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第3章・第4話

ー/ー



 〜5日目〜

 自分が話しを聞こうとした同級生が事故に遭うというショッキングな出来事があったので、前夜は、なかなか寝室に戻る気になれず、遅い夕食を取った憲二さんの晩酌に付き合って、ボクもリビングで過ごした。

 ボクと同じように、色々と思うところがあるのか、叔父もなかなか寝付けなかったようで、瓶ビールを何本も空けながら、阪神タイガースの今季の好調さが、どれだけ素晴らしいことなのかを、滔々と甥っ子に語る。

「オレが、タイガースの試合を観るようになった子どもの頃は、ダメ虎なんて言われていて、ず〜っと弱いままだったんだ」

「そんな弱いチームをどうして応援してたんだよ? 子どもは、強いチームが好きだろう?」

「なんでだろうな? 理由はわからんが、親父……おまえの祖父(じい)さんが、ずっとテレビを観て応援してたからな。その影響かも知れん」

「でも、いまは、強くなったんだよね? たしか、一昨年も日本一になったとかで盛り上がってたじゃん」

「そうだな。このチームが、十二球団ナンバー1の戦力を誇るようになるなんて、30年前は考えられなかった。しかも、中心選手は、ほぼすべてがドラフトで獲得した生え抜きの愛着ある選手ばかりだ。これが、どれだけ素晴らしいことかわかるか?」

「全然わからないよ」

 そう言って、ボクは首を振る。

「いいか。多くの強豪チームってのは、金にあかせて他の球団の一流選手を引き抜いて強さを維持するものだ。どこの球団とは言わんが、東京のあのチームとか、福岡のあのチームとかな。メジャーリーグの強豪も、まあ、似たようなもんだ」

「それって、野球だけでなく海外のサッカークラブも大抵そうだよね、ビッグクラブって言われるチームは。もっとも、育成にチカラを入れて、選手を強化しながら強くなるクラブもあるみたいだけど」

「そう、それだ! いまのタイガースは、目利きのスカウトとファームと呼ばれる二軍の選手育成力で強くなったんだ。入団からずっと応援している選手たちで勝ち取る勝利が、ファンに取って、どれだけ喜ばしいことか……」

 そう言って、憲二さんは、コップのビールをあおり、涙ぐみながら語る。

「いままでは、他のチームの強打者を眺めながら、『どうすりゃ、こんな選手を獲得できるんだ?』と羨ましく思っていたもんなんだ。それが、どうだ? ここ数年は、タイガースの選手の素晴らしさを他球団が羨ましく感じているみたいなんだ。『いったい、どうなってしまったんだ?』『これが、本当に長い暗黒時代を経験したチームなのか?』と戸惑うと同時に、『本当にこのチームを応援してきて良かった』と心から思うんだよ。大山も残留してくれたしな」

 最後は、泣いているのか、感激しているのか良くわからないことを言いながら、憲二さんは酔いつぶれてしまった。そんな叔父を、彼の寝室に連れていきながら考える。

 スポーツチームの応援や流行りの()()()には、まるで興味のない自分でも、憲二さんの気持ちは、なんとなくわかる気がした。
 それは、祖父母と両親を亡くし、親類に見放されたボクの面倒をずっと見てくれていたことに加えて、つい最近、叔父の学生時代に悲しい結末に終わった恋があった、ということを知ったからかもしれない。

 自分の人生と()()の活躍が連動するなんてことは、ただの思いこみにしか過ぎないかも知れないけれど……。

 たとえば、仕事は刑事一筋、家庭では甥の保護者という、色恋沙汰とは縁が遠くなってしまった、もうすぐ中年に差し掛かる男性に、うるおいを感じる出来事があっても、バチは当たらないだろう、と感じるのだ。

 偶然にも、湯舟敏羽が我が家に訪れるというハプニングがあったことで、彼女の母親と関係があったという憲二さんの心の中に、どんな変化が起きたかまではわからないけれど、ボクと暮らすようになって、異性のことを積極的に語る叔父の姿を見るのは、初めてのことだ。

 三浦先生に、お付き合いをしている特定の相手がいるのかどうかまではわからないけど、少なくとも、ウチのクラスの担任教師が独身者であることは間違いなさそうなので、もしかすると、もしかして……。

 そう、長い暗黒時代を経験をしたチームが、ドラフト会議や選手育成のチカラによって強豪チームに生まれ変わったように、ウチの叔父にだって、10歳くらい年の離れた女性がまかり間違って、惚れてくれるという可能性だって無いわけでは無いのだ。

「それには、まず服の選び方から、なんとかしないとなぁ……」

 思わず口に出しながら、ボクは憲二さんの普段のファッションを思い浮かべて、ため息をついた。

 捜査三課に配属されてからの叔父は、空き巣やスリといった窃盗事件を担当していて、スリ犯を専門に捜査する「モサ」チームに所属しているためか、毎日ラフな服装で繁華街や電車内などで犯人を探し続けているらしい。
 人目につかないことが、「良し」とされるので、その服装も目立たず、地味なモノになりがちだ。

 仕事に支障をきたすような派手な服は当然ダメだろうけど、せめて、(女性から見て)センスの良さを感じさせる服装を心掛けることくらいしても、職場で注意されたりしないはずだ。

 そう考えたボクは、亡くなったり、事故に遭ったクラスメートのことを一度、頭の隅に追いやって、日本を代表するファッション都市の一つとして知られる港街に出掛け、叔父のための服を見繕うと考えて我が家をあとにした。


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 〜5日目〜
 自分が話しを聞こうとした同級生が事故に遭うというショッキングな出来事があったので、前夜は、なかなか寝室に戻る気になれず、遅い夕食を取った憲二さんの晩酌に付き合って、ボクもリビングで過ごした。
 ボクと同じように、色々と思うところがあるのか、叔父もなかなか寝付けなかったようで、瓶ビールを何本も空けながら、阪神タイガースの今季の好調さが、どれだけ素晴らしいことなのかを、滔々と甥っ子に語る。
「オレが、タイガースの試合を観るようになった子どもの頃は、ダメ虎なんて言われていて、ず〜っと弱いままだったんだ」
「そんな弱いチームをどうして応援してたんだよ? 子どもは、強いチームが好きだろう?」
「なんでだろうな? 理由はわからんが、親父……おまえの|祖父《じい》さんが、ずっとテレビを観て応援してたからな。その影響かも知れん」
「でも、いまは、強くなったんだよね? たしか、一昨年も日本一になったとかで盛り上がってたじゃん」
「そうだな。このチームが、十二球団ナンバー1の戦力を誇るようになるなんて、30年前は考えられなかった。しかも、中心選手は、ほぼすべてがドラフトで獲得した生え抜きの愛着ある選手ばかりだ。これが、どれだけ素晴らしいことかわかるか?」
「全然わからないよ」
 そう言って、ボクは首を振る。
「いいか。多くの強豪チームってのは、金にあかせて他の球団の一流選手を引き抜いて強さを維持するものだ。どこの球団とは言わんが、東京のあのチームとか、福岡のあのチームとかな。メジャーリーグの強豪も、まあ、似たようなもんだ」
「それって、野球だけでなく海外のサッカークラブも大抵そうだよね、ビッグクラブって言われるチームは。もっとも、育成にチカラを入れて、選手を強化しながら強くなるクラブもあるみたいだけど」
「そう、それだ! いまのタイガースは、目利きのスカウトとファームと呼ばれる二軍の選手育成力で強くなったんだ。入団からずっと応援している選手たちで勝ち取る勝利が、ファンに取って、どれだけ喜ばしいことか……」
 そう言って、憲二さんは、コップのビールをあおり、涙ぐみながら語る。
「いままでは、他のチームの強打者を眺めながら、『どうすりゃ、こんな選手を獲得できるんだ?』と羨ましく思っていたもんなんだ。それが、どうだ? ここ数年は、タイガースの選手の素晴らしさを他球団が羨ましく感じているみたいなんだ。『いったい、どうなってしまったんだ?』『これが、本当に長い暗黒時代を経験したチームなのか?』と戸惑うと同時に、『本当にこのチームを応援してきて良かった』と心から思うんだよ。大山も残留してくれたしな」
 最後は、泣いているのか、感激しているのか良くわからないことを言いながら、憲二さんは酔いつぶれてしまった。そんな叔父を、彼の寝室に連れていきながら考える。
 スポーツチームの応援や流行りの|推《・》|し《・》|活《・》には、まるで興味のない自分でも、憲二さんの気持ちは、なんとなくわかる気がした。
 それは、祖父母と両親を亡くし、親類に見放されたボクの面倒をずっと見てくれていたことに加えて、つい最近、叔父の学生時代に悲しい結末に終わった恋があった、ということを知ったからかもしれない。
 自分の人生と|推《・》|し《・》の活躍が連動するなんてことは、ただの思いこみにしか過ぎないかも知れないけれど……。
 たとえば、仕事は刑事一筋、家庭では甥の保護者という、色恋沙汰とは縁が遠くなってしまった、もうすぐ中年に差し掛かる男性に、うるおいを感じる出来事があっても、バチは当たらないだろう、と感じるのだ。
 偶然にも、湯舟敏羽が我が家に訪れるというハプニングがあったことで、彼女の母親と関係があったという憲二さんの心の中に、どんな変化が起きたかまではわからないけれど、ボクと暮らすようになって、異性のことを積極的に語る叔父の姿を見るのは、初めてのことだ。
 三浦先生に、お付き合いをしている特定の相手がいるのかどうかまではわからないけど、少なくとも、ウチのクラスの担任教師が独身者であることは間違いなさそうなので、もしかすると、もしかして……。
 そう、長い暗黒時代を経験をしたチームが、ドラフト会議や選手育成のチカラによって強豪チームに生まれ変わったように、ウチの叔父にだって、10歳くらい年の離れた女性がまかり間違って、惚れてくれるという可能性だって無いわけでは無いのだ。
「それには、まず服の選び方から、なんとかしないとなぁ……」
 思わず口に出しながら、ボクは憲二さんの普段のファッションを思い浮かべて、ため息をついた。
 捜査三課に配属されてからの叔父は、空き巣やスリといった窃盗事件を担当していて、スリ犯を専門に捜査する「モサ」チームに所属しているためか、毎日ラフな服装で繁華街や電車内などで犯人を探し続けているらしい。
 人目につかないことが、「良し」とされるので、その服装も目立たず、地味なモノになりがちだ。
 仕事に支障をきたすような派手な服は当然ダメだろうけど、せめて、(女性から見て)センスの良さを感じさせる服装を心掛けることくらいしても、職場で注意されたりしないはずだ。
 そう考えたボクは、亡くなったり、事故に遭ったクラスメートのことを一度、頭の隅に追いやって、日本を代表するファッション都市の一つとして知られる港街に出掛け、叔父のための服を見繕うと考えて我が家をあとにした。