第十一話:春に咲く花
ー/ー
地球圏と木星圏を結ぶ輸送航路上の中継コロニー、レオナ・ステーション。
レースがない平日の午後。
白雷ジムのサイドール居住区は、いつになく静かだった。
◇
「ノンちゃん、そっち終わったー?」
洗濯室のドアからひょっこり顔を出すスレイプニル。
オレンジ色のパーカーに短パン姿で、長い栗色の髪を無造作に結んでいる。
「う、うん……後は乾燥だけ……。」
フリアノンは小さく頷きながら、洗濯カゴを抱えて立ち上がった。
◇
二人で廊下を歩く。
平日のジムはレース遠征組が不在で、人の気配が少ない。
人工重力のかすかな作動音と、換気ファンの回転音だけが響いていた。
「今日は練習ないんだって?」
「うん……ユリウスさんも今日は別ジムだし……。」
「そっかー。たまには休まないとね!」
スレイプニルはそう言ってにっこり笑った。
◇
二人で談話室に入り、ソファに腰掛ける。
窓の外には、遠く木星の縞模様が淡く輝いていた。
「……スレイは、次はいつレースなの?」
フリアノンが小さな声で尋ねると、スレイプニルはソファの背もたれに腕を乗せ、ゆったりと笑った。
「来週、D1木星少女杯に出るよ。」
「D1……。」
その言葉を聞いただけで、フリアノンの胸がざわめく。
D1――ディビジョン1。サイドライブの最高峰クラス。
その舞台に、スレイプニルは立とうとしている。
◇
「春のD1レースで勝つのが、わたしの目標なんだ。」
「春……?」
「うん。この春にあるD1全部に挑戦する予定だけど、やっぱり最初は木星少女杯かな。」
スレイプニルの瞳がきらりと光る。
そこには迷いのない決意があった。
「少女杯って、牝馬限定……だよね……。」
「そう!わたしが一番得意な舞台!」
スレイプニルは得意げに笑い、フリアノンの頭を優しく撫でた。
◇
「でもさ、D1って怖くない……? すごく速いんだよね……。」
フリアノンの呟きに、スレイプニルは一瞬だけ瞳を伏せた。
だが次の瞬間、いつもの明るい笑顔を見せた。
「怖くないって言ったら嘘になるよ?でもね、わたし……。」
スレイプニルは窓の外、遠く輝く木星を見つめた。
「怖さよりも……走るのが楽しいって気持ちの方が、ずっと大きいんだ。」
「……楽しい……。」
フリアノンは小さく呟き、その横顔を見つめた。
◇
「ノンちゃんも、いつかD1に来なよ。」
「えっ……わ、わたし……。」
「ノンちゃんならできるよ。だって……」
スレイプニルは優しく笑い、フリアノンの手をそっと握った。
「ノンちゃんは……わたしの、一番のライバルになるって思ってるから。」
「ス、スレイ……。」
心臓が高鳴る。
恐怖ではない。
スレイプニルの言葉が、胸の奥に小さな炎を灯していく。
◇
「とりあえず今日は――」
スレイプニルは急に真剣な顔になり、フリアノンの肩に手を置いた。
「おやつ、買いに行こっか!」
「えっ……あ、うん……。」
拍子抜けして笑ってしまう。
だがその笑顔の奥に、確かな決意と誇りが輝いていることを、フリアノンは知っていた。
◇
二人で並んで歩く廊下。
人工窓の外には木星が淡く光り、春の到来を告げるように微かに瞬いていた。
(スレイ……わたし……。)
フリアノンは胸に手を当て、小さく呟いた。
(わたしも……いつか……。)
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◇
「ノンちゃん、そっち終わったー?」
洗濯室のドアからひょっこり顔を出すスレイプニル。
オレンジ色のパーカーに短パン姿で、長い栗色の髪を無造作に結んでいる。
「う、うん……後は乾燥だけ……。」
フリアノンは小さく頷きながら、洗濯カゴを抱えて立ち上がった。
◇
二人で廊下を歩く。
平日のジムはレース遠征組が不在で、人の気配が少ない。
人工重力のかすかな作動音と、換気ファンの回転音だけが響いていた。
「今日は練習ないんだって?」
「うん……ユリウスさんも今日は別ジムだし……。」
「そっかー。たまには休まないとね!」
スレイプニルはそう言ってにっこり笑った。
◇
二人で談話室に入り、ソファに腰掛ける。
窓の外には、遠く木星の縞模様が淡く輝いていた。
「……スレイは、次はいつレースなの?」
フリアノンが小さな声で尋ねると、スレイプニルはソファの背もたれに腕を乗せ、ゆったりと笑った。
「来週、D1木星少女杯に出るよ。」
「D1……。」
その言葉を聞いただけで、フリアノンの胸がざわめく。
D1――ディビジョン1。サイドライブの最高峰クラス。
その舞台に、スレイプニルは立とうとしている。
◇
「春のD1レースで勝つのが、わたしの目標なんだ。」
「春……?」
「うん。この春にあるD1全部に挑戦する予定だけど、やっぱり最初は木星少女杯かな。」
スレイプニルの瞳がきらりと光る。
そこには迷いのない決意があった。
「少女杯って、牝馬限定……だよね……。」
「そう!わたしが一番得意な舞台!」
スレイプニルは得意げに笑い、フリアノンの頭を優しく撫でた。
◇
「でもさ、D1って怖くない……? すごく速いんだよね……。」
フリアノンの呟きに、スレイプニルは一瞬だけ瞳を伏せた。
だが次の瞬間、いつもの明るい笑顔を見せた。
「怖くないって言ったら嘘になるよ?でもね、わたし……。」
スレイプニルは窓の外、遠く輝く木星を見つめた。
「怖さよりも……走るのが楽しいって気持ちの方が、ずっと大きいんだ。」
「……楽しい……。」
フリアノンは小さく呟き、その横顔を見つめた。
◇
「ノンちゃんも、いつかD1に来なよ。」
「えっ……わ、わたし……。」
「ノンちゃんならできるよ。だって……」
スレイプニルは優しく笑い、フリアノンの手をそっと握った。
「ノンちゃんは……わたしの、一番のライバルになるって思ってるから。」
「ス、スレイ……。」
心臓が高鳴る。
恐怖ではない。
スレイプニルの言葉が、胸の奥に小さな炎を灯していく。
◇
「とりあえず今日は――」
スレイプニルは急に真剣な顔になり、フリアノンの肩に手を置いた。
「おやつ、買いに行こっか!」
「えっ……あ、うん……。」
拍子抜けして笑ってしまう。
だがその笑顔の奥に、確かな決意と誇りが輝いていることを、フリアノンは知っていた。
◇
二人で並んで歩く廊下。
人工窓の外には木星が淡く光り、春の到来を告げるように微かに瞬いていた。
(スレイ……わたし……。)
フリアノンは胸に手を当て、小さく呟いた。
(わたしも……いつか……。)