志望校だった県立
國際高校に入学してから、数週間が経って、ようやく高校生活にも慣れてきた4月半ばの金曜日のこと――――――。
昼休みに図書委員の仕事を終えた私は、図書室から出ようとしたところをクラスの男子生徒に呼び止められた。
「音寿子、いま、ちょっと良いか?」
声をかけてきたのは、幼稚園の頃からの幼なじみの戌井犬太だった。
「どうしたの犬太? 次の授業は音楽だし、移動教室だから急がないといけないんだけど?」
「あぁ、わかってる。話しはすぐに終わるから」
切羽詰まったようすで語るその姿に、私はただならぬ気配を感じたものの、すぐに終わるという話しをさっさと済ませてもらおうと、
「わかった、早くしてよ」
と、気安く請け負ってしまったのが、運の尽きだったかも知れない。
相手が幼なじみという気の置けない仲である相手ということもあって、気軽にその申し出を受け入れたことを、私は後々まで後悔することになった。
「ここじゃ、さすがになんだからさ……」
図書室を利用した生徒が、ぞろぞろと教室に戻っていく中では話しにくいと感じたのか、犬太は、図書室前の廊下から移動することを促してきた。
(もう! これから、音楽室に行かなきゃいけないのに……いったい、なんの話しなの?)
そんな風に、空気の読めない幼なじみに苛立ちを覚えながらも、私は犬太に言われるままに着いて行く。
彼が立ち止まったのは、昼休みでも人影の少ない第二理科室の前だった。
「それで、話しってなんなの? もう予鈴も鳴ったし、急いで音楽室に行かなきゃだよ?」
さっきから感じている焦れったさが思わず声に出てしまったことを自分でも感じたけど、相手には、こちらの焦燥感などは、さほど伝わっていないようだ。
「あ、あのさ、音寿子……!」
急に声を掛けられたので、私は驚いてピクリと身体を震わせる。
「な、なに……? どうしたの急に?」
「あ、あぁ、ゴメン……今日は、どうしても、音寿子に伝えたいことがあって……」
不意を打たれて驚いたこちらの不安感は、さすがに伝わったのか、相手はより焦りを感じたようで、おそるおそる彼の表情を見つめる私に対して、幼なじみはやや早口になりながら、一気に思いの丈を打ち明けてきた。
「ね、音寿子、前から好きだった! オ、オレと付き合ってくれ!」
一世一代、かも知れない幼なじみの告白に対して、私はーーーーーー
「はっ? はい〜!?」
と、困惑気味に言葉を発したあと…………。
「あの、え〜と……犬太には、小さい頃からお世話になったこともあるし……イイ人だと思うけど……あの……その…………ゴメンナサイ!」
そう言って、私はその場を走り去ることしか出来なかった。
(なんなのよ、もう! 急に告白して来るなんて、なにかの罰ゲームでもさせられてるの?)
突発的な告白を実行してきた相手の言動に困惑しながら、私は急いで教室に戻って音楽の授業の教材を手にとって音楽室に向かう。申し訳ないけれど、同じように午後イチの授業に遅刻しそうな、空気の読めない幼なじみのことを心配してあげられる余裕は、私にはなかった。
野球部に所属している犬太とは違って、運動全般が苦手な自分だけど、私なりに全力疾走をしたおかげで、音楽の授業にはなんとか遅刻せずに滑り込むことができた。
「どうしたの音寿子? いつもは図書委員の仕事が終わったらすぐに教室に戻ってくるのに。体調が悪いなら、保健室に行ってくる?」
心配そうに声をかけてくれたのは、中学校からの友人の蚕糸佳衣子だ。
「う〜ん、体調不良だったら、まだ良いんだけどね……」
あいまいな笑顔で取り繕いながら答えると、親友は、
「なになに? 眉間にシワがよるほどの深刻な悩みなら聞かせてもらうよ? ……と言いたいところだけど、今日は放課後に用事あるんだった」
と、申し訳なさそうに苦笑する。
「そっか……それならさ、夜でも良いから話しを聞いてくれない? もう、犬太ったら、ホント信じられないんだから!」
私が、遠慮がちに幼なじみの言動に対する不満を述べると、佳衣子は、
「な〜んだ。なにを起こってるのかと思えば、戌井くん絡みのことか」
と言って、ニヤニヤと笑みを浮かべたあと、
「それなら、じっくり話しを聞かせてもらうよ。用事が終わったら、LANEで連絡するから」
と、私の頼みを快く(?) 引き受けてくれた。
こうして、幼なじみの突発的な行動に対する不満のはけ口を確保できたものの、それは、まだまだ何時間も先のことだ。
落ち着かない気分のまま、放課後になって、予定していた文芸部の仮入部の届け出を提出しに行く気分が萎えてしまった私は、佳衣子に話しを聞いてもらうまでの時間を持て余しながら、すぐに帰宅する気にもなれず、校内を散策していた。
ちなみに、私に突然の告白をしてきた相手はと言えば、私の返答に動揺することも無いようすで、校庭で元気に部活動の準備体操に励んでいる。
「はぁ〜、なんで告白された私の方が悩まなきゃいけないのよ……」
三回の校舎から校庭を見下ろしながら盛大なため息をついた瞬間、私は不意に声をかけられた。
「ずい分と深刻な悩みを抱えているようじゃないか? どうだい、ワタシで良ければ話しを聞こうか?」
思わず振り向くと、そこには、制服に白衣のような上着を羽織った上級生らしい性別不詳の生徒が立っていた。そして、私の反応を無視して語り続ける。
「我が生物心理学研究会に来れば、キミの悩みなどたちどころに解決するよ。音無音寿子くん、いや、こう言った方が良いかな? 乙梨稔珠美先生?」