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3 オトコとオンナ

ー/ー




 男飼か……。
 そう言えば私もまだ好奇心旺盛で何でも知りたがりだった子供の頃、おばあさんに尋ねた事があったっけ。
 囲炉裏端に何人かの友達とおばあさんを囲んで、昔話を聞いてる時だったな。

「大昔は人間はオンナとオトコがいたんだよ、オンナはかわいくてきれいで、オトコはたくましくて強かったんだ」
 おばあさんのしわがれ声は少し聞き取りにくかったし、頬骨の突き出た顔つきは怖かったけど、私はおばあさんが大好きだった。

 百科辞典みたいに、私の知りたいことに何でも答えてくれる、そんなおばあさんが好きだった。

「オトコってなーに?」必ずそう聞く子が誰かいた。そしておばあさんの答えも決まっていた。

「オトコは素敵で強くて悲しい生き物だったんだよ」
 遠い目をしておばあさんはいつもそう言ってた。

 おばあさんだって見た事あるわけじゃないはずなのに。
 数百年も昔に、オトコは全部居なくなってしまった筈だから。

「どうして居なくなったの?」
 そんな質問にはおばあさんは少し困った顔をした。
 知らなかったからなのか、子供に話してもいいものか迷ったのか、それは今でもわからない。

「役目が終わったからかもしれないね。オンナが強くなってオトコが要らなくなったんだよ」
 わかったようなわからないような、そんな答えをおばあさんは口をもごもごしながら言ったものだった。

 おばあさんは私が六歳の時に死んでいった。

 確か歳は五十過ぎてたはずだ。この村ではかなり長生きの方だった。
 母はといえば今年43歳になるが、今のところとても元気だ。

 私の同級生達の中にはすでに母親が死んでしまってる子が何人かいるけど、私の母に限っていえば、おばあさんほどは無理にしてもまだ数年は長生きしてくれると思う。

「お母さん、おかわりあげようか」
 おかゆの椀を受け取って、軟らかい白いかゆを鍋から掬い取る。

 母はあまりしゃべらないけど、その顔色で喜んでるのがわかる。
 しわの深い目じりの表情で私に対する愛情をたっぷり表現してくれる。

「もうすぐお祭りだね。男飼もやってくるね。私はあと三年後か。ちょっと怖いわ」
 黙って食べてる母の前で私は一人で話をする。

 私には姉妹もいないから、家ではこうして母の前で答の帰ってこない会話をする時しかしゃべる機会がないのだ。

「男飼か、そうだね。ミチルももうすぐなんだね。それまでは生きていないとね」
 普段話す事はめったにない母が、しわがれた声で答えを返してくれた。

 箸を置いて何かを思い出そうとしてる。

 あまり母親とする話題じゃないのはわかってたけど、あえて話をふってみた。

「母さんもデビュー嫌だった?」
 答えは返ってこない。

「ゆかり姉さんのひいばあさんって知ってる? 男飼デビューしなかったそうだよ。それで100歳までも生きたって」

「サダエさんの事だね」
 今度は返事が返ってきた。

「あの頃は今みたいに平和じゃなかったからね。他の村といざこざが絶えなかった。力の強い者が必要だったんだよ。サダエさんは普通の人の10倍の力を持っていた。だから村長が頼んで男飼は止めてもらってたんだよ」

「でも、それでも子供を産んだんでしょ。ゆかり姉さんのお母さんだよ。男飼しなくても子供が産めるの?」
 核心の部分だ。私は思わず膝立ちになって母の顔をのぞきこんだ。

「子供は産む事ができるけどね。強い子はできないんだ。ゆかりさんの母親、泉姉さんはゆかりさんを産んだ時にそのまま死んでしまったよ。力も弱かった」

「オンと交われば力の強い子供が生まれるわけ? でも、それじゃ力の強い子供を産むために母さんや私達は、寿命を半分以下に縮めてるって言うの?」

 非難するつもりは全然ないのに、どうしても詰問する口調になってしまう。
 母はそんな私に嫌な顔ひとつしなかった。

 ただ、そうかもしれないね、と一言だけ答えて、後はなにもしゃべらなかった。
 ろうそくの炎がちらちらゆれて、誰か他の人間が近くにいる事を私に知らせた。
 家の外に誰かが隠れてるようだった。私達の話を聞いていたのかもしれない。

 寝ていたジロの耳がぴくんと起きて、軽く唸り出す。

 ジロを制して私は外に走り出た。周囲に目を凝らす。
 うるさく鳴く虫の声に混じって草を分け走り去る音が聞こえてきた。

 誰かが居たのは確かだけど、いったい誰だろう。私達の話なんか聞いても何てことないだろうに。
 とにかく、母の話でいくつか重要な事がわかった。

 どうやら男飼は子供を産むためだけのものじゃないようだ。
 私達の超能力にも関係してるみたいだし、寿命にも関係してるのだ。
 それに、以前は私達がオンと一緒に生活していたのも事実のようだ。

 じゃあなぜ、今のような環境に変ってしまったのだろうか。
 自然にオンが退化して動物並になるなんてありえるだろうか。
 それにそれがありえたとしても、一緒に生活できない理由にはなりそうにない気がする。
 犬や猫をペットにして生活してる現状に、ペットがひとつ増えるだけ、じゃ駄目なのかしら。

 駄目だとしたらなぜ?

 そうだ、それにオトコのこともあった。オトコは数百年前に居なくなったらしいけど、オンとの関係はどうなんだろう。
 まったく別の生き物なのか、それとも何か関係があるのか。
 わかった事はたくさんあるけど、その為に却ってわからなくなった事の方が多いかもしれない。

 男飼の真相か……。男飼デビューした人は、みんなわかっているのかしら。
 ゆかり姉さんの言葉では、そうじゃない様子だったけど。



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 男飼か……。
 そう言えば私もまだ好奇心旺盛で何でも知りたがりだった子供の頃、おばあさんに尋ねた事があったっけ。
 囲炉裏端に何人かの友達とおばあさんを囲んで、昔話を聞いてる時だったな。
「大昔は人間はオンナとオトコがいたんだよ、オンナはかわいくてきれいで、オトコはたくましくて強かったんだ」
 おばあさんのしわがれ声は少し聞き取りにくかったし、頬骨の突き出た顔つきは怖かったけど、私はおばあさんが大好きだった。
 百科辞典みたいに、私の知りたいことに何でも答えてくれる、そんなおばあさんが好きだった。
「オトコってなーに?」必ずそう聞く子が誰かいた。そしておばあさんの答えも決まっていた。
「オトコは素敵で強くて悲しい生き物だったんだよ」
 遠い目をしておばあさんはいつもそう言ってた。
 おばあさんだって見た事あるわけじゃないはずなのに。
 数百年も昔に、オトコは全部居なくなってしまった筈だから。
「どうして居なくなったの?」
 そんな質問にはおばあさんは少し困った顔をした。
 知らなかったからなのか、子供に話してもいいものか迷ったのか、それは今でもわからない。
「役目が終わったからかもしれないね。オンナが強くなってオトコが要らなくなったんだよ」
 わかったようなわからないような、そんな答えをおばあさんは口をもごもごしながら言ったものだった。
 おばあさんは私が六歳の時に死んでいった。
 確か歳は五十過ぎてたはずだ。この村ではかなり長生きの方だった。
 母はといえば今年43歳になるが、今のところとても元気だ。
 私の同級生達の中にはすでに母親が死んでしまってる子が何人かいるけど、私の母に限っていえば、おばあさんほどは無理にしてもまだ数年は長生きしてくれると思う。
「お母さん、おかわりあげようか」
 おかゆの椀を受け取って、軟らかい白いかゆを鍋から掬い取る。
 母はあまりしゃべらないけど、その顔色で喜んでるのがわかる。
 しわの深い目じりの表情で私に対する愛情をたっぷり表現してくれる。
「もうすぐお祭りだね。男飼もやってくるね。私はあと三年後か。ちょっと怖いわ」
 黙って食べてる母の前で私は一人で話をする。
 私には姉妹もいないから、家ではこうして母の前で答の帰ってこない会話をする時しかしゃべる機会がないのだ。
「男飼か、そうだね。ミチルももうすぐなんだね。それまでは生きていないとね」
 普段話す事はめったにない母が、しわがれた声で答えを返してくれた。
 箸を置いて何かを思い出そうとしてる。
 あまり母親とする話題じゃないのはわかってたけど、あえて話をふってみた。
「母さんもデビュー嫌だった?」
 答えは返ってこない。
「ゆかり姉さんのひいばあさんって知ってる? 男飼デビューしなかったそうだよ。それで100歳までも生きたって」
「サダエさんの事だね」
 今度は返事が返ってきた。
「あの頃は今みたいに平和じゃなかったからね。他の村といざこざが絶えなかった。力の強い者が必要だったんだよ。サダエさんは普通の人の10倍の力を持っていた。だから村長が頼んで男飼は止めてもらってたんだよ」
「でも、それでも子供を産んだんでしょ。ゆかり姉さんのお母さんだよ。男飼しなくても子供が産めるの?」
 核心の部分だ。私は思わず膝立ちになって母の顔をのぞきこんだ。
「子供は産む事ができるけどね。強い子はできないんだ。ゆかりさんの母親、泉姉さんはゆかりさんを産んだ時にそのまま死んでしまったよ。力も弱かった」
「オンと交われば力の強い子供が生まれるわけ? でも、それじゃ力の強い子供を産むために母さんや私達は、寿命を半分以下に縮めてるって言うの?」
 非難するつもりは全然ないのに、どうしても詰問する口調になってしまう。
 母はそんな私に嫌な顔ひとつしなかった。
 ただ、そうかもしれないね、と一言だけ答えて、後はなにもしゃべらなかった。
 ろうそくの炎がちらちらゆれて、誰か他の人間が近くにいる事を私に知らせた。
 家の外に誰かが隠れてるようだった。私達の話を聞いていたのかもしれない。
 寝ていたジロの耳がぴくんと起きて、軽く唸り出す。
 ジロを制して私は外に走り出た。周囲に目を凝らす。
 うるさく鳴く虫の声に混じって草を分け走り去る音が聞こえてきた。
 誰かが居たのは確かだけど、いったい誰だろう。私達の話なんか聞いても何てことないだろうに。
 とにかく、母の話でいくつか重要な事がわかった。
 どうやら男飼は子供を産むためだけのものじゃないようだ。
 私達の超能力にも関係してるみたいだし、寿命にも関係してるのだ。
 それに、以前は私達がオンと一緒に生活していたのも事実のようだ。
 じゃあなぜ、今のような環境に変ってしまったのだろうか。
 自然にオンが退化して動物並になるなんてありえるだろうか。
 それにそれがありえたとしても、一緒に生活できない理由にはなりそうにない気がする。
 犬や猫をペットにして生活してる現状に、ペットがひとつ増えるだけ、じゃ駄目なのかしら。
 駄目だとしたらなぜ?
 そうだ、それにオトコのこともあった。オトコは数百年前に居なくなったらしいけど、オンとの関係はどうなんだろう。
 まったく別の生き物なのか、それとも何か関係があるのか。
 わかった事はたくさんあるけど、その為に却ってわからなくなった事の方が多いかもしれない。
 男飼の真相か……。男飼デビューした人は、みんなわかっているのかしら。
 ゆかり姉さんの言葉では、そうじゃない様子だったけど。