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7.

ー/ー



「優斗、今日はキラメキ会の催しがあるから、それに一緒に来てもらうよ」

「きらめき……なに?」

「キラメキ会。老人会だよ老人会。この辺りの年寄り集めて、輪投げとか温泉旅行とかボランティアとかカラオケとか、みんなでワイワイするお楽しみ会さ」

「なんで俺が」

「あんた一人を家に置いておけないだろう? それに今日はカラオケなんだ。イマドキの曲をみんなに教えてやってくれ」

「は、なんだよそれ……」

 突然何を言い出すのかと思えば、ばあちゃんは俺を老人だらけのカラオケ大会に連れて行くという。音痴の俺が歌えるわけがない。それに二十歳の孫が一人で留守番できないと、ばあちゃんは本当にそう思っているのだろうか。

「優斗はあたしの付き人なんだからね、一緒にいなかったら意味がないべ」

 ふふんと楽しそうにばあちゃんは言った。俺が考えてたことがわかってたみたいに。なんで俺がこんなこと。面倒くさい。

 だけど反抗するのも、なんだか馬鹿らしかった。口が達者なばあちゃんのことだから何倍にもなって返って来そうだし。それはそれで面倒くさい。

 結局、面倒くさいことだらけなんだ。面倒くさいことから逃れたいだけなのに、この田舎じゃ許されない。面倒くさくないことがそもそもない。早起き、掃除、買い物、ばあちゃんの都合に合わせた予定。他人の時計で生きるのは面倒くさい。俺が暇人だったとしてもだ。

 東京だったら、もっと楽だったのに。

 そこまで考えて、あの電話がまた思い出される。あいつ、俺のことを面倒くさいやつだと思ったに違いない。そうじゃなかったら、あんなふうに冷たくしないはずだ。俺は友達だと思ってたのに。こんなにもあっけないなんて。

「はい、優斗くん、これおばちゃんからね」

「最近ちよさんとこのお茶菓子がハイカラなのは、優斗くんが選んでるからなんだってね。初めて食べたお菓子が多くて楽しいわ」

「水分とらないと、今日は暑いからこれちゃんと飲むのよ」

 感傷に浸っている暇もないとはこのことか。あちこちから話しかけられ、俺は一気に現実に引き戻された。

 貸し切りのマイクロバスの中は、ワイワイガヤガヤと遠足のようだ。車で二十分程行ったところにあるカラオケ屋を目指しているこの短い道中で、俺の膝の上はお供え物のように様々なお菓子やジュースが山のように積まれた。

「あ、ありがとうございます。でも、ほんと、もう大丈夫です」

「何言ってんの。今日は遠足なんだから楽しまなくちゃ」

「そうよ、若いんだから遠慮なんかしちゃダメだんべ」

「は、はあ」

「ほら、早くカバンに仕舞っちゃいなさい。もうつくわ」

 黒飴やらオロナミンCやら多種多様なおせんべいでカバンをパンパンにした俺は、バスを降りてようやく解放された。

 朝出る時に「カバンを持っていけ」と言ったばあちゃんの言葉に従っていて良かった。駄菓子屋が開けるんじゃないか?ってレベルの大量のお菓子が、カバンの中でガサゴソと音を立てていた。

「ご予約のお客様ですね、こちらのパーティールームへどうぞ」

 通されたのは一番広い部屋だった。入って正面と振り返って出入口付近にそれぞれ一台ずつモニターがある。デンモクも二台、マイクはなぜか六本もあった。やけに広々とした部屋の明かりは一番明るく、ギラギラのミラーボールが空しそうだった。

「よぉし、歌うぞ」

「今日は賢三さんから? 吉幾三で盛り上げてくれっかな」

「私は孫から教わったきつねを歌うんだ」

「紅白で出たやつかい? あれはめんこいの」

「朝ドラの三浦大知は難しいんだ」

「踊りを真似するのはやめときなよ、骨折っかくと大変だから」

 飛び交う会話の端々に俺は面食らってしまった。吉幾三はなんとなくわかる。日向坂と三浦大知が、どう見ても七十オーバーのジジババから出て来るなんて。もっとこう、演歌とか歌謡曲とかばっかり歌ってるもんなんじゃないの?

「ばあちゃん」

「優斗も早く歌うの決めて入れないと。みんな好き放題歌うからね」

「あのさ、みんな選曲若くない? 歌謡曲とか、演歌は?」

「歌うことは歌うけど、そういうのは懐メロっていうんだよ」

「懐メロ……」

「あたしらだって無駄にテレビ見てるわけじゃないんだ。音楽番組だって見るし、ドラマも見れば役者の顔と名前も覚えるよ」

 そういうもの、なんだろうか。老人っていうのは、新しいことを嫌がるものだと思っていた。昔のことばかり話して、昔のことばかり懐かしんでいるものだと。

 楽しそうにマイクを振り回しながら歌う目の前の光景は一体なんだろう。ワーワーキャーキャーと楽しそうに歌って話しているこの場にいる老人たちは、とてもそうは思えない。

「いや~歌った歌った。ここらで休憩にすっか」

「俺煙草吸ってくんべ」

「優斗も行って来たら?」

「あ、うん」

「賢三さん、孫も連れてっとくれ」

「あいよ」

「適当に軽食頼んどくかんね」

 俺は賢三さんと呼ばれたじいちゃんの後ろについて、建物の外にある喫煙所に避難した。

 ばあちゃんときたら嵐なんか歌ってた。他のじいちゃんばあちゃんもみんな選曲が、その歳にしては、若くて変な光景だった。

 俺も歌えと言われたけど、下手くそすぎる歌を披露する自信はこれっぽっちもなかった。

「ちよさんとこの、優斗くんって言ったか?」

「あ、はい、そうです」

「ちよさん、孫が遊びに来てくれたって本当に喜んでんだ」

 煙草を吸う間の世間話。賢三さんはメビウスの六ミリを吸っていた。

「道路ができるからな、冬になる前にはみんな越さなくちゃいかん。最後に良い思い出ができて嬉しいってな」

「は、はあ」

「立ち退きの話だってな、ちよさんも嫌だろうにみんなを説得して回って、だから道路があそこにできるんだ。今の町長はちよさんにいくら感謝してもしきれんよ」

「そう、ですか」

「そうだとも。お前さんのばあちゃんは、立派な、一本筋の通ったできた人間だよ。甘えてんのもいいが、よく考えて暮らすことだな」

 知らない世界の話をされてる気分だった。正直、道路ができることも実感が湧かないし、便利になるならそれでいいんじゃないか? ばあちゃんが喜んでるのだって、言うこと聞いてくれる便利なやつ、ってぐらいにしか俺のこと思ってないかもしれないし。

「すまんな、歳を取ると説教臭くなる」

 がははと賢三さんは笑った。短く刈り上げたゴマ塩坊主の頭に手を添えながら、がははと笑っていた。

「そろそろ戻るか。あんまり遅いと倒れたかって心配されちまう」

 屋根のない喫煙所には直射日光がこれでもかと当たっていた。確かに、日差しは強く暑かった。

「なんにせよ、ばあちゃんを大事にしろな」

 そう言って煙草をもみ消す。俺もならって煙草を消し、後ろについていった。

「いや~、喉乾いたな」

「これ頼んどいたサイダー」

「ありがとうよ」

「優斗はコーラで良かったかい?」

「うん、ありがとう」

「ロシアンシュークリーム、頼んでみたんよ。辛いのだと天国からお迎え来ちまうかもしれんから、クリームがないハズレが入ったやつな」

「やってみんべ」

 ウキウキとした顔でプチシューを取り囲む年寄り。なんてシュールな光景なんだ。
シワシワの顔で、楽しそうに笑い、話し、歴史が刻まれた年輪みたいな手で拍手したり、食べたり飲んだり。それなのに、溌溂とした楽し気な空気からは年寄り臭さなんて感じない。見える景色はジジババなのに、空気は学校のクラスの中みたいな、変な空間。

「なん……」

 なんでと言いかけて、慌てて口を押さえた。俺が不用意に発言したら、この変な空間を壊してしまいそうだったから。

 俺なんかよりも、ずっとずっと若い。そう思ったら、心のどこかがぎゅっとなった気がした。


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「きらめき……なに?」
「キラメキ会。老人会だよ老人会。この辺りの年寄り集めて、輪投げとか温泉旅行とかボランティアとかカラオケとか、みんなでワイワイするお楽しみ会さ」
「なんで俺が」
「あんた一人を家に置いておけないだろう? それに今日はカラオケなんだ。イマドキの曲をみんなに教えてやってくれ」
「は、なんだよそれ……」
 突然何を言い出すのかと思えば、ばあちゃんは俺を老人だらけのカラオケ大会に連れて行くという。音痴の俺が歌えるわけがない。それに二十歳の孫が一人で留守番できないと、ばあちゃんは本当にそう思っているのだろうか。
「優斗はあたしの付き人なんだからね、一緒にいなかったら意味がないべ」
 ふふんと楽しそうにばあちゃんは言った。俺が考えてたことがわかってたみたいに。なんで俺がこんなこと。面倒くさい。
 だけど反抗するのも、なんだか馬鹿らしかった。口が達者なばあちゃんのことだから何倍にもなって返って来そうだし。それはそれで面倒くさい。
 結局、面倒くさいことだらけなんだ。面倒くさいことから逃れたいだけなのに、この田舎じゃ許されない。面倒くさくないことがそもそもない。早起き、掃除、買い物、ばあちゃんの都合に合わせた予定。他人の時計で生きるのは面倒くさい。俺が暇人だったとしてもだ。
 東京だったら、もっと楽だったのに。
 そこまで考えて、あの電話がまた思い出される。あいつ、俺のことを面倒くさいやつだと思ったに違いない。そうじゃなかったら、あんなふうに冷たくしないはずだ。俺は友達だと思ってたのに。こんなにもあっけないなんて。
「はい、優斗くん、これおばちゃんからね」
「最近ちよさんとこのお茶菓子がハイカラなのは、優斗くんが選んでるからなんだってね。初めて食べたお菓子が多くて楽しいわ」
「水分とらないと、今日は暑いからこれちゃんと飲むのよ」
 感傷に浸っている暇もないとはこのことか。あちこちから話しかけられ、俺は一気に現実に引き戻された。
 貸し切りのマイクロバスの中は、ワイワイガヤガヤと遠足のようだ。車で二十分程行ったところにあるカラオケ屋を目指しているこの短い道中で、俺の膝の上はお供え物のように様々なお菓子やジュースが山のように積まれた。
「あ、ありがとうございます。でも、ほんと、もう大丈夫です」
「何言ってんの。今日は遠足なんだから楽しまなくちゃ」
「そうよ、若いんだから遠慮なんかしちゃダメだんべ」
「は、はあ」
「ほら、早くカバンに仕舞っちゃいなさい。もうつくわ」
 黒飴やらオロナミンCやら多種多様なおせんべいでカバンをパンパンにした俺は、バスを降りてようやく解放された。
 朝出る時に「カバンを持っていけ」と言ったばあちゃんの言葉に従っていて良かった。駄菓子屋が開けるんじゃないか?ってレベルの大量のお菓子が、カバンの中でガサゴソと音を立てていた。
「ご予約のお客様ですね、こちらのパーティールームへどうぞ」
 通されたのは一番広い部屋だった。入って正面と振り返って出入口付近にそれぞれ一台ずつモニターがある。デンモクも二台、マイクはなぜか六本もあった。やけに広々とした部屋の明かりは一番明るく、ギラギラのミラーボールが空しそうだった。
「よぉし、歌うぞ」
「今日は賢三さんから? 吉幾三で盛り上げてくれっかな」
「私は孫から教わったきつねを歌うんだ」
「紅白で出たやつかい? あれはめんこいの」
「朝ドラの三浦大知は難しいんだ」
「踊りを真似するのはやめときなよ、骨折っかくと大変だから」
 飛び交う会話の端々に俺は面食らってしまった。吉幾三はなんとなくわかる。日向坂と三浦大知が、どう見ても七十オーバーのジジババから出て来るなんて。もっとこう、演歌とか歌謡曲とかばっかり歌ってるもんなんじゃないの?
「ばあちゃん」
「優斗も早く歌うの決めて入れないと。みんな好き放題歌うからね」
「あのさ、みんな選曲若くない? 歌謡曲とか、演歌は?」
「歌うことは歌うけど、そういうのは懐メロっていうんだよ」
「懐メロ……」
「あたしらだって無駄にテレビ見てるわけじゃないんだ。音楽番組だって見るし、ドラマも見れば役者の顔と名前も覚えるよ」
 そういうもの、なんだろうか。老人っていうのは、新しいことを嫌がるものだと思っていた。昔のことばかり話して、昔のことばかり懐かしんでいるものだと。
 楽しそうにマイクを振り回しながら歌う目の前の光景は一体なんだろう。ワーワーキャーキャーと楽しそうに歌って話しているこの場にいる老人たちは、とてもそうは思えない。
「いや~歌った歌った。ここらで休憩にすっか」
「俺煙草吸ってくんべ」
「優斗も行って来たら?」
「あ、うん」
「賢三さん、孫も連れてっとくれ」
「あいよ」
「適当に軽食頼んどくかんね」
 俺は賢三さんと呼ばれたじいちゃんの後ろについて、建物の外にある喫煙所に避難した。
 ばあちゃんときたら嵐なんか歌ってた。他のじいちゃんばあちゃんもみんな選曲が、その歳にしては、若くて変な光景だった。
 俺も歌えと言われたけど、下手くそすぎる歌を披露する自信はこれっぽっちもなかった。
「ちよさんとこの、優斗くんって言ったか?」
「あ、はい、そうです」
「ちよさん、孫が遊びに来てくれたって本当に喜んでんだ」
 煙草を吸う間の世間話。賢三さんはメビウスの六ミリを吸っていた。
「道路ができるからな、冬になる前にはみんな越さなくちゃいかん。最後に良い思い出ができて嬉しいってな」
「は、はあ」
「立ち退きの話だってな、ちよさんも嫌だろうにみんなを説得して回って、だから道路があそこにできるんだ。今の町長はちよさんにいくら感謝してもしきれんよ」
「そう、ですか」
「そうだとも。お前さんのばあちゃんは、立派な、一本筋の通ったできた人間だよ。甘えてんのもいいが、よく考えて暮らすことだな」
 知らない世界の話をされてる気分だった。正直、道路ができることも実感が湧かないし、便利になるならそれでいいんじゃないか? ばあちゃんが喜んでるのだって、言うこと聞いてくれる便利なやつ、ってぐらいにしか俺のこと思ってないかもしれないし。
「すまんな、歳を取ると説教臭くなる」
 がははと賢三さんは笑った。短く刈り上げたゴマ塩坊主の頭に手を添えながら、がははと笑っていた。
「そろそろ戻るか。あんまり遅いと倒れたかって心配されちまう」
 屋根のない喫煙所には直射日光がこれでもかと当たっていた。確かに、日差しは強く暑かった。
「なんにせよ、ばあちゃんを大事にしろな」
 そう言って煙草をもみ消す。俺もならって煙草を消し、後ろについていった。
「いや~、喉乾いたな」
「これ頼んどいたサイダー」
「ありがとうよ」
「優斗はコーラで良かったかい?」
「うん、ありがとう」
「ロシアンシュークリーム、頼んでみたんよ。辛いのだと天国からお迎え来ちまうかもしれんから、クリームがないハズレが入ったやつな」
「やってみんべ」
 ウキウキとした顔でプチシューを取り囲む年寄り。なんてシュールな光景なんだ。
シワシワの顔で、楽しそうに笑い、話し、歴史が刻まれた年輪みたいな手で拍手したり、食べたり飲んだり。それなのに、溌溂とした楽し気な空気からは年寄り臭さなんて感じない。見える景色はジジババなのに、空気は学校のクラスの中みたいな、変な空間。
「なん……」
 なんでと言いかけて、慌てて口を押さえた。俺が不用意に発言したら、この変な空間を壊してしまいそうだったから。
 俺なんかよりも、ずっとずっと若い。そう思ったら、心のどこかがぎゅっとなった気がした。