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第三話 妖精の園

ー/ー



△1985/4/4 木
場所:クラマ県某所 山中
視点:タガキ・フミヤ


 ガタゴトと揺れる車内。尻が数秒に一度のペースで浮き上がるのだから、道路状況の悪さなど見なくとも察せられる。ダメ押しで視線を車窓に向ければ、立派な獣道が視界に入り、ため息を吐きたくなった。

「なんでこんな山の中なんだよ。ゴキブリだって都会進出する時代だぞ」

 急こう配の上り坂を結構なスピードで走る車内で、俺は叔父から渡された資料に目を通しながらそんな愚痴を吐いていた。

「子どもを使った部隊なんざ、反戦世論が強まる時代に存在が知られたらおしまいだ。その為に、こんな山奥でこそこそ訓練するのさ」
「へっ……ここまでくりゃ涙ぐましいね」
「まったくだ。こんな僻地だが、まあ、元引きこもりのお前には健康的でいいんじゃないか?」

 ぶっ飛ばしてやりたくなったが、我慢した。今は怒りを浮かべるよりも、資料に集中する時だ。
 コイツ……叔父さんはてっきり一緒にこのクソみたいな山中で活動するのかと思っていたが、どうやら違うらしい。自分は都会の基地に戻り、後方支援に努めるそうだ。

『司令官は会議とか参加して予算とか捻出をして、色々管理しなけりゃならんからな。いや、大変だよまったく。現場で気楽なお前が羨ましい』
 
 全然大変そうではない感じで言っていた叔父さんを思い出す。つまり、俺は事情を知る叔父さんが近くにいない環境で一人頑張らなくてはならないのだ。
 恐らく、ボロを出せば魔女狩りよろしくキャンプファイアーで部下に焼き殺されてしまう。なんせ終末感漂う軍隊の、軍人達の群れに飛び込むのだ。さぞかし気が立っているに違いない。
 資料には施設の詳細な地図と人員の詳しい情報が載っていた。
 これから向かうのは数年前に閉鎖された廃校だ。山奥に位置し、その立地の悪さから徐々に生徒数を減らしていったテンプレパターンの過疎地域。そこで九人のエルフライドパイロット搭乗者である子供達の訓練を受け持つのが俺の任務だった。
 しかし——。

「なあ……受け持つ搭乗者が全員女の子って……なんか理由でもあんの?」
  
 子供達が全員女子なのだ。九人全員となると、もはや何らかの意図があるのではと思ってしまう。もしかして女性しか動かせない仕様なのか?

「無い、偶然だ」

 偶然かよ。しかし、参ったな。彼女たちは全員十二歳。その年代の女子は親戚にもいないし、扱いなんか心得ていない。

「そもそも、搭乗者である子供を連れてくるのにも無茶苦茶苦労したからな。奇跡的に九人、体格的にも適正条件に合ったのが少女達だっただけだ」

 叔父がそう付け加えた。
 ていうか親御さんの許可とかはどうなっているのだろうか。俺だったら子供を人類最後の砦にロボット兵器に乗せて戦わせるなんて真似はしない。
 名前や性格、傾向は資料で読んだが——肝心の家族構成は全く記述されていなかった。
 気になって叔父に聞くと、衝撃の回答が返ってきた。

「全員親は居ない。出生時に届け出されていないから国籍も無かった。出生未登録児(ゴーストチルドレン)ってやつだな」
「届け出が……されてない?」
「親が違法運営している児童養護施設に捨てたんだ。学校にも通わされず、昼夜虐待を振るわれている子供が何人も居た」
「大事件じゃねーか」
「だが、この事件はテレビも報道していない。隠蔽する方向で動いたからな。軍不要論が幅を利かせる昨今の情勢化では、エルフライド搭乗者たちとして、唯一アシのつかない存在だ。軍としてもダイヤモンドみたく重宝している」

 色々疑問が湧いたが、それよりも心配すべきことがあることを思い出し頭を振る。俺は改めて叔父を見据えた。
 
「……大丈夫なのか?」
「事後処理はスマートに処置したからな、アシはつかんはずだ」
「そうじゃねーよ、彼女達のメンタル面だよ」
「検査はした、一応は問題無い」
「一応?」
「問題なのは彼女たちは一般の幼年児達と比べて、普通では無い、という事だ」

 普通では無い……か。まあ、昼夜暴力を振るわれる様な環境下に身をおいていたのだ。感性的に問題を抱えているのは間違い無いだろう。

「……しかも副官も女性だろ?」
「その点は有利だ。女の事は女が一番詳しい。シノザキを女子に数えても良いかは疑問が残るがな」
「そんなにおっかないの? シノザキって人は……」
「俺にとってはな。おっかない、ていうよりかは苦手だ。兵士になる為に生まれてきた様な奴だからな」
 
 昨日見た、気の強そうな美人女性の写真が脳裏に浮かぶ。資料を漁ってもう一度顔を拝んでやろうと探していると、叔父がクラクションを二回、短い間隔で鳴らす。
 突然なので、びくりと驚いてしまった。

「もう直ぐ誰何(すいか)される地点だ」
「……スイカ?」
「速度を落とすぞ」

 訳もわからず黙っていると、目の前に道を塞ぐ貧相な錆まみれのポールと、その両端からだらしなく垂れるチェーンが現れた。
 チェーンにひっ下がった看板には『この先行き止まり』と書かれている。
 叔父がそのポールの手前で車を停止させ、シートベルトを外した。

「あのチェーンが目印だ、お前は待ってろ」

 そう言って外に出て、車が通れる様にチェーンを外す。暫くボーっとその様子を眺めていると。どこからともなく、悪魔が囁く様な低い声が聞こえてきた。

「動くな」

 茂みから、草を生やした様な見た目の——青々とした葉っぱが所々に垂れ下がり、極めつけにはその下に迷彩色の軍服を着込んだ森の住人みたいな兵士達が三人。勢いよく飛び出てきて一斉に車を囲んだ。あれよあれよという間に、兵士の一人が車のキーを引き抜き銃口をこちらに向けてくる。
 呆気に取られながら叔父を見ると、彼は無表情のまま面倒くさそうに手を挙げていた。

「誰か?」

 叔父は胸元から身分証を取り出しながら落ちついた様子で答えた。

「電光中隊司令、タガキ中佐だ」
「妖精は?」
「搭乗者だ」

 叔父が謎の文言を答えると、三人の内一人が銃を下ろし、敬礼をした。

「お疲れ様です」
 
 残り二人は茂みに戻り、周囲を警戒する様に銃を構えていた。叔父はハイハイと敬礼を返し、後ろの座席から途中コンビニで仕入れた山盛りの袋を渡した。

「お疲れさん。ほい、差し入れだ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、十分以内にまた通るから」
「はい」

 敬礼を交わした軍人も茂みに入り、林に腰を下ろす。一瞬のうちに目を凝らさないと判別不可な程、森林内と同化した。
 叔父が車に乗り込み、車を走らせたタイミングで俺は質問した。

「何なの、さっきの?」
「あれは誰何といってな。要はあそこが唯一の道路だから警備の人員が常に警戒しているんだ」
「ずっと居るの?」
「ああ、代わりばんこだけどな」
「あの妖精なんたらってのは?」
「合い言葉だ。妖精は、搭乗者。覚えておけ」
「へー……毎回じゃないよな? アレって」
「毎回だぞ」

 何ともまあ、非効率な。企業だって省略化を推進する時代だぞ?

「いやいや……見たら誰か分かるんじゃ無いの?」
「宇宙人が俺に化けてたらどうする?」

 ふーん、まあそう言われたらそうかもしれないが。まあ、感想は一つだ。

「面倒くさいね、軍隊って」
「お前も毒されてきたら分かる。面倒くさいを超えた〝何か〟が軍にはあるんだ」
「はあ。何か、ね」
「そう。何か、だ」

 と、言っている間に目的地に着いた。
 獣道の上り坂を右に曲がると、山中にポッカリと空いた平地のようになっていた。そこに校舎とグラウンド、少し離れて体育館が確認できた。
廃校
 山に囲まれているからか、意外とこぢんまりとした印象だ。校舎にいたっては戦前の木造校舎の様な古い作りで、もう動きはしないであろうデカい設備時計がシンボルの様に木壁に埋まっていた。

「人里離れた廃校で子供達相手に軍事訓練か……」
「喜べ、お前には個室が与えられている」

 ああ、そうかい。実家でも与えられていたよ。そこには最新のPCとゲーム機複数あった。
 
「へっ……そりゃ、最高だな」
「一人になったら鍵付きの引き出しを開けてみろ」
「なんか入ってんの?」
「ミシマ准尉の置き土産だ」
 
 ミシマ准尉……本来、この場にいたはずの人物である。教育隊発足時に高飛びしたそうだが、資料は残していたのだろうか?
 宇宙人の情報なら、興味はある。エルフライドとやらは写真で見たが、あんなSFロボットみたいなヤツで実際どう戦うのかは知らないし興味はあるな。
 そんなことを考えている内に、気づけば正面玄関の前まで車が到着し、緩やかに停車した。そこには緑の軍制服に身を包んだ美人な女性が、白手袋をして敬礼をしながら出迎えていた。
 ……例のおっかない伍長様だ、緊張してきた。彼女は車が止まるなり、俺の乗っていた助手席を空け、一言。

「お待ちしておりました」
「……ああ」

 車を降りる直前、叔父が背後から言葉を浴びせてきた。
 振り返ると、ハゲ散らかしたおっさんが飄々とした顔で口を開いていた。

「じゃ、ミシマ准尉殿。後はよろしくお願いするよ」
「……了解であります」
「シノザキも、失礼の無い様にな」
「はっ!」
 
 シノザキ伍長がお手本の様な敬礼をして、叔父を見送った。不本意だが、なし崩し的に俺も叔父さんに不恰好な敬礼をしておく。
 車が見えなくなる。シノザキ伍長が敬礼を解き、キリッとした顔で俺に向き直った気配がした。
 俺は緊張しながらも、そちらに視線を向けると——何か喋ろうとしたのか口を開きかけ、シノザキ伍長がフリーズしていた。
 体感五秒程。居た堪れなくなった俺は口火を切る。

「シノザキ伍長?」
「ミシマ……准尉、ですよね?」
 
 なんだ、なんだ……なんなのだ!?  
 もしかしてミシマと知り合いとか!? 
 いきなりバレたのか!?

「ん? どこかで会った事があるかな?」

 平静を装って聞いてみると、シノザキ伍長は姿勢を正して答えた。

「いえ……申し訳ありません。その……」
「何だ、言ってみろ」
「……かなり、お若くみえたので」

 ……そりゃそうだよなあ!?
 だって、俺十六だもん、そりゃガキンチョに見えるわなあ!?
 マズイな、こんな単純な事を見落としていたなんて。情報量が多すぎて混乱していたからだ。
 叔父は気づいていない……訳ないよな? や、あのオッサンは案外バカなのかもしれない。
 一言も俺の見た目に関しての明言はしていなかった。
 資料ではミシマ准尉は三十五歳と階級の割には若年だったらしいが……しかし、マズイぞ。このままではシノザキ伍長だけでなく、他の人間にだって見た目が若すぎると不思議に思われるに違いない。しまいには本物か疑われる事態に発展する事間違い無しだ。
 ……そうだ! 見た目がガキだからこそ潜入に向いているとか、適当な設定をぶち込めばいい。
 後は時間が解決してくれる筈だ。俺は遠い目をしながらそれっぽく口を開く。

「この見た目のおかげで潜り込めた場所は少なくない」

 俺のそんな言葉に、シノザキ伍長は感心するように「ほう」と頷いていた。なんだろう、案外チョロい奴なのかもしれない。

「短所が長所、俺の座右の銘だ」

 そう、決め台詞風に言うと、シノザキ伍長は姿勢を正しながら謝罪してきた。

「申し訳ありません、些細な事を気にしてしまいました」
「気にするな、軍人にとって気づきとは生命線だ。生命線を簡単に手放す奴は愚か者だ」
 
 まあ、なんだろう。我ながらよくこうもおべんちゃらをペラペラ吐けるものだ。
 シノザキ伍長はコホンッと一つ咳払いをしたあと「こちらです」と、俺を校舎へと案内する。下駄箱はスルーだ。土足のまま校内へと踏み込んだ。

「校舎は老朽化しておりますが、隊舎として運用する分には問題ありません。一週間前からここを教育隊本部としています」
「ほう」
「着任式は予定通り十一時二十分(ヒトヒトフタマル)を基準として、敢行(かんこう)する手筈を整えております。時間になり次第、会場までご案内します」

 ヒトヒト? フタマル?
 何だ、何の事を言っているのだ? ……あっ、時間か!?
 そういや昨日、叔父に時間を聞いた時にも似たような訳わからないこと言っていたな。
 ヒトヒトって何時だよ、訳わかんねぇな。間違えて遅刻するのも何なので、大きな賭けに出る事にした。
 
「シノザキ伍長」
「はい」
「海外生活が長引いたものでね、暫く時刻は一般的な呼称を用いてくれないか?」
「……一般的な呼称というと、十一時二十分(じゅういちじにじゅっぷん)とか、そういう事でしょうか?」
「ああ、そうだ。それだと助かる」
「……構いませんが」

 納得のいかなさそうな顔をした。資料通り、わかりやすいヤツだ。

「分かっている、直ぐに復習するさ」
「そうだと、こちらとしても助かります。搭乗者候補生達も時刻の呼称は苦手の様ですから」
 
 なるほど……意外と上官にもズケズケとモノを言う。上が模範を見せるべきだというストイックなタイプだろう。
 俺は怒らせないよう、更なる細心の注意を払うことを心の中で誓った。

「それで、候補生達は今何をしている?」
「はい。着任式までの待機時間、部屋で靴磨きの練習をさせています」

 く、靴磨きの練習?
 そんな技能がエイリアンによって軍存亡の今必要なのか。甚だ疑問ではあったが、今は流しておこう。いちいち気にしていたら身がもたない。
 
「そうか」
「ご覧になりますか?」

 何故靴磨きを見る必要があるのか?

「いや、大丈夫だ」
「分かりました」

 そうして、暫く無言で廊下を歩き続け、とある一室の前で止まった。
 壁から生える様に伸びている表札の白いプラケースに〝指揮官室〟と記載されていた。
 
「こちらがミシマ准尉の執務室になります」 
「ああ」

 どうやら旧校長室のようだった。
 シノザキ伍長が扉を開けてくれ、中に入ると——見るからに部屋は清掃され、窓なんかもピカピカに輝いていた。しかも下は赤い絨毯だ。
 新調したのだろうか、赤よりも赤い。目には優しく無いな。シノザキ伍長が当然の様に高そうな椅子を引いてくれたので、おもむろに腰かける。
 おう、フカフカだ。家のゲーミングチェアより質が良いに違いない。しかし、机上は型落ちノートPCが一台だけ。なんとも侘しいものだ。

「何かお飲みになりますか?」

 シノザキ伍長にそう言われて我に返った。飲み物か……正直緊張で喉がカラカラだが、俺が一番大好物の冷たいブドウジュースを飲む事はできない。
 叔父がミシマ准尉が高飛び前に、うっすらと聞いていた熱々のブラックコーヒーが大好きというのをシノザキ伍長に伝えているからだ。
 軍隊では事前に上司の好みの飲料を用意するのが慣例となっているそうで、着任時から近しい部下が給仕としておもてなしするのだとか。つまり、シノザキ伍長はまともな清涼飲料は仕入れておらず、大量のコーヒーを買い込んでいるという事になる。
 叔父に昨日文句を言ったが、今更変更は出来ないそうだ。挙げ句の果てには「部下の士気に関わるからお前が我慢しろ」とまで言う始末。何が士気だ、伍長相手にビビっているだけだろう。
 そんな感想を秘めながら、俺はさわやかな笑みを浮かべた。

「コーヒーをくれ、ブラックでな。熱めで頼む」
「かしこまりました」

 シノザキ伍長が部屋を出ていくのを見計らってから、おれは大きなため息を吐いた。
 しっかし、軍隊というのは無駄が多すぎるな。靴磨きだのなんだの聞いた時は驚いたし、上司の好きな飲料を用意しておくとか何処のお貴族様だよと思う。
 これは大改革を施さないといけないかもしれない。俺は軍では素人だが、合衆国での留学で合理性を学んだのだ。慣習や文化的踏襲は迎合しない、寧ろ忌避する様な、我が国では歓迎されない人種である。
 そんな俺は、この施設内に入って情報を仕入れる最中——とある企みを浮かべていた。言うなれば、それは一種の賭けのようなものだ。
 俺の目標はこの軍の馬鹿げた教育プログラムを静かにぶち壊してやること。子供達を教育し、宇宙人と戦争をしてやるつもりなんか毛頭無い。 
 軍がどんな作戦を立案するのかは知らないが、こんな事は馬鹿げている。
 だが、ある程度形にはしておかないと、それに気づいた愛国部下から射殺されるかもしれない。やるからには全ての人間を騙してやる。
 そんな思考を浮かべながらふと机に視線を向けると、車中での叔父の言葉が脳裏に浮かんだ。

『一人になったら鍵付きの引き出しを開けてみろ』

 見ると、鍵穴のついた引き出しが一つだけある。そういや鍵をもらってい無いな。試しに引き出しを引いてみると、普通に開いた。
 中に入っていたのはなんと……引き出しの鍵だ。それ以外何も見当たらない。
 なんだなんだ、叔父に揶揄われたのか。ムカつきながら鍵を胸ポケットに入れ、引き出しを乱暴に閉めようとすると、ガサッと慣性の法則で何かが動く感触がした。
 俺は再び扉を開けてみる。なるほど、二重構造か。引き出しの底を押すと、カチッとした音と共に底が押し出された。底板を外すと、中にはシルバーの小ぶりの拳銃と黒い手帳が入っていた。
 ナスタディア留学依頼、目の当たりにした久しぶりの拳銃だ。感動する余韻はさておき、ひとまず黒い手帳のみ取り出して底を戻す。キッチリと鍵を閉め、黒い手帳をペラペラとめくってみた。そこには綺麗な文字で活動記録が記載されていた。
 内容を読んで理解していた。これは——紛れもなくミシマ准尉の手記だ。唾をゴクリと飲み込む。ほとんどの人間が知り得ない、宇宙人との戦争の実態が書かれているからだ。ページを冒頭に戻し、最初からじっくり読むことにした。

『私が欧州地域に派遣され、初めて目にしたのは——』

 コンコンッとノックが鳴る。我に返った俺は手帳を内ポケットに入れ、咳払いをした。

「どうぞ」

 シノザキ伍長が湯気を立たせたカップを手に、部屋に入ってきた。当然だが、その湯気だったカップは俺の前にカチャリと音を立てて机上に着地した。

「ありがとう」

 一口啜り、苦すぎて涙目になった。俺は平然とした様子を装いながら笑顔を作る。
    
「美味い」
「ありがとうございます」

 シノザキ伍長はペコリと頭を下げた後、部屋の隅に移動する。え……部屋の中央部にソファがあるのに何故そこに座らないのか?

「座らないのか?」
「いえ、ここで結構です。何かありましたらお申し付け下さい」
「……疲れないか?」
「いえ。正直申し上げさせてもらうと、体が(なま)ってしょうがありません」

 ああ、そう……脳筋ここに極まれり、だな。俺の中でシノザキ伍長に対する恐怖が三割程増した気がした。
 コーヒーを無理やり飲み干した俺は時計を眺める。もうすぐ着任式とやらで搭乗者候補生達とのご対面だ。

「候補生達とは仲良くやっとるのか?」
「教官としての振る舞いをしているつもりです」

 なるほど、あまり仲良くはやっていないらしい。しかし、シノザキ伍長の事だ。昨今の我が国の教師みたいに舐められている事は無いだろう。

「そうか。まあ今日から私が指揮する訳だが、貴官とはやり方が異なる場合がある」

 俺は自らの正義感のため、この教育プログラムを静かにぶち壊してやろうと考えている。その時に障壁となるのがこの女兵士だろう。
 
「はい」
「それを貴官は許容できるのか?」
「軍人として、上官の意向に背く様な真似は致しません。遂行のために最善を尽くします」

 言質はとった。シバかれそうになったらコレを引き合いに出そう。脳筋伍長に効果があるのかは分からないが。

「そうか、分かった」
「そろそろ時間になりますので、準備の程を宜しくお願い致します」

 さて、いよいよご対面だな。俺は席を立って、制服の襟を正した。


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「なんでこんな山の中なんだよ。ゴキブリだって都会進出する時代だぞ」
 急こう配の上り坂を結構なスピードで走る車内で、俺は叔父から渡された資料に目を通しながらそんな愚痴を吐いていた。
「子どもを使った部隊なんざ、反戦世論が強まる時代に存在が知られたらおしまいだ。その為に、こんな山奥でこそこそ訓練するのさ」
「へっ……ここまでくりゃ涙ぐましいね」
「まったくだ。こんな僻地だが、まあ、元引きこもりのお前には健康的でいいんじゃないか?」
 ぶっ飛ばしてやりたくなったが、我慢した。今は怒りを浮かべるよりも、資料に集中する時だ。
 コイツ……叔父さんはてっきり一緒にこのクソみたいな山中で活動するのかと思っていたが、どうやら違うらしい。自分は都会の基地に戻り、後方支援に努めるそうだ。
『司令官は会議とか参加して予算とか捻出をして、色々管理しなけりゃならんからな。いや、大変だよまったく。現場で気楽なお前が羨ましい』
 全然大変そうではない感じで言っていた叔父さんを思い出す。つまり、俺は事情を知る叔父さんが近くにいない環境で一人頑張らなくてはならないのだ。
 恐らく、ボロを出せば魔女狩りよろしくキャンプファイアーで部下に焼き殺されてしまう。なんせ終末感漂う軍隊の、軍人達の群れに飛び込むのだ。さぞかし気が立っているに違いない。
 資料には施設の詳細な地図と人員の詳しい情報が載っていた。
 これから向かうのは数年前に閉鎖された廃校だ。山奥に位置し、その立地の悪さから徐々に生徒数を減らしていったテンプレパターンの過疎地域。そこで九人のエルフライドパイロット搭乗者である子供達の訓練を受け持つのが俺の任務だった。
 しかし——。
「なあ……受け持つ搭乗者が全員女の子って……なんか理由でもあんの?」
 子供達が全員女子なのだ。九人全員となると、もはや何らかの意図があるのではと思ってしまう。もしかして女性しか動かせない仕様なのか?
「無い、偶然だ」
 偶然かよ。しかし、参ったな。彼女たちは全員十二歳。その年代の女子は親戚にもいないし、扱いなんか心得ていない。
「そもそも、搭乗者である子供を連れてくるのにも無茶苦茶苦労したからな。奇跡的に九人、体格的にも適正条件に合ったのが少女達だっただけだ」
 叔父がそう付け加えた。
 ていうか親御さんの許可とかはどうなっているのだろうか。俺だったら子供を人類最後の砦にロボット兵器に乗せて戦わせるなんて真似はしない。
 名前や性格、傾向は資料で読んだが——肝心の家族構成は全く記述されていなかった。
 気になって叔父に聞くと、衝撃の回答が返ってきた。
「全員親は居ない。出生時に届け出されていないから国籍も無かった。|出生未登録児《ゴーストチルドレン》ってやつだな」
「届け出が……されてない?」
「親が違法運営している児童養護施設に捨てたんだ。学校にも通わされず、昼夜虐待を振るわれている子供が何人も居た」
「大事件じゃねーか」
「だが、この事件はテレビも報道していない。隠蔽する方向で動いたからな。軍不要論が幅を利かせる昨今の情勢化では、エルフライド搭乗者たちとして、唯一アシのつかない存在だ。軍としてもダイヤモンドみたく重宝している」
 色々疑問が湧いたが、それよりも心配すべきことがあることを思い出し頭を振る。俺は改めて叔父を見据えた。
「……大丈夫なのか?」
「事後処理はスマートに処置したからな、アシはつかんはずだ」
「そうじゃねーよ、彼女達のメンタル面だよ」
「検査はした、一応は問題無い」
「一応?」
「問題なのは彼女たちは一般の幼年児達と比べて、普通では無い、という事だ」
 普通では無い……か。まあ、昼夜暴力を振るわれる様な環境下に身をおいていたのだ。感性的に問題を抱えているのは間違い無いだろう。
「……しかも副官も女性だろ?」
「その点は有利だ。女の事は女が一番詳しい。シノザキを女子に数えても良いかは疑問が残るがな」
「そんなにおっかないの? シノザキって人は……」
「俺にとってはな。おっかない、ていうよりかは苦手だ。兵士になる為に生まれてきた様な奴だからな」
 昨日見た、気の強そうな美人女性の写真が脳裏に浮かぶ。資料を漁ってもう一度顔を拝んでやろうと探していると、叔父がクラクションを二回、短い間隔で鳴らす。
 突然なので、びくりと驚いてしまった。
「もう直ぐ|誰何《すいか》される地点だ」
「……スイカ?」
「速度を落とすぞ」
 訳もわからず黙っていると、目の前に道を塞ぐ貧相な錆まみれのポールと、その両端からだらしなく垂れるチェーンが現れた。
 チェーンにひっ下がった看板には『この先行き止まり』と書かれている。
 叔父がそのポールの手前で車を停止させ、シートベルトを外した。
「あのチェーンが目印だ、お前は待ってろ」
 そう言って外に出て、車が通れる様にチェーンを外す。暫くボーっとその様子を眺めていると。どこからともなく、悪魔が囁く様な低い声が聞こえてきた。
「動くな」
 茂みから、草を生やした様な見た目の——青々とした葉っぱが所々に垂れ下がり、極めつけにはその下に迷彩色の軍服を着込んだ森の住人みたいな兵士達が三人。勢いよく飛び出てきて一斉に車を囲んだ。あれよあれよという間に、兵士の一人が車のキーを引き抜き銃口をこちらに向けてくる。
 呆気に取られながら叔父を見ると、彼は無表情のまま面倒くさそうに手を挙げていた。
「誰か?」
 叔父は胸元から身分証を取り出しながら落ちついた様子で答えた。
「電光中隊司令、タガキ中佐だ」
「妖精は?」
「搭乗者だ」
 叔父が謎の文言を答えると、三人の内一人が銃を下ろし、敬礼をした。
「お疲れ様です」
 残り二人は茂みに戻り、周囲を警戒する様に銃を構えていた。叔父はハイハイと敬礼を返し、後ろの座席から途中コンビニで仕入れた山盛りの袋を渡した。
「お疲れさん。ほい、差し入れだ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、十分以内にまた通るから」
「はい」
 敬礼を交わした軍人も茂みに入り、林に腰を下ろす。一瞬のうちに目を凝らさないと判別不可な程、森林内と同化した。
 叔父が車に乗り込み、車を走らせたタイミングで俺は質問した。
「何なの、さっきの?」
「あれは誰何といってな。要はあそこが唯一の道路だから警備の人員が常に警戒しているんだ」
「ずっと居るの?」
「ああ、代わりばんこだけどな」
「あの妖精なんたらってのは?」
「合い言葉だ。妖精は、搭乗者。覚えておけ」
「へー……毎回じゃないよな? アレって」
「毎回だぞ」
 何ともまあ、非効率な。企業だって省略化を推進する時代だぞ?
「いやいや……見たら誰か分かるんじゃ無いの?」
「宇宙人が俺に化けてたらどうする?」
 ふーん、まあそう言われたらそうかもしれないが。まあ、感想は一つだ。
「面倒くさいね、軍隊って」
「お前も毒されてきたら分かる。面倒くさいを超えた〝何か〟が軍にはあるんだ」
「はあ。何か、ね」
「そう。何か、だ」
 と、言っている間に目的地に着いた。
 獣道の上り坂を右に曲がると、山中にポッカリと空いた平地のようになっていた。そこに校舎とグラウンド、少し離れて体育館が確認できた。
 山に囲まれているからか、意外とこぢんまりとした印象だ。校舎にいたっては戦前の木造校舎の様な古い作りで、もう動きはしないであろうデカい設備時計がシンボルの様に木壁に埋まっていた。
「人里離れた廃校で子供達相手に軍事訓練か……」
「喜べ、お前には個室が与えられている」
 ああ、そうかい。実家でも与えられていたよ。そこには最新のPCとゲーム機複数あった。
「へっ……そりゃ、最高だな」
「一人になったら鍵付きの引き出しを開けてみろ」
「なんか入ってんの?」
「ミシマ准尉の置き土産だ」
 ミシマ准尉……本来、この場にいたはずの人物である。教育隊発足時に高飛びしたそうだが、資料は残していたのだろうか?
 宇宙人の情報なら、興味はある。エルフライドとやらは写真で見たが、あんなSFロボットみたいなヤツで実際どう戦うのかは知らないし興味はあるな。
 そんなことを考えている内に、気づけば正面玄関の前まで車が到着し、緩やかに停車した。そこには緑の軍制服に身を包んだ美人な女性が、白手袋をして敬礼をしながら出迎えていた。
 ……例のおっかない伍長様だ、緊張してきた。彼女は車が止まるなり、俺の乗っていた助手席を空け、一言。
「お待ちしておりました」
「……ああ」
 車を降りる直前、叔父が背後から言葉を浴びせてきた。
 振り返ると、ハゲ散らかしたおっさんが飄々とした顔で口を開いていた。
「じゃ、ミシマ准尉殿。後はよろしくお願いするよ」
「……了解であります」
「シノザキも、失礼の無い様にな」
「はっ!」
 シノザキ伍長がお手本の様な敬礼をして、叔父を見送った。不本意だが、なし崩し的に俺も叔父さんに不恰好な敬礼をしておく。
 車が見えなくなる。シノザキ伍長が敬礼を解き、キリッとした顔で俺に向き直った気配がした。
 俺は緊張しながらも、そちらに視線を向けると——何か喋ろうとしたのか口を開きかけ、シノザキ伍長がフリーズしていた。
 体感五秒程。居た堪れなくなった俺は口火を切る。
「シノザキ伍長?」
「ミシマ……准尉、ですよね?」
 なんだ、なんだ……なんなのだ!?  
 もしかしてミシマと知り合いとか!? 
 いきなりバレたのか!?
「ん? どこかで会った事があるかな?」
 平静を装って聞いてみると、シノザキ伍長は姿勢を正して答えた。
「いえ……申し訳ありません。その……」
「何だ、言ってみろ」
「……かなり、お若くみえたので」
 ……そりゃそうだよなあ!?
 だって、俺十六だもん、そりゃガキンチョに見えるわなあ!?
 マズイな、こんな単純な事を見落としていたなんて。情報量が多すぎて混乱していたからだ。
 叔父は気づいていない……訳ないよな? や、あのオッサンは案外バカなのかもしれない。
 一言も俺の見た目に関しての明言はしていなかった。
 資料ではミシマ准尉は三十五歳と階級の割には若年だったらしいが……しかし、マズイぞ。このままではシノザキ伍長だけでなく、他の人間にだって見た目が若すぎると不思議に思われるに違いない。しまいには本物か疑われる事態に発展する事間違い無しだ。
 ……そうだ! 見た目がガキだからこそ潜入に向いているとか、適当な設定をぶち込めばいい。
 後は時間が解決してくれる筈だ。俺は遠い目をしながらそれっぽく口を開く。
「この見た目のおかげで潜り込めた場所は少なくない」
 俺のそんな言葉に、シノザキ伍長は感心するように「ほう」と頷いていた。なんだろう、案外チョロい奴なのかもしれない。
「短所が長所、俺の座右の銘だ」
 そう、決め台詞風に言うと、シノザキ伍長は姿勢を正しながら謝罪してきた。
「申し訳ありません、些細な事を気にしてしまいました」
「気にするな、軍人にとって気づきとは生命線だ。生命線を簡単に手放す奴は愚か者だ」
 まあ、なんだろう。我ながらよくこうもおべんちゃらをペラペラ吐けるものだ。
 シノザキ伍長はコホンッと一つ咳払いをしたあと「こちらです」と、俺を校舎へと案内する。下駄箱はスルーだ。土足のまま校内へと踏み込んだ。
「校舎は老朽化しておりますが、隊舎として運用する分には問題ありません。一週間前からここを教育隊本部としています」
「ほう」
「着任式は予定通り|十一時二十分《ヒトヒトフタマル》を基準として、|敢行《かんこう》する手筈を整えております。時間になり次第、会場までご案内します」
 ヒトヒト? フタマル?
 何だ、何の事を言っているのだ? ……あっ、時間か!?
 そういや昨日、叔父に時間を聞いた時にも似たような訳わからないこと言っていたな。
 ヒトヒトって何時だよ、訳わかんねぇな。間違えて遅刻するのも何なので、大きな賭けに出る事にした。
「シノザキ伍長」
「はい」
「海外生活が長引いたものでね、暫く時刻は一般的な呼称を用いてくれないか?」
「……一般的な呼称というと、|十一時二十分《じゅういちじにじゅっぷん》とか、そういう事でしょうか?」
「ああ、そうだ。それだと助かる」
「……構いませんが」
 納得のいかなさそうな顔をした。資料通り、わかりやすいヤツだ。
「分かっている、直ぐに復習するさ」
「そうだと、こちらとしても助かります。搭乗者候補生達も時刻の呼称は苦手の様ですから」
 なるほど……意外と上官にもズケズケとモノを言う。上が模範を見せるべきだというストイックなタイプだろう。
 俺は怒らせないよう、更なる細心の注意を払うことを心の中で誓った。
「それで、候補生達は今何をしている?」
「はい。着任式までの待機時間、部屋で靴磨きの練習をさせています」
 く、靴磨きの練習?
 そんな技能がエイリアンによって軍存亡の今必要なのか。甚だ疑問ではあったが、今は流しておこう。いちいち気にしていたら身がもたない。
「そうか」
「ご覧になりますか?」
 何故靴磨きを見る必要があるのか?
「いや、大丈夫だ」
「分かりました」
 そうして、暫く無言で廊下を歩き続け、とある一室の前で止まった。
 壁から生える様に伸びている表札の白いプラケースに〝指揮官室〟と記載されていた。
「こちらがミシマ准尉の執務室になります」 
「ああ」
 どうやら旧校長室のようだった。
 シノザキ伍長が扉を開けてくれ、中に入ると——見るからに部屋は清掃され、窓なんかもピカピカに輝いていた。しかも下は赤い絨毯だ。
 新調したのだろうか、赤よりも赤い。目には優しく無いな。シノザキ伍長が当然の様に高そうな椅子を引いてくれたので、おもむろに腰かける。
 おう、フカフカだ。家のゲーミングチェアより質が良いに違いない。しかし、机上は型落ちノートPCが一台だけ。なんとも侘しいものだ。
「何かお飲みになりますか?」
 シノザキ伍長にそう言われて我に返った。飲み物か……正直緊張で喉がカラカラだが、俺が一番大好物の冷たいブドウジュースを飲む事はできない。
 叔父がミシマ准尉が高飛び前に、うっすらと聞いていた熱々のブラックコーヒーが大好きというのをシノザキ伍長に伝えているからだ。
 軍隊では事前に上司の好みの飲料を用意するのが慣例となっているそうで、着任時から近しい部下が給仕としておもてなしするのだとか。つまり、シノザキ伍長はまともな清涼飲料は仕入れておらず、大量のコーヒーを買い込んでいるという事になる。
 叔父に昨日文句を言ったが、今更変更は出来ないそうだ。挙げ句の果てには「部下の士気に関わるからお前が我慢しろ」とまで言う始末。何が士気だ、伍長相手にビビっているだけだろう。
 そんな感想を秘めながら、俺はさわやかな笑みを浮かべた。
「コーヒーをくれ、ブラックでな。熱めで頼む」
「かしこまりました」
 シノザキ伍長が部屋を出ていくのを見計らってから、おれは大きなため息を吐いた。
 しっかし、軍隊というのは無駄が多すぎるな。靴磨きだのなんだの聞いた時は驚いたし、上司の好きな飲料を用意しておくとか何処のお貴族様だよと思う。
 これは大改革を施さないといけないかもしれない。俺は軍では素人だが、合衆国での留学で合理性を学んだのだ。慣習や文化的踏襲は迎合しない、寧ろ忌避する様な、我が国では歓迎されない人種である。
 そんな俺は、この施設内に入って情報を仕入れる最中——とある企みを浮かべていた。言うなれば、それは一種の賭けのようなものだ。
 俺の目標はこの軍の馬鹿げた教育プログラムを静かにぶち壊してやること。子供達を教育し、宇宙人と戦争をしてやるつもりなんか毛頭無い。 
 軍がどんな作戦を立案するのかは知らないが、こんな事は馬鹿げている。
 だが、ある程度形にはしておかないと、それに気づいた愛国部下から射殺されるかもしれない。やるからには全ての人間を騙してやる。
 そんな思考を浮かべながらふと机に視線を向けると、車中での叔父の言葉が脳裏に浮かんだ。
『一人になったら鍵付きの引き出しを開けてみろ』
 見ると、鍵穴のついた引き出しが一つだけある。そういや鍵をもらってい無いな。試しに引き出しを引いてみると、普通に開いた。
 中に入っていたのはなんと……引き出しの鍵だ。それ以外何も見当たらない。
 なんだなんだ、叔父に揶揄われたのか。ムカつきながら鍵を胸ポケットに入れ、引き出しを乱暴に閉めようとすると、ガサッと慣性の法則で何かが動く感触がした。
 俺は再び扉を開けてみる。なるほど、二重構造か。引き出しの底を押すと、カチッとした音と共に底が押し出された。底板を外すと、中にはシルバーの小ぶりの拳銃と黒い手帳が入っていた。
 ナスタディア留学依頼、目の当たりにした久しぶりの拳銃だ。感動する余韻はさておき、ひとまず黒い手帳のみ取り出して底を戻す。キッチリと鍵を閉め、黒い手帳をペラペラとめくってみた。そこには綺麗な文字で活動記録が記載されていた。
 内容を読んで理解していた。これは——紛れもなくミシマ准尉の手記だ。唾をゴクリと飲み込む。ほとんどの人間が知り得ない、宇宙人との戦争の実態が書かれているからだ。ページを冒頭に戻し、最初からじっくり読むことにした。
『私が欧州地域に派遣され、初めて目にしたのは——』
 コンコンッとノックが鳴る。我に返った俺は手帳を内ポケットに入れ、咳払いをした。
「どうぞ」
 シノザキ伍長が湯気を立たせたカップを手に、部屋に入ってきた。当然だが、その湯気だったカップは俺の前にカチャリと音を立てて机上に着地した。
「ありがとう」
 一口啜り、苦すぎて涙目になった。俺は平然とした様子を装いながら笑顔を作る。
「美味い」
「ありがとうございます」
 シノザキ伍長はペコリと頭を下げた後、部屋の隅に移動する。え……部屋の中央部にソファがあるのに何故そこに座らないのか?
「座らないのか?」
「いえ、ここで結構です。何かありましたらお申し付け下さい」
「……疲れないか?」
「いえ。正直申し上げさせてもらうと、体が|鈍《なま》ってしょうがありません」
 ああ、そう……脳筋ここに極まれり、だな。俺の中でシノザキ伍長に対する恐怖が三割程増した気がした。
 コーヒーを無理やり飲み干した俺は時計を眺める。もうすぐ着任式とやらで搭乗者候補生達とのご対面だ。
「候補生達とは仲良くやっとるのか?」
「教官としての振る舞いをしているつもりです」
 なるほど、あまり仲良くはやっていないらしい。しかし、シノザキ伍長の事だ。昨今の我が国の教師みたいに舐められている事は無いだろう。
「そうか。まあ今日から私が指揮する訳だが、貴官とはやり方が異なる場合がある」
 俺は自らの正義感のため、この教育プログラムを静かにぶち壊してやろうと考えている。その時に障壁となるのがこの女兵士だろう。
「はい」
「それを貴官は許容できるのか?」
「軍人として、上官の意向に背く様な真似は致しません。遂行のために最善を尽くします」
 言質はとった。シバかれそうになったらコレを引き合いに出そう。脳筋伍長に効果があるのかは分からないが。
「そうか、分かった」
「そろそろ時間になりますので、準備の程を宜しくお願い致します」
 さて、いよいよご対面だな。俺は席を立って、制服の襟を正した。