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平行世界は本来の居場所

ー/ー



 扉をくぐるとそこは摩天楼がそびえ立つ大都会であった。見たことがあるようで見たことがない都会だった。

 ここはどこかと城崎に尋ねると大阪だという。あのベタベタな感じはなく、洗練されている。

 並行異世界の日本の首都は大阪だという。

 明治初めに大久保利通が提案した首都構想がそのまま採用されたのだという。

「見たまえ」

 城崎が空を指さす。

 すでに夕暮れから夜になろうとしている。

 巨大な鯨が空を優雅に飛んでいると僕は思った。

 それはよく見ると飛空船であった。

 一隻が西から東に飛んで言ったと思うと東から西に別の飛空船が飛んでいく。

「こちらの世界ではヒンデンブルク号の事故はなかったのですか?」

 世界史の授業で習ったが昔のアメリカでヒンデンブルク号が爆発事故を起こしたから、飛空船が一般化されなかったと先生は言っていた。

「なかったね。今では非可燃性の燃料が開発されて、我々の空の足の一つになっているよ」

 自慢気に城崎は言う。



 城崎はタクシーを捕まえて、僕たちはそれに乗り込む。タクシーは自動運転であった。ハンドルの方に行き先を告げると静かに走り出す。

 この静かさはEV車だろうか。

 自動運転は僕たちの世界でも実用化されつつあるが、こちらではすでに一般的に運用されているようだ。

「数年前に核融合炉の実用化に成功してね。電気代はただ同然だよ」

 それは両親が聞いたらうらやましがるだろうな。僕のことをよく見失う両親だが、まったく情がないわけではない。陽菜子ほどではないけどね。



 タクシーに乗り、着いたのは近未来的なガラス張りの高層ビルだ。こちら側で言うところのあべのハルカスが近いだろうか。やはり似て非なるものという感じがする。

 高速エレベーターに乗り、地上三十階のフロアに到着する。広い会議室のようなところだ。

 そこで僕は一組の男女を紹介された。

 四十代半ばの優しそうな雰囲気をした男女だ。

「こちらは鈴村夫妻だ。君がもしこちらの世界にきたときのホームステイを引き受けてくれている」

 城崎はそう紹介した。

 仮にこちらの世界にきたら、この人たちが僕の身元引受人になり、保護者になるというわけだ。

「よろしくね灰都君」

 鈴村夫妻の妻のほうが僕に笑みを向ける。

 いきなり下の名前で呼ばれたのには驚いたが、不思議と悪い気がしない。そうだ、僕はずっと認識されているのだ。こちらの世界では誰も僕を無視しない。

「もし君が来てくれたらにぎやかになりそうだね」

 鈴村夫妻の夫のほうが僕に右手を差し出す。僕は彼と握手した。温かい手は安心さを与えてくれる。

 実のお父さんよりお父さんらしいと思ってしまう。

「灰都君、好物は何かしら」

 鈴村夫人が僕の好きなメニューをいくつか尋ねる。

「えっとカレーとハンバーグかな」

 我ながら子供っぽいと思ったけど本当に大好物だから仕方がない。

「あら、どちらも私の得意料理だわ。ぜひ食べてほしいものね」

 鈴村夫人はうれしそうに微笑む。

「灰都君は高校生だから、食べ盛りだろう。いっぱい作らないとな」

「そうね、あなた。灰都君のお洋服も用意しないとね」 

 二人が勝手に盛り上がろうとしている。

 鈴村夫人は料理が上手そうだから、手料理を食べてみたいな。僕の実のお母さんは家事が苦手でごはんはレトルトか冷凍食品が多いんだよね。おふくろの味というのには憧れがあるのは事実だ。



「鈴村さん、灰都君はまだこちらに来るとは決まっていません。今日は見学といったところなのです」

 城崎さんが盛り上がる二人をたしなめる。

「そ、そうね。少し先走りしたわね」

「私も家族が増えると思ったら舞い上がってしまったよ」

 鈴村夫妻はすまなさそうに頭を下げた。



 城崎さんに聞いたのだが、鈴村夫妻は若いときに子供を亡くして、それ以来子供はいないのだという。なので僕の引き受けに積極的なのだという。



 このあと城崎さんと鈴村夫妻と一緒にご飯を食べた。せっかくこちらの世界に来たのだからとけっこうなご馳走を食べさせてくれた。それよりも嬉しかったのは食事に会話がともなったことだ。こんなにいろいろと話したのは生まれて初めてかも知れない。

 もともと僕の両親は共働きで一緒にご飯を食べる機会は少なかった。たまに一緒にご飯を食べても僕の存在がなかったかのようにふるまわれるのだ。

 それはけっこうこたえる。

 実の両親に無視されるというのはかなり精神的にきつい。

 そんなきつい状態の僕に陽菜子はいつも話しかけてくれた。あちらの世界では陽菜子だけが僕を見てくれた。こちらでは全員が当たり前のように僕に接する。

 僕がいるべき世界はこちらだと痛感させられた。

 優しそうな鈴村夫妻と一緒に暮らすのはそう悪くはないかも知れない。



「こちらに来たら陽菜子には会えなくなるのですか?」

 気になったので城崎に訊いてみた。

「そうだね。仮に日向さんがこちらにきたら普通の人に認識されないだろうね。ちょうど君とは真逆になるね。それに異端審問官には我々は良くない感情があるからね。日向さんは来るべきではないね」

 かつてこちらの世界の子孫がやらかした悪行が元とはいえ、同胞を殺されたのは良い気持ちではないということらしい。



 お腹いっぱいになり、鈴村夫人の手作りの焼き菓子をお土産にもらった。

「こちらに来たらいっぱい美味しい料理を作るからね」

 鈴村夫人は名残惜しそうに僕の手を握る。

「灰都君、飛行船で旅行に行こう。もっと君にはこちらの世界を見てほしいのだよ。こちらの世界は戦争を克服しつつあるんだ。ぜひ平和な世界を見てほしい」

 鈴村さんは熱くそう語った。

 核融合炉を始めとしたエネルギー革命がゆっくりではあるが世界から争いを減らしつつあるという。減ってきてはいるがまだまだ争いはあると城崎さんは説明した。それでも確実に元の世界よりは戦争は少ないとも城崎さんは強く語った。



 後ろ髪を引かれる思いで僕はその並行異世界を後にした。元の世界はすっかり夜になっていた。

「もし本当に我々の世界に移住したくなったらこれを使い連絡してほしい」

 城崎さんは一台のタブレットを手渡した。あちらはスマートフォンよりもタブレットが主流のようだ。体内にネット接続機能を埋め込む技術も開発されつつあるという。今はその過渡期だとも城崎さんは語った。



 城崎さんと別れ、僕は自宅に帰った。もちろん誰もでむかえてくれない。僕の存在を認識されないからだ。

 ベッドに入り、眠る前に鈴村夫妻と食べたご飯の味が口の中に思い出された。


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 扉をくぐるとそこは摩天楼がそびえ立つ大都会であった。見たことがあるようで見たことがない都会だった。
 ここはどこかと城崎に尋ねると大阪だという。あのベタベタな感じはなく、洗練されている。
 並行異世界の日本の首都は大阪だという。
 明治初めに大久保利通が提案した首都構想がそのまま採用されたのだという。
「見たまえ」
 城崎が空を指さす。
 すでに夕暮れから夜になろうとしている。
 巨大な鯨が空を優雅に飛んでいると僕は思った。
 それはよく見ると飛空船であった。
 一隻が西から東に飛んで言ったと思うと東から西に別の飛空船が飛んでいく。
「こちらの世界ではヒンデンブルク号の事故はなかったのですか?」
 世界史の授業で習ったが昔のアメリカでヒンデンブルク号が爆発事故を起こしたから、飛空船が一般化されなかったと先生は言っていた。
「なかったね。今では非可燃性の燃料が開発されて、我々の空の足の一つになっているよ」
 自慢気に城崎は言う。
 城崎はタクシーを捕まえて、僕たちはそれに乗り込む。タクシーは自動運転であった。ハンドルの方に行き先を告げると静かに走り出す。
 この静かさはEV車だろうか。
 自動運転は僕たちの世界でも実用化されつつあるが、こちらではすでに一般的に運用されているようだ。
「数年前に核融合炉の実用化に成功してね。電気代はただ同然だよ」
 それは両親が聞いたらうらやましがるだろうな。僕のことをよく見失う両親だが、まったく情がないわけではない。陽菜子ほどではないけどね。
 タクシーに乗り、着いたのは近未来的なガラス張りの高層ビルだ。こちら側で言うところのあべのハルカスが近いだろうか。やはり似て非なるものという感じがする。
 高速エレベーターに乗り、地上三十階のフロアに到着する。広い会議室のようなところだ。
 そこで僕は一組の男女を紹介された。
 四十代半ばの優しそうな雰囲気をした男女だ。
「こちらは鈴村夫妻だ。君がもしこちらの世界にきたときのホームステイを引き受けてくれている」
 城崎はそう紹介した。
 仮にこちらの世界にきたら、この人たちが僕の身元引受人になり、保護者になるというわけだ。
「よろしくね灰都君」
 鈴村夫妻の妻のほうが僕に笑みを向ける。
 いきなり下の名前で呼ばれたのには驚いたが、不思議と悪い気がしない。そうだ、僕はずっと認識されているのだ。こちらの世界では誰も僕を無視しない。
「もし君が来てくれたらにぎやかになりそうだね」
 鈴村夫妻の夫のほうが僕に右手を差し出す。僕は彼と握手した。温かい手は安心さを与えてくれる。
 実のお父さんよりお父さんらしいと思ってしまう。
「灰都君、好物は何かしら」
 鈴村夫人が僕の好きなメニューをいくつか尋ねる。
「えっとカレーとハンバーグかな」
 我ながら子供っぽいと思ったけど本当に大好物だから仕方がない。
「あら、どちらも私の得意料理だわ。ぜひ食べてほしいものね」
 鈴村夫人はうれしそうに微笑む。
「灰都君は高校生だから、食べ盛りだろう。いっぱい作らないとな」
「そうね、あなた。灰都君のお洋服も用意しないとね」 
 二人が勝手に盛り上がろうとしている。
 鈴村夫人は料理が上手そうだから、手料理を食べてみたいな。僕の実のお母さんは家事が苦手でごはんはレトルトか冷凍食品が多いんだよね。おふくろの味というのには憧れがあるのは事実だ。
「鈴村さん、灰都君はまだこちらに来るとは決まっていません。今日は見学といったところなのです」
 城崎さんが盛り上がる二人をたしなめる。
「そ、そうね。少し先走りしたわね」
「私も家族が増えると思ったら舞い上がってしまったよ」
 鈴村夫妻はすまなさそうに頭を下げた。
 城崎さんに聞いたのだが、鈴村夫妻は若いときに子供を亡くして、それ以来子供はいないのだという。なので僕の引き受けに積極的なのだという。
 このあと城崎さんと鈴村夫妻と一緒にご飯を食べた。せっかくこちらの世界に来たのだからとけっこうなご馳走を食べさせてくれた。それよりも嬉しかったのは食事に会話がともなったことだ。こんなにいろいろと話したのは生まれて初めてかも知れない。
 もともと僕の両親は共働きで一緒にご飯を食べる機会は少なかった。たまに一緒にご飯を食べても僕の存在がなかったかのようにふるまわれるのだ。
 それはけっこうこたえる。
 実の両親に無視されるというのはかなり精神的にきつい。
 そんなきつい状態の僕に陽菜子はいつも話しかけてくれた。あちらの世界では陽菜子だけが僕を見てくれた。こちらでは全員が当たり前のように僕に接する。
 僕がいるべき世界はこちらだと痛感させられた。
 優しそうな鈴村夫妻と一緒に暮らすのはそう悪くはないかも知れない。
「こちらに来たら陽菜子には会えなくなるのですか?」
 気になったので城崎に訊いてみた。
「そうだね。仮に日向さんがこちらにきたら普通の人に認識されないだろうね。ちょうど君とは真逆になるね。それに異端審問官には我々は良くない感情があるからね。日向さんは来るべきではないね」
 かつてこちらの世界の子孫がやらかした悪行が元とはいえ、同胞を殺されたのは良い気持ちではないということらしい。
 お腹いっぱいになり、鈴村夫人の手作りの焼き菓子をお土産にもらった。
「こちらに来たらいっぱい美味しい料理を作るからね」
 鈴村夫人は名残惜しそうに僕の手を握る。
「灰都君、飛行船で旅行に行こう。もっと君にはこちらの世界を見てほしいのだよ。こちらの世界は戦争を克服しつつあるんだ。ぜひ平和な世界を見てほしい」
 鈴村さんは熱くそう語った。
 核融合炉を始めとしたエネルギー革命がゆっくりではあるが世界から争いを減らしつつあるという。減ってきてはいるがまだまだ争いはあると城崎さんは説明した。それでも確実に元の世界よりは戦争は少ないとも城崎さんは強く語った。
 後ろ髪を引かれる思いで僕はその並行異世界を後にした。元の世界はすっかり夜になっていた。
「もし本当に我々の世界に移住したくなったらこれを使い連絡してほしい」
 城崎さんは一台のタブレットを手渡した。あちらはスマートフォンよりもタブレットが主流のようだ。体内にネット接続機能を埋め込む技術も開発されつつあるという。今はその過渡期だとも城崎さんは語った。
 城崎さんと別れ、僕は自宅に帰った。もちろん誰もでむかえてくれない。僕の存在を認識されないからだ。
 ベッドに入り、眠る前に鈴村夫妻と食べたご飯の味が口の中に思い出された。