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第3章〜汚れた聖地巡礼について〜⑩

ー/ー



 7月31日(月)

 夫婦岩で、牛女(うしおんな)と思しき存在を目撃したあと、急遽、開催が決まった編集室での緊急会議では、オレと壮馬、緑川の他にシロと桃華が参加して、ライブ配信された映像を確認しながら、今後の対策を話し合った。

 その結果、現時点では、慌てて当初の予定を大きく変更せず、月曜日に行う行動の結果によって、臨機応変に対応することに決まった。

「先輩たちにとっては、想定外の事態だったかも知れませんけど……ヤラセなしでパニックになった感じが上手く出ていますし、バズらせたいなら、この動画のアーカイブは、しばらく、このまま残しておいても良いんじゃないですか?」

 そう言った桃華の提案は、冷静に考えれば、最良の選択のようにも思えた。ライブ配信が終わったあとのアーカイブ動画の再生数は伸び続け、早くも7万PVに達しようとしている。

 正直、異形の存在が、突然、目の前にあらわれたことに恐怖しか感じなかった自分では気づかなかったが、動画の中の自分たちの焦り具合は、素人が下手な演技をするよりも、視聴者にとって、はるかに臨場感とリアリティーがあると感じられるだろう。

 ただ、暗がりの中で、このアーカイブ動画に写っているモノの正体がわからない以上、シロのアカウントである『クローバー・フィールド』での情報拡散は、一旦停止にしておこう、ということになった。

 本来であれば、

 ライブ配信を見ていた(という設定の)白草四葉が、自身のチャンネルで配信者と連絡が取れないと情報発信
 ↓
 匿名ユーザーが作成した(という設定の)パニック時の切り抜きショート動画のアップロード
 ↓
 現場に残された(という設定の)スマホカメラから、配信者の失踪を暗示させる動画が発見される

という流れを予定していたのだが、あの怪異の正体が判明するまで、これらの行動は、保留することになった。

 どちらにせよ、ここに上げた行動計画は、夫婦岩訪問の翌日から行うことになっていたので、スケジュールが大きく遅延したり、破綻している訳では無い。

「明日は、朝から夫婦岩に行って、まだ現場に残っていれば撮影用のスマホを回収してから、亜慈夢(あじむ)古美術堂に行って、アーカイブとスマホの動画を店主に確認してもらってくる。その回答を待って、今後の活動方針を決めよう」

 オレの提案に、会議に参加したメンバーの一同は、おおむね賛同してくれた。

 そんな訳で、前日に想定外のアクシデントに見舞われたにもかかわらず、オレと壮馬と緑川の男子三名は、バスの始発を待たずに、早朝から自転車で夫婦岩を目指した。

 寝不足気味である身体にムチうちながら、午前6時30分すぎに到着した巨石は、前日と変わらず、怪しげな雰囲気を漂わせている。

 この目で実際に目にした現在(いま)でも、オレ自身は、例の岩の裂け目に、あの異形のモノが棲んでいるなんて信じてはいないのだが、空が明るくなった時間帯でも、あの場所に近づくのは緊張する。

「なにかあったときのために、僕も二人と一緒に行くよ」

 健気なことを言ってくれる緑川に感謝しつつ、夫婦岩のそばの歩道から裂け目の近くを確認すると、幸運なことに撮影用のスマホは、前日、壮馬の手から滑り落ちたのと、ほぼ同じ場所に転がっていた。

「あった! これで、カメラに残っている動画も確認できる!!」

 喜んで駆け出そうとする壮馬だが、次の瞬間、

 パ〜ン

という音ともに、クラクションが鳴り、北の方向に向かう乗用車が走り抜けていく。

「あぶねぇぞ、壮馬! 気をつけろ」

 親友のシャツを引っ張りながら、相変わらず前のめりな相手に注意すると、壮馬は、

「わかってるよ! でも、早く映像を確認しないと!!」

と言って、スマホの回収を行った。

 同時に、スマホが落ちていた場所のそばに、工事現場などで使用する高強度のポリエチレン繊維を素材としたロープが転がっていた。夫婦岩を動かそうとした時に置き去りにされたものなのだろうか?

 気になったので、そのロープを自分のスマホで撮影しておくことにした。
 
 無事に手元に戻ってきたカメラ付き端末は、すぐに編集室に持ち帰って、録画されたデータなどを確認する。
 ただ、残念なのか幸運なのかはわからないが、スマホの動画フォルダなどには、目新しい動画は保存されていなかった。

「仕方ない、残っている動画をPCにコピーしてから、スマホは古美術堂に持って行こう」

 そう言って、スマホを手にして立ち上がると、壮馬は、

「ホントに持って行くの? あの古美術堂でナニがわかるって言うのさ?」

と抗議するが、オレは、その反論めいた声を一蹴する。

「夫婦岩で配信することを薦めたのは、あの店の(あるじ)だからな。動画に写っている、あの牛の顔をした存在がなんなのかくらい聞いてみるべきだろう」

「わかったよ。じゃあ、竜司は古美術堂に行って来て。ボクは、ファウンド・フッテージの動画の編集準備をしておくから」

「あぁ、それじゃあな」

 そう返答したあと、オレは祝川沿いにある古美術堂に向かう。
 壮馬の言う「ファウンド・フッテージの動画」というのは、今回の計画の最終段階に公開する予定の「現場に残された(という設定の)スマホカメラから、配信者の失踪を暗示させる」動画のことだ。

 当初の計画では、ここで、アーカイブ動画を編集し、牛女を思わせる存在が画面を横切る姿を特殊効果で付け足して、配信者(つまりオレたちのことだ)が行方不明になる切っ掛けになることを匂わせる予定だった。
 
 しかし、思わぬ怪異の乱入で、そのプランは変更となるかも知れない。

 古美術堂で、あの怪異の正体が判明することを期待しながら、炎天下の中、オレは自転車を漕ぎ出した。


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 7月31日(月)
 夫婦岩で、|牛女《うしおんな》と思しき存在を目撃したあと、急遽、開催が決まった編集室での緊急会議では、オレと壮馬、緑川の他にシロと桃華が参加して、ライブ配信された映像を確認しながら、今後の対策を話し合った。
 その結果、現時点では、慌てて当初の予定を大きく変更せず、月曜日に行う行動の結果によって、臨機応変に対応することに決まった。
「先輩たちにとっては、想定外の事態だったかも知れませんけど……ヤラセなしでパニックになった感じが上手く出ていますし、バズらせたいなら、この動画のアーカイブは、しばらく、このまま残しておいても良いんじゃないですか?」
 そう言った桃華の提案は、冷静に考えれば、最良の選択のようにも思えた。ライブ配信が終わったあとのアーカイブ動画の再生数は伸び続け、早くも7万PVに達しようとしている。
 正直、異形の存在が、突然、目の前にあらわれたことに恐怖しか感じなかった自分では気づかなかったが、動画の中の自分たちの焦り具合は、素人が下手な演技をするよりも、視聴者にとって、はるかに臨場感とリアリティーがあると感じられるだろう。
 ただ、暗がりの中で、このアーカイブ動画に写っているモノの正体がわからない以上、シロのアカウントである『クローバー・フィールド』での情報拡散は、一旦停止にしておこう、ということになった。
 本来であれば、
 ライブ配信を見ていた(という設定の)白草四葉が、自身のチャンネルで配信者と連絡が取れないと情報発信
 ↓
 匿名ユーザーが作成した(という設定の)パニック時の切り抜きショート動画のアップロード
 ↓
 現場に残された(という設定の)スマホカメラから、配信者の失踪を暗示させる動画が発見される
という流れを予定していたのだが、あの怪異の正体が判明するまで、これらの行動は、保留することになった。
 どちらにせよ、ここに上げた行動計画は、夫婦岩訪問の翌日から行うことになっていたので、スケジュールが大きく遅延したり、破綻している訳では無い。
「明日は、朝から夫婦岩に行って、まだ現場に残っていれば撮影用のスマホを回収してから、|亜慈夢《あじむ》古美術堂に行って、アーカイブとスマホの動画を店主に確認してもらってくる。その回答を待って、今後の活動方針を決めよう」
 オレの提案に、会議に参加したメンバーの一同は、おおむね賛同してくれた。
 そんな訳で、前日に想定外のアクシデントに見舞われたにもかかわらず、オレと壮馬と緑川の男子三名は、バスの始発を待たずに、早朝から自転車で夫婦岩を目指した。
 寝不足気味である身体にムチうちながら、午前6時30分すぎに到着した巨石は、前日と変わらず、怪しげな雰囲気を漂わせている。
 この目で実際に目にした|現在《いま》でも、オレ自身は、例の岩の裂け目に、あの異形のモノが棲んでいるなんて信じてはいないのだが、空が明るくなった時間帯でも、あの場所に近づくのは緊張する。
「なにかあったときのために、僕も二人と一緒に行くよ」
 健気なことを言ってくれる緑川に感謝しつつ、夫婦岩のそばの歩道から裂け目の近くを確認すると、幸運なことに撮影用のスマホは、前日、壮馬の手から滑り落ちたのと、ほぼ同じ場所に転がっていた。
「あった! これで、カメラに残っている動画も確認できる!!」
 喜んで駆け出そうとする壮馬だが、次の瞬間、
 パ〜ン
という音ともに、クラクションが鳴り、北の方向に向かう乗用車が走り抜けていく。
「あぶねぇぞ、壮馬! 気をつけろ」
 親友のシャツを引っ張りながら、相変わらず前のめりな相手に注意すると、壮馬は、
「わかってるよ! でも、早く映像を確認しないと!!」
と言って、スマホの回収を行った。
 同時に、スマホが落ちていた場所のそばに、工事現場などで使用する高強度のポリエチレン繊維を素材としたロープが転がっていた。夫婦岩を動かそうとした時に置き去りにされたものなのだろうか?
 気になったので、そのロープを自分のスマホで撮影しておくことにした。
 無事に手元に戻ってきたカメラ付き端末は、すぐに編集室に持ち帰って、録画されたデータなどを確認する。
 ただ、残念なのか幸運なのかはわからないが、スマホの動画フォルダなどには、目新しい動画は保存されていなかった。
「仕方ない、残っている動画をPCにコピーしてから、スマホは古美術堂に持って行こう」
 そう言って、スマホを手にして立ち上がると、壮馬は、
「ホントに持って行くの? あの古美術堂でナニがわかるって言うのさ?」
と抗議するが、オレは、その反論めいた声を一蹴する。
「夫婦岩で配信することを薦めたのは、あの店の|主《あるじ》だからな。動画に写っている、あの牛の顔をした存在がなんなのかくらい聞いてみるべきだろう」
「わかったよ。じゃあ、竜司は古美術堂に行って来て。ボクは、ファウンド・フッテージの動画の編集準備をしておくから」
「あぁ、それじゃあな」
 そう返答したあと、オレは祝川沿いにある古美術堂に向かう。
 壮馬の言う「ファウンド・フッテージの動画」というのは、今回の計画の最終段階に公開する予定の「現場に残された(という設定の)スマホカメラから、配信者の失踪を暗示させる」動画のことだ。
 当初の計画では、ここで、アーカイブ動画を編集し、牛女を思わせる存在が画面を横切る姿を特殊効果で付け足して、配信者(つまりオレたちのことだ)が行方不明になる切っ掛けになることを匂わせる予定だった。
 しかし、思わぬ怪異の乱入で、そのプランは変更となるかも知れない。
 古美術堂で、あの怪異の正体が判明することを期待しながら、炎天下の中、オレは自転車を漕ぎ出した。