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第3章・第13話

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 ディナーのテーブルには、期待以上の料理が並んだ。

 ボクが席に着く前に、食卓にはすでに三種の皿が並んでいる。
 まるで、オードブルのように盛り付けられた小皿には、豆腐と野沢菜のエスプーマ、ズッキーニの生ハム巻き、タコとバジルのカルパッチョが載せられていた。

 彩り豊かな前菜を目にしたボクは、「スゴい……」と絶句してから、いただきます、と手を合わせて、カルパッチョを口に運ぶ。

「美味しいです!」

 顔をほころばせながら、一口目の感想を述べると、

「野田くんのお口に合ったようで、良かったわ」

と、三浦先生が微笑む。憲二さんと先生は、白ワインを開栓してグラスに注いでいる。ここで、アルコールを摂取するということは、今日はクルマで帰宅しないということなのだろうか?
 ボクは、まだアルコール飲料を飲める年齢には達していないけど、いかにもワインに合いそうな前菜の後には、冷製スープとバゲットが運ばれてくる。
 
 このジャガイモのヴィシソワーズだけは、先生のお手製ではないそうだけど、甲斐甲斐しくキッチンから料理を運ぼうとする担任に恐縮し、

「先生は、叔父の話し相手になってもらえませんか?」

と提案し、お酒を飲める二人にはワインの味を楽しんでもらうことにして、次の皿からは、ゲストでありながらシェフを務めてくれた三浦先生に確認しながら、ボクが、給仕役(ギャルソン)を務めることにした。

 三品目は、魚料理で鯛の香草焼きだった。これが、先生の言っていたペルシャードという料理らしい。
 
「塩コショウした鯛をオリーブオイルで焼き、皮目に香草を混ぜたパン粉をまぶすだけ」

 と先生は言っていたが、フライパンで焼かれたチーズのチュイルやブロッコリースプラウトが添えられた一皿は、フレンチの店で提供されてもおかしくはない華やかさが感じられる。

 メイン料理の前には、ソルベとして、イタリアンパセリを添えたライムのシャーベットが用意されている。ニンニクや香草に慣れた舌が、シャーベットの酸味とパセリの香りで程よくリセットされる。

 フランス料理のコースなら、次は肉料理の番らしいのだが、買い物から戻ってきたときの先生の宣言どおり、メイン料理は、鯛のポワレが提供された。臭みがまったくなく、レモンバターが豊潤に香るソースには、かすかに馴染みのある味が感じられたが、シェフによると、

「隠し味に、お醤油を使うのがポイントなの」

ということだった。

 締めのデザートは、バニラアイスとクリームチーズで作った、バスク風チーズケーキ。
 これは、オーブンで焼き上げたあと、粗熱を取ってから冷蔵庫で冷やさなければいけなかったらしいが、じっくりと時間を掛けてフルコースに近い料理を楽しむ時間を考慮し、最初に作っておいたらしい。

 料理の腕だけでなく、その手際と手順の良さに感心したボクは、自分の年齢からはかけ離れた、

「三浦先生が結婚したら、良いお嫁さんになるんだろうな」

という昭和の価値観まる出しの感想を抱くのだった。

 ここまで景気良くワインを開封していき、色々な会話を楽しんでていた成人の二人は、デザートのチーズケーキを口に運びながら、話題をボクの同級生が関わる事件に移していた。シリアスな話題になりながらも、三浦先生の表情は、ボクが彼女の自宅マンションで話していたときよりも、明るくなっているように感じる。
 
「昨日の事故で、なにか新しくわかったことはありますか?」

「いえ、それが……まだ目撃者があらわれないそうなんです。なにせ、あの豪雨でしたし、あの時間帯にしては、人通りが少なかったみたいで」

 先生の質問に、憲二さんは少し渋い表情で答える。
 そんな感じで始まった二人の会話に、ボクも身を乗り出して参加する。
 
「現場に事故を起こしたバイクの痕跡は残ってないの? アスファルトの路面には、ブレーキ痕ってやつが残るって聞いたことあるけど……」

「それも、雨の影響で残っていないだろうな。路面が濡れてりゃ、アスファルトには、ブレーキ痕も残らん」

「防犯カメラの映像などは残っていないのでしょうか?」

 先生がたずねると、憲二さんは、また険しい表情に戻った。

「現場付近には、防犯カメラの(たぐい)が設置されていなかったようです」

「仲田は、どうしてそんな場所に行ったんだろう?」

「さあな……それは、被害者の回復を待ってから、と言うことになるだろうが……」

「彼女の容態は、どうなのでしょうか?」

 先生の問いかけに、憲二さんは首を横に振って、「それはなんとも……」と、うつむきながらつぶやいたあとに続ける。

「命が助かったとしても、証言を得られる状態まで回復を見込めるのかは、まだわからないようです」

 憲二さんの返答に、少し明るくなっていた三浦先生の表情は、また曇ったものになる。

「他に判明していることとか、疑わしい点はないの? 県警じゃなくて、憲二さんの個人的な考えでも良いんだけどさ……」

「そうだなぁ。あの大雨の中で事故を起こしたにもかかわらず、バイクが転倒しなかったとは思えないんだがな。ブレーキ痕以外にも、なにか手掛かりになるような残されていないか、がカギになるだろう」

 叔父の言葉を聞きながら、ボクは、ダイニングテーブルの隅に置いた自分のスマホの着信ランプが光っているのをふたたびスルーしてしまった。無音で付けたままにしていたリビングのテレビからは、阪神タイガースが終盤に逆転負けを食らったというスポーツニュースが流れていた。


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 ディナーのテーブルには、期待以上の料理が並んだ。
 ボクが席に着く前に、食卓にはすでに三種の皿が並んでいる。
 まるで、オードブルのように盛り付けられた小皿には、豆腐と野沢菜のエスプーマ、ズッキーニの生ハム巻き、タコとバジルのカルパッチョが載せられていた。
 彩り豊かな前菜を目にしたボクは、「スゴい……」と絶句してから、いただきます、と手を合わせて、カルパッチョを口に運ぶ。
「美味しいです!」
 顔をほころばせながら、一口目の感想を述べると、
「野田くんのお口に合ったようで、良かったわ」
と、三浦先生が微笑む。憲二さんと先生は、白ワインを開栓してグラスに注いでいる。ここで、アルコールを摂取するということは、今日はクルマで帰宅しないということなのだろうか?
 ボクは、まだアルコール飲料を飲める年齢には達していないけど、いかにもワインに合いそうな前菜の後には、冷製スープとバゲットが運ばれてくる。
 このジャガイモのヴィシソワーズだけは、先生のお手製ではないそうだけど、甲斐甲斐しくキッチンから料理を運ぼうとする担任に恐縮し、
「先生は、叔父の話し相手になってもらえませんか?」
と提案し、お酒を飲める二人にはワインの味を楽しんでもらうことにして、次の皿からは、ゲストでありながらシェフを務めてくれた三浦先生に確認しながら、ボクが、|給仕役《ギャルソン》を務めることにした。
 三品目は、魚料理で鯛の香草焼きだった。これが、先生の言っていたペルシャードという料理らしい。
「塩コショウした鯛をオリーブオイルで焼き、皮目に香草を混ぜたパン粉をまぶすだけ」
 と先生は言っていたが、フライパンで焼かれたチーズのチュイルやブロッコリースプラウトが添えられた一皿は、フレンチの店で提供されてもおかしくはない華やかさが感じられる。
 メイン料理の前には、ソルベとして、イタリアンパセリを添えたライムのシャーベットが用意されている。ニンニクや香草に慣れた舌が、シャーベットの酸味とパセリの香りで程よくリセットされる。
 フランス料理のコースなら、次は肉料理の番らしいのだが、買い物から戻ってきたときの先生の宣言どおり、メイン料理は、鯛のポワレが提供された。臭みがまったくなく、レモンバターが豊潤に香るソースには、かすかに馴染みのある味が感じられたが、シェフによると、
「隠し味に、お醤油を使うのがポイントなの」
ということだった。
 締めのデザートは、バニラアイスとクリームチーズで作った、バスク風チーズケーキ。
 これは、オーブンで焼き上げたあと、粗熱を取ってから冷蔵庫で冷やさなければいけなかったらしいが、じっくりと時間を掛けてフルコースに近い料理を楽しむ時間を考慮し、最初に作っておいたらしい。
 料理の腕だけでなく、その手際と手順の良さに感心したボクは、自分の年齢からはかけ離れた、
「三浦先生が結婚したら、良いお嫁さんになるんだろうな」
という昭和の価値観まる出しの感想を抱くのだった。
 ここまで景気良くワインを開封していき、色々な会話を楽しんでていた成人の二人は、デザートのチーズケーキを口に運びながら、話題をボクの同級生が関わる事件に移していた。シリアスな話題になりながらも、三浦先生の表情は、ボクが彼女の自宅マンションで話していたときよりも、明るくなっているように感じる。
「昨日の事故で、なにか新しくわかったことはありますか?」
「いえ、それが……まだ目撃者があらわれないそうなんです。なにせ、あの豪雨でしたし、あの時間帯にしては、人通りが少なかったみたいで」
 先生の質問に、憲二さんは少し渋い表情で答える。
 そんな感じで始まった二人の会話に、ボクも身を乗り出して参加する。
「現場に事故を起こしたバイクの痕跡は残ってないの? アスファルトの路面には、ブレーキ痕ってやつが残るって聞いたことあるけど……」
「それも、雨の影響で残っていないだろうな。路面が濡れてりゃ、アスファルトには、ブレーキ痕も残らん」
「防犯カメラの映像などは残っていないのでしょうか?」
 先生がたずねると、憲二さんは、また険しい表情に戻った。
「現場付近には、防犯カメラの|類《たぐい》が設置されていなかったようです」
「仲田は、どうしてそんな場所に行ったんだろう?」
「さあな……それは、被害者の回復を待ってから、と言うことになるだろうが……」
「彼女の容態は、どうなのでしょうか?」
 先生の問いかけに、憲二さんは首を横に振って、「それはなんとも……」と、うつむきながらつぶやいたあとに続ける。
「命が助かったとしても、証言を得られる状態まで回復を見込めるのかは、まだわからないようです」
 憲二さんの返答に、少し明るくなっていた三浦先生の表情は、また曇ったものになる。
「他に判明していることとか、疑わしい点はないの? 県警じゃなくて、憲二さんの個人的な考えでも良いんだけどさ……」
「そうだなぁ。あの大雨の中で事故を起こしたにもかかわらず、バイクが転倒しなかったとは思えないんだがな。ブレーキ痕以外にも、なにか手掛かりになるような残されていないか、がカギになるだろう」
 叔父の言葉を聞きながら、ボクは、ダイニングテーブルの隅に置いた自分のスマホの着信ランプが光っているのをふたたびスルーしてしまった。無音で付けたままにしていたリビングのテレビからは、阪神タイガースが終盤に逆転負けを食らったというスポーツニュースが流れていた。