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第2章・第3話

ー/ー



「なんで、わざわざ担任の前で、あんなこと言うんだよ?」

 葛西稔梨(かさいみのり)の自宅を出て、香炉園(こうろえん)の駅から海側を走る私鉄電車に乗ると、ボクは探偵事務所の同僚を問い詰める。

「別に? 野田くんが、三浦先生と親しそうに話してたから、私たちの目的を忘れているんじゃないかと思って、思い出させてあげただけ。池田先輩と言い、野田くんって年上の女の人が好みなんだ?」

「ボクは、幼い頃に母を亡くしてるからね。年上の女性に、その面影を追ってしまうのさ―――と、こんな風に言えば満足かい?」

 ボクが皮肉交じりにそう言うと、湯舟敏羽(ゆふねとわ)は、バツの悪そうな表情になり、「別にそういうわけじゃ……」と、言葉を濁した。

 その後ろめたさを感じているような表情に対して、ボクは、ここ数ヶ月の間、自分が感じていた想いをを吐き出してしまった。

「せっかくだから言っておくけど、ボクは、そうやって母親代わりに接してこようとする女性が一番苦手なんだよ。両親が居ないからって、年上のオンナに甘えたいなんて思ったことはない」

 ボクが、そう断言すると、隣りに座る湯舟敏羽は、シュンと落ち込んだようにうつむき、

「ゴメンナサイ……そんなつもりじゃなかったんだ……」

と彼女にしては珍しく、しおらしい態度で謝罪の言葉を口にした。

 その普段とは異なる気弱な言葉に思わず動揺してしまい、「いや、わかってくれたなら、それで良いんだけど……」と、ボクも言葉を濁すしかない。ただ、このまま空気が悪くなってしまった状態で目的地まで過ごすつもりは無いので、思い切って、彼女に聞いてみた。

「ところで、どうして急に浮き庭に行こうと言い出したのさ? 探偵事務所の同僚としては、情報を共有してもらいたいところなんだけど?」

 さっきまでの問い詰める口調から、なるべく、穏やかな声色でたずねると、少し表情を和らげた彼女は、ぽつぽつと少しずつ自分の想いを語りだす。

「さっき、稔梨の家で、あのコの顔を見ていたら、やっぱり、真相にたどり着かないと、稔梨の想いは報われないと思ったんだ……たとえ、稔梨が自分で死を選んだにしても、その原因を作った人間がいるなら、わたしは、その相手を許せない。まして、あのコの命を奪っていたとすれば……」

 彼女の言葉にうなずきながら、ボクは、「そっか……」と相づちを打つ。

「それで、葛西が出掛けていたかも知れない、グリ下や浮き庭で情報収集をしようと考えたのか?」

 確認するようにたずねると、湯舟敏羽は、黙ってコクリと首を縦に振った。
 その仕草に彼女の決意を見て取ったボクは、

「わかった。それなら、可能な限り情報を聞き取ってみよう。知り合いからの知識だけじゃ、推理にも限界があるしね。いよいよ、探偵事務所らしくなってきたじゃないか?」

と、少しだけ微笑みながら声をかける。
 すると、彼女は、ようやく笑顔を見せて答えた。

「ありがとう、野田くん。やっぱり、野田くんを相棒にして良かった!」

 その表情に安堵したボクは、
 
「あぁ、しっかりと聞き込みってのをやってみよう」
 
と言ってから、この相棒に心を許しかけた自分を後悔することになる。
 
「そうだね! それじゃ、最初の情報として、野田くんが池田先輩と別れた理由を教えて?」

「それは、いまここで答える話じゃない」

 キッパリと断言し、ボクは相棒を待たずに、主要駅に到着した各駅停車から、快速急行に乗り換えるため下車する。

「なんだよ〜冷たいじゃないか〜」

 と食い下がる相棒の声に聞こえないふりをしていると、程なくして、隣のホームに快速急行の列車が滑り込んできた。
 帰宅ラッシュの時間帯になり、少し混み合い始めた車両に一足先に乗り込んだボクは、空いている席の前の吊り革に陣取り、空席のままの座席を相棒に譲る。

 列車が駅を出発し、スピードが乗り始めたところで、まだ会話が行えると判断したボクは、吊り革に身体を預けながら湯舟にたずねた。

「目的地に行って、聞き込む内容は決まってるの?」

 さすがにボクのプライベート情報に対する追及はあきらめたのか、相棒は、真面目な表情で答えた。
 
「まずは、金子くんの目撃情報が正しいかどうかかな? グリ下に人が集まってる頃から、稔梨があの辺りに出入りしているなら、きっと他にも目撃者がいるはずだから。そして、もし、稔梨が頻繁に出掛けて行っていたとすれば……」

「次に聞き込むのは、葛西の目的だな」

 ふたたび、真剣な面持ちでうなずいた彼女は、腕を組みながら鼻の頭をかきはじめる。

「わたしが、一番気になっているのは、そこなんだよね。そのことが稔梨の気がかりな行動に大きな影響を与えている気がするんだ」

 親友の湯舟敏羽ならずとも、それは、ボクも気になっていた点だ。
 葛西稔梨が、グリ下周辺に出掛けていたとして、その目的は、なんなのか?

 それは、彼女が投稿を行っていた不審なアカウントや友人に高価(と言っても高校生基準でしか無いが)なドリンクを奢るほど羽振りが良くなっていたこと、そして、妊娠していたことと関連があるのか?

 ボクは、列車の車窓から見える夜の帷が降り始めた街並みに目を向けながら、

(亡くなった葛西稔梨は、この景色をどんな気持ちで眺めていたのだろう……?)

と想像をめぐらせていた。


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「なんで、わざわざ担任の前で、あんなこと言うんだよ?」
 |葛西稔梨《かさいみのり》の自宅を出て、|香炉園《こうろえん》の駅から海側を走る私鉄電車に乗ると、ボクは探偵事務所の同僚を問い詰める。
「別に? 野田くんが、三浦先生と親しそうに話してたから、私たちの目的を忘れているんじゃないかと思って、思い出させてあげただけ。池田先輩と言い、野田くんって年上の女の人が好みなんだ?」
「ボクは、幼い頃に母を亡くしてるからね。年上の女性に、その面影を追ってしまうのさ―――と、こんな風に言えば満足かい?」
 ボクが皮肉交じりにそう言うと、|湯舟敏羽《ゆふねとわ》は、バツの悪そうな表情になり、「別にそういうわけじゃ……」と、言葉を濁した。
 その後ろめたさを感じているような表情に対して、ボクは、ここ数ヶ月の間、自分が感じていた想いをを吐き出してしまった。
「せっかくだから言っておくけど、ボクは、そうやって母親代わりに接してこようとする女性が一番苦手なんだよ。両親が居ないからって、年上のオンナに甘えたいなんて思ったことはない」
 ボクが、そう断言すると、隣りに座る湯舟敏羽は、シュンと落ち込んだようにうつむき、
「ゴメンナサイ……そんなつもりじゃなかったんだ……」
と彼女にしては珍しく、しおらしい態度で謝罪の言葉を口にした。
 その普段とは異なる気弱な言葉に思わず動揺してしまい、「いや、わかってくれたなら、それで良いんだけど……」と、ボクも言葉を濁すしかない。ただ、このまま空気が悪くなってしまった状態で目的地まで過ごすつもりは無いので、思い切って、彼女に聞いてみた。
「ところで、どうして急に浮き庭に行こうと言い出したのさ? 探偵事務所の同僚としては、情報を共有してもらいたいところなんだけど?」
 さっきまでの問い詰める口調から、なるべく、穏やかな声色でたずねると、少し表情を和らげた彼女は、ぽつぽつと少しずつ自分の想いを語りだす。
「さっき、稔梨の家で、あのコの顔を見ていたら、やっぱり、真相にたどり着かないと、稔梨の想いは報われないと思ったんだ……たとえ、稔梨が自分で死を選んだにしても、その原因を作った人間がいるなら、わたしは、その相手を許せない。まして、あのコの命を奪っていたとすれば……」
 彼女の言葉にうなずきながら、ボクは、「そっか……」と相づちを打つ。
「それで、葛西が出掛けていたかも知れない、グリ下や浮き庭で情報収集をしようと考えたのか?」
 確認するようにたずねると、湯舟敏羽は、黙ってコクリと首を縦に振った。
 その仕草に彼女の決意を見て取ったボクは、
「わかった。それなら、可能な限り情報を聞き取ってみよう。知り合いからの知識だけじゃ、推理にも限界があるしね。いよいよ、探偵事務所らしくなってきたじゃないか?」
と、少しだけ微笑みながら声をかける。
 すると、彼女は、ようやく笑顔を見せて答えた。
「ありがとう、野田くん。やっぱり、野田くんを相棒にして良かった!」
 その表情に安堵したボクは、
「あぁ、しっかりと聞き込みってのをやってみよう」
と言ってから、この相棒に心を許しかけた自分を後悔することになる。
「そうだね! それじゃ、最初の情報として、野田くんが池田先輩と別れた理由を教えて?」
「それは、いまここで答える話じゃない」
 キッパリと断言し、ボクは相棒を待たずに、主要駅に到着した各駅停車から、快速急行に乗り換えるため下車する。
「なんだよ〜冷たいじゃないか〜」
 と食い下がる相棒の声に聞こえないふりをしていると、程なくして、隣のホームに快速急行の列車が滑り込んできた。
 帰宅ラッシュの時間帯になり、少し混み合い始めた車両に一足先に乗り込んだボクは、空いている席の前の吊り革に陣取り、空席のままの座席を相棒に譲る。
 列車が駅を出発し、スピードが乗り始めたところで、まだ会話が行えると判断したボクは、吊り革に身体を預けながら湯舟にたずねた。
「目的地に行って、聞き込む内容は決まってるの?」
 さすがにボクのプライベート情報に対する追及はあきらめたのか、相棒は、真面目な表情で答えた。
「まずは、金子くんの目撃情報が正しいかどうかかな? グリ下に人が集まってる頃から、稔梨があの辺りに出入りしているなら、きっと他にも目撃者がいるはずだから。そして、もし、稔梨が頻繁に出掛けて行っていたとすれば……」
「次に聞き込むのは、葛西の目的だな」
 ふたたび、真剣な面持ちでうなずいた彼女は、腕を組みながら鼻の頭をかきはじめる。
「わたしが、一番気になっているのは、そこなんだよね。そのことが稔梨の気がかりな行動に大きな影響を与えている気がするんだ」
 親友の湯舟敏羽ならずとも、それは、ボクも気になっていた点だ。
 葛西稔梨が、グリ下周辺に出掛けていたとして、その目的は、なんなのか?
 それは、彼女が投稿を行っていた不審なアカウントや友人に高価(と言っても高校生基準でしか無いが)なドリンクを奢るほど羽振りが良くなっていたこと、そして、妊娠していたことと関連があるのか?
 ボクは、列車の車窓から見える夜の帷が降り始めた街並みに目を向けながら、
(亡くなった葛西稔梨は、この景色をどんな気持ちで眺めていたのだろう……?)
と想像をめぐらせていた。