、俺が渡した人は、たぶん、後悔して死んだだろうな……可愛そうな事をした。…………その人を殺したのは、俺だし。もう……」
プラグは首を振った。
自分のことは言っても仕方無い。それより、コルだ。
「そんな事より。コルは、……体は大丈夫か? 上手く戻って来られたと思うけど、おかしい所はないか?」
するとコルが少し驚いた様子を見せた。
コルはプラグのすぐ正面で、霊体のまま黙り込んでいる。
「コル、どうした? なんか黙って……君は、俺と話すと、いつもそうだなぁ……祭司だからって遠慮しなくても。元はその辺の精霊なんだから」
プラグと話す時、コル=ナーダはいつもこうだ。嫌われているのか、と思ったが、イル=ナーダは、恥ずかしがっているのだと言っていた。
プラグは微笑んだ。
「ずっと倒れてて、ちゃんと言えてなかったな。おかえり、コル。君に会えて嬉しいよ。ずっといなかったから、心配していたんだ――」
突然、どっ、と重さを感じた。コル=ナーダが実体化して抱きついていた。
苦しい程に強く抱きついて、嗚咽を漏らして、ぼろぼろぼろと泣いている。
魔霊になるくらい……。辛い目にあったのだろう。プラグも悲しくなって、もらい泣きをしそうになった。昔の事を語ったせいで、感傷的になっているらしい。
「あなたのせいれいになりたい! あのやつやだ!」
コル=ナーダが叫んだのでプラグは驚いた。
「! ……そうか……でも、シオウは良い奴だぞ?」
「そんなことない! さいあく」
「……最悪か……でも、一年一緒に過ごしたら、気が変わるかもしれないぞ? シオウは本当にいいやつだと思う」
「そんなの、うそ……! あいつむかつく! ぜったいやだぁ……!」
コル=ナーダは泣きべそをかいている。
プラグはコル=ナーダの熱い背中を、燃える羽を避けて撫でた。
――体温は高いが、火傷する程では無い。むしろ温かい。
「……一年、経って、君の気が変わらなかったら、シオウに聞いてみるけど。シオウは君を気に入っていそうだから。どうかなぁ……」
プラグは苦笑して、ふと、目を伏せた。瞼が重い。
「……君がいなくなったとき、もっとしっかり、君を探せば良かった。世界が閉ざされた後、皆で探したんだが……地形がおかしくなっていて。君も洞窟にはいなかった。いったいどうして……?」
遠くに住んでいた精霊は、探して見つかった精霊もいれば、未だに会えていない精霊もいる。コル=ナーダもその一体だ。
プラグは閉鎖前の出来事を思い出した。
……あれは、プラグ『勝者の書』を受け取って、世界が閉ざされる一ヶ月ほど前。
広場でイル=ナーダが、プラグに話しかけて来た。
コル=ナーダは最近よく、池にいると。今日もいるだろうから、話を聞いてやって欲しいと。何か悩んでいるのかもしれない、と。
コル=ナーダとは広場でも、勉強でも、稽古でも会うのだが、その度に黙り込む。
イル=ナーダ曰く恥ずかしがっているだけ、とのことだったのだが。最近の様子は特におかしいという。火の精霊が池に近づくなんて、よっぽどだと。
「それで、池に行ったんだけど……」
プラグはうつむいた。
プラグはコル=ナーダを見つけて話を聞いたのだが……コル=ナーダは燃え盛るばかりで、話は全く要領を得ない。
コル=ナーダに『どうして来たの?』と聞かれて、プラグは正直に――たぶん、馬鹿正直だったのだろう――『イル=ナーダが心配していたから』と答えてしまった。
それが喧嘩の原因になったらしく、派手に言い合いをしていた。
そしていつも通り、コル=ナーダが臍を曲げて洞窟に籠もり、イル=ナーダも神殿に籠もった。
喧嘩の原因になってしまったのでプラグは何とかしようとしたが、両方とも寝ている相手だ。寝ている精霊は余程の事が無ければ起こしてはいけないので、諦めるしかなった。
誰かに相談しようにも、ラ=サミルは……プラグを祭司にしてくれた際……三百四十年前に会ったきりだ。
プラグはちょうどそこにいた精霊達に、どうしたんだろう、と聞いたが首を傾げられてしまった。
その後、イル=ナーダは三日で起きてきたので、二人で謝りに洞窟へ行った。
その時はまだコル=ナーダは洞窟にいた。起きているようだが……目をしっかり閉じて、拗ねているのか、返事はなかった。
「また一ヶ月くらいしたら、起きてくるから、って……」
プラグは『また神殿においで』と言って立ち去った。
閉鎖の後、イル=ナーダは真っ先に洞窟へ向かったが――洞窟にコル=ナーダの姿は無かった。
「一体、どこへ……?」
「……」
するとコル=ナーダは、首を振って、さらにきつく抱き締めて来た。
背中に回っていた細い腕が、肩の後ろに回って、そのまま、唇が重なりかけた。
「ごめん」
プラグは手で遮って、体を離した。
「君の気持ちは……分かってた……」
気付かないふりをしていたが、本当は分かっていた。
『×××』もその時は……たぶん同じ気持ちでいた。理解できていなくても想いを伝えられたら。きっと応えていただろう。祭司は別に、独身でなければいけないとか、恋愛をしてはいけないとか、そういう決まりは無い。
「あの時、きっと、同じ気持ちだったと思う。けど……あれから、色々ありすぎた」
プラグの言葉に、コル=ナーダはうつむいてしまった。
……プラグも、うつむいてしまった。
「……誰かを失ったら、たぶん、もう、耐えられない……」
――本当は、手を取ってしまえばいいと思う。今更ひとり、道連れが増えたところで何も変わらない。
プラグの言葉に、コル=ナーダがまた泣き出した。目を擦って、目から涙と、赤い宝石をこぼして。
「……わたしが、汚いから? シオクズがいるから? もう、だめだから?」
「……違う……!!」
プラグは何度も首を振る。シオウは素敵な子供――子孫じゃないか、と言いたくても言えなかった。
コル=ナーダは元気だし、優しいし、一途だし、気の強いところも、拗ねたところも可愛い。昔はたぶん好きで、今、ようやく再会できた。羽を落としたのだって……魔霊になったのが、誰でもやっていたと思うが……必死になったのは、コル=ナーダの為だったのかもしれない。戻ってきた時は、本当に嬉しかった。
手を取る理由は山ほどあるのに、どうしてできないのが不思議だった。
そして『ああ、もう好きじゃ無いんだ』と自覚した。
プラグはどちらかと言えば正直者で、嘘を吐くのも上手くない。
幼い頃は使命が嫌で、どうして、こんな風に生まれたのだろう、と不思議に思って、どうすればいいのか考えていた。
ろくな事が言えないのは分かっていたが。顔を上げた。
「ごめん。俺は一人で死にたいんだ。誰にも泣いて欲しくない。それだけいっぱい、殺してきたから。もう、昔みたいに、いられないんだ。コルの事は、たぶん、昔は好きだったけど、今はもう、わからない。きっと……好きじゃないと思う。仲間としては、もちろんだいすきだけど……とても大切だけど……駄目なんだ」
プラグはコル=ナーダを泣かせて、何を言っているのだろうと思った。
『×××』はたぶん、自分の事が好きだった。けれど今は大嫌いだ。
みんなの為、とか言う、ウソツキは殺されて当然だ。
役目が辛くて、何度も何度も。死にたいと思った。どこかで犠牲があると思うと辛くて、泣き声や、悲鳴が聞こえると、それだけで悲しくて、心が痛んだ。精霊は人を殺したり、傷付けたりするようには、できていないのだ。
……そして、ついに逃げ出して……千年も眠って……。結果、犠牲が増えたとしたら?
いつか全てがばれたとき。プラグの嘘がばれたとき。どんな目にあっても文句は言えない。
――嘘を吐くとき、プラグはまず、どうやって逃げるか考える。
リズに話したのだって。丸投げして、最後は逃げ出そうという魂胆だ。
そして、最後の最後まで生き残っていれば。
――全ての勝敗を書き換えて、勝てる。
『勝者の書』はプラグが死ねば、持ち主の名を書き換えられる。
プラグが死んだら、アメルがやるはずだった。
つまり、リズはアメルの身代わりだ。
あんなに若い女性なのに。全て話した事で、死ぬ確率が跳ね上がった。
こんな自分が、恋愛? 何をほざくのか、と言いたくなる。
さっさと死んで、後は他の神に任せれば良かったのだ。
「……もっと早く死んでいれば……」
言った後、あ、と思って口を押さえた。言う気で無かったのに言ってしまったのだ。
言った後、コル=ナーダの瞳を見て、プラグは震えた。
彼女の瞳に……同じ絶望を感じてしまったのだ。プラグは、口の端を、無理矢理上げた。
「……戦いを、終わらせる……その時が近づいて来たら、こんな気持ちになるんだな……後悔ばかりだ……、もっと上手く、できなかったんだろうか……?」
言って、首を振る。
「違う! ……まだ、まだ始まってない。まだだ。あと百年、千年かかるかもしれない……! 油断するな! そうだよな、コル=ナーダ! 俺は全然、何もできてないよな! 馬鹿だよな!」
プラグの言葉に、コル=ナーダが瞳を丸くして、泣きながら、声を上げた。
「――ッ。ああ、そうだ、ククナの馬鹿! できてない! 全く駄目! まだまだ!! このへっぽこ精霊!! 馬鹿っ!」
プラグは声を張り上げたコル=ナーダに、心底、感謝した。涙が出るのを止められない。
「はは、ふふ、そうだな。馬鹿だ……! この際だから言うけど、コル、暴れすぎだ! 面白くって、笑いそうになってた。そのうちシオウが吹き飛ぶぞ?」
「あんなの、吹き飛ばしちゃい、まーす……!」
「こらこら、駄目だぞ。コル……」
プラグは笑って、コル=ナーダの手を取った。
「そろそろ、素直になって良いんだぞ。そしたら、みんなで、一緒に、コルのおかえり、お祝いするから。な。……素直になった方が得だぞ? 良い子にできるか?」
「……、……ッ」
コル=ナーダは思いっきり息を止めてから。また抱きついて来た。
■ ■ ■
一晩寝たら、精霊達がやる気に満ちていた。
リズは大陸戦争のことやら――精霊達への警告やら、今後の方針を考え、少し夜更かししたのだが。
(ん……『大陸戦争』……? いい呼び方じゃねえかこれ! 私ってやっぱ天才だな!)
ギナ=ミミムは困惑気味だが――。明らかに皆、元気だ。
まさかと思って、食堂も見に行ったのだが、朝ご飯を食べる精霊、のんびり宙に浮く精霊。占いを気にする精霊、お洒落が決まったとご機嫌な精霊。天気が良いとはしゃぐ精霊。
その誰もが、とても生き生きしている。
あのコル=ナーダでさえも……。
「……まあさ、あんたの事はきらいだけどさ。まあ、仕方無く、なんか、こうね、やってあげてもいいんだよ? ただし、セセセセセス、って、下手に出たらね? わかった? ゴミカス? でも調子に乗んなよ? アホ?」
とシオウに対して、なぜか、急に歩み寄っている。シオウは意味が分からず、ぽかんとしている。
「なんだこりゃ。……いみわからん……まあいいか……おい、そこらの浮いてる蚊トンボ共ー、全員集合な。話がある。飯の後すぐ、えーと、本舎の二番会議室」
『はーい!』
返事が揃うのは珍しい。
「ヤケに素直だな……まあいい……全員来いよ」
精霊達は一斉に持ち主に『隊長に呼ばれたので行きます』と断っていた。
プラグはというと、若干眠そうな顔で、しかしどこかすっきりした様子で、パンを千切って食べている。
――プラグの言った通り、精霊達にとっては、いつもの騒ぎだったのかもしれない。