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第4章〜都市に伝わるあるウワサについて〜⑧

ー/ー



 8月2日(水)

 親友の壮馬が、会議中に倒れ込むというショッキングなアクシデントがあった翌日、オレは、一人で柔琳寺(じゅうりんじ)に向かっていた。

 自分たちの企画に大きな影を落としている『牛女(うしおんな)』という存在について、そのウワサの発信源になった出来事について、どうしても確認しておきたいことがあったからだ。

 このお寺には、亜慈夢(あじむ)古美術堂の店主を通じて、ライブ配信における場所の提供を断られているのだが……。
 オレが、「牛女にまつわる伝承が発生した背景と、その言い伝えが拡散された経緯についての調査を継続している」ことを伝えると、古美術堂の店主は、柔琳寺(じゅうりんじ)の代表者にすぐに連絡を取り、話しを聞く時間をもらえるように、約束を取り付けてくれたのだ。

 これまでの塩対応から一転しての優遇ぶりに、

(どうやら、真相に近づきつつあるようだ……)

という手応えを感じながら、オレは聞き取り調査に臨んだ。

 柔琳寺(じゅうりんじ)は、夫婦岩から徒歩数分の場所にあるバス停のそばから脇道に入っていく場所にあった。

 山の手にある住宅街や昼間は交通量の多い県道と違って、一気に寂しい雰囲気になった山道の奥の寺院に向かい、本堂を訪ねると、お寺の関係者らしい男性が応対してくれた。

「失礼します。亜慈夢(あじむ)古美術堂の店主さんからご紹介いただきました、黒田と言います」

 オレが名乗り出ると、

「あぁ、幽子(ゆうこ)さんが言ってはった高校生ですか? お待ちしてました。遠くまで、ようお越しくださいましたな。私は、住職をさせてもらってる小山(こやま)と言います」

と言って、ご住職は出迎えてくれる。

幽子(ゆうこ)さんから聞いたんやけど、ずい分と熱心に牛女について、調べてるそうですな」

「はい、その牛女の真相を探るために、動画でライブ配信しようと計画していたんですが……自分たちのやり方が不味かったんだと思うんですけど、メンバーの一人が熱中症で倒れてしまって……そこで、牛女の伝承が拡散した理由を調査するために、そのウワサが絶えない、このお寺のお話しを聞かせてもらえないかと考えて、訪問させてもらった次第です」

「なるほど、そうでしたか……では、私がこの柔琳寺(じゅうりんじ)で経験したことと知る限りのことをお話しさせてもらいましょうか?」

 ご住職は、そう言って話しを切り出した。

「私が高校生の頃、昭和50年前半頃は柔琳寺(じゅうりんじ)は静かな山寺で、夜になると何の音も聞こえない、それはそれはのどかな場所でした。高校を卒業して仏教系の大学に進みました。その大学は和歌山県にあり、とてもここから通学することはできません。また、高野山のあるお寺に住み込み、修行をしながらの大学生活ですから、地元に帰れるのはお盆とお正月の数日間だけでした。大学時代の四年間のこちらの様子は、まったくと言っていいほどわかりませんでしたな」

「四年間の修行と勉学を終了して、高野山からこちらに帰ってきて柔琳寺(じゅうりんじ)で住まいするようになりましたのが昭和57年のことでした。その頃からだと思います。夜中に若者がやって来て肝だめしをし始めたのです。はじめの頃はそんなにもひどくはなかったのですが、月日が経つごとにその数は増えていきました。高校生の時代の、のどかな柔琳寺(じゅうりんじ)からは想像できない状態になってしまったのです。そこで、夜中の訪問者に遠慮してもらうために、門をつくりました。あまりも騒々しいときは、静かにしてもらうように注意しに行ったこともしばしばありました。また、あまりにもひどいときは警察にお願いしたこともありました」

「しかし、夜中の訪問者は増える一方でした。ある日、訪ねてくる車のナンバープレートを見ると、県外の車が多いことに気付きました。広島・岡山・京都ナンバーなどなど……なぜこんなにたくさんの人が夜中に来るのか不思議に思いました。ある日、たまたま静かにしてほしいと注意した男の子と話をする機会がありました。彼の話を聞くと、鷲林寺のことが某週刊誌に掲載されていたと言うのです」

「その内容は、境内の荒神(こうじん)さんの(ほこら)のまわりを三周すると『牛女』が追いかけて来るという内容だったというのです。誰かが投稿した記事ということでしたが、寺の断りもなく無断でそのようなでたらめな記事を掲載した週刊誌に対して抗議しました。週刊誌側は平謝りでしたが、謝ってもらったところで夜中の訪問者の数が減ることはありません。記事を見て、その噂はどんどん広がっていったのです」

「なぜ荒神さんの祠を三周すると『牛女』が出現するという噂になったのかといいますと、荒神さんの眷属(けんぞく)として祠の両脇に『牛』をおまつりしています(どこの荒神さんにもおまつりしてあります)。その『牛』を見て誰かが『牛女』と言ったのです。そのひとことが噂となり広がり、最終的に週刊誌に掲載されたことで一気に広がってしまったのです」

「一方、柔琳寺(じゅうりんじ)には、本堂下に八大龍王をおまつりする洞穴があります。『牛女』の噂は、いつの頃からか荒神さんからこの洞穴に移動しました。そもそもこの洞穴は、戦国時代に織田信長によって焼き打ちされた折、その兵火から逃れるために、柔琳寺(じゅうりんじ)のお坊さんが、有馬まで穴を掘って逃げ延びたといわれるもので、現在は10メートルほどのところでせき止めて八大龍王をおまつりしています。ですから、『牛女』とは何の関係もないのです。なぜ、この洞穴に“牛女”が住むと言われだしたのかがわかりません」

「いずれにしましても、この洞穴は八大龍王という尊い龍神さまをおまつりしている神聖な場所です。寺側としては大変な迷惑です。夜中の訪問者が、面白半分でその洞穴に入って奇声を発しますので、入れないように鉄柵を取り付けたのです。すると、その鉄柵を見て『牛女が出れないようにするための鉄柵』と言われかえって逆効果でした」

「夜の訪問者に対しての悩みは三年ほど続きました。睡眠不足の日がずっと続いて、ノイローゼ状態になりました。そんなある日、冗談のつもりで山門入口に看板を出したのです。『牛女は残念ながら引越しされました』と……その看板を出してから夜中の訪問者の数は激減し、静かになったのです。まさか、このような方法が得策であったとは想像もしていなかったことでした」

 普段からお説法を行っているからだろうか、ご住職の語り口は、淡々とした口調ながらも、起承転結がはっきりとしており、内容にメリハリが効いていて、とても聞きご心地が良いものだった。

 その話しに引き込まれたオレが、相づちを打ちながら聞いていると、ご住職はその頃に経験した具体的なエピソードも披露してくれた。
 
「ある日、寺務所に若い男性が訪ねてきました。『すいません牛女はどこに引越ししたんですか?』と……。答えようがなく、『東北地方と聞きましたが……』と思わず答えてしまいました。『東北地方か……遠いな……せっかく来たのにな……』と言い残して帰っていく後姿が強く印象に残っています」

「なるほど、東北に……それじゃ、それ以降、もう『牛女』に関するウワサは、無くなったんですか?」

 このまま微笑ましいエピソードで話しが終わることを期待して、オレは、問いかけたのだが、ご住職は、少し暗い表情で、こう答えた。

「いや、こうして、騒動は収まったと思ったんですが――――――」


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 8月2日(水)
 親友の壮馬が、会議中に倒れ込むというショッキングなアクシデントがあった翌日、オレは、一人で|柔琳寺《じゅうりんじ》に向かっていた。
 自分たちの企画に大きな影を落としている『|牛女《うしおんな》』という存在について、そのウワサの発信源になった出来事について、どうしても確認しておきたいことがあったからだ。
 このお寺には、|亜慈夢《あじむ》古美術堂の店主を通じて、ライブ配信における場所の提供を断られているのだが……。
 オレが、「牛女にまつわる伝承が発生した背景と、その言い伝えが拡散された経緯についての調査を継続している」ことを伝えると、古美術堂の店主は、|柔琳寺《じゅうりんじ》の代表者にすぐに連絡を取り、話しを聞く時間をもらえるように、約束を取り付けてくれたのだ。
 これまでの塩対応から一転しての優遇ぶりに、
(どうやら、真相に近づきつつあるようだ……)
という手応えを感じながら、オレは聞き取り調査に臨んだ。
 |柔琳寺《じゅうりんじ》は、夫婦岩から徒歩数分の場所にあるバス停のそばから脇道に入っていく場所にあった。
 山の手にある住宅街や昼間は交通量の多い県道と違って、一気に寂しい雰囲気になった山道の奥の寺院に向かい、本堂を訪ねると、お寺の関係者らしい男性が応対してくれた。
「失礼します。|亜慈夢《あじむ》古美術堂の店主さんからご紹介いただきました、黒田と言います」
 オレが名乗り出ると、
「あぁ、|幽子《ゆうこ》さんが言ってはった高校生ですか? お待ちしてました。遠くまで、ようお越しくださいましたな。私は、住職をさせてもらってる|小山《こやま》と言います」
と言って、ご住職は出迎えてくれる。
「|幽子《ゆうこ》さんから聞いたんやけど、ずい分と熱心に牛女について、調べてるそうですな」
「はい、その牛女の真相を探るために、動画でライブ配信しようと計画していたんですが……自分たちのやり方が不味かったんだと思うんですけど、メンバーの一人が熱中症で倒れてしまって……そこで、牛女の伝承が拡散した理由を調査するために、そのウワサが絶えない、このお寺のお話しを聞かせてもらえないかと考えて、訪問させてもらった次第です」
「なるほど、そうでしたか……では、私がこの|柔琳寺《じゅうりんじ》で経験したことと知る限りのことをお話しさせてもらいましょうか?」
 ご住職は、そう言って話しを切り出した。
「私が高校生の頃、昭和50年前半頃は|柔琳寺《じゅうりんじ》は静かな山寺で、夜になると何の音も聞こえない、それはそれはのどかな場所でした。高校を卒業して仏教系の大学に進みました。その大学は和歌山県にあり、とてもここから通学することはできません。また、高野山のあるお寺に住み込み、修行をしながらの大学生活ですから、地元に帰れるのはお盆とお正月の数日間だけでした。大学時代の四年間のこちらの様子は、まったくと言っていいほどわかりませんでしたな」
「四年間の修行と勉学を終了して、高野山からこちらに帰ってきて|柔琳寺《じゅうりんじ》で住まいするようになりましたのが昭和57年のことでした。その頃からだと思います。夜中に若者がやって来て肝だめしをし始めたのです。はじめの頃はそんなにもひどくはなかったのですが、月日が経つごとにその数は増えていきました。高校生の時代の、のどかな|柔琳寺《じゅうりんじ》からは想像できない状態になってしまったのです。そこで、夜中の訪問者に遠慮してもらうために、門をつくりました。あまりも騒々しいときは、静かにしてもらうように注意しに行ったこともしばしばありました。また、あまりにもひどいときは警察にお願いしたこともありました」
「しかし、夜中の訪問者は増える一方でした。ある日、訪ねてくる車のナンバープレートを見ると、県外の車が多いことに気付きました。広島・岡山・京都ナンバーなどなど……なぜこんなにたくさんの人が夜中に来るのか不思議に思いました。ある日、たまたま静かにしてほしいと注意した男の子と話をする機会がありました。彼の話を聞くと、鷲林寺のことが某週刊誌に掲載されていたと言うのです」
「その内容は、境内の|荒神《こうじん》さんの|祠《ほこら》のまわりを三周すると『牛女』が追いかけて来るという内容だったというのです。誰かが投稿した記事ということでしたが、寺の断りもなく無断でそのようなでたらめな記事を掲載した週刊誌に対して抗議しました。週刊誌側は平謝りでしたが、謝ってもらったところで夜中の訪問者の数が減ることはありません。記事を見て、その噂はどんどん広がっていったのです」
「なぜ荒神さんの祠を三周すると『牛女』が出現するという噂になったのかといいますと、荒神さんの|眷属《けんぞく》として祠の両脇に『牛』をおまつりしています(どこの荒神さんにもおまつりしてあります)。その『牛』を見て誰かが『牛女』と言ったのです。そのひとことが噂となり広がり、最終的に週刊誌に掲載されたことで一気に広がってしまったのです」
「一方、|柔琳寺《じゅうりんじ》には、本堂下に八大龍王をおまつりする洞穴があります。『牛女』の噂は、いつの頃からか荒神さんからこの洞穴に移動しました。そもそもこの洞穴は、戦国時代に織田信長によって焼き打ちされた折、その兵火から逃れるために、|柔琳寺《じゅうりんじ》のお坊さんが、有馬まで穴を掘って逃げ延びたといわれるもので、現在は10メートルほどのところでせき止めて八大龍王をおまつりしています。ですから、『牛女』とは何の関係もないのです。なぜ、この洞穴に“牛女”が住むと言われだしたのかがわかりません」
「いずれにしましても、この洞穴は八大龍王という尊い龍神さまをおまつりしている神聖な場所です。寺側としては大変な迷惑です。夜中の訪問者が、面白半分でその洞穴に入って奇声を発しますので、入れないように鉄柵を取り付けたのです。すると、その鉄柵を見て『牛女が出れないようにするための鉄柵』と言われかえって逆効果でした」
「夜の訪問者に対しての悩みは三年ほど続きました。睡眠不足の日がずっと続いて、ノイローゼ状態になりました。そんなある日、冗談のつもりで山門入口に看板を出したのです。『牛女は残念ながら引越しされました』と……その看板を出してから夜中の訪問者の数は激減し、静かになったのです。まさか、このような方法が得策であったとは想像もしていなかったことでした」
 普段からお説法を行っているからだろうか、ご住職の語り口は、淡々とした口調ながらも、起承転結がはっきりとしており、内容にメリハリが効いていて、とても聞きご心地が良いものだった。
 その話しに引き込まれたオレが、相づちを打ちながら聞いていると、ご住職はその頃に経験した具体的なエピソードも披露してくれた。
「ある日、寺務所に若い男性が訪ねてきました。『すいません牛女はどこに引越ししたんですか?』と……。答えようがなく、『東北地方と聞きましたが……』と思わず答えてしまいました。『東北地方か……遠いな……せっかく来たのにな……』と言い残して帰っていく後姿が強く印象に残っています」
「なるほど、東北に……それじゃ、それ以降、もう『牛女』に関するウワサは、無くなったんですか?」
 このまま微笑ましいエピソードで話しが終わることを期待して、オレは、問いかけたのだが、ご住職は、少し暗い表情で、こう答えた。
「いや、こうして、騒動は収まったと思ったんですが――――――」