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第2章・第10話

ー/ー



 午前11時に始まった葬儀は、参列者全員のお焼香が終わっても、まだ、お坊さんの読経が続いていた。

 夫婦二人の合同葬だったことも要因かもしれないけど、ボクの両親が亡くなったときの葬儀では、読経が終わっても、参列者のお焼香が延々と続いていた気がする。

 我が家と葛西家では宗派も違うようだし、単純に、お経の長さとお焼香が終わるタイミングだけで、葬儀の規模を測れるものではないだろうけど、三浦先生の前で口に出してしまった、

「葛西が、あんな亡くなり方さえしなければ……」

という考えが、ボクの頭から離れることはなかった。

 突然もたらされた知らせに、クラスメートの大半は困惑しただろうし、どんな気持ちで葬儀に参列すれば良いのか戸惑ったことだろう。せめて、訃報を知らされたクラスの連中に、心の準備が出来ていれば、今日の葬儀が、こんなにも寂しいものにならなかったかも知れないのに……。

 そのことを考えるだけでも、これまで、あまり個人的な交流がなかった同級生であるとは言え、葛西稔梨が不憫に思えてきた。

 お坊さんの読経が終わると同時に葬儀も終わり、あとは市内の満地谷墓地(まんじだにぼち)にある火葬場で、葛西稔梨(かさいみのり)の遺体を焼くだけだ。
 葬儀の会場となった会館からは移動する必要があり、あとは、家族だけの内輪で執り行うということで、学校関係者や友人のボクたちは、ここで、お役御免となった。

 なにか大きな成果を期待していた訳じゃないけど、ボクと湯舟の探偵事務所が新たに得た情報は、葛西と行動をともにしていた可能性が高い仲田美幸(なかだみゆき)が、三浦先生の連絡を受けながら、葬儀に参列しなかった、という事実だけだ。

「私、お葬式に出ること自体、あんまり経験が無いんだけど……なんだか、あっけない感じなんだね」

 そう口にしたのは、葛西と湯舟の中学時代の友人である伊藤敦子だった。

「ホントに稔梨が居なくなっちゃったなんて、なんだか実感がわかなくて……ねぇ、敏羽? これから、カラオケでも行って、私たちだけで、稔梨のお葬式のやり直しをしない?」

「ゴメンね、敦子。わたし、このあと、用事があるんだ」

「そっか……なら、野田くん一緒にどう? バラードで稔梨のことを見送ってあげよう?」

「えっ? 二人で行くの? それは、キミの彼氏に悪いよ」

 葛西のことばかりが頭の中を占めていたので忘れがちになっていたけど、ボクに声をかけてきた伊藤敦子は、ボクたちと同じクラスに所属している鮎川誠一(あゆかわせいいち)なのだ。

「気にすることないよ! あいつ、私を置いて友達と海に行ったんだから。私がカラオケに行くくらい問題ないでしょ?」

 なるほど……。
 鮎川以外に海水浴に参加しているメンバーがいるのかはわからないけど、ウチのクラスから葬儀への参列者が少なかったのは、そういう理由もあったのか。

 そんなことを考えていると、突然、隣にいる女子生徒がボクに腕を絡ませてきた。

「ゴメンね、敦子。()()()()()、このあと、用事があるんだ」

(えっ、この後の用事って、なんだっけ?)

 戸惑いながら、腕を絡ませる湯舟に視線を向けると、驚くべきことに、我が探偵事務所の相棒は、旧友に向けて敵対的な表情を見せている。
 それは、まるで肉食獣が、自分の獲物を奪いに来るモノを威嚇するかのような雰囲気だった。

「わかった、わかった! 野田くんには、手を出さないって……」

 なかば、あきれつつ、なかば、苦笑しながら、葛西と湯舟の友人は、

「敏羽、落ち着いたら連絡ちょうだい! ちゃんと、稔梨のことを考えたいってのは、ホントだからさ」

そう言って、葬儀のあった会館から、彼女の自宅の方に戻って行った。

「ありがとう。あれ以上、どういう理由で断ったら良いか考えていたから助かったよ」

 実際、上級生との交際関係を解消した直後に他校の女子生徒と出掛け、なおかつ、その女子が自分のクラスの男子の彼女である、というシチュエーションは、SNSで投資系情報商材や政治的発言を繰り返しているアカウントくらい避けたいものであることは言うまでもないと思う。

 ただ、素直に感謝の言葉を述べたボクに対して、サッと身体を離した湯舟敏羽は、

「べ、別に野田くんのためじゃないんだから!」

と、少しだけ頬を紅く染めながら語る。
 まあ、今日も35℃を超える気温らしいし、身を挺してボクを守ってくれたのだから、少しくらい顔が赤くなるのも仕方ないのかも知れない。

「それより、これから、どうするの? 探偵事務所としては、まだまだ活動できる時間帯だと思うんだけど?」

 なるべく早く話題を切り替えようと考えたボクが問いかけると、少しだけそっぽを向いていた湯舟敏羽は、ようやく赤みが引いてきた頬をかきながら答える。

「次に話しを聞かなきゃいけないのは、仲田さんだと思うけど、いま自宅にいるのかな?」

 彼女の疑問に、ボクは一言で返答する。

「きっと、彼女は(うち)にいるさ。葛西と行動をともにしていたなら、なおさらね」

「もし、仲田さんが家にいなかったら?」

「大丈夫さ! ボクらの探偵事務所は、報酬はなくても、時間だけはプライムデーのビッグセールをするくらいあるんだから、気長に待てば良いんだよ」


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 午前11時に始まった葬儀は、参列者全員のお焼香が終わっても、まだ、お坊さんの読経が続いていた。
 夫婦二人の合同葬だったことも要因かもしれないけど、ボクの両親が亡くなったときの葬儀では、読経が終わっても、参列者のお焼香が延々と続いていた気がする。
 我が家と葛西家では宗派も違うようだし、単純に、お経の長さとお焼香が終わるタイミングだけで、葬儀の規模を測れるものではないだろうけど、三浦先生の前で口に出してしまった、
「葛西が、あんな亡くなり方さえしなければ……」
という考えが、ボクの頭から離れることはなかった。
 突然もたらされた知らせに、クラスメートの大半は困惑しただろうし、どんな気持ちで葬儀に参列すれば良いのか戸惑ったことだろう。せめて、訃報を知らされたクラスの連中に、心の準備が出来ていれば、今日の葬儀が、こんなにも寂しいものにならなかったかも知れないのに……。
 そのことを考えるだけでも、これまで、あまり個人的な交流がなかった同級生であるとは言え、葛西稔梨が不憫に思えてきた。
 お坊さんの読経が終わると同時に葬儀も終わり、あとは市内の|満地谷墓地《まんじだにぼち》にある火葬場で、|葛西稔梨《かさいみのり》の遺体を焼くだけだ。
 葬儀の会場となった会館からは移動する必要があり、あとは、家族だけの内輪で執り行うということで、学校関係者や友人のボクたちは、ここで、お役御免となった。
 なにか大きな成果を期待していた訳じゃないけど、ボクと湯舟の探偵事務所が新たに得た情報は、葛西と行動をともにしていた可能性が高い|仲田美幸《なかだみゆき》が、三浦先生の連絡を受けながら、葬儀に参列しなかった、という事実だけだ。
「私、お葬式に出ること自体、あんまり経験が無いんだけど……なんだか、あっけない感じなんだね」
 そう口にしたのは、葛西と湯舟の中学時代の友人である伊藤敦子だった。
「ホントに稔梨が居なくなっちゃったなんて、なんだか実感がわかなくて……ねぇ、敏羽? これから、カラオケでも行って、私たちだけで、稔梨のお葬式のやり直しをしない?」
「ゴメンね、敦子。わたし、このあと、用事があるんだ」
「そっか……なら、野田くん一緒にどう? バラードで稔梨のことを見送ってあげよう?」
「えっ? 二人で行くの? それは、キミの彼氏に悪いよ」
 葛西のことばかりが頭の中を占めていたので忘れがちになっていたけど、ボクに声をかけてきた伊藤敦子は、ボクたちと同じクラスに所属している|鮎川誠一《あゆかわせいいち》なのだ。
「気にすることないよ! あいつ、私を置いて友達と海に行ったんだから。私がカラオケに行くくらい問題ないでしょ?」
 なるほど……。
 鮎川以外に海水浴に参加しているメンバーがいるのかはわからないけど、ウチのクラスから葬儀への参列者が少なかったのは、そういう理由もあったのか。
 そんなことを考えていると、突然、隣にいる女子生徒がボクに腕を絡ませてきた。
「ゴメンね、敦子。|わ《・》|た《・》|し《・》|た《・》|ち《・》、このあと、用事があるんだ」
(えっ、この後の用事って、なんだっけ?)
 戸惑いながら、腕を絡ませる湯舟に視線を向けると、驚くべきことに、我が探偵事務所の相棒は、旧友に向けて敵対的な表情を見せている。
 それは、まるで肉食獣が、自分の獲物を奪いに来るモノを威嚇するかのような雰囲気だった。
「わかった、わかった! 野田くんには、手を出さないって……」
 なかば、あきれつつ、なかば、苦笑しながら、葛西と湯舟の友人は、
「敏羽、落ち着いたら連絡ちょうだい! ちゃんと、稔梨のことを考えたいってのは、ホントだからさ」
そう言って、葬儀のあった会館から、彼女の自宅の方に戻って行った。
「ありがとう。あれ以上、どういう理由で断ったら良いか考えていたから助かったよ」
 実際、上級生との交際関係を解消した直後に他校の女子生徒と出掛け、なおかつ、その女子が自分のクラスの男子の彼女である、というシチュエーションは、SNSで投資系情報商材や政治的発言を繰り返しているアカウントくらい避けたいものであることは言うまでもないと思う。
 ただ、素直に感謝の言葉を述べたボクに対して、サッと身体を離した湯舟敏羽は、
「べ、別に野田くんのためじゃないんだから!」
と、少しだけ頬を紅く染めながら語る。
 まあ、今日も35℃を超える気温らしいし、身を挺してボクを守ってくれたのだから、少しくらい顔が赤くなるのも仕方ないのかも知れない。
「それより、これから、どうするの? 探偵事務所としては、まだまだ活動できる時間帯だと思うんだけど?」
 なるべく早く話題を切り替えようと考えたボクが問いかけると、少しだけそっぽを向いていた湯舟敏羽は、ようやく赤みが引いてきた頬をかきながら答える。
「次に話しを聞かなきゃいけないのは、仲田さんだと思うけど、いま自宅にいるのかな?」
 彼女の疑問に、ボクは一言で返答する。
「きっと、彼女は|家《うち》にいるさ。葛西と行動をともにしていたなら、なおさらね」
「もし、仲田さんが家にいなかったら?」
「大丈夫さ! ボクらの探偵事務所は、報酬はなくても、時間だけはプライムデーのビッグセールをするくらいあるんだから、気長に待てば良いんだよ」