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30. ポンコツ中小企業

ー/ー



「くぅぅぅ……!」

 魂が引き裂かれるような唸り声が漏れる。

 魔王としての誇りが絶叫する――敵の施しなど受けるな! 死んだ同胞たちが泣いているぞ!

 だが現実が囁く――部下たちは飢え、このままでは魔王軍は滅びるがいいのか?

「……断れん」

 ゼノヴィアスはぎゅっと目をつぶり、まるで処刑台に上るようにうなだれた。

「断れんではないか……」

 屈辱で震える拳から、血が滲む。爪が掌に深く食い込んでいた。

「大丈夫ですよ、陛下!」

 突然、リリスが明るい声を上げた。

「敵の金を奪うと考えればいいんです!」

「む? 奪う……だと?」

 ゼノヴィアスが、死んだ魚のような目で顔を上げる。

「そうです! これは【施し】じゃありません。掠奪(りゃくだつ)です!」

 リリスの瞳が悪魔的に輝いた。

「毎月、教国の金庫から二十万ゴールドを強奪する……考えてもみてください。これぞまさに魔王軍工作部隊(こうさくぶたい)のお仕事じゃないですか!」

「お、おお!」

 その瞬間、ゼノヴィアスの死んだ瞳に光が煌めいた。

「確かに……確かにそうだ! これは物乞いではない、戦略的略奪(りゃくだつ)作戦だ!」

「その通りです! しかも向こうから勝手に差し出してくる。こんな効率的な侵略、歴史上例がありません!」

「な、なるほど……! お主、天才か……! 流石は我が右腕だ!」

「もっとお褒めいただいて構いませんのよ? 『リリスちゃん最高!』とか『リリスちゃん可愛い!』とか、うふふっ」

 リリスは得意げに胸を反らせ、くるりと一回転した。

「調子に乗るな!」

 だが、ゼノヴィアスの声に怒気はなかった。

「うむ! うむ!」

 ゼノヴィアスは勢いよく立ち上がり、ブランデーの瓶を天に向けて高く掲げる。

「ではプロジェクトMは、今この瞬間より極秘強奪(ごうだつ)作戦となる! 教国の金を根こそぎ奪い尽くしてやるぞ!」

「奪い取るぞぉぉぉ!」

 リリスも両腕を突き上げた。

「行くぞ! おぉぉぉ!」「おぉぉぉ!」

 二人の雄叫びが執務室に響き渡り、それに続いて酔っ払いの笑い声が溢れ出した。

「ぶわっはっは!」「あははははは!」

 まるでポンコツ中小企業の深夜の飲み会。それも、倒産寸前の会社が大口契約を取った時のような、やけくそ気味の歓喜。

 酔いも手伝って、ゼノヴィアスの憂鬱は完全に吹き飛んでいた。窓の外を見上げると、満月が優しく微笑んでいるように見える。

「ふふ……教国め、まんまと罠にかかったな」

 ゼノヴィアスは月に向かって不敵に笑った。五百年ぶりに、心から楽しそうに。

 この瞬間だけは、魔王はプライドという重い鎧を脱ぎ捨て、純粋に「敵から金を巻き上げる」という単純な喜びに酔いしれていた。

 実態は美少女配信者として(こび)を売りに行くだけなのだが――――。


      ◇


 朝靄が立ち込める中、白亜の巨大タワー【アークタワー】が天を突き刺すように聳え立って見える。

 神聖(しんせい)アークライト教国(きょうこく)――神の名のもとに築かれた宗教都市国家。白い石造りの建築物が整然と並び、至る所に金色の丸に十字の紋章が刻まれている。まるで地上に降りた天国のような、あまりにも神聖で、あまりにも偽善的な街並み。

 その中を、グレーのフードで顔を深く隠した小柄な人影が歩いていく。

「信じられん……」

 フードの奥から、震えるような呟きが漏れた。

「まさか余が、自らの足でこの忌まわしき地を踏むことになろうとは……」

 マオ――いや、魔王ゼノヴィアスは、周囲を警戒しながら石畳の道を進む。五百年の生涯で、教国の地を踏むのは初めてだった。かつては軍勢を率いて攻め込もうとしたこともあったが、聖女の結界に阻まれて果たせなかった。それが今、たった一人で――しかも美少女の姿で――堂々と正門から入っているのだ。

「予想通りでしたでしょ?」

 肩の上で、手のひらサイズの妖精リリィが得意げに胸を張った。

「それにしても、予算十万ゴールドの提示を倍額の二十万にごり押しするなんて……陛下も商才ありますねぇ」

「ヌハハ」

 マオは不敵に笑った。その笑い声は、少女の声にしては低すぎた。

「余は安売りはせぬのだ。これも魔王軍の復興のため……敵から搾り取れるだけ搾り取ってやらねば!」

「陛下! さすがです!」


     ◇


 中心部へ足を進めるうち、徐々に二人は違和感に包まれる。街は確かに美しい。白亜の建物は朝日を受けて輝き、噴水は清らかな水を湛えている。だが――人影があまりにも少ない。かつて賑わっていたであろう市場も、今は閑散としている。建物の壁には、良く見ればところどころひび割れが見える。

 衰退の影が、この聖なる都市を静かに蝕んでいたのだ。

「案外、脆いものだな……」

 ゼノヴィアスは呟いた。五十年前の停戦協定からこっち、王国独り勝ちの状況は魔王軍だけでなく大陸の諸国に陰を落としていたのだ。



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「くぅぅぅ……!」
 魂が引き裂かれるような唸り声が漏れる。
 魔王としての誇りが絶叫する――敵の施しなど受けるな! 死んだ同胞たちが泣いているぞ!
 だが現実が囁く――部下たちは飢え、このままでは魔王軍は滅びるがいいのか?
「……断れん」
 ゼノヴィアスはぎゅっと目をつぶり、まるで処刑台に上るようにうなだれた。
「断れんではないか……」
 屈辱で震える拳から、血が滲む。爪が掌に深く食い込んでいた。
「大丈夫ですよ、陛下!」
 突然、リリスが明るい声を上げた。
「敵の金を奪うと考えればいいんです!」
「む? 奪う……だと?」
 ゼノヴィアスが、死んだ魚のような目で顔を上げる。
「そうです! これは【施し】じゃありません。|掠奪《りゃくだつ》です!」
 リリスの瞳が悪魔的に輝いた。
「毎月、教国の金庫から二十万ゴールドを強奪する……考えてもみてください。これぞまさに魔王軍|工作部隊《こうさくぶたい》のお仕事じゃないですか!」
「お、おお!」
 その瞬間、ゼノヴィアスの死んだ瞳に光が煌めいた。
「確かに……確かにそうだ! これは物乞いではない、戦略的|略奪《りゃくだつ》作戦だ!」
「その通りです! しかも向こうから勝手に差し出してくる。こんな効率的な侵略、歴史上例がありません!」
「な、なるほど……! お主、天才か……! 流石は我が右腕だ!」
「もっとお褒めいただいて構いませんのよ? 『リリスちゃん最高!』とか『リリスちゃん可愛い!』とか、うふふっ」
 リリスは得意げに胸を反らせ、くるりと一回転した。
「調子に乗るな!」
 だが、ゼノヴィアスの声に怒気はなかった。
「うむ! うむ!」
 ゼノヴィアスは勢いよく立ち上がり、ブランデーの瓶を天に向けて高く掲げる。
「ではプロジェクトMは、今この瞬間より極秘|強奪《ごうだつ》作戦となる! 教国の金を根こそぎ奪い尽くしてやるぞ!」
「奪い取るぞぉぉぉ!」
 リリスも両腕を突き上げた。
「行くぞ! おぉぉぉ!」「おぉぉぉ!」
 二人の雄叫びが執務室に響き渡り、それに続いて酔っ払いの笑い声が溢れ出した。
「ぶわっはっは!」「あははははは!」
 まるでポンコツ中小企業の深夜の飲み会。それも、倒産寸前の会社が大口契約を取った時のような、やけくそ気味の歓喜。
 酔いも手伝って、ゼノヴィアスの憂鬱は完全に吹き飛んでいた。窓の外を見上げると、満月が優しく微笑んでいるように見える。
「ふふ……教国め、まんまと罠にかかったな」
 ゼノヴィアスは月に向かって不敵に笑った。五百年ぶりに、心から楽しそうに。
 この瞬間だけは、魔王はプライドという重い鎧を脱ぎ捨て、純粋に「敵から金を巻き上げる」という単純な喜びに酔いしれていた。
 実態は美少女配信者として|媚《こび》を売りに行くだけなのだが――――。
      ◇
 朝靄が立ち込める中、白亜の巨大タワー【アークタワー】が天を突き刺すように聳え立って見える。
 |神聖《しんせい》アークライト|教国《きょうこく》――神の名のもとに築かれた宗教都市国家。白い石造りの建築物が整然と並び、至る所に金色の丸に十字の紋章が刻まれている。まるで地上に降りた天国のような、あまりにも神聖で、あまりにも偽善的な街並み。
 その中を、グレーのフードで顔を深く隠した小柄な人影が歩いていく。
「信じられん……」
 フードの奥から、震えるような呟きが漏れた。
「まさか余が、自らの足でこの忌まわしき地を踏むことになろうとは……」
 マオ――いや、魔王ゼノヴィアスは、周囲を警戒しながら石畳の道を進む。五百年の生涯で、教国の地を踏むのは初めてだった。かつては軍勢を率いて攻め込もうとしたこともあったが、聖女の結界に阻まれて果たせなかった。それが今、たった一人で――しかも美少女の姿で――堂々と正門から入っているのだ。
「予想通りでしたでしょ?」
 肩の上で、手のひらサイズの妖精リリィが得意げに胸を張った。
「それにしても、予算十万ゴールドの提示を倍額の二十万にごり押しするなんて……陛下も商才ありますねぇ」
「ヌハハ」
 マオは不敵に笑った。その笑い声は、少女の声にしては低すぎた。
「余は安売りはせぬのだ。これも魔王軍の復興のため……敵から搾り取れるだけ搾り取ってやらねば!」
「陛下! さすがです!」
     ◇
 中心部へ足を進めるうち、徐々に二人は違和感に包まれる。街は確かに美しい。白亜の建物は朝日を受けて輝き、噴水は清らかな水を湛えている。だが――人影があまりにも少ない。かつて賑わっていたであろう市場も、今は閑散としている。建物の壁には、良く見ればところどころひび割れが見える。
 衰退の影が、この聖なる都市を静かに蝕んでいたのだ。
「案外、脆いものだな……」
 ゼノヴィアスは呟いた。五十年前の停戦協定からこっち、王国独り勝ちの状況は魔王軍だけでなく大陸の諸国に陰を落としていたのだ。