表示設定
表示設定
目次 目次




第19話 不器用な種火

ー/ー



 言ってから、やってしまった、と思った。
 自分の家族のことなど、ユリアムには関係がない。ただのどうでもいい自分語りだ。

「それより、とにかく怪獣は駆除しなければならないんです。分かっていただけましたか?」
「えっ? あ、ああうん。……えっな、何が?」
 
 ユリアムは、見たことのない表情をしていた。日本で自分を見る大人たちの表情に、少し似ていた。
 なぜかチクリと、胸が痛んだ。

「すみません、どうでもいい話で混乱を招きました」
「い、いや全然! 私は全然問題ないけど!? あっその、ちが……っ! どっ、どうでもよくもないよ!」
「はぁ……」

 ユリアムが一体何を慌てているのか、マナには分からなかった。
 どちらともなく、歩き出す。

 ――沈黙が流れた。
 山道に、二人分の足音だけが響く。

 会話の始まりはいつもユリアムだった。だがそのユリアムは、黙ったまま。

 マナは、改めて後悔した。
 なぜ家族の話などしてしまったのだろう。被害者気取りで正当性を主張して何になる。協力者との人間関係が破綻すれば、任務にも影響が出てしまう。
 なんとかしなければ。

「あの……」
「えっ何?」

 マナはユリアムに向き直り、頭を下げた。

「すみませんでした」
「……えっ?」

 返事はない。
 と、しゃがんだユリアムが顔をのぞき込んできた。

「……私の方こそ、ごめん。変なこと聞いちゃって」
「いえ、自分が過剰反応したせいです」
「それは、真面目過ぎだよ」
「よく言われます」
「やっぱりね」

 ユリアムの人差し指が、額に触れた。指先の圧力が、頭を起こそうとしてくる。 

「……ちょっと! なんで抵抗するの! ぐぬぬ、つ、強い!」
「誠意です」
「もう!」

 ユリアムが諦めて立ち上がり、マナも体を起こした。ユリアムはいつもの、朗らかな表情だった。

「えへへ。お互いに謝ったし、もう忘れよ! マナも私も無事。カイジュウはやっつけて、瘴気も消えた。良いことづくめだもんね!」
「そう、ですね。……ええ、そうです」

 マナは、胸のつかえが消えたのを感じた。目が自然と、ユリアムの表情を追っていた。いつもの、明るい笑顔だった。
 
「そうだ! あの街が通れるなら王都まで近道できるかも!」
「明日、もう一度行ってみましょう」
「うん、そうしよう! あのね、私王都に行ったらさ……」

 マナはユリアムが喋り続けるのを、ただ聞いた。
 悪くない気分だった。 


「マナは、休んでて!」
「でも薪を……」
「私が拾ってくるから! いいから休んでて!」

 ユリアムに押し切られ、マナは一人キャンプに取り残された。

 手持ち無沙汰だ。

 ……筋トレでもしようか。
 この世界に来てからまともにやっていない。
 しかし怪獣との戦いから間もないせいか、どうにもそういう気分になれなかった。

 怪獣との戦い。

 初めての実戦は、反省点だらけだった。ミフ粒子の復元能力でも、マギラの修復にはしばらくかかる。あんな有様、師匠に見られたら説教では済まない。

 それに、あの時の自分。模擬演習でも、あんな興奮状態に陥った経験はない。あれは、なんだったんだろう?

 マナは首を振った。
 疲れている。未知の環境で、初の実戦だったせいだ。だからユリアムにもあんな対応をしてしまったのだ。言われた通り、休んだ方が良い。
 良いはずなのは頭では分かっていた。だが、何かしていないと落ち着かなかった。 

 手の中に棒状の道具を顕現させる。圧気発火器(ファイアピストン)と呼ばれる着火器具だ。あとは火口(ほくち)と焚き付けがあれば、火を起こせる。

 昨日も今朝も、ユリアムが火を起こしてくれていた。自分もそうすれば、彼女も喜ぶだろう。

 ユリアムのテントを調べ、折り目の間に溜まった糸や埃の塊を拝借する。火口はこれでいいだろう。
 焚き付けは昨日の焚き火の燃え残りと、適当な枯れ枝を使う。

 ピストンの先端に火口を乗せ、筒の中に強く押し込む。圧縮空気の熱で火口に火が点いたら、それを火種に焚き付ければ良い。
 しかし……。

「ふっ……くっ!」

 ピストンを押し込むものの、なかなか燃えない。燃えたと思ってもすぐ消えてしまう。

 そうこうしているうちに……

「ただいまー。見て見て! 良い枝たくさん見つけたよ!」

 ユリアムが薪の束を抱えて戻って来てしまった。 
 マナは焦りを覚えた。が、気ははやれども火は付かない。

「……? 何してるの?」

 ユリアムが薪を組みながら言った。

「すみませんっ、今、火を……」

 ボウッ!

 不穏な音がした。
 マナが顔を上げると、ユリアムが組んだ薪に杖を向けているのが見えた。それは、既に勢いよく火の粉を巻き上げている。

「ん? 火がどうかした?」

 何も言えなかった。
 目が合ったユリアムが慌てる。

「……えっ、なに? なになに!? 私なんかやっちゃった!?」
「……いえ」

 マナは燃え盛る焚き火を見た。そしてもう二度と、ユリアムといる時に火起こしはしまい、と心に決めた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第20話 ジエー・タイタイソー


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 言ってから、やってしまった、と思った。
 自分の家族のことなど、ユリアムには関係がない。ただのどうでもいい自分語りだ。
「それより、とにかく怪獣は駆除しなければならないんです。分かっていただけましたか?」
「えっ? あ、ああうん。……えっな、何が?」
 ユリアムは、見たことのない表情をしていた。日本で自分を見る大人たちの表情に、少し似ていた。
 なぜかチクリと、胸が痛んだ。
「すみません、どうでもいい話で混乱を招きました」
「い、いや全然! 私は全然問題ないけど!? あっその、ちが……っ! どっ、どうでもよくもないよ!」
「はぁ……」
 ユリアムが一体何を慌てているのか、マナには分からなかった。
 どちらともなく、歩き出す。
 ――沈黙が流れた。
 山道に、二人分の足音だけが響く。
 会話の始まりはいつもユリアムだった。だがそのユリアムは、黙ったまま。
 マナは、改めて後悔した。
 なぜ家族の話などしてしまったのだろう。被害者気取りで正当性を主張して何になる。協力者との人間関係が破綻すれば、任務にも影響が出てしまう。
 なんとかしなければ。
「あの……」
「えっ何?」
 マナはユリアムに向き直り、頭を下げた。
「すみませんでした」
「……えっ?」
 返事はない。
 と、しゃがんだユリアムが顔をのぞき込んできた。
「……私の方こそ、ごめん。変なこと聞いちゃって」
「いえ、自分が過剰反応したせいです」
「それは、真面目過ぎだよ」
「よく言われます」
「やっぱりね」
 ユリアムの人差し指が、額に触れた。指先の圧力が、頭を起こそうとしてくる。 
「……ちょっと! なんで抵抗するの! ぐぬぬ、つ、強い!」
「誠意です」
「もう!」
 ユリアムが諦めて立ち上がり、マナも体を起こした。ユリアムはいつもの、朗らかな表情だった。
「えへへ。お互いに謝ったし、もう忘れよ! マナも私も無事。カイジュウはやっつけて、瘴気も消えた。良いことづくめだもんね!」
「そう、ですね。……ええ、そうです」
 マナは、胸のつかえが消えたのを感じた。目が自然と、ユリアムの表情を追っていた。いつもの、明るい笑顔だった。
「そうだ! あの街が通れるなら王都まで近道できるかも!」
「明日、もう一度行ってみましょう」
「うん、そうしよう! あのね、私王都に行ったらさ……」
 マナはユリアムが喋り続けるのを、ただ聞いた。
 悪くない気分だった。 
「マナは、休んでて!」
「でも薪を……」
「私が拾ってくるから! いいから休んでて!」
 ユリアムに押し切られ、マナは一人キャンプに取り残された。
 手持ち無沙汰だ。
 ……筋トレでもしようか。
 この世界に来てからまともにやっていない。
 しかし怪獣との戦いから間もないせいか、どうにもそういう気分になれなかった。
 怪獣との戦い。
 初めての実戦は、反省点だらけだった。ミフ粒子の復元能力でも、マギラの修復にはしばらくかかる。あんな有様、師匠に見られたら説教では済まない。
 それに、あの時の自分。模擬演習でも、あんな興奮状態に陥った経験はない。あれは、なんだったんだろう?
 マナは首を振った。
 疲れている。未知の環境で、初の実戦だったせいだ。だからユリアムにもあんな対応をしてしまったのだ。言われた通り、休んだ方が良い。
 良いはずなのは頭では分かっていた。だが、何かしていないと落ち着かなかった。 
 手の中に棒状の道具を顕現させる。|圧気発火器《ファイアピストン》と呼ばれる着火器具だ。あとは|火口《ほくち》と焚き付けがあれば、火を起こせる。
 昨日も今朝も、ユリアムが火を起こしてくれていた。自分もそうすれば、彼女も喜ぶだろう。
 ユリアムのテントを調べ、折り目の間に溜まった糸や埃の塊を拝借する。火口はこれでいいだろう。
 焚き付けは昨日の焚き火の燃え残りと、適当な枯れ枝を使う。
 ピストンの先端に火口を乗せ、筒の中に強く押し込む。圧縮空気の熱で火口に火が点いたら、それを火種に焚き付ければ良い。
 しかし……。
「ふっ……くっ!」
 ピストンを押し込むものの、なかなか燃えない。燃えたと思ってもすぐ消えてしまう。
 そうこうしているうちに……
「ただいまー。見て見て! 良い枝たくさん見つけたよ!」
 ユリアムが薪の束を抱えて戻って来てしまった。 
 マナは焦りを覚えた。が、気ははやれども火は付かない。
「……? 何してるの?」
 ユリアムが薪を組みながら言った。
「すみませんっ、今、火を……」
 ボウッ!
 不穏な音がした。
 マナが顔を上げると、ユリアムが組んだ薪に杖を向けているのが見えた。それは、既に勢いよく火の粉を巻き上げている。
「ん? 火がどうかした?」
 何も言えなかった。
 目が合ったユリアムが慌てる。
「……えっ、なに? なになに!? 私なんかやっちゃった!?」
「……いえ」
 マナは燃え盛る焚き火を見た。そしてもう二度と、ユリアムといる時に火起こしはしまい、と心に決めた。