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 緑色の看板のファミレスで、ドリンクバーで選択したメロンソーダに白いストローをさして、俺は椅子に座った。四人がけのテーブルだが、俺と正面に座る碕寺紫生しかいない。ガラガラの店内だからなのか、するっとこの席に案内された。

 紫生は、俺の四歳年上の、県警のエリートだ。俺はといえば、しがない大学生である。節巳村の家が隣だから、幼少時より何かと構ってもらった。俺は現在、二十三歳の医大生だ。紫生は警察官として過ごしていて、俺が大学に入る事になってすぐに保証人になってくれた。

「青唯」

 絢戸青唯が俺の名前だ。今日は二人でファミレスに来たわけだが、普段は俺が家賃代のせめてものお礼に、家事をしている。一応医大に通っている俺だが、まだ専攻が決まらない。日々の生活と国試の勉強でいっぱいいっぱいだ。

「あまり根を詰めすぎるなよ」
「え?」
「目の下。真面目なのは良い事だけどな、クマが出来てるぞ」

 それを聞いて、俺は思わず苦笑してしまった。紫生は優しい。

「そうだ、次の連休は帰って来いって言われてるんだった。紫生は帰る?」
「節巳に?」
「ああ。勉強もあるし、これを逃すと次にいつ行けるかも分からないからな」
「青唯が帰るなら、休暇を取る。いいか? 絶対に一人で節巳に行くな」
「前からそう言うよな。俺も子供じゃないんだから、帰省くらい一人でも出来るぞ?」

 苦笑してから、俺はたらこパスタをフォークで巻き取った。しかし仏頂面に変わった紫生が首を振る。

「ダメだ。節巳に戻る時は、必ず俺を連れて行け」
「うん? じゃあ――次の週末には帰ろうかと思うけど」
「空けておく」

 この日はそんなやりとりをした。そして、二人で待ち合わせをしていたファミレスを出て、一緒にモノレールに乗り、マンションへと帰宅した。

 ――紫生の車で帰省した節巳村は、全く変化が無いように見えた。俺の実家の絢戸家まで送ってくれた紫生は、車の窓を開けると、じっと俺を見た。

「いいな? 絶対に碕寺には来るなよ?」
「――なにか予定でもあるのか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「だったら――」
「来るなら迎えに行くから、事前に俺に言え」

 俺の言葉に、紫生が優しい顔で笑った。俺も微笑み返してから、実家の中に入る。家のしきたりとして、まずは仏壇で手を合わせた。上を見上げ、大伯父さんだという廣埜という人物や、祖父の瑞孝の遺影を見る。絢戸家は、そこそこ古くから続く農家みたいだ。

「でも、どうして碕寺に行ってはならないんだろうなぁ」

 それは、昔から紫生に言われてきた言葉だった。好きな相手の家に行きたいと思うのは、自然な事だと俺は思う。精神医学の参考書を開きながら、くるりと俺はシャープペンを回した。丁度、私宅監置について触れている、旧世代的な精神医療についての頁だ。

 ちなみに、サプライズ……――突然出向いたら、怒るだろうか。行ってみようか。

 この夜は、家族に帰省を祝ってもらったのだが、俺は眠るまでの間、ずっとその案を忘れなかった。

 こうして翌日、俺は碕寺へと向かう事にした。 お寺の脇の林を眺め、そちらは近道らしいが、足を踏み入れるなと言われていたので、素直に石段を登っていく。そして敷地に入ると、井戸や社務所、そして、その向こうに旧本尊や庵が見えた。

「ん?」

 コンコン、と。

 音が聞こえた気がした。顔を向けると、庵の鉄格子の硝子が、小さく揺れていた。 なんだろう。誰かいるのだろうか?

 そう考える内に、自然とそちらに足が向いた。

 進んでいくと、庵があって、鍵が――開いていた。勝手に入ったら悪いかとは思ったが、不思議と惹きつけられて、俺は手をかけてしまった。中にはもう一つ扉があり、格子越しに中が見える。なんだろう、ここは? そう考えながらチラリと覗くと、中には黒い木の床が見えた。

「やぁ、廣埜」
「え?」
「ああ、もうそれは昔の名前か。知ってるよ。確かその次は、瑞孝だったんだね。秋生が話していた」
「?」
「秋生は、今は紫生か」

 中には、二十代くらいの、白い髪に緋色の瞳をした青年が一人座っていた。白い和服を着ている。左肩のところに、何かが切断された痕のようなものが見えた。

「『初めまして』かな。君の名前は?」
「え? あ、俺は……絢戸青唯です」
「青唯。青唯、か。相変わらず、『美味しそう』だね」
「?」

 何を言われているのか分からず、俺は首を捻る。

「でも――喰べるのにも飽きたな。僕もそろそろここを出たい。ねぇ、青唯。僕と交換しない?」
「交換?」
「僕の代わりに、これからここにいてくれない? うん。いいね、そうしよう」

 後方からキツく肩を掴まれたのは、その時の事だった。

「!」

 反射的に振り返れば、そこには険しい顔をしている紫生の姿があった。俺を抱き寄せた紫生は、真っ直ぐに青年を睨めつけながら、俺に言う。

「来るなと言っただろう」
「あの……この人は?」
「出るぞ」
「待って。ここ、おかしいよね。座敷牢みたいな――」

 昨日参考書で目にした写真と似た構造の室内を一瞥し、俺は思わず言った。すると、紫生が舌打ちした。

「助けて、青唯。僕は、碕寺の人間に、監禁されているんだよ」
「え」
「耳を貸すな、青唯」
「でも――」
「俺とコイツのどちらを信じるんだ?」

 そう言われると、返す声が無かった。そのまま俺は、庵から連れ出された。

「いいな、青唯。お前は何も見なかった」



 そのまま母屋まで連れて行かれた俺は、玄関で靴を脱ぎ、その後、紫生の部屋へと連れて行かれた。

「何故言いつけを破った?」
「……ごめんなさい」
「青唯。もう心臓に悪い事をしないでくれ」
「――……あの人は、誰だったんだ?」「蛇神だ。それ以上でも以下でもない。追及するな」

 その後嘆息した紫生が呑もうと言い出したので、俺はこの夜は泊めてもらった。

 ***

 ――銃声がしたのは、早朝の事だった。

 俺は、一人きりの布団で、その音により目を覚ましたが、猟友会の者が獣を撃ったのだろうかと漠然と考えるだけだった。同時に、紫生はトイレにでも行ったのだろうかと思った後、すぐにまた微睡んだものである。

 なお、節巳村の碕寺の離れ――庵の中の座敷牢で見つかった白髪のシャム双生児の遺体に関する記事は、村人の誰の目に触れる事も無かった。

 何故ならば、そこで一度、『終わった』からである。


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 緑色の看板のファミレスで、ドリンクバーで選択したメロンソーダに白いストローをさして、俺は椅子に座った。四人がけのテーブルだが、俺と正面に座る碕寺紫生しかいない。ガラガラの店内だからなのか、するっとこの席に案内された。
 紫生は、俺の四歳年上の、県警のエリートだ。俺はといえば、しがない大学生である。節巳村の家が隣だから、幼少時より何かと構ってもらった。俺は現在、二十三歳の医大生だ。紫生は警察官として過ごしていて、俺が大学に入る事になってすぐに保証人になってくれた。
「青唯」
 絢戸青唯が俺の名前だ。今日は二人でファミレスに来たわけだが、普段は俺が家賃代のせめてものお礼に、家事をしている。一応医大に通っている俺だが、まだ専攻が決まらない。日々の生活と国試の勉強でいっぱいいっぱいだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ」
「え?」
「目の下。真面目なのは良い事だけどな、クマが出来てるぞ」
 それを聞いて、俺は思わず苦笑してしまった。紫生は優しい。
「そうだ、次の連休は帰って来いって言われてるんだった。紫生は帰る?」
「節巳に?」
「ああ。勉強もあるし、これを逃すと次にいつ行けるかも分からないからな」
「青唯が帰るなら、休暇を取る。いいか? 絶対に一人で節巳に行くな」
「前からそう言うよな。俺も子供じゃないんだから、帰省くらい一人でも出来るぞ?」
 苦笑してから、俺はたらこパスタをフォークで巻き取った。しかし仏頂面に変わった紫生が首を振る。
「ダメだ。節巳に戻る時は、必ず俺を連れて行け」
「うん? じゃあ――次の週末には帰ろうかと思うけど」
「空けておく」
 この日はそんなやりとりをした。そして、二人で待ち合わせをしていたファミレスを出て、一緒にモノレールに乗り、マンションへと帰宅した。
 ――紫生の車で帰省した節巳村は、全く変化が無いように見えた。俺の実家の絢戸家まで送ってくれた紫生は、車の窓を開けると、じっと俺を見た。
「いいな? 絶対に碕寺には来るなよ?」
「――なにか予定でもあるのか?」
「別に、そういうわけじゃない」
「だったら――」
「来るなら迎えに行くから、事前に俺に言え」
 俺の言葉に、紫生が優しい顔で笑った。俺も微笑み返してから、実家の中に入る。家のしきたりとして、まずは仏壇で手を合わせた。上を見上げ、大伯父さんだという廣埜という人物や、祖父の瑞孝の遺影を見る。絢戸家は、そこそこ古くから続く農家みたいだ。
「でも、どうして碕寺に行ってはならないんだろうなぁ」
 それは、昔から紫生に言われてきた言葉だった。好きな相手の家に行きたいと思うのは、自然な事だと俺は思う。精神医学の参考書を開きながら、くるりと俺はシャープペンを回した。丁度、私宅監置について触れている、旧世代的な精神医療についての頁だ。
 ちなみに、サプライズ……――突然出向いたら、怒るだろうか。行ってみようか。
 この夜は、家族に帰省を祝ってもらったのだが、俺は眠るまでの間、ずっとその案を忘れなかった。
 こうして翌日、俺は碕寺へと向かう事にした。 お寺の脇の林を眺め、そちらは近道らしいが、足を踏み入れるなと言われていたので、素直に石段を登っていく。そして敷地に入ると、井戸や社務所、そして、その向こうに旧本尊や庵が見えた。
「ん?」
 コンコン、と。
 音が聞こえた気がした。顔を向けると、庵の鉄格子の硝子が、小さく揺れていた。 なんだろう。誰かいるのだろうか?
 そう考える内に、自然とそちらに足が向いた。
 進んでいくと、庵があって、鍵が――開いていた。勝手に入ったら悪いかとは思ったが、不思議と惹きつけられて、俺は手をかけてしまった。中にはもう一つ扉があり、格子越しに中が見える。なんだろう、ここは? そう考えながらチラリと覗くと、中には黒い木の床が見えた。
「やぁ、廣埜」
「え?」
「ああ、もうそれは昔の名前か。知ってるよ。確かその次は、瑞孝だったんだね。秋生が話していた」
「?」
「秋生は、今は紫生か」
 中には、二十代くらいの、白い髪に緋色の瞳をした青年が一人座っていた。白い和服を着ている。左肩のところに、何かが切断された痕のようなものが見えた。
「『初めまして』かな。君の名前は?」
「え? あ、俺は……絢戸青唯です」
「青唯。青唯、か。相変わらず、『美味しそう』だね」
「?」
 何を言われているのか分からず、俺は首を捻る。
「でも――喰べるのにも飽きたな。僕もそろそろここを出たい。ねぇ、青唯。僕と交換しない?」
「交換?」
「僕の代わりに、これからここにいてくれない? うん。いいね、そうしよう」
 後方からキツく肩を掴まれたのは、その時の事だった。
「!」
 反射的に振り返れば、そこには険しい顔をしている紫生の姿があった。俺を抱き寄せた紫生は、真っ直ぐに青年を睨めつけながら、俺に言う。
「来るなと言っただろう」
「あの……この人は?」
「出るぞ」
「待って。ここ、おかしいよね。座敷牢みたいな――」
 昨日参考書で目にした写真と似た構造の室内を一瞥し、俺は思わず言った。すると、紫生が舌打ちした。
「助けて、青唯。僕は、碕寺の人間に、監禁されているんだよ」
「え」
「耳を貸すな、青唯」
「でも――」
「俺とコイツのどちらを信じるんだ?」
 そう言われると、返す声が無かった。そのまま俺は、庵から連れ出された。
「いいな、青唯。お前は何も見なかった」
 そのまま母屋まで連れて行かれた俺は、玄関で靴を脱ぎ、その後、紫生の部屋へと連れて行かれた。
「何故言いつけを破った?」
「……ごめんなさい」
「青唯。もう心臓に悪い事をしないでくれ」
「――……あの人は、誰だったんだ?」「蛇神だ。それ以上でも以下でもない。追及するな」
 その後嘆息した紫生が呑もうと言い出したので、俺はこの夜は泊めてもらった。
 ***
 ――銃声がしたのは、早朝の事だった。
 俺は、一人きりの布団で、その音により目を覚ましたが、猟友会の者が獣を撃ったのだろうかと漠然と考えるだけだった。同時に、紫生はトイレにでも行ったのだろうかと思った後、すぐにまた微睡んだものである。
 なお、節巳村の碕寺の離れ――庵の中の座敷牢で見つかった白髪のシャム双生児の遺体に関する記事は、村人の誰の目に触れる事も無かった。
 何故ならば、そこで一度、『終わった』からである。