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対陣

ー/ー



 夜襲を受けて関ケ原の仏教軍の陣は崩れた。

 仏教兵は多くを討ち取られ、残りは散り散りに逃げていった。千丁あった鉄砲を持つ兵は二百人ほどに減っていた。信濃騎兵と飛騨弓兵は、夜が明けるなか仏教兵を攻め、関ケ原から追い落とした。

「敵の主力はどこまで来ておる?」

 仏教軍の陣があった跡に立つ信濃国巫女(しなののくにのみこ)諏訪凛香(すわりんか)が忍びに訊いた。

「はっ。敵の先頭は米原に達しております。明日のうちには関ケ原に達すると思われます」

「そうか。関ケ原に入れる前に迎え撃つべきだな」

 凛香は隣にいる飛騨国巫女(ひだのくにのみこ)水無京子(みなしきょうこ)に言った。

「敵は二万を超えている。我ら三千で持ちこたえられるか……」

 京子は兵力差を案じていた。迅速な移動と夜襲で兵には疲れが見えていた。勝利による興奮で今は元気な兵も、連戦で多数の敵を迎え撃つのは厳しいと言えた。

 ◆

 昼過ぎまで凛香と京子は関ケ原で味方を待った。敵が残していった鉄砲を回収し、築かれた途中の柵を壊した。

 先頭の美濃神軍が関ケ原に着陣した。

「おお、信濃国巫女、飛騨国巫女。見事な勝利じゃ! よく働いてくれた!」

 美濃国巫女(みののくにのみこ)南宮静女(なんぐうしずめ)が言った。

「美濃国巫女、敵は米原にあります。明日にもここに達しましょう。関ケ原に入れる前に狭い谷で敵の頭を抑えるべきかと」

 凛香が静女に具申する。

「あいわかった。我らに任せよ。まずは後方に下がって休まれよ」  

 凛香と京子達は南宮山の麓に下がり、兵と馬に休息を与えた。

 ◆

 夕闇が迫る頃、凛香の前に忍びが現れた。

「申し上げます! 敵先鋒が間もなく関ケ原に達します!」

「何? 早いな! 抑えの兵はどうした?」

「美濃神軍は関ケ原に着陣しており、抑えの兵は配しておりません!」

「何だと?」

 ◆

 美濃神軍の本陣に、凛香が駆けこんだ。

「これは、信濃国巫女。どうされた?」

 静女は余裕の表情で凛香を迎えた。

「敵が間もなく関ケ原に入ります! なぜ入口の谷で頭を抑えないのですか?」

 凛香は自分が具申した案を反故にされたことに怒りで震えた口調で訴えた。

「敵は二万。こちらは三万八千。信濃国巫女が敵の鉄砲隊を削ってくれた故、そのような策を弄せずとも正面から勝てようぞ!」

「我が軍で敵の先鋒を叩きます!」

 凛香は踵を返そうとする。

「待たれよ、信濃国巫女。まもなく夜になる。敵は夜襲を警戒しておる。下手に打って出ると返り討ちにあうぞ」

「いや。敵が陣形を整える前に叩くべきです!」

「信濃国巫女! 筆頭国巫女である我の命に従えないのか! 夜襲で勝っていい気になってるのかもしれないが、全軍を指揮するのは我ぞ!」

 凛香は唇を噛んで静女を睨んだ。

「何だ、その顔は。信濃国巫女、後詰を命ずる。私が動けと言うまで、兵を動かすな!」 

 ◆

 後詰の陣で凛香は憤懣やるかたない表情で日が暮れていく関ケ原を見ていた。

「美濃国巫女は、信濃国巫女に手柄を(ほしいまま)にされたくないのでしょう」

 信濃国守(しなののくにのかみ)の牧野信義が凛香と同じ方向を見て呟いた。

日本巫女(ひのもとのみこ)をお救いした暁には、戦での働きで日本巫女の覚えがめでたくなろうというもの」

「我は手柄などどうでもよい。仏教徒を神の国日本から追い落とすまでよ!」

「そう思って戦っているのは、信濃国巫女だけでございましょう」

 信義は凛香に向かって微笑んだ。


 ◆  ◆
 

 翌朝、南宮山の麓に陣取る神軍連合の前に、松尾山から天満山にかけてびっしりと布陣した仏教軍二万が、朝日に照らされて現れた。

「敵は夜の内に陣形を整えてしまった……」

 凛香はため息をついた。神軍連合は、南から尾張神軍、中央に美濃神軍。そして北に三河神軍が陣形を整えていた。信濃神軍は後詰として美濃の後方に配されていた。

 凛香は仏教軍の動きが思いの外早く、関ケ原に入る前の狭い谷で迎え撃つべきだと主張したが容れられなかった。静女は兵力で優る自軍に余裕を見せていたが、圧倒的に優っているわけではない。戦の流れによっては勝敗がどう転ぶかわからない。凛香は敵が移動したばかりで陣形が整わない状態を狙うべきだと思っていたが、今となっては正面からぶつかるしか選択肢がなくなってしまった。

「敵の鉄砲隊を崩しておいたのが幸いでしたな」

 信義が言うように、昨日の夜襲で千丁に及ぶ鉄砲隊の力を削いでおかなければ、兵力に優っても神軍連合が勝利する芽はなかったと思われた。



 (たつ)の下刻(午前八時)になっても両軍に動きはなかった。

 時折、仏教勢が(とき)の声を上げ旗を振っている。まるで挑発しているようだ。

「敵は動きませんな……」

 信義が凛香とともに眼前に広がる仏教勢の陣を見て言った。

「これだけの兵がまともにぶつかれば、双方、損害も大きくなろうというもの。迂闊には動けまいて」

 関ケ原に動きがない中、凛香の元に立て続けに忍びから報せが届いた。

「草津にあった敵の後詰一万、現在米原に達しております!」

「鈴鹿峠の敵五千、亀山に入りました!」

 ()の上刻(午前九時)になっても神軍連合は動かない。

「このままだと、明日には敵の増援が来てしまう。叩くなら今しかない。美濃国巫女にも報せをお伝えせよ!」 

 凛香は伝令を出した。しばらくして帰ってきた伝令は、相手が出てくるのを待つ、という美濃国巫女の返事を持ってきた。

「どんどん機を失っておるのに、美濃国巫女は気づかないのか!」

 凛香は単身、美濃国巫女の陣に向かった。

 ◆

「信濃国巫女、陣を離れてなんとした!」

 本陣に現れた凛香を見て静女は驚いた。

「今、我らが有利なれば、敵の後詰が来る前に勝負をかけるべきと存じます!」

「わかっておるわ。敵が焦って出てくるのを待つのだ」

 静女の様子がおかしい。焦っているのは彼女ではないか、と凛香は思う。三万を超えた軍を率いて敵と対峙している。多くの兵たちの命を預かり、尚且つ勝利を目指さなければならないのだ。その緊張感はただならぬものがあると凛香は同情する。だが神軍連合の三万八千の兵を指揮する総大将として敵に打ち勝つ意図を明確にすべきだ、と思う。

 
 


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 夜襲を受けて関ケ原の仏教軍の陣は崩れた。
 仏教兵は多くを討ち取られ、残りは散り散りに逃げていった。千丁あった鉄砲を持つ兵は二百人ほどに減っていた。信濃騎兵と飛騨弓兵は、夜が明けるなか仏教兵を攻め、関ケ原から追い落とした。
「敵の主力はどこまで来ておる?」
 仏教軍の陣があった跡に立つ|信濃国巫女《しなののくにのみこ》、|諏訪凛香《すわりんか》が忍びに訊いた。
「はっ。敵の先頭は米原に達しております。明日のうちには関ケ原に達すると思われます」
「そうか。関ケ原に入れる前に迎え撃つべきだな」
 凛香は隣にいる|飛騨国巫女《ひだのくにのみこ》の|水無京子《みなしきょうこ》に言った。
「敵は二万を超えている。我ら三千で持ちこたえられるか……」
 京子は兵力差を案じていた。迅速な移動と夜襲で兵には疲れが見えていた。勝利による興奮で今は元気な兵も、連戦で多数の敵を迎え撃つのは厳しいと言えた。
 ◆
 昼過ぎまで凛香と京子は関ケ原で味方を待った。敵が残していった鉄砲を回収し、築かれた途中の柵を壊した。
 先頭の美濃神軍が関ケ原に着陣した。
「おお、信濃国巫女、飛騨国巫女。見事な勝利じゃ! よく働いてくれた!」
 |美濃国巫女《みののくにのみこ》、|南宮静女《なんぐうしずめ》が言った。
「美濃国巫女、敵は米原にあります。明日にもここに達しましょう。関ケ原に入れる前に狭い谷で敵の頭を抑えるべきかと」
 凛香が静女に具申する。
「あいわかった。我らに任せよ。まずは後方に下がって休まれよ」  
 凛香と京子達は南宮山の麓に下がり、兵と馬に休息を与えた。
 ◆
 夕闇が迫る頃、凛香の前に忍びが現れた。
「申し上げます! 敵先鋒が間もなく関ケ原に達します!」
「何? 早いな! 抑えの兵はどうした?」
「美濃神軍は関ケ原に着陣しており、抑えの兵は配しておりません!」
「何だと?」
 ◆
 美濃神軍の本陣に、凛香が駆けこんだ。
「これは、信濃国巫女。どうされた?」
 静女は余裕の表情で凛香を迎えた。
「敵が間もなく関ケ原に入ります! なぜ入口の谷で頭を抑えないのですか?」
 凛香は自分が具申した案を反故にされたことに怒りで震えた口調で訴えた。
「敵は二万。こちらは三万八千。信濃国巫女が敵の鉄砲隊を削ってくれた故、そのような策を弄せずとも正面から勝てようぞ!」
「我が軍で敵の先鋒を叩きます!」
 凛香は踵を返そうとする。
「待たれよ、信濃国巫女。まもなく夜になる。敵は夜襲を警戒しておる。下手に打って出ると返り討ちにあうぞ」
「いや。敵が陣形を整える前に叩くべきです!」
「信濃国巫女! 筆頭国巫女である我の命に従えないのか! 夜襲で勝っていい気になってるのかもしれないが、全軍を指揮するのは我ぞ!」
 凛香は唇を噛んで静女を睨んだ。
「何だ、その顔は。信濃国巫女、後詰を命ずる。私が動けと言うまで、兵を動かすな!」 
 ◆
 後詰の陣で凛香は憤懣やるかたない表情で日が暮れていく関ケ原を見ていた。
「美濃国巫女は、信濃国巫女に手柄を|恣《ほしいまま》にされたくないのでしょう」
 |信濃国守《しなののくにのかみ》の牧野信義が凛香と同じ方向を見て呟いた。
「|日本巫女《ひのもとのみこ》をお救いした暁には、戦での働きで日本巫女の覚えがめでたくなろうというもの」
「我は手柄などどうでもよい。仏教徒を神の国日本から追い落とすまでよ!」
「そう思って戦っているのは、信濃国巫女だけでございましょう」
 信義は凛香に向かって微笑んだ。
 ◆  ◆
 翌朝、南宮山の麓に陣取る神軍連合の前に、松尾山から天満山にかけてびっしりと布陣した仏教軍二万が、朝日に照らされて現れた。
「敵は夜の内に陣形を整えてしまった……」
 凛香はため息をついた。神軍連合は、南から尾張神軍、中央に美濃神軍。そして北に三河神軍が陣形を整えていた。信濃神軍は後詰として美濃の後方に配されていた。
 凛香は仏教軍の動きが思いの外早く、関ケ原に入る前の狭い谷で迎え撃つべきだと主張したが容れられなかった。静女は兵力で優る自軍に余裕を見せていたが、圧倒的に優っているわけではない。戦の流れによっては勝敗がどう転ぶかわからない。凛香は敵が移動したばかりで陣形が整わない状態を狙うべきだと思っていたが、今となっては正面からぶつかるしか選択肢がなくなってしまった。
「敵の鉄砲隊を崩しておいたのが幸いでしたな」
 信義が言うように、昨日の夜襲で千丁に及ぶ鉄砲隊の力を削いでおかなければ、兵力に優っても神軍連合が勝利する芽はなかったと思われた。
 |辰《たつ》の下刻(午前八時)になっても両軍に動きはなかった。
 時折、仏教勢が|鬨《とき》の声を上げ旗を振っている。まるで挑発しているようだ。
「敵は動きませんな……」
 信義が凛香とともに眼前に広がる仏教勢の陣を見て言った。
「これだけの兵がまともにぶつかれば、双方、損害も大きくなろうというもの。迂闊には動けまいて」
 関ケ原に動きがない中、凛香の元に立て続けに忍びから報せが届いた。
「草津にあった敵の後詰一万、現在米原に達しております!」
「鈴鹿峠の敵五千、亀山に入りました!」
 |巳《み》の上刻(午前九時)になっても神軍連合は動かない。
「このままだと、明日には敵の増援が来てしまう。叩くなら今しかない。美濃国巫女にも報せをお伝えせよ!」 
 凛香は伝令を出した。しばらくして帰ってきた伝令は、相手が出てくるのを待つ、という美濃国巫女の返事を持ってきた。
「どんどん機を失っておるのに、美濃国巫女は気づかないのか!」
 凛香は単身、美濃国巫女の陣に向かった。
 ◆
「信濃国巫女、陣を離れてなんとした!」
 本陣に現れた凛香を見て静女は驚いた。
「今、我らが有利なれば、敵の後詰が来る前に勝負をかけるべきと存じます!」
「わかっておるわ。敵が焦って出てくるのを待つのだ」
 静女の様子がおかしい。焦っているのは彼女ではないか、と凛香は思う。三万を超えた軍を率いて敵と対峙している。多くの兵たちの命を預かり、尚且つ勝利を目指さなければならないのだ。その緊張感はただならぬものがあると凛香は同情する。だが神軍連合の三万八千の兵を指揮する総大将として敵に打ち勝つ意図を明確にすべきだ、と思う。